第70話 新たな戦
これだけ目立っていれば当然だが、セイリオスの一行もこちらに気づいた。
しかし特に反応は見せず、その場を動こうとしない。
『誰だったかな~』
パンドーラ様はかすかに呟きながら、後ろで頭をひねっていた。一応あなたの婿候補なんですけど。
「……ペリメドン様ですよ、セイリオス王の。忘れたんですか?」
『ああ、そうそう。紅くて犬みたいなヒト二人もいたんだよねえ。ややこしいねえ』
……兄弟の見分けがつかないってことだろうか。何が犬なのか知らないが。
「でも、なんでこんなところに……」
『さあ?神殿でお話するんじゃないの?ねえ行かないの?』
白い指が肩を揺さぶってくる。
気になったのはリュキオンへ来た理由だったのだが、それはそれとして。
「神殿で、ですか?」
そういえば、五大都市の会議も神殿でやっていた。
『そうかも?ねーえ、もっと遠くへ行きたいよお』
パンドーラ様は興味なさげだが、私には大問題だ。神殿の手前にセイレーン達を置きっぱなしだ。
幸い、ついさっき聖山を下りたばっかりだ。今すぐ帰れば問題ない。
「じゃあ、すぐ戻らないと」
『ええ~?』
すごく不満そう。だが、人目があるのであからさまに駄々をこねることはない。
道のない斜面から登ってもらったが、オノスの脚はむき出しの岩肌を踏んでも全く問題なかった。少しだけ揺れが大きくなってパンドーラ様が喜んでいたくらいだ。
入り口の石段の前で、姉妹は二人ともまだ惚け気味だった。
「オノス。荷車引いて、裏へ回ってください」
「うむ」
四本の腕が同時に引き手を掴んだ。
『あっぷっぷ~』
「……無理ですって、だから」
『わーい、また勝っちゃった』
セイレーン達を避難させ、オノスから降りても、パンドーラ様は部屋に帰ろうとしない。
私はにらめっこなる謎の遊びに付き合わされていた。
(強すぎるって)
まともに顔を合わせられないのにどうしろと。オノス達に背を向けて、私にだけ顔を見せているのがせめてもの気遣いか?
(帰りたくないのは分かるけどさ)
あんな窓もない部屋、人の住むところじゃない。ましてお姫様が。
だが、それとこれとは話が違う。牛頭とにらめっこしたほうがマシだ。
その時、誰かが足早に近づいてきた。
「パンドーラ!なぜ部屋に……」
『あれえ?ムーちゃんだあ。久しぶり~』
「なっ……」
慌てて振り返ると、仔羊ちゃんとはエウモルフォス様だった。
(もうパルテナイから帰って……じゃなくて!)
完全に呑まれていた。ヘーロと並ぶ巨大な体躯が凍り付いたように動かない。青い瞳だけがかすかに震える。
「パンドーラ様!早く仮面を!」
『ありゃ~。牛ちゃんは大丈夫なのにい』
「申し訳ありませんっ!近くに誰もいないと思って……」
仮面を戻した後は平謝りだ。肩で息をしながら白土の上に膝をつき、エウモルフォス様は二、三度首を振った。
「ああ、いや……いいんだ。パンドーラの頼みは断れないだろうし、貴重な話し相手だしね」
豊かな黒髪が汗でべっとり額に張りついている。
『ごめんね。大丈夫?』
「止めてください。お声も、何というか……」
パンドーラ様に注意していると、自嘲気味な笑いがその場に落ちた。
「そうだ。私は声すらも……。英雄の器あらば、顔つき合わせて話しうるというのに……」
そうこぼして顔を伏せる。
だがすぐに立ち上がり、私達を見下ろした。
「それはともかく。君もいたのはちょうど良かった。二人とも来てくれ」
エウモルフォス様に言われるまま、オノス達を残して神殿に入る。
「……あっ」
反射的に右拳を掲げていた。
いつ来たのか、入ってすぐエウクラトス様に出くわす。牛頭を脱いで、素顔になっていた。
少し奥に、ダレオース様とペリメドンも立っていた。
「それを……外へ。この場に、武器は……許されぬ」
太い指が私の腰を指さす。
(……そうなの?)
確かにどの方も鎧すら着けないで、幅広の外衣一枚の姿。前の会議でもそうだったような気がする。
パンドーラ様が何も言わないだけで、ここはそういう場所なのかも。
(でも私がこれ持つより、絶対素手の皆さんの方が強いと思うけどな)
ヘーロにもらってから、肌身離さず持っていた短剣。
白木の鞘ごと腰帯から外し、外へ戻って石段の脇へそっとおいた。
やがて、全員が円になって並んだ。
「さて、ペリメドン王。此度の来訪、歓迎いたしますぞ」
全く歓迎してなさそうな調子で、ダレオース様が口火を切った。
奥の神像の前には二つの玉座があるのに、どちらにも座ろうとしない。私達と同じく立ちっぱなしだ。
「うむ。ありがたい」
ちらりとこちらを見つつ、ペリメドンが進み出た。
エウクラトス様ほどじゃないが、エウモルフォス様とは張る巨体だ。真っ赤な髪髭と赤銅色の肉体は、薄衣一枚の格好でも十分迫力があった。
「では単刀直入にいこう。我がセイリオスは、これよりアンテモエッサを攻める」




