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タ・パンタ・レイ ーニキッペと最後の英雄ー  作者: 本間甲斐奈
第二章 健全な肉体に健全な魂が宿りますよう

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第47話 痛み分け

 ヘーロが本気で動いたら、私の目では影も捉えられない。

だから、起きた結果から推測するしかない。

ずっと構えてきた毒矢をレオニダスの左目に突き刺した、はずだ。

でもほぼ同時にレオニダスが左顔面を自分でえぐり取った、んだろう。

そして反撃をヘーロが躱したとき、攻撃に使った右腕が逃げ遅れた、に違いない。



 とにかく、気づいたときには二人とも膝をついていた。

レオニダスの左目付近の肉がごっそりと無くなり、そして――砂浜には右腕が転がっていた。

「ヘーロ!!」

声がかすれるのが分かった。



「毒かや!?」

『ポロス!』

カッサンドラと同時に叫んだ。

ケンタウロスの瞬脚が影浜(メラナンセ)を駆け抜ける。すぐに、出血にふらつくヘーロと右腕を回収した。

「退け、レオニダス!妾に診せろ!」

追撃を諦め、向こうも下がっていく。



「相打ちだ!」

どこかでエウモルフォス様の声がした。沖で待機していた丸船(ホルカス)、リュキオン兵たちが再び浜に寄ってくる。

柵の奥でも動きがあった。見慣れない集団が次々に整列する。

アルシア兵なのか、黒頭巾を被り鱗のような鎧をまとった集団。――長い弓を持っていた。

『止めろ(プラッセーテ)!』

浜につけていた五十人櫂船(ペンテコントロス)から、人形兵たちが降りてきて、私を囲む。



「ああ、ヘーロ……」

「このバカ!茶々入れやがって」

声はいつもの調子だったが、ポロスが抱えてきたヘーロの出血は尋常ではなかった。

砂浜に寝かせると、私の足下も紅く染まる。

「あのまま仕留めてりゃこっちの勝ちだったんだぞ、そしたらティグリスだって……」

「そんなのどうでもいいです!」

治さないとヘーロが死んでしまう。他のことなど考えられない。

「ポロスさん、その腕をここに当てて……」

「何やらせてんだ?くっつけようってか?」

ヘーロは笑うが、その通りだ。

『医神の父なる我が主、病魔を滅す太陽の御神……』

神祖の与霊の魔術(プシュコドシア)は死体すら操った。ならば千切れた腕だって。

何度も私を抱えた腕を見る。相応しい場所は一つだけ。

『あるべきところに戻れ』

押し当てた右腕が波打つ。次の瞬間には、再び肩と一体になっていた。



「お前、こりゃあ……」

「大したものだ、いずれ私の顔も……」

ヘーロもポロスも、ただ驚くばかりだった。

ドスッ。ガスッ。

時折人形兵に矢が刺さる音が聞こえる。リュキオン兵が上陸してきて、影浜はにわかに騒がしくなっていた。

「むっ、いかん!」

大きすぎて人形兵に隠れられないポロスは、弓を構えて浜を駆け始めた。

体勢を直して座り込んだヘーロと二人、囲みの中に取り残される。

「こういうこともできるのか。この腕はお前が操ってるってことか?」

手を握ったり開いたりして、右腕の調子を確認するヘーロ。

「いいえ。その腕はヘーロの物です、そうあるべきですから」

怪訝な顔を返されて、ポツポツと説明を試みる。

「その……与霊の魔術(プシュコドシア)は本質的に、操る術ではないんだと思います。ただ、あるべき霊(こころ)を与えるだけ」

(巨像(コロッサス)が私の言うことを聞かなかったのは、島を守るための霊(こころ)を与えたから。人形兵が私の言うことを聞くのは、私を守るための霊(こころ)を与えたから)

巨像は島を守護するため作られ、人形兵は人に使えるべく作られた。どんな肉(からだ)にも、相応しい霊(こころ)があるのだ。



「まあいい。これで戦える……おっと」

立ち上がろうとしたヘーロの膝が崩れ落ちた。

「ダ、ダメです。こんなに血が出たのに……」

「黙って見てろってのか?大詰めだぞ、おい」

人形兵の隙間から浜を見れば、リュキオン兵が楯を寄せ集め芋虫みたいになって進んでいく。

海では、陣形を整えた五段櫂船(ペンテーレース)が、突然倍増した西方の艦隊を迎え撃っていた。

「それは、そうですけど……でもダメです。行かせませんからね」

不満げなヘーロを睨み付けた。

今の状態なら、暴れても人形兵をいくらか使えば抑えられる。

「はいはい、んじゃこっちの勝ちを祈っとくかね」

ため息をつきながら白砂の上に座り直し、碧眼がじっと私を見た。

「ニキッペ、ありがとうよ。おかげで助かった」

「……はい!」



 しばらくして、沖合に巨像が出現した。

「えっ、テロン?」

姿を見せないと思ったら、あんなところに。しかしなぜ今。

目を凝らした矢先、もう一体巨像が出てきた。

「はあ!?」

しかも、すぐに二体とも消えてしまう。

「後から出た方がテロンかもな……あいつの生まれの話は聞いたことあるか?」

「はい。叔父を追ってるって……」

ヘーロが入り乱れる船の群れを指さす。

「多分、あそこにいる。最近分かったが、エウフラテスとかいうアルシアの将軍(ポレマルコス)なんだとさ」



「将軍……」

会談の時にはいなかった。隠していたのか、援軍に来たのか……。いずれにしても、テロンが危ないかもしれない。

「た、助けに……」

「お前、さっきと言ってることが違うぞ。まあアタシは大歓迎だが」

「ううっ」

でも行く。ヘーロを人形兵に運ばせて、五十人櫂船へ。

その方針を固めたとき、また上空から声が響いた。

「停戦(エケケイリア)!停戦!」

それを待っていたかのように、イルカ船(デルフィン)が一隻、戦場を離れて島へ近づいてきた。



*        *        *



 その晩、影浜の北側。槍のように海へ突き出た岩の根元に、紅い天幕が設けられていた。

中には、西方五大都市(メガロペンテス)の指導者たち。

「そんなわけで、アルシアも我々も軍を退くということになりました。ネアルコス殿が王となり島を治められる。大海の覇者レイリスの復活ですな」

安堵する者、眉をひそめる者。カウニアスの報告に対する反応は様々だった。

「何が覇者か。マンドラ湾が封鎖されていようとは。もはやこの島に価値はない」

「しかし、アルシアに利用されることもないわけだ。湾が生きておれば停戦もなかった」

憤懣やるかたないペリメドンを、イカロスがたしなめる。

「パルテナイの司令官が弱気なことを。そもそもここで挫いておけばアルシアに怯える必要もない」

「それは難しいな。アルシアはなお我が方と互角以上の数があった。レオニダスも健在のようだ。貴軍は遅れてろくに戦わなかったが」

ペリメドンは憮然として押し黙った。そこをつかれると反論のしようもない。

「……遅参については申し訳なかった。東の賊を追い払った奮戦に対して、奴隷(ドゥーロス)も金品も得られないのは寂しかろう。レイリス王から志を頂くについては、セイリオスの取り分はなくてよい」

島から適当に奪っていけ、というその提案に異を唱える者はなかった。

「まあ、そちらの分け前もおいおい決めるとして……」

笑顔のカウニアスが再び口を開く。

「それより、かの猪馴らし(カプロダマスティス)殿はどちらへ行かれるのですかな?」


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