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タ・パンタ・レイ ーニキッペと最後の英雄ー  作者: 本間甲斐奈
第三章 不知の自覚に思考は始まる

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第71話 大王の自負

「三万だ。次の満月までに三万の兵が、ステュムパーロスからマレアの野へ抜け、アンテモエッサへ征く」 

野太い声に赤髭を震わせて、ペリメドンは宣言した。

(……この近くを通るってことかな?)

「待たれよ、ペリメドン王」

エウモルフォス様が口を挟んだ。

「貴国が中の海(ウーラニオン)まで軍を進めるなどと、お父上の代にもないはず。アンテモエッサはパルテナイの、マレアの野はリュキオンの裁量」

しかし、ペリメドンは鼻で笑った。むき出した右肩に筋肉を盛り上がらせ、巨体がますます大きく見える。

「異な事を言う。西方(クネファリア)の大地に東の敵が踏み入った。最強の王が事に当たるは道理だろう」

ふと、真紅の視線を逸らし、私――の横にいるパンドーラ様を見据えた。

「それに我らはもはや身内も同然のはずだ。弟とドロメーダ姫は婚儀こそまだだが、既に契りを約した間柄。この戦で国崩し(ポリオルケーテース)を我が破った暁には、パンドーラ姫も晴れて我が伴侶となる」

『――左様』

言葉少なに妙音が応えた。

笑っている。のっぺりした仮面で顔を覆っていても、それが伝わってきた。

その答えに満足したのかしないのか、ペリメドンは一つ酷薄な笑みを浮かべて座を見渡した。

「安心しろ、助太刀は頼まぬ。我らは最大であるからな。リュキオンはただ黙って我が軍を通せばよい」



「アンテモエッサは……攻めるに、固く……守るに、易い……」

独り言のようにエウクラトス様が呟いた。深く裂けたままの唇に白い奥歯が見える。

「包囲戦、を……?長引く、だろう……」

落ちくぼんだ眼窩から、静かな視線がペリメドンをじっと見つめた。

「セイリオスに糧食の心配か?我らの実りは他国全てを合わせてなお勝る」

ハッ、と嘲弄混じりの吐息がこぼれた。

「もっとも、何か差し出す物があるというなら敢えて断りはせぬがな」



 しばしの沈黙の後、ダレオース様がまた口を開いた。 

「いずれにしても急な頼みだ。この場だけでは決めがたいな。……幸い、明日は長老会(ゲルーシア)だ。その後に返事をするとしよう」

「ふん、まあ一日くらいは良かろう。話し合う必要などないと思うがな」

ペリメドンは相手が要求を呑むと完全に決めてかかっている。

(まあ、この人が軍を出すって決めてるなら、どっちにしたって止められないし……)

まさかリュキオンとセイリオスで戦争でもあるまい。アルシアがすぐそこにいるのに。

(勝手に戦ってくれるんなら、通してあげるくらいいいじゃんね)

向こうもそう思っているのだろう。

用は済んだとばかりに足を出口へ向けながら、ふとダレオース様のほうへ振り向いた。

「そうだ、ダレオース殿。いずれリュキオンの双座を分け合う仲だから言っておくが、最大の王は何事も頼みなどしない。ただ意を告げるのみだ」

その宣言に対しては、誰も反応を見せなかった。

「……此度の宿主(プロクセノス)は私が務めよう。お前達、セイリオスの客人衆を我が家へ」

二人の王子が無言でペリメドンの横に並び、そのまま神殿(ナオス)を後にした。



「えーっと、それじゃ私も……」

「ああ待て。猪馴らし(カプロダマスティス)」

失礼します。と言いかけたところ、ダレオース様に呼び止められた。

そういえば、私が呼ばれた理由がよく分からない。

「聞いているぞ。レイリスへ発って以来、大変な活躍だったそうだな」

「え?あ、はい……。ありがとうございます」

青い瞳が私を捉えた。息子達と同じ色でも、鋭さが違う。かぎ鼻も相まって鷹のようだ。

「魔術師とは凄まじいものだ。巨像(コロッサス)を動かし、獣人軍(テリオモルフォイ)を手玉にとり、死霊術(ネクロマンティア)すら用いたとか」

鷹の視線に射すくめられて、コクコクと首を振った。

「……はい。未だに、力のほどが分からない事も多いですが」

「パンドーラに耐(・)え(・)る(・)ことといい、まさに英雄(ヘーロース)と評価せねばならぬ。……もはやドーロンの客人では到底収まらぬ」



「そなた、リュキオンの者になれ」

突然飛び出したその言葉に、内心で首を傾げる。

この間、似たようなことを言われたばかりだ。

「私は、アルテミシオンの巫女(ヒエレイア)を務めております」

まだ何も務めてないけど。

「……そうか。あの土地はそういう名を付けたのだったな」

ひとつ大きく息をついて、ダレオース様は続けた。

「だが、巫女は代わりのある地位だ。リュキオンの市民か、その一族でなければ、祖国に永劫の忠誠を誓うという証にならぬ」



(……忠誠って)

ヘーロなら嫌がるだろうな。私も別に誓いたくない。

「なるべく血統の確かな者と契るのだ。……変則的ではあるが、市民と等しく地位も土地も得られるよう図らおう」

(……どうやって断ろう)

アリキオンみたいなこと言い出した。こっちは奴隷女(ドゥーラ)扱いじゃないあたりもっと気合いの入った説得な気がするが。

「……不満か」

一瞬下を向いた隙に、距離が縮まった。思わず見上げると、眼前にまで来た巨体から思案げな視線をもらっていた。

「……エウモルフォスではどうだ。正妃になるよう私が口利きをしよう。一国の王族が異邦人(クセノス)を伴侶とした例もないではない」



「え、エウモルフォス様?」

私の遍歴からしてどちらかと言えば……って。何を言ってるんだか。

しかし、ダレオース様は私の反応を待たず、もう一人の可能性を否定した。

「エウクラトス、あれは強すぎる。戦士としても、王としてもだ」

険しい顔で、一瞬虚空を見つめる。

「……均衡をとらねば。エウモルフォスがそなたを抱えて内にあり、エウクラトスが外で版図を拓く。ニーソス王家を外から継ぎ足すのだ、ミノス王家を割ることはできん」

(そんなこと言われても)

しかしまずい。ペリメドンじゃないが、これは頼みとは思えない。



 その時、両肩に手が置かれた。そっと肌に吸い付く細い指。いつの間にかパンドーラ様が後ろに立っていた。

『双子は、共に契るのが慣例(ならい)。分かたれた二つは常に等しくあるべき物なれば』

(そうなの?)

ドロメーダ様が式を挙げてないっぽいのも、パンドーラ様の婿が決まらないからなのか。

ダレオース様はジロリと仮面を睨み付けた。

「待てというのか?エウクラトスの伴侶が見つかるまで?」

『左様』

歌うような調子で、神令(テオロゴス)が下る。

『新都(あちら)の巫女ならば、本国(こちら)の巫女とは姉妹の縁。当面は、吾(あ)が後ろ見を』



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