第77話 軍神の贈り物
今度はすぐに、アクモーンは戻ってきた。手に持っているのは、黒いなめし革で仕上げた大弓。
それに、何かの毛をより合わせたらしき黒糸。私の指より太そう、弓弦とは思えない。
「イイねえイイねえ。見事なモンだ」
目を輝かせて、弓と弦を受け取るヘーロ。
「黒弓。リュキオンの神話にいうアルカイオスの逆弓を、俺なりに再現した物だ」
(逆?……あっ)
言われて気づいた。普通の形に見えたが、弓が反りすぎて弦を張るべき位置が外側に来ているのだ。
「王子に黒斧を作って差し上げた時、返礼だとかでとんでもない大山羊がオイバロス様に贈られてきてな。その角と腱を……おい、聞いてるのか」
「うんうん、聞いてる聞いてる。そんな牛よく仕留めたよな」
「山羊ですよ、ヘーロ」
全く話を無視して、ヘーロは夢中で弓をひん曲げていた。みるみる反りが内側に戻っていく。
アクモーンは憮然としていたが、その様子には拍手を送った。
「大した怪力だ。誰も引けないから長年倉庫の肥やしだったのに」
「エウクラトス様も引けないんですか?」
「さあ?王子は弓をお使いにならない。これを差し上げた時も返されちまった」
話している間に、ヘーロが作業を終えた。
弓弦はぴいんと伸び、ただならぬ張り詰め方だった。
「うーん、ケンタウロスのやつよりイイかも。やっぱし職人が作ると違うねえ」
ホクホク顔で黒弓を背負う。ヘーロの背中でも、両端がしっかりはみ出す大きさだ。
「ありがとうよ。お礼にアタシも山ほど怪鳥獲ってきてやるからな」
「それは助かる。……ま、助かるのは俺じゃないが」
「あん?何じゃそりゃ」
首を傾げながらも、ヘーロは早速ケラエノ山を登りにかかった。
「ちょっと待ってください。オノスも呼びましょうよ」
「ええ?黒弓があるんだからいいだろ」
不満そうに口を尖らせる。
「ダメですよ。怪鳥群は山ほどいるの知ってるでしょ?弓がよくたって矢は限られてるし、そもそも強い人は多い方が良いに決まってます」
「はいはい。分かったよ」
その返答だけを置き去りにして、瞬きの間に駆け去っていった。
「矢ならそれなりの数置いてあるぞ。最近は物入りだからな」
「ホントですか?じゃあオノスに持たせて……」
ドーロン様の家はかなり南にあるから、往復だとそれなりの時間がかかる。
と思っていたら、アクモーンが矢を持ってくる頃にはヘーロとオノスが駆けつけてきた。速い。
「頑張ってきてね~。ボクらは人形兵の型でも取って待ってるから」
「僕も残ろうかな。薪でも割っとくよ」
呑気なアルキッポスとテロンの声に見送られ、オノスに乗って大工房を後にした。
* * *
山向こうでは、見覚えのある黒雲のような大軍が空を埋めていた。
怪鳥群がばら撒く羽が、ドスドスと柔らかな地面に突き刺さる。種蒔き前の畑がメチャクチャだ。
「気に入ったよ、黒弓!こういうのを射ってみたかったんだ」
「ヘーロ、それ大事な毒矢でしょ?さっき貰ったやつから使ってくださいよ」
ギャアギャアとやかましい怪鳥群の叫びの中、声を張り上げた。
一応ヘーロは聞いているようだが、こちらに反応を示すゆとりはないようだ。降り注ぐ青銅の雨の中、目まぐるしく動き回りながら、青銅の翼を貫いて怪鳥を射落としていく。
「人間でも、あれほどの弓を持つのだな」
オノスも以前にまして良い腕だった。四本の腕で器用に弓を持ち替えながら、前後左右に矢を打ち分ける。その全てが、過たず獲物を貫くのだ。
そして以前と違い、背にいる私を気遣っていた。あちこち駆け巡って羽の攻撃を避けているのに、私はあまり揺れを感じない。喋る余裕すらあった。
(これなら、呪言を唱えられる)
『黄金の髪の我が主よ!』
縛霊の魔術でも群れすべてを操るのは到底不可能だ。
しかし、同士討ちさせれば群れが混乱して羽の雨が止み、全体が低くまで下がってきた。後は射落とすだけだ。
やがて、オイバロス様が送ったらしい応援部隊も駆けつけてきた。ヘーロやオノスほどの剛弓は持っていなかったが、もはや普通の弓でも胴体を狙うことができた。
日が地平線に差し掛かった時には群れは壊滅していた。いくらかは再び北へ飛び去っていったが、山麓の麦畑は怪鳥群の死体で埋まった。
矢に貫かれたもの、仲間に裂かれたもの。どちらが多いのか分からないが、足の踏み場もないほど散らばって、流れ出す血が大地を汚していた。
* * *
翌日。オイバロス家の戸も開かないほどうずたかく、怪鳥群の山が積み上がっていた。
何百羽あったのか、皆で手分けして全てを運んできたのだ。
「……片付くんだろうな?」
窓を乗り越えて出てきたオイバロスが特大のため息をついた。
「まあ……そのうちには」
生返事をしてみる。周りでは八体の人形兵がせっせと、怪鳥群から青銅の部分――嘴と羽と爪を取り分けていた。
そうして出来た青銅だけの山を、時折アルキッポスの人形兵が崩して持っていく。
今ごろ大工房では全ての炉に火を入れて、片っ端から鋳溶かして型へ流し込んでいるはずだ。




