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タ・パンタ・レイ ーニキッペと最後の英雄ー  作者: 本間甲斐奈
第三章 不知の自覚に思考は始まる

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第74話 方円の器

「おお、ニキッペ。ちょっと我が家に寄っていかんかね?」

会議場(スキアス)を出ると、ドーロン様が待っていた。

「君の活躍は色々と聞いとるが、やはり本人と話すのが一番だからのう」



 オノスが乗せてくれるというので、そのまま一緒に帰ることに。

毛深い背の矢筒と、ドーロン様のお腹に挟まれて私の場所が狭い。

だがポロスの時なら本人の気持ち以前に、二人乗り自体が難しかっただろう。

今、一回り大きくなった赤銅色の馬身は、ドーロン様の重量を加えてもびくともしない。おまけにセイレーン姉妹の荷車まで引いているのだ。

「前は話もせなんだが……何というか……気さくになったな、お主は。言われなければ同一……人物?だとは分からんぞ」

「腕も足も戻ったからな、ハッハッハ」

(見た目の話じゃないと思うけどな……)

呑気に笑うオノス。以前リュキオンに来たときとは比較にならない変貌ぶりだ。

「しかし……そうか。操っているわけではないのか……。後ろのセイレーンは従えているのだろう?」

そっと後ろから囁いてくる声に頷くと、

「それは重畳。翼持つ目は便利だからのう、アルシアの翼信(プテロエンタ)も然り」

「はい。私くらいの重さなら、乗せて飛ぶこともできます」

「なんとなんと!では、どこへでも君を送り込めるということではないか」

ドーロン様の手を叩く音を聞きながら、左右を見渡した。

石街道の両脇に広がる麦畑は、丁寧に耕されて黒い畝を整えつつあった。十の月もそろそろ半ばを過ぎて、直に種蒔きが始まるはずだ。



 ドーロン様の家に着くと、白い壁の脇で人形兵(ペーロプリテス)がせっせと布袋を積み上げていた。畑の土でも移し替えているのか。

「あっ、アルキッポスさん」

「ん?……ああ!……やあやあ、お帰り」

玄関先で地べたに座り込み、気怠げに人形兵の監督をやっていた。声をかけるまでオノスの接近も気づかなかったらしい。

「元気そうですね。もう脚はいいんですか」

「ま、何とかね……キミもお変わりなく」

栗色の長髪、伸ばしっぱなしの先端をくるくると指に巻き付けながら、足下にやってくる。やや体が左に傾いているが、右脚の包帯はとれていた。

「……またスゴいの連れてるねえ。聞かせてよ、キミの武勇伝」

「はい。私も相談したいことがあるんです」

魔術について話せる相手は一人だけだ。

「なんの話かな?ワシも聞いてみたいのう」



*     *     *



「……その時私は、鎧に込めた霊(こころ)を、脚に合うように縛り直しました。そうしたら、こう、鎧がうねって脚の形になったんです。実際に付けてもらっても本物のようだと……」

オノス達を見ながら話した方がいいだろう。人形兵に木椅子を三脚持ってきてもらった。

白い壁にもたれるようにして、並んで座る。

「ポロスの時もそうでした。ケンタウロスの伝承の通りに、破壊と調和に分けようとしたんです。縛霊の魔術(プシュコデスミア)で霊(こころ)を分けたら、肉(からだ)もこんな風に……」

二人は黙って聞いていたが、やがてアルキッポスが大きなため息をついた。

「究めたね。やっぱりボクなんかとはモノが違うよ、キミは」

どこから持ってこさせたのか、人形兵から干し肉の切れ端を受け取っている。

「ま、霊(こころ)に合わせて肉(からだ)が変化するってのは、理にかなってるよ。水は方円の器に従うが、霊(こころ)は肉(うつわ)を従える……これもそうだしね」

口をモグモグさせながら、目の前の人形兵を指さした。長い髪髭の、優しげな笑みをした男性。彼の動かす兵は父親の顔ばかりだ。

(そういえば……)

人形兵に顔はない。霊(こころ)を込めて初めて人のような姿になるのだ。

「これは……ただの土人形じゃなくて、何か予め、与霊の魔術(プシュコデスミア)を受け入れる用意が出来てますよね」

どういう仕組みなのか分からないが。

「そうだね。棒きれ一本動かせないボクがこれだけは五体も操れるくらいだし、下準備してあると思うよ。前にキミが教材と言ってたけど、その通りだよね」



「でも、その……壊しちゃいました。持っていった、七十体……全部」

洞窟に案内してくれたときは百十三体もあったのだ。それが今では十三体しかない。

思わず顔を背けた。

私には降って湧いた贈り物でも、アルキッポスにとっては海を渡って探し求めた一族の宝なのだ。

「いやあ。どうせボクが腐らしといても……」

「勿体ない。君の兵力は惜しいからな」

何か言いかけたアルキッポスの向こうから、ドーロン様が首を伸ばしてきた。

「また人形を作ろうではないか。先ほどの話だと、鉄の鎧にも霊(こころ)を込めるのだろう?今度は土だけでなく、金気を混ぜたりしてもっと頑丈に……」

熱心に新しい軍団を構想しているが、私には自信がない。

「でも、あそこまでよく動く物になるかどうか……どう思います?」

「タナグラ史上最高の天才、トレピッポスの作……勿論ボクには再現できないし。キミでも難しいんじゃないかな」

しかし、アルキッポスは柔らかく微笑んだ。

「まあでも、やるだけやってみたらいいじゃない。ドーロン様は当てがあるようだし」

「おうとも。オイバロス殿のところに、アクモーンという奴隷(ドゥーロス)がおるのだが……これが鍛冶技芸の極みというべき男でな。君らの言うところの……肉(からだ)?最高の品を拵えるだろう」



「オイバロス様の……」

「うむ。ワシが断りを入れておこう」

ちょっとエウクラトス様に申し訳ないような気がするが、仕方ない。

「分かりました。明日行ってみます……ところで、ヘーロ達は?」

私が帰っても全然姿を見せてくれない。

「これまた、オイバロス殿を尋ねるとか言っとったぞ。まだ戻らんようだのう」

「ああ……。またそんなことを……」

アイソポスは報告があるのだろうが、ヘーロは絶対売り込みだ。テロンもそうかも。

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