第62話 埋め合わせ
「義肢か……それも考えないではなかったよ」
私の言葉にも、デモフォンはあまり驚かなかった。
「敵に繋がれた脚を切り落とし、木の棒を突き刺して戦い続けた。我がパルテナイにはそういう豪傑の話が残ってるからね」
静かに目を閉じて力なく笑う。
「だが神話の類だよ、実際にはまともに歩くことすら難しい。母なる自然の与えた身体の代わりになるってことがあるかい?」
「あります!私が……」
左半分だけの寂しげな表情を見ながら、私はヘーロの腕を繋いだことを思い出していた。
デモフォンの脚はもうない。まずは肉を用意するのだ。
「……私が、作って差し上げます。貴方の思うとおりに動く新しい脚を」
それだけ言って、天幕を飛び出した。外にいたパルテナイ兵をつかまえる。
「デモフォンさんの鎧はありますか?」
「上から下まで良い鉄だ。流石にパンディオンの血統……」
「しかしどうしようってんだ?眺めてるばっかで」
訝しげな兵達の言葉は無視して、揃えてもらった防具を見ながら考えを整理する。
目の前には胸当て、そして脛当てが左だけ。ぼろ切れみたいになったマントも、革のベルトも外してもらって完全に黒の剥き身だ。
(どれも祖父の代からの品なんだよ)
デモフォンはそう言っていたはず。ピカピカに磨き上げてあった表面は血と埃にまみれ、所々へこんでいるが、ずっと主を守ってきたのだ。
『羊を護る家畜の主、街の楯なるアポローン様……』
(与霊の魔術の真髄は、その肉に相応しい霊を用意してやること)
呪言を唱えながら、アルキッポスの言葉を思い出す。この鎧に相応しいのは、デモフォンを守る霊。
『楯は人を護り、人は楯を恃む』
だが脚が欲しいのだ。鎧のままでは困る、肉を変化させなくては。
(私は、やったことがある)
そっと腰の短剣を撫でる。怪鳥群を倒した土球は、人形兵の指が形を変えたもの。霊に命じて、肉が変わることがあるはずなのだ。
霊を変化させる。それはつまり私の本領、縛霊の魔術の領域ではないか。
『山野を駆ける我が主、脚疾きこと征矢に勝るアルテミス様』
たった今与えたばかりの霊を呪言が縛る。
(今日からは護るだけじゃない。デモフォンさんに従い、デモフォンさんを運ぶ脚になるんだ)
胸当てと脛当てがどろりと溶けた。混ざり合い、一つの塊になっていく。
後ろの兵達が息を呑んだのが分かった。
(……よし)
『強く、迅く。パルテナイの人デモフォンの、永き支えであるように』
神令を下し終えた時には、黒く輝く右脚がそこにあった。
「何だこれは……魔術で義肢を作ったというのか」
口をパクパクさせていた兵達は、呆然としながらも鉄の脚へ近づく。
「ありゃ、結構軽いぞこれ。……付けろってのか?デモフォン殿に?」
二人でかかると、脚はあっさり持ち上がった。元々の鎧と鉄の量は変わらない、中は空洞のはずだ。
「デモフォンさん、できました」
横たわるデモフォンに、新たな脚を添えてもらう。
「それが先ほどおっしゃっていたものですかな?どれどれ……」
「鉄だね?……我が家の鎧に色が似てるような……」
診察中だったメイコスも、デモフォン自身も怪訝な顔で覗き込む。天幕中の視線が右脚に集まった。
すると太股に接触した部分の鉄がわずかにうねり、吸い付いてそれきり静かになった。
「なあんと!素晴らしいですじゃ、魔術師殿はこんなことまで出来るとは」
メイコスがはしゃぐ声だけが響いた。
クイッ。
鉄の親指が曲がる。続いて、膝も少し。
「……これ、曲がるね。……鉄なのに」
「はい。ただの鉄じゃありません、デモフォンさんの脚ですから」
「……はは。何というか……」
よろよろと立ち上がる。
「おっ、いけませんぞ。あまり動いては」
ご機嫌だったメイコスが慌てて止めに入る。デモフォンは二歩、三歩と歩いただけで、すぐにまた黒布の上へ仰向けに寝そべった。
しかし一瞬の後大きく息を吐いて上体を起こし、真っ直ぐ視線を合わせてきた。
「元の脚と、違いが分からないくらいだ」
「はい」
「ありがとう。まだ戦士でいられる」
「…………はい」
ぐるっと天幕を見渡して、デモフォンは両手を広げた。
「喜んでくれ、諸君!今日からはデモフォン・シデロプースだ!」
鉄の脚に慄いていた兵達が、その勢いにつられてパチパチと拍手を送りはじめる。
「おおまさしく鉄脚、よくある異名だが……」
「比喩でないのは初めてでしょうなあ」
やがて賑やかに騒ぎ出した天幕をそっと抜け出す。治療を終えたらしいメイコスもついてきた。
「ありがとうよ、二人とも」
入り口の兵に見送られて、連れだって会議場へ戻る。
浜を見渡すと、アンテモエッサの男達があちこちで動き回っていた。天幕を張る者もいれば、小屋の土台を拵える者もいる。街ではあまり見かけなかった女性達もこわごわ手伝う。
「あれは……」
奥の方では、リュキオン兵に交じってせっせと材木運びに励む一団があった。よく見ると腰縄で繋ぎ合わされている。
「ああ。アルシアの者達」
メイコスは事もなげに浜を見渡した。
「ま、捕虜は奴隷になるのが戦のならいですじゃ」
「いえ。たしかピンダロス様は、街に残った人達と交換できるんじゃないかって」
「ああ、なるほど。その分だと彼らはすぐに消えるかも……ま、それはともかく」
はたと手を打って白髪頭を撫でる。
しかしすぐに話を打ち切り、背伸びするように私を覗き込んできた。
「魔術師殿、先ほどの秘術!もしやお嬢様のおみ足も治せるのでは?」
「えーっと……」
返答に迷う。
(人間に魔術を用いるのは禁忌……ということは、一度コーレーさんの脚を切って、義肢を?)
それはなんか嫌だな。
しかしメイコスは私の返事を待たず、小さな体でとてとてと駆けていってしまった。
「あら、それはご遠慮いたします」
しかし、会議場でくつろいでいたコーレーはあっさり断った。
私としては自信もないからありがたいのだが、メイコスは衝撃を受けていた。
「な、なぜ?」
ぽかんと口を開けたままのメイコスに、灰色の瞳が静かに笑いかける。
「私は気に入ってますもの。萎えた足にも使い道はありますから」




