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タ・パンタ・レイ ーニキッペと最後の英雄ー  作者: 本間甲斐奈
第三章 不知の自覚に思考は始まる

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第76話 日輪の導き

 いつ作った物か知らないが、神像は出来たてさながらに輝いていた。指先に至るまで埃一つなく、青錆も吹いていない。陽光を受けて、黄金の肌が白く浮き上がった。

『双界を照らす天上の君、遠矢のアポローン様』

与霊の魔術(プシュコドシア)が、その肉(からだ)に霊(こころ)を与える。

『どうか恩寵を我が下に。青銅の戦士に祝福を』

そして、像は動いた。

端正な顔が私達を順繰りに見渡す。鞭の感触を確かめるように、右手が軽く開閉した。

「おお……」

感極まって、アクモーンがふらふらと歩み出た。

「我らがヘリオス、飛輪の化身……」

塞がりかけた目を見開き、力作の頬を包もうと震える両手を伸ばした。



 ガッ。

しかし、青銅の左手が産みの親を打ち払った。

「う……」

怯んだアクモーンへ、戦士は輝く鞭を振り上げた。

『野獣を馴らす我が主、爪牙を持たずして遍く山野を統べたもう……』

高々と挙がった右手が凍り付く。

(やっぱり……)

巨像(コロッサス)もそうだった。この像に相応しい霊(こころ)は、私の下僕ではない。

従えるのなら、縛らなければ。

『黄金の弓持つアルテミス様、私に御力を……』



『動かず、そこでじっとしてて』

やがて、像は大人しくなった。

「鎮まった……のか?どういうわけだ、今のは」

「途中からキミらの方の術になったねえ。咄嗟に判断したの?」

もう近づいても危険はない。二人が興味深げに像を眺め回した。

「いえ……これは昨日お話しした、鎧から脚を作った場合と同じです。与えた霊(こころ)を、縛り直した」

「ふうん?」

「つまり……与霊の魔術というのは、そもそもが肉(からだ)を操る術ではないんです。人形兵だけはたまたま、最初から命令に従うための肉を持っていたというだけで」

「……へえ」

アルキッポスはピンときたらしく、自分の操る人形兵(ペーロプリテス)と神像を交互に見比べていた。

「ま、確かに……。肉(からだ)に相応しい霊(こころ)を与えるってのがボクらの心得だからね。……そういう意味じゃ、縛霊の魔術(プシュコデスミア)も同じかもね」

「え?」

「本来は操る術じゃないってこと。キミらがやるのは霊の形を変えるところまでだろ?そりゃもちろん自分に都合よく変えるから、結果的に生き物操ってるように見えるだけでさ」

「それは……そう、かもしれません」

オノスにしても、肉体は縛霊の影響下だが、操っているわけではない。



『……その鞭で、地面を叩いて』

ヒョオッ。

風を切って青銅がしなる。

一拍の後、固い白土に深々と線が刻まれていた。

「おお~」

パチパチと拍手するアルキッポス。

「やっぱり土よりも強いねえ。砕かれる心配もないし」

「中は空洞だから、壊されないとまでは言えん。が……これは大した兵だな、確かに」

アクモーンは食い入るように、像の動きを見ていた。



「こんな兵を作ってほしいんです。できるだけ速く、できるだけたくさん」

我ながら酷い頼み方だと思うが、ダレオース様がいつ軍を整え終わるかいまいち分からない。

(次の満月にはセイリオス軍がここらを通ってるはずだから……長くても二週?三週?くらい?)

その頃には、軍と一緒にアンテモエッサに向かうことになるはず。

「ま……ご主人も言ってたからな。手伝ってやろう」

雑すぎる依頼にも動じず、アクモーンは鷹揚に頷いた。

「そいつらを元にして雌型を取ればいいしな。一から作る必要もない」

そう言って、黒い指が私の人形兵を指した。

「ああ、確かに……。でも、神像(そっち)の型じゃなくていいんですか?」

「鞭やらマントやらがくっついてるからな。単純な形の方が量産しやすいだろ?武器は普通のやつを持たせりゃいいし」

どうやって兵を作るか密かに考えていたらしい。すらすらと説明してくれた。

「それにこれは、一品物なんだ。同じのを何個も作る気はないね」



「問題は材料だな……どこもかしこも青金ってのはちと奮発しすぎだ。二体やそこらで終わっちまう。粘土ならあるんだが……」

「はあ……そうですか」

ドーロン様に頼んでみようか。しかし、すぐに用意できなきゃどうしようもない。

「まあ、この人形兵の代わりなわけですし、焼き土で作っても……」



「おーい」

その時、ばかに陽気な声がオイバロス家の方から聞こえた。

「ヘーロ!テロンも。いたんですか」

来てるはずなのに、朝出てこなかったから帰ったのかと思っていた。さては寝てたな。

二人は悠々と歩いてきて、興味深げにアクモーンと神像を見渡した。

「……面白そうなことしてるね、君たち」

「アクモーンってのはアンタで合ってる?アタシ、ちょっと頼みがあってさ」



「お前、この人形と同じ顔じゃないか?」 

「コイツがアタシのこと好きすぎて、どれもこれもアタシの顔にしちまうんだ。……それはおいといて、イイ感じの弓持ってないか?」

ヘーロの声量だと、普段通りでもアクモーンと会話が成立するらしい。

お喋りしながら背中の弓を降ろし、見せつけるようにクルクルと弄んだ。

「取り回しはいいんだが、弱くてね。高ーくの鳥を射落とせるようなのが欲しいんだけど」

「ないこともないが……俺は武器屋じゃないぞ」

つるつるの頭を撫でて、アクモーンは鼻を鳴らした。

「手作りか?楡で……悪くない弓じゃないか。それを使えよ」

「いやあ」

きまり悪そうに頬を掻きながら、ヘーロはちょっと目を逸らした。

「怪鳥群(ステュムパリデス)が出たって言うからさあ。アタシも狩りに行きたいんだけど、前はこれじゃダメだったんだ」



「怪鳥群!?」

「そう、怪鳥群。オイバロスの旦那はあれこれ準備してたぞ。お前も来るか?」

「行きます。早く片付けないと」

雲霞のような黒い群れが引いた後の、ボロ家の死体を思い出す。

(しかもこれは……材料に)

「少し前にもそんな話があったな。青銅を纏う鳥……これはまた」

アクモーンも同じことを考えたらしい。

ふと、腰の短剣をなぞった。羽一枚でもこれだけの青銅が手に入る。

「日輪のお導きか……ちょっと待ってろ」

そう言って、右脚を引き引き工房へ戻っていった。

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