第76話 日輪の導き
いつ作った物か知らないが、神像は出来たてさながらに輝いていた。指先に至るまで埃一つなく、青錆も吹いていない。陽光を受けて、黄金の肌が白く浮き上がった。
『双界を照らす天上の君、遠矢のアポローン様』
与霊の魔術が、その肉に霊を与える。
『どうか恩寵を我が下に。青銅の戦士に祝福を』
そして、像は動いた。
端正な顔が私達を順繰りに見渡す。鞭の感触を確かめるように、右手が軽く開閉した。
「おお……」
感極まって、アクモーンがふらふらと歩み出た。
「我らがヘリオス、飛輪の化身……」
塞がりかけた目を見開き、力作の頬を包もうと震える両手を伸ばした。
ガッ。
しかし、青銅の左手が産みの親を打ち払った。
「う……」
怯んだアクモーンへ、戦士は輝く鞭を振り上げた。
『野獣を馴らす我が主、爪牙を持たずして遍く山野を統べたもう……』
高々と挙がった右手が凍り付く。
(やっぱり……)
巨像もそうだった。この像に相応しい霊は、私の下僕ではない。
従えるのなら、縛らなければ。
『黄金の弓持つアルテミス様、私に御力を……』
『動かず、そこでじっとしてて』
やがて、像は大人しくなった。
「鎮まった……のか?どういうわけだ、今のは」
「途中からキミらの方の術になったねえ。咄嗟に判断したの?」
もう近づいても危険はない。二人が興味深げに像を眺め回した。
「いえ……これは昨日お話しした、鎧から脚を作った場合と同じです。与えた霊を、縛り直した」
「ふうん?」
「つまり……与霊の魔術というのは、そもそもが肉を操る術ではないんです。人形兵だけはたまたま、最初から命令に従うための肉を持っていたというだけで」
「……へえ」
アルキッポスはピンときたらしく、自分の操る人形兵と神像を交互に見比べていた。
「ま、確かに……。肉に相応しい霊を与えるってのがボクらの心得だからね。……そういう意味じゃ、縛霊の魔術も同じかもね」
「え?」
「本来は操る術じゃないってこと。キミらがやるのは霊の形を変えるところまでだろ?そりゃもちろん自分に都合よく変えるから、結果的に生き物操ってるように見えるだけでさ」
「それは……そう、かもしれません」
オノスにしても、肉体は縛霊の影響下だが、操っているわけではない。
『……その鞭で、地面を叩いて』
ヒョオッ。
風を切って青銅がしなる。
一拍の後、固い白土に深々と線が刻まれていた。
「おお~」
パチパチと拍手するアルキッポス。
「やっぱり土よりも強いねえ。砕かれる心配もないし」
「中は空洞だから、壊されないとまでは言えん。が……これは大した兵だな、確かに」
アクモーンは食い入るように、像の動きを見ていた。
「こんな兵を作ってほしいんです。できるだけ速く、できるだけたくさん」
我ながら酷い頼み方だと思うが、ダレオース様がいつ軍を整え終わるかいまいち分からない。
(次の満月にはセイリオス軍がここらを通ってるはずだから……長くても二週?三週?くらい?)
その頃には、軍と一緒にアンテモエッサに向かうことになるはず。
「ま……ご主人も言ってたからな。手伝ってやろう」
雑すぎる依頼にも動じず、アクモーンは鷹揚に頷いた。
「そいつらを元にして雌型を取ればいいしな。一から作る必要もない」
そう言って、黒い指が私の人形兵を指した。
「ああ、確かに……。でも、神像の型じゃなくていいんですか?」
「鞭やらマントやらがくっついてるからな。単純な形の方が量産しやすいだろ?武器は普通のやつを持たせりゃいいし」
どうやって兵を作るか密かに考えていたらしい。すらすらと説明してくれた。
「それにこれは、一品物なんだ。同じのを何個も作る気はないね」
「問題は材料だな……どこもかしこも青金ってのはちと奮発しすぎだ。二体やそこらで終わっちまう。粘土ならあるんだが……」
「はあ……そうですか」
ドーロン様に頼んでみようか。しかし、すぐに用意できなきゃどうしようもない。
「まあ、この人形兵の代わりなわけですし、焼き土で作っても……」
「おーい」
その時、ばかに陽気な声がオイバロス家の方から聞こえた。
「ヘーロ!テロンも。いたんですか」
来てるはずなのに、朝出てこなかったから帰ったのかと思っていた。さては寝てたな。
二人は悠々と歩いてきて、興味深げにアクモーンと神像を見渡した。
「……面白そうなことしてるね、君たち」
「アクモーンってのはアンタで合ってる?アタシ、ちょっと頼みがあってさ」
「お前、この人形と同じ顔じゃないか?」
「コイツがアタシのこと好きすぎて、どれもこれもアタシの顔にしちまうんだ。……それはおいといて、イイ感じの弓持ってないか?」
ヘーロの声量だと、普段通りでもアクモーンと会話が成立するらしい。
お喋りしながら背中の弓を降ろし、見せつけるようにクルクルと弄んだ。
「取り回しはいいんだが、弱くてね。高ーくの鳥を射落とせるようなのが欲しいんだけど」
「ないこともないが……俺は武器屋じゃないぞ」
つるつるの頭を撫でて、アクモーンは鼻を鳴らした。
「手作りか?楡で……悪くない弓じゃないか。それを使えよ」
「いやあ」
きまり悪そうに頬を掻きながら、ヘーロはちょっと目を逸らした。
「怪鳥群が出たって言うからさあ。アタシも狩りに行きたいんだけど、前はこれじゃダメだったんだ」
「怪鳥群!?」
「そう、怪鳥群。オイバロスの旦那はあれこれ準備してたぞ。お前も来るか?」
「行きます。早く片付けないと」
雲霞のような黒い群れが引いた後の、ボロ家の死体を思い出す。
(しかもこれは……材料に)
「少し前にもそんな話があったな。青銅を纏う鳥……これはまた」
アクモーンも同じことを考えたらしい。
ふと、腰の短剣をなぞった。羽一枚でもこれだけの青銅が手に入る。
「日輪のお導きか……ちょっと待ってろ」
そう言って、右脚を引き引き工房へ戻っていった。




