第75話 技巧の極致
翌朝早く、オドゥスに乗って北へ向かった。
都市を貫く大路には、太股も露わに人々が行き交う。牛の鳴き声に車輪の響き、どこもかしこもカルネイア祭並みの賑わいだ。
だが、人形兵の行列を引き連れてオドゥスが歩くとさすがに道も空いた。五体をアルキッポスが、そして最後の八体を私が。残った兵は全て動かしていた。
「お前に乗るのも久しぶりですねえ……私がいない間、イイ子にしてました?」
「大人しいもんだったよ?まあ、ボクらじゃ命令できないからとんでもない無駄飯食いだったけど」
やがてオイバロス家の前に着くと、本人が迎えに出てきた。
「ドーロン殿から聞いている。我が家の鍛冶を頼りたいそうだな」
そう言って、家の裏手へ歩き出す。
問題の場所は、ケラエノ山の麓にあった。
「競技場の近くにこんな場所が……」
素焼きの巨大なレンガを無骨に積み上げたその建物は、山に寄り添うようにひっそりと佇んでいた。
「私が持つ中では一番の大工房だ。アクモーンにはここを任せている」
「おお~……」
入り口に立ってすぐ、右手の光に目を奪われる。レンガ造りの丸い炉の中で、音を立てて炎が噴き上がった。
辺りを見渡せば、何人かの男が立ち働いていた。金床で何か叩いたり、灼けた塊を水盆へ突っ込んだり忙しそうだ。
大きな建物だが中庭との間に壁はなく、数本の柱があるばかりだ。柔らかな日差しが工房に差し込んでいた。
「えっと……どなたが?」
「いるはずだが……長年の槌音で耳が遠いのだ。……アクモーン!アクモーン!」
「そこにいたか。この娘らの話を聞いてやれ」
ややあって、のろのろと柱の陰から現れた男は、見るからに異質だった。
黒い。焼け焦げたように黒い肌だ。
それに髪も髭も、体毛の一切が見当たらない。おかげで年齢もよく分からないが、顔の皺はそれなりに深いし、高齢と言えるのかも。
服装も奇妙だ。上半身裸で、膝丈の赤いなめし革を腰に巻いていた。
「これはアイティオピアの出身でな。心配するな、言葉はきちんと通じる。……では、私はこれで」
焦土ってどこだろう。
そんな質問をする間もなく、オイバロスは戻っていってしまった。
(……アルテミシオンに行くはずだし、忙しいのかな)
「お嬢様、若旦那。ご用命は?」
去って行く主人を見送ってから、アクモーンが低い声を発した。
上背は並以上といった程度だが、胸板が厚い。腕も太い。見下ろされると迫力十分だ。
両目の周りは腫れぼったく盛り上がっていて、表情が読めない。
「私も、そこの男もオイバロス様の身内じゃありません」
少し声を張り上げると、問題なく会話は出来た。
「なんだ、そうなのか」
「今日は、これを見てほしいんです……『こちらへ』」
「む!?……何だそれは」
オドゥスの影に隠れていた人形兵を一体呼び寄せると、アクモーンはすぐに食いついた。
あまり目はよくないらしく、近寄ってしげしげと眺める。
「……そんなわけで、その人形兵は与霊の魔術で動いてるんだ。ウン百年前にボクのご先祖が作ったんだけど、多分材料はこの辺りの土だろうって話で、ドーロン様も……」
「……うん……そうか……」
アルキッポスの説明にアクモーンは時折頷くが、ちゃんと聞いているかは怪しい。ヘーロそっくりの顔を熱心に覗き込んで、ペタペタとなで回していた。
「……見事な像だ。猛々しい息吹を感じる」
ひとしきり触った後、感嘆のため息をついてこちらに向き直った。
「猛々しいのは入れた霊のせいですけど……これと同じような物は作れますか?」
「同じ材料は用意できる。だがこれほど芯を食った造形の妙、そう容易くは真似られん」
答えは慎重だった。口元を覆うようにして、少しずつ言葉を選び出す。
「分かりますか?……何か特別な像らしいんですが」
「分かるとも。……この像は人間になろうとしている」
アクモーンの厚ぼったいまぶたが少しだけ開く。覗いた瞳は黒のように見えて、わずかに褐色の明るさを湛えていた。
「彫りも焼きも、出来ることなら本物を作りたい。鍛冶場の主、足萎えの御神のように、この手で命を生み出してみたい……工匠と呼ばれるからには誰だってそんな夢を見る」
口元がふわりと緩み、地鳴りのような重い声音が少し上ずった。
「トレピッポスとかいったか?この人形を作った奴は自分が命を生み出せると信じている。大したものだ」
「そうだったかもね」
アルキッポスも嬉しそうにその後を受けた。
「そうそう。昔ね、モテない魔術師が……」
「その話はいいですから」
今大事なのは兵を増やせるかどうかだ。ダレオース様が出陣するまであまり時間はない。
「これと同じものである必要はありません。戦士たるべき肉には、相応しい霊を与えられます」
「そういうことなら、ちょっと待っててくれ。俺も見せたい物がある」
アクモーンは再び工房の中へ戻っていく。
妙に進むのが遅い。よく見ると、右脚を浮かせ気味に歩いていた。
「あの、何か運ぶなら、私が人形兵で……」
「いらんいらん。誰にも部屋を見せたくないんだ。着いてくるなよ」
犬でも追い払うように手を振って姿を消した。
先ほどまで東にあった太陽が、頭上を通り過ぎたころ。アクモーンは戻ってきた。
人間大の青銅像を背負って。
「ちょっ、ちょっと!そんな物持って……『人形兵、手助けを……』」
「余計なことするな、いらんと言ってるだろ」
プツプツと汗の玉を浮かべながらゆっくりと出てきて、白土の上に像を立たせた。
かなりの怪力だが、無茶をする。脚は大丈夫なのか。
「俺はお前を十人合わせたより重い斧こしらえたこともあるんだぞ。大きなお世話だ」
(……あれ、アンタが作ったのか……)
牛頭もこの人の作だったりして。
アクモーンの持ってきた像は見事な出来映えだった。
長髪をなびかせ、頭には月桂冠を被り、手には鞭を構えている。キトンにマント、簡素な旅装の美青年。
「昔俺が作ったんだ。アイティオピアを焦土にした太陽の御神。……ここじゃ家畜の主と言ってるな」
ふと、頭上から照りつける日差しを見上げた。
「太陽ってのは燃える馬車なんだ。この鞭を振って空を走りなさると、遮る物悉く灰に変わる……どうだ、戦士だろうが」
「はい、そう思います……『ラトの御むすこなる我が主、日ごと天を翔る御方……』」




