第63話 足萎えの戦い
「お嬢様がそう言われるなら、ワシは何も言わんですじゃ」
肩を落として、メイコスは会議場を出て行く。
少し海へ近づく岩陰に、ヘーロ達が二つの天幕を張ってくれていた。小柄な背中は手前の入り口で姿を消す。
(ってことは、奥が女用かな)
「コーレーさん、行かないんですか?」
いつも一緒の母親がいなかった。多分もう奥へ引きあげたのだろう。
しかしコーレーは椅子から動く素振りを見せない。
「フフ……ちょっとやりたいことがありまして。あなたもいてくださいな」
そう言って右隣の椅子を示す。仕方なく座ることにした。
並べた椅子の真ん中では、セイレーン姉妹がすやすや寝ていた。
夜になると、トクソン湾の喧噪も次第に収まっていった。アンテモエッサの人々も、取りあえず今夜の寝床は確保できたらしい。
(いつまでいればいいの?)
相変わらず姉妹は寝こけてるし、私達も座りっぱなしだ。もう帰りたい。
「む……まだ、いたのか……」
そのうち、エウクラトス様も会議場へ戻ってきた。続いてアリキオン、ドーレウス。
「……イノシシ娘に、コーレー姫。ワシらは今から話があるのだが……」
アリキオンは私達をジロジロと眺め回している。
「姫ではありませんが。……椅子があると楽なものですから。私もここにいてよろしいかしら」
(よろしくないだろ……椅子だけ持って帰れば?)
私と同じことをアリキオンも考えたらしい。眉根を寄せて何事か言いかける。
だが、それをエウクラトス様が制止した。
「まあ……構わん。猪馴らしは……大戦力だ……。それに、アンテモエッサの……目も……あって、いい」
「はあ。王子が言われるなら」
「さて、今日一日で勘定が済みましたぞ」
改めて全員が腰を下ろしたところで、ドーレウスが口火を切った。
「まずここにいるアルシアの兵どもは、しめて八百と六十五」
赤ら顔を拭き拭き話を続ける。もう暑さも落ち着く時分だと思うが、ずいぶん汗っかきだ。
「……そしてこちらは推測ですが、アンテモエッサに残っとるらしい市民がざっと千あまり、その一家眷属を合わせるとなるとおそらく三千は下りませんな」
逃げ遅れた人を捕虜と交換する話は進んでいたらしい。
(でも渡すより引き取る方がだいぶ多いな……)
「既に使者はたてました。数日の内にも返事があるかと」
話し終えると、手布に顔を埋めるようにして大きく汗を拭った。
「応ずれば……人が、増える。拒むとも……奴隷に、すれば……このままに。……蓄えは……」
牛頭から独り言のような声が漏れる。
アリキオンは素早くそれに反応した。
「当面の備蓄、加えて我々が本国へ持っている土地からの供給もあります。長老会と話を付ける間くらいは保たせられましょう……それに、少なくとも寝泊まりできるだけの場所も都合がつきました」
そこで言葉を切って、じろりと横を見る。
「……だが余計な揉め事を抱え込む余裕はないぞ。ドーレウス、ちゃんと見張っとろうな?」
「分かっとりますがな。アンテモエッサの者とは近づけんようにしとるし、アルシアが交換を受ければすぐにもいなくなるんだから……それより大丈夫なんですかな?」
鼻を鳴らして答えながらも、ドーレウスは表情を険しくした。
「ここの場所も実情も知った兵をまとめて敵に返すんですぞ……攻められぬよう算段をつけねば。
ま、そもそもあちらが応じればの話ですが……」
老兵二人のやり取りを、隣から涼やかな声が遮った。
「応じますとも。それに、休戦の都合もつきますわ」
(あ、始まった)
やっぱり口をはさみたくて待ってたんだな。
「作法に則り、遺体の引き取りを願われませ。アンテモエッサが喪に服す一月の間、互いに遺恨を忘れると」
死者に鞭打つなかれ。戦士の遺体は敗者に引き渡す、それが神の法だ。
灰色の瞳がその場を見渡す。
「確かにそうですが、結局は向こうが応じなければ終わりでしょうに」
コーレーの調子に乗せられたのか、アリキオンは内容に反論してしまった。
おそらく最初は、女が喋っていること自体を咎めたかったのだと思うが。
「いいえ。強者は、強者たる振る舞いをせずにはいられません。お強い方々の弱点ですわ。必ず待ちます」
我が意を得たりとコーレーの語りは続く。
「どのみち、我が父は自ら港を壊し街を焼いて去った。これを再建するまで向こうは動けません。……また、パルテナイの指揮官殿が回復されました。彼の同席を願えば、ここを攻めればパルテナイに背中を見せる、そう思わせられます」
邪魔が入る前に、言いたいことを全部言ってしまおうという勢いだ。
さっきメイコスが報告したばかりのデモフォンのことまで付け加えている。
「冬までの時間は十分稼げますわ。そして冬は船乗りの夜、もはや海から攻められることはありません。来年の春までに、十分な防備を固めるのです」
素早く、しかし静かに話し終えて、ようやく息をついた。
「一理、ある……」
エウクラトス様が沈黙を破った。
ドーレウスも、首をひねりつつ同調する。
「まあ、四山の都とも近いですからな。壁もないまま奪っても、すぐ本国が来る。そう考えるやもしれません」
「ウーム……」
結局、コーレーの案は採用された。
灰色の微笑を最後に、その晩の会議は終わった。
会議場を出ると、浜辺は月明かりに照らされて白く澄み渡っていた。
コーレーに肩を貸しながら奥の天幕に戻る。
「おう、遅かったな。ブラデさん寝ちまったぞ」
ヘーロが、顔をしかめて眠る老婦人を指さした。あまり夢見は良くなさそうだ。
(そういう名前だったんだ……)
今さらコーレー母の名前を知る。
「ヘーロは、明日からどうするんですか?」
「アタシ?まー何かしらの手伝い……大森林入って狩りでもするかなあ。大工の真似事より楽しそうだし」
「あらあら」
クスクスとコーレーが笑う。
「最も優れた狩人は常にリュキオンに在ると言いますからね。……殿方以外もそうとは知りませんでしたけど」
「いやいや」
思わず訂正を入れた。ヘーロはリュキオン人じゃないし、そもそもが間違いだ。
「最も優れた狩人は、いつの時代もオルテギアにいるんです」




