第61話 作ればいい
ロータス河の右岸を、ポロスに乗って歩く。以前は川岸を占領していたツヅラやアグノスの類はだいぶ切り払われていた。まだまだ大森林がせり出している対岸とはエラい違いだ。
おかげでエウクラトス様が荷車を引く隣にポロスを進ませることができる。
すでに、行く手には目の覚めるような海の青が、朝日を受けて輝いていた。
「すごぉい……こんなに広くなったんですねえ」
川を下り終えると、トクソン湾は見違えるほど切り開かれていた。
河口から右に伸びる長大な海岸には二重に濠が横切り、さらに大地の奥まで白土の地面が続いていた。海岸の終端には巨大な岬が見える。
はじめ、私がちょろっと濠造りを手伝っていたころは、今見えている景色の半分以上が緑に覆われていたはずだ。現にところどころ切り株が残っている。
天幕ばかりだった浜も、大きな小屋がいくつも並び、地面は何やら杭で区画されている。
「アリキオン……頼む」
感心していると、エウクラトス様は言葉少なに後ろへ指示を出す。
「では、ワシがアンテモエッサの衆を中へ。ドーレウス、お主の隊でアルシアの者どもを浜の奥へ連れてくれ」
一息入れる暇もなく、リュキオン兵達はテキパキと動き出した。
南の岬に向かってゆっくり海岸を進む。留守番していたリュキオン人達は、今も休まず大森林に斧を入れていた。いきなりウン千人も増えるとなれば、場所も木材もいくらでも使うだろう。
「皆さん、よく働きますねえ」
「君だってやってたじゃないか。人形兵でだけど……また手伝えば?」
足下でテロンが笑う。
「はあ……でも人形兵、全部砕けちゃいました。四山の都に行けば、まだ少しはありますけど……」
リュキオンから連れて行った七十体は、もう一体も残っていない。たしか十三体残してあるはずだが、五体はアルキッポスの分だしな。
「新しく作りゃいいじゃないの。次は最初からアタシ以外の顔を入れてさ……ここ鍛冶屋とかいないの?ん、陶工か?」
ヘーロは後ろで勝手なことを言っている。
(作れるのかな……でも兵士の人形なら兵士らしい霊は込められるはずだよね)
ただ、人形兵はタナグラの歴史に名を残す大天才の作。適当に人形を作っても、あれほどの兵士が得られるとは思えなかった。
やがて、浜の南端に着く。岬の根元には、木組みながらエウクラトス様が楽々入れるくらいの巨大な建物が建っていた。屋根もしっかり瓦を葺いている。
「ここの会議場だ……今のところは、だが」
エウクラトス様が扉を開けると、中に部屋の区切りはなく、椅子がいくつか円く並べてあるだけ。ヒーメロペーがソワソワしながら待っていた。
ポロスから降りた私の姿を認めるとよたよたと駆け寄ってくる。
「……アルジサマ!イモウトは!?」
「ああ。外の荷車にいるけど……落ち着いてよ。目立つんだから……『そこで待ってて』」
助けが来たのはヒーメロペーのおかげだ、労をねぎらおうと思ったが、ちょっとそれどころではない剣幕。
エウクラトス様に、テルクシオペーを会議場へ運び込んでもらう。矢傷はメイコスに診てもらっていたし、だいぶよくなったようだ。
『テルクシオペー、もう動いていい。話してもいいよ』
「ネエサン!」
バタバタと翼をはためかせる。ずっと荷車に押し込めていたからか、妙に動きが硬い。
姉妹は向かい合って頬ずりを交わした。
「微笑ましい光景ですこと……母様、ちょっと手を貸してくださいな」
コーレーが荷車の上で優雅に笑う。母親の肩を借りて、左足をゆっくりと地につけた。
初めて会ったときもそうだったが、セイレーンを全く気にもかけない。
「さて、私は……少し、用を。会議場は……夜まで……空けて、おく……」
