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タ・パンタ・レイ ーニキッペと最後の英雄ー  作者: 本間甲斐奈
第二章 健全な肉体に健全な魂が宿りますよう

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第67話 戻りの旅路

「おっ、いいね。王子サマ、アタシも連れてってくださいよ」   

私より先にヘーロが答えてしまった。丸太を放り出して、一跳びで穴の中からやってくる。

「ちょっと。まだ何も言ってない……いや、私も行きますけど」

特に断る理由もない。巫女(ヒエレイア)の仕事だってまだないし。

「だってヒマじゃん。すぐにアルシアが追撃をかけてきやがると思ったから着いてきたのに」

「……そんなこと考えてたんですか?」

レイリスでレオニダスと引き分けたのに、ヘーロにはまだまだ手柄が足りないらしい。

「クッ……クッ。来て、くれるか……ありがたい」

奇妙な吐息が牛頭(ブーケファロス)からこぼれた。笑っているんだろう。

「ところで、アルシアだが……来なかろう。今のところ、事は……コーレー殿の……言うとおりに」

「じゃ、無事に交換できそうなんですか?昨日連れてった捕虜達は」

「ああ……遺体の……引き取りもな」

エウクラトス様は静かに頷いて、太い指をぞろっと立てた。

「五日も、あれば……ドーレウスが、戻る。増えた、者の……場所を……整えてから、発つ」

「なんだい、すぐじゃないのか。あんまり大工仕事ばっかりやらせてると勝手に他所へ行っちまうぞ、アタシは」

ぼやきながら、ヘーロはまた地面と格闘しはじめた。後半はあまり冗談に聞こえない。



「ところで、エウクラトス様……巫女って聖山(アクロポリス)にいなくてもいいんですか?」

わざわざついてこいと言うのだからいいんだろうが、一応聞いておかないと。

「そもそも……神殿(ナオス)が、ないからな。……まあ……気にかかる、なら……代理を……立てると、いい……候補は、少ないが」

そう言って指さした先にはコーレーの姿。少し下った斜面に座り込み、何やら破れた布の繕いをしていた。

近づいてみると、見事なかけはぎでみるみる穴が塞がっていくのが分かる。

「コーレーさん」

「……あらお揃いで。何か?」

座ったまま道具を脇へよけ、優雅そのものの作法でコーレーは微笑んだ。

(……やっぱりお嬢様だよね)

月の女神は究極の純潔、至高の処女(おとめ)。たとえ代理でも、不貞の輩を仕えさせられない。……この人なら、大丈夫だろう。

「実は、私が街を空けるので、ちょっと巫女の代理をお願いしたくて……多分仕事はないですけど」

口にした瞬間、灰色の瞳がわずかに拡大した。

「それはそれは」

細い唇が緩やかにつり上がる。

「確かに引き受けました、魔術師よ」



*        *         *



 出発は、一週間後の朝だった。

「それじゃ、デモフォンさん達はパルテナイへ戻ったんですね」

オノスに乗って聖山をくだり、びっしりと二筋に並んだ木杭の中央を進む。間の地面は丁寧に均されてきれいなものだ。

まだ道筋だけだが、浜と平行にロータス河まで届く大道が整備されていた。

「ああ。……重傷を、おしてな。彼らに、とっても……火急の、時……」

パルテナイ兵を見せて連携を匂わせる。コーレーの進言は上手くはたらいたようだが、デモフォン達はもうちょっと休むべきだった。

「でもそのおかげで遺体の引き取りも出来て……アルシアもだいぶ警戒してるんですね」

波打ち際を眺めれば、埋め火が仄かに煙の気配を残していた。アンテモエッサ人は死者を燃やす。夜を徹して葬儀が行われた後だった。



「いやあ。ただの見栄っ張りだね」

「ヘーロ?」

「死体くらいとっとと返さなきゃ、ケツの穴小さいって話になるだろ」

下の方から文句が入った。

ポロスの時より体が大きいから、跨がっているとヘーロの頭を見下ろせてしまう。

「強い奴は、正々堂々やらなきゃ死んじまうのさ。セコい手ってのは弱い奴の特権なんだ」

「そんなこともないと思いますけど……」

言ってるヘーロだって結構ズルい戦い方してる気がする。誰よりも強いのに。

「まあ……間違いでは、ない……」

でもエウクラトス様も賛成のようだ。

「彼らは……西方に……足場を、築こうと……している。支配者で、あるための……。誰より、正しさを……示さねば……」



 やがてロータス河を遡り、マレアの野に出た。後方の荷車を振り返る。

「ヒーメロペー、見張りを……」

そう言いかけると、テルクシオペーが身を乗り出した。白目のない、黄色の目玉に浮かぶ黒の瞳をふるふると揺らす。

「アルジサマ。ワタシ飛びたいです」

「そう?じゃあ……『周りを飛んで、見張っておいて。疲れたら交代』」

バサバサと羽音を立てて、巨体が舞い上がる。久々の飛翔にふらついていたが、やがて滑らかな弧を描いて回りはじめた。



「まあしかし、イロモノばっかりよくもこんなに。まともな人間はアタシだけか?」

「……ヘーロはまともな人間でいいんですか?」

「なにい?」

「あっ、落ちる落ちる。止めてください」

左から脚を引っ張られて、慌てて赤銅色の胴体にしがみ付く。

まあヘーロの軽口もあながち間違いではない。オノスとセイレーン達はもちろんのこと、ぱっと見一番人間らしいテロンも獣人(テリオモルフォス)だし。アイソポスがいるからそんなことは言えないが。



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