第47話 痛み分け
ヘーロが本気で動いたら、私の目では影も捉えられない。
だから、起きた結果から推測するしかない。
ずっと構えてきた毒矢をレオニダスの左目に突き刺した、はずだ。
でもほぼ同時にレオニダスが左顔面を自分でえぐり取った、んだろう。
そして反撃をヘーロが躱したとき、攻撃に使った右腕が逃げ遅れた、に違いない。
とにかく、気づいたときには二人とも膝をついていた。
レオニダスの左目付近の肉がごっそりと無くなり、そして――砂浜には右腕が転がっていた。
「ヘーロ!!」
声がかすれるのが分かった。
「毒かや!?」
『ポロス!』
カッサンドラと同時に叫んだ。
ケンタウロスの瞬脚が影浜を駆け抜ける。すぐに、出血にふらつくヘーロと右腕を回収した。
「退け、レオニダス!妾に診せろ!」
追撃を諦め、向こうも下がっていく。
「相打ちだ!」
どこかでエウモルフォス様の声がした。沖で待機していた丸船、リュキオン兵たちが再び浜に寄ってくる。
柵の奥でも動きがあった。見慣れない集団が次々に整列する。
アルシア兵なのか、黒頭巾を被り鱗のような鎧をまとった集団。――長い弓を持っていた。
『止めろ!』
浜につけていた五十人櫂船から、人形兵たちが降りてきて、私を囲む。
「ああ、ヘーロ……」
「このバカ!茶々入れやがって」
声はいつもの調子だったが、ポロスが抱えてきたヘーロの出血は尋常ではなかった。
砂浜に寝かせると、私の足下も紅く染まる。
「あのまま仕留めてりゃこっちの勝ちだったんだぞ、そしたらティグリスだって……」
「そんなのどうでもいいです!」
治さないとヘーロが死んでしまう。他のことなど考えられない。
「ポロスさん、その腕をここに当てて……」
「何やらせてんだ?くっつけようってか?」
ヘーロは笑うが、その通りだ。
『医神の父なる我が主、病魔を滅す太陽の御神……』
神祖の与霊の魔術は死体すら操った。ならば千切れた腕だって。
何度も私を抱えた腕を見る。相応しい場所は一つだけ。
『あるべきところに戻れ』
押し当てた右腕が波打つ。次の瞬間には、再び肩と一体になっていた。
「お前、こりゃあ……」
「大したものだ、いずれ私の顔も……」
ヘーロもポロスも、ただ驚くばかりだった。
ドスッ。ガスッ。
時折人形兵に矢が刺さる音が聞こえる。リュキオン兵が上陸してきて、影浜はにわかに騒がしくなっていた。
「むっ、いかん!」
大きすぎて人形兵に隠れられないポロスは、弓を構えて浜を駆け始めた。
体勢を直して座り込んだヘーロと二人、囲みの中に取り残される。
「こういうこともできるのか。この腕はお前が操ってるってことか?」
手を握ったり開いたりして、右腕の調子を確認するヘーロ。
「いいえ。その腕はヘーロの物です、そうあるべきですから」
怪訝な顔を返されて、ポツポツと説明を試みる。
「その……与霊の魔術は本質的に、操る術ではないんだと思います。ただ、あるべき霊を与えるだけ」
(巨像が私の言うことを聞かなかったのは、島を守るための霊を与えたから。人形兵が私の言うことを聞くのは、私を守るための霊を与えたから)
巨像は島を守護するため作られ、人形兵は人に使えるべく作られた。どんな肉にも、相応しい霊があるのだ。
「まあいい。これで戦える……おっと」
立ち上がろうとしたヘーロの膝が崩れ落ちた。
「ダ、ダメです。こんなに血が出たのに……」
「黙って見てろってのか?大詰めだぞ、おい」
人形兵の隙間から浜を見れば、リュキオン兵が楯を寄せ集め芋虫みたいになって進んでいく。
海では、陣形を整えた五段櫂船が、突然倍増した西方の艦隊を迎え撃っていた。
「それは、そうですけど……でもダメです。行かせませんからね」
不満げなヘーロを睨み付けた。
今の状態なら、暴れても人形兵をいくらか使えば抑えられる。
「はいはい、んじゃこっちの勝ちを祈っとくかね」
ため息をつきながら白砂の上に座り直し、碧眼がじっと私を見た。
「ニキッペ、ありがとうよ。おかげで助かった」
「……はい!」
しばらくして、沖合に巨像が出現した。
「えっ、テロン?」
姿を見せないと思ったら、あんなところに。しかしなぜ今。
目を凝らした矢先、もう一体巨像が出てきた。
「はあ!?」
しかも、すぐに二体とも消えてしまう。
「後から出た方がテロンかもな……あいつの生まれの話は聞いたことあるか?」
「はい。叔父を追ってるって……」
ヘーロが入り乱れる船の群れを指さす。
「多分、あそこにいる。最近分かったが、エウフラテスとかいうアルシアの将軍なんだとさ」
「将軍……」
会談の時にはいなかった。隠していたのか、援軍に来たのか……。いずれにしても、テロンが危ないかもしれない。
「た、助けに……」
「お前、さっきと言ってることが違うぞ。まあアタシは大歓迎だが」
「ううっ」
でも行く。ヘーロを人形兵に運ばせて、五十人櫂船へ。
その方針を固めたとき、また上空から声が響いた。
「停戦!停戦!」
それを待っていたかのように、イルカ船が一隻、戦場を離れて島へ近づいてきた。
* * *
その晩、影浜の北側。槍のように海へ突き出た岩の根元に、紅い天幕が設けられていた。
中には、西方五大都市の指導者たち。
「そんなわけで、アルシアも我々も軍を退くということになりました。ネアルコス殿が王となり島を治められる。大海の覇者レイリスの復活ですな」
安堵する者、眉をひそめる者。カウニアスの報告に対する反応は様々だった。
「何が覇者か。マンドラ湾が封鎖されていようとは。もはやこの島に価値はない」
「しかし、アルシアに利用されることもないわけだ。湾が生きておれば停戦もなかった」
憤懣やるかたないペリメドンを、イカロスがたしなめる。
「パルテナイの司令官が弱気なことを。そもそもここで挫いておけばアルシアに怯える必要もない」
「それは難しいな。アルシアはなお我が方と互角以上の数があった。レオニダスも健在のようだ。貴軍は遅れてろくに戦わなかったが」
ペリメドンは憮然として押し黙った。そこをつかれると反論のしようもない。
「……遅参については申し訳なかった。東の賊を追い払った奮戦に対して、奴隷も金品も得られないのは寂しかろう。レイリス王から志を頂くについては、セイリオスの取り分はなくてよい」
島から適当に奪っていけ、というその提案に異を唱える者はなかった。
「まあ、そちらの分け前もおいおい決めるとして……」
笑顔のカウニアスが再び口を開く。
「それより、かの猪馴らし殿はどちらへ行かれるのですかな?」