エウクラトス様はまた河口の方へ行ってしまった。
「じゃあ、ちょっとご飯にでも……」
もうだいぶ日も高い。
幸い、道中で山ほど集めた獲物がまだ残っていた。ヘーロとテロンが、ウサギを何羽か手早く焼いてくれた。
ポロスを外に置いたまま、会議場の椅子に座ってウサギを食べ始める。
「ニキッペ、お前の仲間もだいぶ大所帯じゃないの」
肉のスジを伸ばして噛み千切りながら、ヘーロが私の肩を叩いた。
(仲間はヘーロとテロンだけなんだけどな)
ピンダロス家の三人は偶然一緒になっただけだし、ポロスとセイレーン姉妹は縛霊の魔術の虜なんだし。それにいつまでもくっついてるオイトロンとアイソポスだって本当は……。
「あれ?そういえばオイトロンさんは?」
アイソポスは律儀にずっと荷車を守っていてくれたようだが、オイトロンは負ぶってもらって以来どこかへ行ってしまっていた。いつものようにこっそり後をつけていると思ったが。
「そりゃ牛王子の代わりにお前を見とくのが仕事なんだから、本人と合流したらお役御免だろ。アイツ自身そう言ってたぞ?」
(そうだっけ?)
「その点、おたくは大変だねえ。ここは牛王子のシンパしかいないときたもんだ」
話を振られて、アイソポスは疲れ切った様子で肩をすくめた。
「私はいちおう保守派ですがね。別にエウクラトス王子に思うところがあるわけじゃありませんよ。……ただ、今回のご決断は揉めるでしょうな」
房飾りのすり切れた兜を脇に置いて、コーレーの方を見る。
「街一つ分の人間が降って湧くと長老会がどうなるのか……。あなた方とどういうお付き合いをするにせよ、少なくとも糧食の類は本国を頼らざるを得ない。」
そう言って、やけ気味にウサギを頬張った。
昼食を終えて、会議場の外で火の始末をしていると、メイコスに声をかけられる。
「あのセイレーンはもう大丈夫ですじゃ。いやワシも診るのは初めてじゃが元気にはなっとるし、おそらく直に飛べますじゃ」
「ありがとうございます。何から何まで……」
「いやいや、ワシの方こそ。魔術師殿のおかげでお嬢様が助かった」
お互いに頭を下げた後、メイコスはふと顔を上げて浜を見渡した。
「さて、パルテナイの方々はどちらにおいでかな?」
メイコスは、デモフォン達の治療も請け負っているようだった。
近くのリュキオン兵に尋ねると、パルテナイの兵舎にあたるのは浜の中ほど、濠のすぐ奥にある天幕だった。
「おお、医師殿、今日も頼みますぞ」
奴隷でも医術を心得た者は貴重なのか、ピンダロス家の奴隷だからか。メイコスは明らかに一目置かれていた。
外を守っていた兵達は、メイコスの姿を見るとすぐに中へ通した。私がついていっても何も言われない。白布の上に三人、黒布の上に四人寝ていた。
「とりあえず、どなたも命の危険は去ったとみておりますのじゃが……」
メイコスは先頭から順繰りに診察していく。
私は真っ先に一番奥、黒布に寝かされているデモフォンの元へ向かった。
「デモフォンさん……」
顔の右側はグルグルと布で覆われ、どうなっているのか分からない。そして右足は、膝の上辺りまでしかない。焼いて傷を塞いだのだろう、赤黒く変色した肉が痛々しい。
デモフォンは起きていた。黒い左目が、私を見てかすかに細められる。
「下手を、うったよ……。こうなっては市民の務めを果たせない」
「務めを果たしたからそうなったんじゃありませんか」
なんとか励ましたくて、オウム返しに言葉を返してみる。しかしデモフォンは首を振った。
「足がなくては歩けもしない。戦えなくては男の価値は……」
「新しく作ればいいじゃありませんか!」
思わず、そう叫んでいた。




