第68話 伝統を越えて
次第に大森林が遠ざかり、黄土色の枯れ草が低く大地を埋め尽くす。ゆったりしたロータス河の流れを西へ遡りながら、旅はすこぶる順調だった。
「この、分なら……明日には、メラペー山に……」
そう言いながらエウクラトス様は、大股で先頭を行く。特別急いでいなくとも、そもそもが速い。さすがリュキオンの王子。
でも、私は快適なものだ。
「久しぶりです。こんなに和やかな旅は」
オノスは妙に気を回すのが上手かった。八本の脚を小刻みに動かして揺れを減らしてくれている。
「和やかじゃないよ、僕はついてくだけでしんどいんだ」
「まったく。ケンタウロス殿も脚が増えてますます速くなりましたな」
振り返ると、テロンとアイソポスが後ろでぼやいている。
特にアイソポスは、鎧兜に盾も槍も持った完全武装だ。荷車に置けばいいと言っても聞かない。
(そういえば、いっつも鎧着てるな)
街中でも、胸当て脛当てを決して外さない。だから妙にボロっちいんだろうか。
「もしかして、けっこう真面目なんですか?」
「……どういう意味ですかな」
「おうい、おたくの兵隊が文句言ってますけど」
「ヘーロ……またそうやって茶化すんだから。ようやく休戦して帰るんだから、少しは戦いを忘れて……」
「いーや、忘れてるのはお前だけだね。こちらさんとあちらさんは喧嘩しに行くんだから」
先頭と後ろをひょいひょいと指さす。
エウクラトス様は前を向いたまま、心なしか足を速めた。
「私は……祖国を、愛している……全ては、リュキオンの……ために……」
「さすが王子サマ。アンタ鞍替えしたら?」
ヘーロは涼しい顔でついていく。わざとらしくパチパチと拍手しながら後ろを振り向いた。
「私もただアルテミシオンを見てきたわけじゃない。アンテモエッサ人を入れたおかげで、当初の予定より遥かに早く、強い港が出来るでしょう。王子のお考えは分かります」
ため息をつきながら話し出したアイソポスは、ふと表情を険しくした。
「だが今後はあの異邦人たちを食わせるのに我々の実りを使うのだ。そもそも、半獣や異邦人の手を借りて力を増したとて、それは開祖リュコスのリュキオンではない。矜持を捨てて他に阿るのは祖国への冒涜」
(ちょっとちょっと)
今、半獣呼ばわりしたのはケンタウロスのことか。オノスは怒ってないようだけれど。
「……と、オイバロス殿などは言うかもしれませんな」
冷や冷やしている私をよそに、すぐにいつもの疲れた中年に戻り、肩をひょいとすくめる。
だが、エウクラトス様は見もしない。
「リュキオンの……矜持、とは……強者たる、こと……」
その時、テルクシオペーが舞い降りてきた。
「アルジサマ、アッチからケンタウロスが」
そう言って、翼で南を指し示す。
すぐに、私の耳にも馬蹄の響きが届いた。
「む。此度の、護衛は……不要だと、言ったのだが」
そして見えた一団は、なぜか猛然と速度を上げた。
「なぜ四本腕が!今の世にはイアトロス翁一人のはずだ!」
「その顔、まさかポロスか!?」
私達を踏み殺しそうな勢いで迫っていた土煙は、直前でギリギリ急停止した。
挨拶する間もなく、オノスへ食ってかかる。
「久しいな。ネソスにラロス、そっちはロパロンか?えーそれに……」
当の本人は呑気に一人一人挨拶をしていた。
「そういうわけで、魔術の賜ということだ」
ポロスがオノスになった経緯を聞いたケンタウロス達は、揃って同じ反応をした。
「魔術で戻しただと、そんなことが」
「私もできるのか!?」
今度は私に迫ってくる。すごい熱意。のけぞっていたらオノスから落ちそうだ。
「待たれよ。……彼女は、今から……リュキオンへ……」
見かねたエウクラトス様が割って入ってくれたが、全く怯まない。大した度胸だ。
「邪魔をするな、ミノタウロス!」
「貴様らとの同盟とは無関係だ」
(また出来るかもしれないけど……)
調和の顔がオノスほど協力的じゃなかったら、ただ暴れるだけの神獣が出来てしまう。エウクラトス様とヘーロがいれば戦っても勝てるだろうが、正直やりたくない。
(よし、誤魔化そう)
満月じゃないと出来ないとか、付き合いが長くないといけないとか、色々と嘘をついてみたが、ケンタウロス達はちっとも諦めなかった。
全員揃ってついてくると言い出しかねない。
「え~……あっそうだ。元に戻ったら荷車引いてもらいますよ」
ためしにそう言ってみると、ピタリと要求が止んだ。
(それは嫌なのか……)
ようやく、オノスが私を背中に乗せて、荷引きをしている事実に目がいったらしい。
「そういえば……」
「双面を取り戻して人間の下働きとは。矜持を捨てたか、ポロス」
(こいつら……)
何というか、やっぱり基本的に彼らは破壊の性情だ。同族以外の全てを見下している。
「人間と暮らすのも悪くはないぞ。定命の者との縁は貴重だ」
オノスはのほほんとしていたが、後半部分がその場の注目を引いた。
「そうか。長くてせいぜい数十年」
「それだけ恥をしのべばよいなら……」
再びジロジロと私を見はじめる。
(……面倒だな)
もうやってしまおう。今の彼らは神獣じゃない。
「いえ……。『お帰りください、イアトロス様によろしく』」
イアトロスが直接来ちゃったら誤魔化せないが、今日はこれでいいや。
翌日。メラペー山を越え、四山の都へ入る頃には、日は頭上に高く輝いていた。
「やあ。ご機嫌うるわしゅう」
「オノス!挨拶しなくていいんですよ」
麓の街道を行くと、すぐ市場がある。垂れ幕の間、立ち並ぶ見世物棚を行き交う人々は、オノスとセイレーン姉妹を見て仰天していた。
だがエウクラトス様がいるから、騒ぎ出したりはしない。
「さて、君を……呼んだ、理由は……いくつか、あるが……」
ふと牛頭がこちらを見た。私がオノスの背に乗ってなお、エウクラトス様は目線が高い。
(そういえば、何も聞かずに来ちゃったな)
エウクラトス様の頼みにはつい従ってしまう。ジジイ共と違って素直なのが決め手かな。
「近々……私と……一緒に、長老会へ……」
それを聞いて、アイソポスがふと顔を上げたが、何も言わない。
(じゃあ、それまではドーロン様のところにでも……)
「だが」
牛頭を通して笑いが伝わった。
「今日は……神殿へ、行くといい。父上の、便りでは……だいぶ、拗ねている……ようだから」
(……げっ)




