第79話 出陣
「十八、十九……うん、二十体」
工房前の道を埋め尽くし、朝日を受けて白く輝く冶金兵が並んでいた。
「ありがとうございます。予定よりだいぶ早かったですね」
結局、怪鳥群の青銅は一週間で使い切った。
「お前の人形がやたらと便利だったからな。火に焼かれず、飯も食わず、夜の目も寝ずに働けるなんざ、俺たちにとっちゃ夢みたいな話だ」
アクモーンはかすかなため息をついて、紅い腰布の上から膝をポンポンと叩いた。
「生身だとすぐにこれだ。お前この仕事向いてるぞ」
「いやあ、それはどうかと」
ひたすら人形兵を働かせるだけの毎日はちょっと。
「冗談だ。王様に呼ばれたんだろ?」
その言葉に頷いた。ダレオース様の出陣は近い、私にもすでに招集がかかっていた。
「行ってきます。『私を持ち上げて……』」
冶金兵の手を借りて、オドゥスに跨がった。
『行進!』
ザク、ザク。
青銅の兵と、土の兵。全く同じ歩幅で二十八体が歩き出した。
オドゥスも、のそのそと後を付いていく。
「お世話になりました!」
手を振ると、アクモーンは穏やかに微笑んだ。
私にはまだその表情がはっきりと見えるが、彼の目にはもう霞んできたのだろう。
やがて背を向けて大工房に帰っていった。
扉の横には、青銅の鞭を携えた守護神が朝日を見上げていた。
「おう。お別れは済んだかい?」
オイバロス家を離れ、緩やかな丘に沿って歩いていると、ヘーロとテロンが待っていた。
「はい。今から神殿へ行くんです」
「そりゃあいい。アタシも行かにゃ」
ヘーロは、道沿いの崩れた石壁から腰を上げ、パンパンと体の土を払った。
「オイバロスの旦那がどっか行っちまってさ。ドーロンの旦那はあんまり口利きしてくんないし、お前にくっついてくことにしたぞ」
「またあちこちで売り込みしてたんですか?……オイバロス様なら、アルテミシオンに行ったはずですよ」
(私は最初からヘーロに護ってもらうつもりだったけどな)
でも前線に出たいだろうから、私の護衛だと退屈かも。
「それでか。アイソポスのおっちゃんもいないけど、付いてったのかね」
「ニキッペは王子じゃなくて王様に呼ばれるんだからね。保守派が見張る意味もないでしょ」
銀髪をさっとかきあげ、テロンも一緒に歩き出した。
「一緒に来てくれるんですか?」
「そりゃあ、エウフラテスがいるだろうからね。不自由な君達と違っていざとなれば兵にでも化けるから、僕の心配はいらないよ」
「魔術師の人形だ……。増えてないか?」
「新しく作ったという話だ。獲物を生贄に捧げて……」
街道から広場を歩くうちに、四方から不審げな囁きが聞こえてきた。
(早く離れたい……)
幸い特別急がなくても、疲れを知らない人形の歩みは早い。すぐに丘を登り、神殿へたどり着いた。
『ここで待て』
神殿の手前、乾いた斜面に兵達を整列させた。テロンに抱えてもらってオドゥスから降りる。
「これ、持っててください」
腰の短剣をテロンに預けた。
「ああ。僕たちはここで……ってちょっとヘーロ、大人しくしてて」
「だってこんなとこいたら、こいつらと間違えられるだろ」
「君だけデカいんだから大丈夫だって。黙って待ってなよ」
二人の会話を背中で聞きながら、石段を上る。
立ち並ぶ石柱の脇、大理石の祭壇は赤く染まっていた。
『ヒューちゃあん?ヒドいんだからね、すぐパンドーラをほっぱらかして』
入るなり、柱の陰から純白のドレスが現れた。何で部屋にいないんだ。
『どこ行ってたの。毎日遊ぶ約束だったでしょお』
そんな約束してないぞ。
仮面越しに飛んでくる文句を後ずさりながら受け止める。
「――止めろ」
タジタジになっていると、奥から声が飛んだ。
神像の足下。並ぶ玉座の一つに、ダレオース様が座っていた。
「すでに供犠は終えただろう。部屋に戻れ」
パンドーラ様の駄々がピタリと止んだ。
『すぐ帰ってきてね。待ってるんだからね』
最後にそう囁いて。
音もなく下がり、まっすぐ神像の奥に消えた。
「……人形兵を増やしたそうだな」
「はい。先日の、怪鳥群を材料に用いました」
「それは良い。実に良い」
ダレオース様は座ったまま、厳かに頷いた。
「青銅の兵を前面に立てよ。蛇口門を破るのだ」
(……確かに、冶金兵には痛みも疲れもない)
城壁から矢を浴びたところでそうそう止められない。
二十体もあれば、あの分厚い門でも壊すなり燃やすなり出来るだろう。
「では、アンテモエッサの峡谷を正面から行かれるのですか」
「そうだ。そなたの魔術が門を破り、我が軍勢が街へ入る。一番槍を務め上げれば最大の栄誉だ」
私に目立つ手柄をくれるらしい。……ヘーロは大喜びだろうな。
まあ、どのみち断れない。
「……身に余る光栄です」
「身に余らないよう軍功を立てるのだ。異邦人を王子の妃を迎ようというのだからな」
(……)
黙って頷くしかなかった。
* * *
しかし、その目論見は完全に外れた。門まで行き着くことはなかったのだ。
軍勢が四山の都を出発して三日目。左右には、一面の枯れ草が風にそよいでいた。
峡谷の影もまだ見えないうちに、異変は起こった。
「アルジサマ!」
前方へ飛ばしていたヒーメロペーが、羽ばたきもやかましく戻ってきた。
「このサキに、ヨロイのニンゲンが!コッチより多いです」
大声の報告は周りの味方にも届いた。一糸乱れぬ赤マントの行進が止まる。
「……野戦、だと」
隣を進んでいたダレオース様が低く唸った。




