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タ・パンタ・レイ ーニキッペと最後の英雄ー  作者: 本間甲斐奈
第三章 不知の自覚に思考は始まる

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第68話 伝統を越えて

 次第に大森林(ガブレタ)が遠ざかり、黄土色の枯れ草が低く大地を埋め尽くす。ゆったりしたロータス河の流れを西へ遡りながら、旅はすこぶる順調だった。

「この、分なら……明日には、メラペー山に……」

そう言いながらエウクラトス様は、大股で先頭を行く。特別急いでいなくとも、そもそもが速い。さすがリュキオンの王子。

でも、私は快適なものだ。

「久しぶりです。こんなに和やかな旅は」

オノスは妙に気を回すのが上手かった。八本の脚を小刻みに動かして揺れを減らしてくれている。

「和やかじゃないよ、僕はついてくだけでしんどいんだ」

「まったく。ケンタウロス殿も脚が増えてますます速くなりましたな」

振り返ると、テロンとアイソポスが後ろでぼやいている。

特にアイソポスは、鎧兜に盾も槍も持った完全武装だ。荷車に置けばいいと言っても聞かない。

(そういえば、いっつも鎧着てるな)

街中でも、胸当て脛当てを決して外さない。だから妙にボロっちいんだろうか。

「もしかして、けっこう真面目なんですか?」

「……どういう意味ですかな」



「おうい、おたくの兵隊が文句言ってますけど」

「ヘーロ……またそうやって茶化すんだから。ようやく休戦して帰るんだから、少しは戦いを忘れて……」

「いーや、忘れてるのはお前だけだね。こちらさんとあちらさんは喧嘩しに行くんだから」

先頭と後ろをひょいひょいと指さす。

エウクラトス様は前を向いたまま、心なしか足を速めた。

「私は……祖国を、愛している……全ては、リュキオンの……ために……」

「さすが王子サマ。アンタ鞍替えしたら?」

ヘーロは涼しい顔でついていく。わざとらしくパチパチと拍手しながら後ろを振り向いた。

「私もただアルテミシオンを見てきたわけじゃない。アンテモエッサ人を入れたおかげで、当初の予定より遥かに早く、強い港が出来るでしょう。王子のお考えは分かります」

ため息をつきながら話し出したアイソポスは、ふと表情を険しくした。

「だが今後はあの異邦人(クセノス)たちを食わせるのに我々の実りを使うのだ。そもそも、半獣や異邦人の手を借りて力を増したとて、それは開祖リュコスのリュキオンではない。矜持を捨てて他に阿るのは祖国への冒涜」

(ちょっとちょっと)

今、半獣呼ばわりしたのはケンタウロスのことか。オノスは怒ってないようだけれど。

「……と、オイバロス殿などは言うかもしれませんな」

冷や冷やしている私をよそに、すぐにいつもの疲れた中年に戻り、肩をひょいとすくめる。

だが、エウクラトス様は見もしない。

「リュキオンの……矜持、とは……強者たる、こと……」



 その時、テルクシオペーが舞い降りてきた。

「アルジサマ、アッチからケンタウロスが」

そう言って、翼で南を指し示す。

すぐに、私の耳にも馬蹄の響きが届いた。

「む。此度の、護衛は……不要だと、言ったのだが」

そして見えた一団は、なぜか猛然と速度を上げた。



「なぜ四本腕(テトラケイル)が!今の世にはイアトロス翁一人のはずだ!」

「その顔、まさかポロスか!?」

私達を踏み殺しそうな勢いで迫っていた土煙は、直前でギリギリ急停止した。

挨拶する間もなく、オノスへ食ってかかる。

「久しいな。ネソスにラロス、そっちはロパロンか?えーそれに……」

当の本人は呑気に一人一人挨拶をしていた。



「そういうわけで、魔術の賜ということだ」

ポロスがオノスになった経緯を聞いたケンタウロス達は、揃って同じ反応をした。

「魔術で戻しただと、そんなことが」

「私もできるのか!?」

今度は私に迫ってくる。すごい熱意。のけぞっていたらオノスから落ちそうだ。

「待たれよ。……彼女は、今から……リュキオンへ……」

見かねたエウクラトス様が割って入ってくれたが、全く怯まない。大した度胸だ。

「邪魔をするな、ミノタウロス!」

「貴様らとの同盟とは無関係だ」

(また出来るかもしれないけど……)

調和の顔がオノスほど協力的じゃなかったら、ただ暴れるだけの神獣(テラス)が出来てしまう。エウクラトス様とヘーロがいれば戦っても勝てるだろうが、正直やりたくない。

(よし、誤魔化そう)



 満月じゃないと出来ないとか、付き合いが長くないといけないとか、色々と嘘をついてみたが、ケンタウロス達はちっとも諦めなかった。

全員揃ってついてくると言い出しかねない。

「え~……あっそうだ。元に戻ったら荷車引いてもらいますよ」

ためしにそう言ってみると、ピタリと要求が止んだ。

(それは嫌なのか……)

ようやく、オノスが私を背中に乗せて、荷引きをしている事実に目がいったらしい。

「そういえば……」

「双面を取り戻して人間の下働きとは。矜持を捨てたか、ポロス」

(こいつら……)

何というか、やっぱり基本的に彼らは破壊の性情だ。同族以外の全てを見下している。

「人間と暮らすのも悪くはないぞ。定命の者との縁は貴重だ」

オノスはのほほんとしていたが、後半部分がその場の注目を引いた。

「そうか。長くてせいぜい数十年」

「それだけ恥をしのべばよいなら……」

再びジロジロと私を見はじめる。

(……面倒だな)

もうやってしまおう。今の彼らは神獣じゃない。

「いえ……。『お帰りください、イアトロス様によろしく』」

イアトロスが直接来ちゃったら誤魔化せないが、今日はこれでいいや。



 翌日。メラペー山を越え、四山の都(テトルーレア)へ入る頃には、日は頭上に高く輝いていた。

「やあ。ご機嫌うるわしゅう」

「オノス!挨拶しなくていいんですよ」

麓の街道を行くと、すぐ市場がある。垂れ幕の間、立ち並ぶ見世物棚を行き交う人々は、オノスとセイレーン姉妹を見て仰天していた。

だがエウクラトス様がいるから、騒ぎ出したりはしない。

「さて、君を……呼んだ、理由は……いくつか、あるが……」

ふと牛頭(ブーケファロス)がこちらを見た。私がオノスの背に乗ってなお、エウクラトス様は目線が高い。

(そういえば、何も聞かずに来ちゃったな)

エウクラトス様の頼みにはつい従ってしまう。ジジイ共と違って素直なのが決め手かな。

「近々……私と……一緒に、長老会(ゲルーシア)へ……」

それを聞いて、アイソポスがふと顔を上げたが、何も言わない。

(じゃあ、それまではドーロン様のところにでも……)

「だが」

牛頭を通して笑いが伝わった。

「今日は……神殿(ナオス)へ、行くといい。父上の、便りでは……だいぶ、拗ねている……ようだから」

(……げっ)

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