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タ・パンタ・レイ ーニキッペと最後の英雄ー  作者: 本間甲斐奈
第二章 健全な肉体に健全な魂が宿りますよう

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第50話 急がば回れ

 その夜。デモフォン家の広間では、寝椅子を並べて夕食をとっていた。

だが寝そべる者はおらず、へ―ロ以外はワインにも口をつけようとしない。

「アンテモエッサが攻められているとの報は、真であるらしい。今まさに戦闘中だ」

苦々しい表情で、エレウスが沈黙を破った。

「すぐにでも援軍を送らねばならん。先遣隊は既に出た。今日評議が成ったから、明日にはイカロスが再び遠征に出るだろう」

右肩を押さえてどこか悔しげだ。怪我してるんだし、留守番なのだろう。

みんな黙って聞いていたが、やがてアイソポスが手を挙げた。くるんと手前に巻いた髭を指で回しつつ、上目遣いにエレウスを見る。

「ま、幸か不幸かすぐ出せる軍はあると……しかし間に合いそうなのですかな?敵勢はいかほどで?」

「万は下らないということだ。しかし、アンテモエッサにも戦える市民が三千はいる。我がパルテナイからの守備隊も常駐しているのだ、援軍が到着するまでは保たせるだろう」

「レイリスにあれだけ兵隊がいてまだそれだけ回せるってんだから、アルシアはでかいねえ」

一人だけ杯を往復させながら、へ―ロはのんきなものだ。



 「しかし災難ですな、パルテナイも」

アイソポスの物言いに眉を顰める。

私だってアンテモエッサに思い入れがあるわけじゃないが、五十人櫂船(ペンテコントロス)だってあそこから乗ったのだ。

「そんな、他人事みたいな。アイソポスさんはまだいなかったですけど、ここへ来るときにもお世話になったんですよ」

だが、アイソポスは肩をすくめるばかり。

「我々はリュキオン、パルテナイではないのでね。だいいち此度の任はレイリス遠征。食料にも限りがありますし、負傷者もいる。勝手に他へ行く理由などないでしょう」

(……。エウモルフォス様も、その判断なのかな)

おそらくそうだろう。

私が何か言う前に、周りも頷いてしまった。

「うむ。我々も他の手を借りようとは思わん。アンテモエッサは我らの友、パルテナイがケリをつける」

「まったく、その通り」

エレウスの返事に、オイトロンも横から同調したが、ふと首をかしげる。

「しかし俺たちはトクソン湾へ行くんだろ?……海から南へ下るとなると、アンテモエッサの辺りを通らにゃ」

すかさず、アイソポスが身を乗り出した。

「エウモルフォス王子の本隊と一緒に陸路を帰るのです。どうしてもトクソン湾へ行きたければ、四山の都(テトルーレア)から改めてロータス川を下ればよろしい」



「まあまあまあ」

へ―ロが口をはさんできた。

「ウン千人と一緒に歩いたンじゃちと時間がかかりすぎる。いくらリュキオン人の行軍でもな」

タダ酒を景気よく干しつつ、犬歯を覗かせて唇を舐める。

「アンテモエッサが攻められてるなら、牛王子サマの港だって場合によっちゃ危ないかもしれんだろ?早く行って教えてやらんと」

(そうなのかな……戦場へ行きたいだけなんじゃ)

ヒュドラを倒したのが一月ちょっと前。アルシアがいつから侵攻計画を立てていたのか知らないが、多分トクソン湾は入ってない気がする。

とはいえ、新しく作った港が発見されたら攻撃されることは有りうるだろう。

「しかし、今や中の海(ウーラニオン)は中立の海とは言い難い。アンテモエッサ近海は当然迂回するとしても……」

難色を示すアイソポス。



「メノン島までというのでは?」

デモフォンが手を挙げて提案した。

先ほどまでの暗い表情は消え、快活な笑みを取り戻していた。少なくとも見た目の上では。

(メノン島……)

島のほうのアンテモエッサを出た後に寄るはずだったところだ。アルシア船がいたから漂流山(プランクタイ)を通る羽目になった。

「そこまでは援軍とともに行けるでしょう。その後、中の海の状況を見て、迂回してさらに南下するか、陸につけてリュキオンを目指すか決めるということでいかが?少数とはいえ人形兵を数えればちょっとした部隊、いきなり陸へ上がっても問題ないでしょう」

「ふうむ……」

アイソポスは唸ったが、特に反論はなかった。



夕食の後、ポロスたちの分の肉を厨房で分けてもらう。

家を出ると、白壁にもたれてデモフォンが月を見ていた。

「おや、こんばんは。どうしたのかな?」

「ちょっとご飯のお裾分けを……そちらは?」

外衣の背中をポンポンと払いつつ、デモフォンは笑った。

「いやあ、誉ある軍役(ストラテイア)も楽じゃないと思ってね。ちょっと黄昏てたのさ」

「……はい。そう思います」

デモフォンはアンテモエッサへ行きそうな雰囲気だった。せっかく息子と会ったのに、一日でお別れだ。

「ははは。しかしこれでも騎士階級(ヒッペウス)だからね。妻も子供たちも、奴隷(ドゥーロス)たちもいるんだ、主としては頑張らないと」

「はい。……ん?子供たち?」

「ああ、娘が一人ね」

まだいたのか。

「二階にいるよ。客人は女部屋(グナイコン)に入れないから会わせられないが……いや、君はいいのか?オーキュステーはなんか嫌だな」

頭を捻っている姿に少し苦笑する。

「苦労なさってるんですね、デモフォンさんも」

「意外かな?家を護り、国を護る。それができなきゃあ男じゃないよ。……まあとにかく、もうしばらく君らの船長を務めさせてもらうことになるかな」

「はい、よろしくお願いします」



*         *         *



 メノン島は、随分平たい島だった。

山らしい山はなく、視界を遮るものは木々ばかり。ちょっとセイレーンたちに飛んでもらえば、島の全景が分かるだろう。

ただ、そのおかげで浜は随分広く使えた。

都市らしきものはなく、木組みも露わな簡単そのものの港に、天幕を並べた陣屋。その周りを三段櫂船(トリエーレース)が埋めていた。

五十人櫂船を船陣の端にお邪魔する。

「遅いですねえ、デモフォンさん」

私たちの船長は、イカロスのいる天幕に呼ばれたまま帰ってこない。

へ―ロが大あくびをしながら南を指した。

「さっき聞いたところじゃアンテモエッサを、ああ島のほうな、アルシアが占拠してるらしいからな。作戦練ってんだろ」


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