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タ・パンタ・レイ ーニキッペと最後の英雄ー  作者: 本間甲斐奈
第二章 健全な肉体に健全な魂が宿りますよう

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第41話 決戦・レイリス島⑤エウモルフォス 対 黒鷲

 中の海(ウーラニオン)にあって最大のレイリス島。その最重要の港は島の西岸、マンドラ湾である。

長大な二本の砂州によって海と隔てられ、波穏やかな湾内には常に帆影が絶えなかった。

しかし現在、砂州の切れ目、唯一の玄関口には青銅の門番が立ち塞がっている。



 「さあ、北へ!それなりの砂浜がある、もうあの湾は使えませんよ!」

カウニアスが丸船(ホルカス)隊の先頭、エウモルフォスに発破をかける。

今や西方艦隊の全てが、左翼の丸船を島へ送り込むために動いていた。

島南へ向かった右翼を見捨て、三段櫂船(トリエーレース)もイルカ船(デルフィン)も北側でアルシアの足止めに全力を注ぐ。



 遠ざかっていく丸船を、ティグリスは苦々しく眺めていた。

「チッ、足の速い敵ってのはどうにも邪魔だな……あちらさんの大将もどっか行っちまうしよ」

イカロスを追って敵味方問わず各船に斬り込んで転々としていたが、現在は五段櫂船(ペンテーレース)の甲板に戻っていた。

「仕方ない、挟み撃ちでいくか」

司令官の意思が伝達されると、アルシア艦隊は動きを変えた。

現在残っている五段櫂船(ペンテーレース)は二百隻余り。内の二十隻ほどが南の丸船を攻撃し続け――残りは全て北へ。

「この死に損ないどもを蹴散らし!上陸する連中を追って島へ!」



*            *             *



 影浜(メラナンセ)。ティルマ川が中の海に注ぐこの地にも、アルシアは陣を敷いていた。

「来るな、これは……ティグリスが敵を通すとは」

海岸に巡らせた濠と、棒杭の柵。その背後で呟く女の声。

女はかつて東方大陸タナグラ山麓に存在したプテレア市、その将であった。

黒い頭巾を目深に被り、目だけを露出させている。魚鱗のように鉄片を重ねた鎧の背には、ニレの木を削り出した長弓。

周囲にも、同様の装備をした兵たちの姿。



 果たして、影浜には丸船が続々集まってきた。

真紅のマントを波に濡らし、リュキオン兵が浜へ上がる。

「コルデー、来たぞ!」

「……つがえ」

女の声に合わせて、兵たちが弓弦を引き絞った。

山を越えて届くと称されたプテレアの長弓は、浜の深くに設けた濠と柵の後ろからでも、海岸の敵を捕捉する。

「放て!」

敵勢の先頭は黒髪の美男子。その眉間を過たず狙った一矢は、七枚皮の大楯に阻まれた。



「方陣(ファランクス)!」

エウモルフォスの号令一下、浜に降りたそばからリュキオン兵は瞬時に密集して隊伍を組んだ。

三人、十二列。六人、十八列。陣形の大小はあれど、構えは同じ。最前列が前面に、続く後列が頭上に大楯を構え、合間に槍を並べる。

鉄の芋虫に例えられる、リュキオンの得意手であった。

「応(アララ―)!」「応(アララ―)!」

号令とともに、芋虫が一歩ずつ濠へ近づいていく。

頭上から矢の雨を浴びながら、なおその足取りは乱れない。



*        *         *



影浜より遙か南の海上。

右翼へ進んだ丸船の一団は、壊滅の危機に瀕していた。

パルテナイの護衛は、すでに消え、五段櫂船は目前に迫っていた。

「さらに右へ!南方に落ち延び、のち友軍と合流を!」

「……ふう」

指示を出す船長の横で、ため息をついたのはデニケス・エウクラトス。

精健(クラテロス)を願い滅私奉公を旨とする、古き良きリュキオン人である。

短躯ながら生来腕力に優れ、若き日には闘技(パンクラチオン)を二度制した。

もっとも現在では剛力(エウクラトス)の名はもはや彼のものではない。

「我々と、後何隻かは左へ行きますぞ」

「は?」

パルテナイ人の船長は目を剥いてデニケスを見た。

左とは、五段櫂船がまさに迫っている方向。

「我々はリュキオン。海上であろうが、矢では沈まぬ。そして直接船をつけるならば、剣と槍が使えますからな」

デニケスは髪の薄くなった頭に兜を被せ、真紅の房飾りをなびかせた。

「盾を掲げて帰れぬならば、盾に乗って帰るのがリュキオンのならい。ま、時間稼ぎくらいは」



*           *            *



 レイリスの中枢、カメロスの丘の宮殿。

「王の間」には客人が訪れていた。

「武器は持っておらぬかと」

禿げ上がった老衛兵が言い終えたと同時に、男が垂れ幕を押しのけて部屋へ入った。大理石の卓を挟んで玉座に向かう樫木の椅子にどっかと腰を下ろす。

やや乱暴なその所作を見て、玉座に座る女はわずかに眉を上げた。

「ヘリケーの大デイオン。慎重派と聞いておったが、なかなかどうして大胆な……誰ぞの入れ知恵かな?」

問いには答えず、デイオンは女を見つめ返した。短く刈り揃えた白髪交じりの黒髭から、ゆっくりと言葉が漏れる。

「太后カッサンドラ。……実に若く美しい。魔術というのも頷ける」

「ふふ。不思議かの?……我が国には魔術師の類いもおるがのう、妾は違うぞ。これは研究成果というヤツじゃ」

カッサンドラは紅い唇をきゅっと吊り上げて笑みを作った。

「それで、御用の向きは?」

デイオンは深く椅子に座り直した。

「ふむ、この辺りで手打ちというのはどうだ?」


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