第73話 侃々諤々・長老会
「ゆかりもないアンテモエッサに王が御自ら……」
「だがセイリオスのほうはペリメドンが直接率いるのだろう。我々は三万も出せぬし、王にご出陣いただいた方が体面を保てる」
長老会はざわついていたが、表立って異を唱える者はいなかった。
やがて、話の途中だったオイバロスがまた口を開いた。
「私は賛成です。鷹視狼歩のダレオース、リュキオン最強の将軍が未だ健在であることを、東西が知るでしょう」
そこまで言って、ふと視線を落とす。珍しく、少し言葉に迷っていた。
「ですが……テュネオス様亡き後ニーソス王家が未だ空位。玉座を双つとも空けるのは好ましからぬとされておりますが……」
「うむ。留守はエウモルフォスに任せたいのだが、よいだろうか?エウクラトスがアルテミシオンに戻ればちょうど良かろう」
今度は、議場に不満げな空気が漂った。
「それも今日の議題ですな……。そもそもアルテミシオンなどと……。ま、月の女神を戴くのはよいとして」
オイバロスはため息をつきつつ、玉座の後ろへ視線をあげた。
「王子。新しい街では色々と斬新なことをなさっているようですな?」
一同が一斉にエウクラトス様を見た。
「アンテモエッサの、衆を……迎え……彼女に、巫女を……任せた。見ての、通り……魔術は、有益だ。我らに……翼も、脚も、兵も……与えて、くれる」
今度は皆こちらを振り返った。
「アンテモエッサの、衆も……同じ。港は、遥かに……優れた、ものに……。市民に、加えれば……リュキオンは、もっと……強く……」
しかし、エウクラトス様は演説を続けられなかった。
「王子。強いとか便利だとか、そんな問題ではないのです」
オイバロスが木椅子を後ろへ蹴って、勢い込んで話しはじめた。
「この娘のことは私も知らぬではない、我が家にも招きましたからな。魔術は不気味だがたしかに尋常ならざる戦力で、これ自身は性根もまともだ。彼女を市民の列に加える?一度きりの特例で終わるなら、あるいはそれも良いかもしれませんな」
(意外と評価してくれてる?)
だが、私のことを話しているのにこちらには一瞥もしない。
淡々と話しながら、青い瞳は真っ直ぐエウクラトス様を睨みすえていた。
「だが一度だけでは済まぬのです。僅かでも隙を見せれば、奴隷も異邦人も寄ってたかって我らに成り代わろうとする。いらぬ温情で身を滅ぼした国はいくつもあります」
何人かの長老が大きく頷く。
高まっていく場の熱と裏腹に、オイバロスの声はいつにもまして冷たく鋭くなっていった。
「あれらは身中の虫、抑えねばならぬ。リュキオンの市民は平等にして単一。永劫揺るがぬ礎であればこそ、我らは国を保てる」
そうだそうだという声がそこかしこから上がった。
「礎は、すでに……壊れている」
しかし、エウクラトス様はゆっくりと首を横に振った。
「二万の、市民……リュコスの、世には……四万、だった……。戦で減り、病で減り……貧して、身分を……落とし……」
牛頭を脱ぎ捨てる。禿げ上がった頭の天辺を囲んで黒髪がぱらりと流れた。
「今。レイリスで、二千を……失ったと、聞いている。アルシアと……戦えば、さらに……多く。勝っても、その後は……セイリオスに、パルテナイ……みな西方の、王にと。戦は、終わらぬ」
裂けた口をがばりと開き、舌を拙く動かしながら、一語一語区切るように話す。
「弱くなって、いくのだ、我らは!異邦人は、我らの、二倍。奴隷は、五倍。抑え、続ける、ことなど、できぬ!」
(こんな大声……)
初めて聞いた。普段とは比較にならない大喝。
だが、長老達は怯まなかった。
「王子!」
「奴隷と同じ卓につけと仰せあるか!」
「ま、ま、ま……」
両手を広げて場をなだめながら、ドーロン様が立ち上がった。
「この場で全ての身分を云々などと、話を広げすぎですぞ。戦が迫っておるのだ、決めるべきことを決めましょう」
太った体を揺すりながら、いつも通りニコニコと一同を見渡す。
「両王子には、共に都の護りをお任せするというのでいかがですかな?やはり双座が空くのはまずいですからな、お二人が揃えば王の代理たり得るでしょう」
不自然な早口になりながら、ドーロン様はまくしたてた。
「アルテミシオンの管理は我々のうち経験豊かな者が行きましょう。ややこしいですから、アルシアが片付くまでは現状のままということにしたいですな。アンテモエッサの者達も港作りには役立つようですし、ひとまず食わせてやってもよいのでは?野へ放り出せば近隣の害になるやもしれませんしな」
* * *
ドーロン様の提案は、上手く場を収めたようだった。
「では、私が留守の間、長老会には二人が出席する。また、オイバロスがアルテミシオンに赴く。これでよいか?」
ダレオース様が決を採ると、満座の拍手が肯定を示した。
やがて長老達も席を立ち、私の横を通り過ぎて出ていく。
(エウクラトス様……)
だが私は、静かに奥へ下がっていく背中を見ていた。
アリキオン達がいないからか、今日の長老会とは明らかに折り合いが悪かった。しかし、兄なんだからいずれ王になるのだ、あまり喧嘩ばかりしていられないはずだが。
「猪馴らし。少しこちらへ……」
上の空のところ、玉座へ手招きされていた。
すっかり喧噪の去った会議場で、玉座を横から眺める。
これだけ椅子が空いたんだから座りたいけれど、少し勇気が出ない。
「分かっただろうが、そなたをリュキオンに迎えるには少々困難がある」
ダレオース様は物憂げに目を伏せていた。
(その話か……)
「言っておくが私は市民の枠を壊すつもりはない、エウクラトスと違ってな。やはりいくらかでも前例のある婚姻に限る。だが相手がエウモルフォスで、それも正妃となるとやはり相応に揉めるだろう」
(ならなくていいんですけど……)
すっかりその気になっている。アリキオンに言われるのとはワケが違う。
「私と一緒に戦ってもらうぞ。この戦を制したならば、魔術の血統を王家に交える価値があると示せるだろう」
(……そりゃ、行きますけど)
王様の命令だ。相手はアルシアだ。……ピンダロスを死なせてしまった。
アンテモエッサへ行く理由はいくらでもあった。
「分かりました。お供します……」




