第74話 方円の器
「おお、ニキッペ。ちょっと我が家に寄っていかんかね?」
会議場を出ると、ドーロン様が待っていた。
「君の活躍は色々と聞いとるが、やはり本人と話すのが一番だからのう」
オノスが乗せてくれるというので、そのまま一緒に帰ることに。
毛深い背の矢筒と、ドーロン様のお腹に挟まれて私の場所が狭い。
だがポロスの時なら本人の気持ち以前に、二人乗り自体が難しかっただろう。
今、一回り大きくなった赤銅色の馬身は、ドーロン様の重量を加えてもびくともしない。おまけにセイレーン姉妹の荷車まで引いているのだ。
「前は話もせなんだが……何というか……気さくになったな、お主は。言われなければ同一……人物?だとは分からんぞ」
「腕も足も戻ったからな、ハッハッハ」
(見た目の話じゃないと思うけどな……)
呑気に笑うオノス。以前リュキオンに来たときとは比較にならない変貌ぶりだ。
「しかし……そうか。操っているわけではないのか……。後ろのセイレーンは従えているのだろう?」
そっと後ろから囁いてくる声に頷くと、
「それは重畳。翼持つ目は便利だからのう、アルシアの翼信も然り」
「はい。私くらいの重さなら、乗せて飛ぶこともできます」
「なんとなんと!では、どこへでも君を送り込めるということではないか」
ドーロン様の手を叩く音を聞きながら、左右を見渡した。
石街道の両脇に広がる麦畑は、丁寧に耕されて黒い畝を整えつつあった。十の月もそろそろ半ばを過ぎて、直に種蒔きが始まるはずだ。
ドーロン様の家に着くと、白い壁の脇で人形兵がせっせと布袋を積み上げていた。畑の土でも移し替えているのか。
「あっ、アルキッポスさん」
「ん?……ああ!……やあやあ、お帰り」
玄関先で地べたに座り込み、気怠げに人形兵の監督をやっていた。声をかけるまでオノスの接近も気づかなかったらしい。
「元気そうですね。もう脚はいいんですか」
「ま、何とかね……キミもお変わりなく」
栗色の長髪、伸ばしっぱなしの先端をくるくると指に巻き付けながら、足下にやってくる。やや体が左に傾いているが、右脚の包帯はとれていた。
「……またスゴいの連れてるねえ。聞かせてよ、キミの武勇伝」
「はい。私も相談したいことがあるんです」
魔術について話せる相手は一人だけだ。
「なんの話かな?ワシも聞いてみたいのう」
* * *
「……その時私は、鎧に込めた霊を、脚に合うように縛り直しました。そうしたら、こう、鎧がうねって脚の形になったんです。実際に付けてもらっても本物のようだと……」
オノス達を見ながら話した方がいいだろう。人形兵に木椅子を三脚持ってきてもらった。
白い壁にもたれるようにして、並んで座る。
「ポロスの時もそうでした。ケンタウロスの伝承の通りに、破壊と調和に分けようとしたんです。縛霊の魔術で霊を分けたら、肉もこんな風に……」
二人は黙って聞いていたが、やがてアルキッポスが大きなため息をついた。
「究めたね。やっぱりボクなんかとはモノが違うよ、キミは」
どこから持ってこさせたのか、人形兵から干し肉の切れ端を受け取っている。
「ま、霊に合わせて肉が変化するってのは、理にかなってるよ。水は方円の器に従うが、霊は肉を従える……これもそうだしね」
口をモグモグさせながら、目の前の人形兵を指さした。長い髪髭の、優しげな笑みをした男性。彼の動かす兵は父親の顔ばかりだ。
(そういえば……)
人形兵に顔はない。霊を込めて初めて人のような姿になるのだ。
「これは……ただの土人形じゃなくて、何か予め、与霊の魔術を受け入れる用意が出来てますよね」
どういう仕組みなのか分からないが。
「そうだね。棒きれ一本動かせないボクがこれだけは五体も操れるくらいだし、下準備してあると思うよ。前にキミが教材と言ってたけど、その通りだよね」
「でも、その……壊しちゃいました。持っていった、七十体……全部」
洞窟に案内してくれたときは百十三体もあったのだ。それが今では十三体しかない。
思わず顔を背けた。
私には降って湧いた贈り物でも、アルキッポスにとっては海を渡って探し求めた一族の宝なのだ。
「いやあ。どうせボクが腐らしといても……」
「勿体ない。君の兵力は惜しいからな」
何か言いかけたアルキッポスの向こうから、ドーロン様が首を伸ばしてきた。
「また人形を作ろうではないか。先ほどの話だと、鉄の鎧にも霊を込めるのだろう?今度は土だけでなく、金気を混ぜたりしてもっと頑丈に……」
熱心に新しい軍団を構想しているが、私には自信がない。
「でも、あそこまでよく動く物になるかどうか……どう思います?」
「タナグラ史上最高の天才、トレピッポスの作……勿論ボクには再現できないし。キミでも難しいんじゃないかな」
しかし、アルキッポスは柔らかく微笑んだ。
「まあでも、やるだけやってみたらいいじゃない。ドーロン様は当てがあるようだし」
「おうとも。オイバロス殿のところに、アクモーンという奴隷がおるのだが……これが鍛冶技芸の極みというべき男でな。君らの言うところの……肉?最高の品を拵えるだろう」
「オイバロス様の……」
「うむ。ワシが断りを入れておこう」
ちょっとエウクラトス様に申し訳ないような気がするが、仕方ない。
「分かりました。明日行ってみます……ところで、ヘーロ達は?」
私が帰っても全然姿を見せてくれない。
「これまた、オイバロス殿を尋ねるとか言っとったぞ。まだ戻らんようだのう」
「ああ……。またそんなことを……」
アイソポスは報告があるのだろうが、ヘーロは絶対売り込みだ。テロンもそうかも。




