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タ・パンタ・レイ ーニキッペと最後の英雄ー  作者: 本間甲斐奈
第三章 不知の自覚に思考は始まる

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第72話 戦士の矜持

 ダレオース様は渋い顔をしていたが、やがて頷いた。

「そういうことなら、待ってもよかろう。どの道、そなたには重ねて功を立ててもらわねばな」

そう言って左肩にかかる外衣を整え、一つ息を吐いた。

「先ほどの話にも出たが、明日は長老会(ゲルーシア)だ」

「はい。エウクラトス様が私も出るようにと……」

深い碧の瞳が少し丸くなった。が、それも一瞬。

「ちょうどいい、そなたの従える異類異形も連れてくるのだ」

言い残して、大股で神殿(ナオス)を出ていった。

(とりあえず、婚姻の話は待ってもらえるのかな?)


 

 その夜は、パンドーラ様がどうしてもというのでそのまま神殿に泊まった。私の後見人になったらしいし、断れない。

二人一緒になって、黒壇の寝台に潜り込む。牢獄より何もない部屋だが、唯一の家具は身分相応に豪華だ。二人で寝ても十分すぎるゆとりがあるし、何かの羽を包んだらしい布袋もフカフカだ。

面を外した姫君に背を向けて横になっていると、後ろから抱きしめられた。

「今日はありがとうございました。助け船を出していただいて……」

『うふふふ。パンドーラは楽しみだな~。ムーちゃんと結婚したら、ヒューちゃんずっとここにいてくれるもんねえ』

頬をすり寄せてきた。暗闇で、目をつぶっていてもなお凄まじい美貌を感じる。

「でも、私にはやることが……」

『パンドーラと毎日遊んで暮らすのは嫌?ヒューちゃんきっとその方が好きだと思うなあ』

ふと、思考が立ち止まった。

ヘーロに負ぶってもらうのが好きだ。テロンに頭を撫でてもらうのも、エウクラトス様のボソボソ声を聞くのも好きだ。

毎日は勘弁だが、パンドーラ様と遊ぶのも嫌いではなかった。

「……そうかもしれません。でも私は……」

里を焼かれた。復讐するのだ。ティグリスにも、アルシアにも。

瞳の奥が熱くなった。

あの日の炎をまだ私は覚えている。

「止めるわけにはいかないんです」

『可愛い~。やりたいことがいっぱいあるんだねえ』



*       *       *



 翌朝早く、パンドーラ様が起きないうちに会議場(スキアス)へ向かった。

長大な石柱が左右に立ち並ぶ入り口は、セイレーン姉妹を乗せた荷車を楽々通してしまった。

オノスから降りて、所在なく立ち尽くした。

「あれが海妖(セイレーン)というやつか。見るのは初めてだ」

「なんと。ケンタウロスとはこれほど巨大なものか……?」

「ダレオース様のお言葉でなければ、妖魔の類など神聖な議場は入れぬものを」

すでに、大理石の卓には長老(ゲローン)達が座っていた。

こちらを見てブツブツと囁いている。あまり気持ちの良い内容ではなさそうだった。

(二十人くらいかな……欠席多めかも……あっ、こんにちは)

居並ぶ人数を数えていると、見知った顔。ドーロン様は入り口近くの席で、太ったお腹を窮屈そうにもぞもぞ動かしていた。目が合うと、悪戯っぽい笑みが帰ってきた。

奥の二つの玉座は、相変わらず一つ空席。エウクラトス様は、ダレオース様の玉座の後ろに控えていた。

(やっぱり長老会の成員じゃないと席もないのかな)

王子だけど、王でも長老でもないし。私と同じで立ちっぱなしだ。



「さて、始めるとしよう。今日の議題は多い」

ダレオース様が宣言すると、ざわめきがピタリと収まり全員が立ち上がった。

私も一緒に、拳礼(プクソシス)をする。

「まず喫緊の話題だが、セイリオスだ」

もうあらましを聞いているのだろう、再び座った長老達は驚きを見せなかった。

その代わり、露骨に剣呑な空気が漂い始めた。

「ペリメドン王自ら、三万を率いてアンテモエッサを攻める。一切の援護は不要、ただリュキオンの前を通せとのことだ」

王の説明が終わると、何人かが一斉に気炎をあげた。

「我らに座して戦を見ていろと?大きく出たものだ」

「西方の盟主気取りか、セイリオスごときが!」

「先に兵を出さねば赤っ恥ですぞ。戦士の国が他国の軍を見送ったなどと」



 戦場のような騒がしさの中、奥の方で一人が立ち上がった。満座の視線がそこへ集中する。

(……オイバロス様)

小柄だから気づかなかった。それに、心なしか前より痩せたようにも見える。元々細かったが。

「ま、兵は出さねばならぬでしょう。いずれにせよアルシアを駆逐せねば西方に未来はない」

特に気負うこともなく、オイバロスは話し出した。

「その戦功をセイリオスに譲ったとあらば、今後我らは彼の国の下風に立たねばならぬ。……ドロメーダ様もフィロラオス殿へ嫁ぐのですからな」

静かな語りが、その場の熱をまとめ上げる。

先ほどまで参戦を叫んでいた者も、うんうんと頷いて聞いていた。

「問題は、誰が行くかということですが」



「ああ、それなのだが」

立て板に水を流すような弁舌を、ダレオース様が遮った。

(……珍しい。口を出すなんて)

前に私が見たときは最後の採決をやっただけで、議論の間は黙っていたはずだ。

長老達も目を丸くして玉座を見た。

「兵を出すならば、指揮は私に執らせてもらいたい」

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