第40話 決戦・レイリス島④巨像 対 機略縦横
『全速前進!』
号令をかけると、人形兵たちが一気に速度を上げる。私たちの五十人櫂船は戦場の右方、丸船の一隊を追って突き進んでいた。
「間に合ってよかったです。デモフォンさん、このまま島へ……」
行きますか、と言う前に首がきゅっと締まる。太い腕が背後から絡みついていた。
「なぁにがよかったんだ?向こう三年メシ抜きだ、お前は」
「そんなあ。だって、このままじゃ勝てないと思って……」
ヘーロはさっきまで敵船にいたのだが、とんでもない大跳躍で戻ってきていた。
デモフォンも首を振り振り、ヘーロに同調する。
「まったくだよ。後でヒドいからな。……それで、あの巨像はどういう状態なのかな?」
「私が、動かしました。島の守護者だし、アルシアを攻撃させようと思って……でも命令を聞かなくて。沖へ出ようとしないんです」
「味方じゃないってこと?どう理解したものか分からないけれど……ともかく、そう、島へは行く。もはや海戦に活路はなさそうだ」
頷き、さらに速度を上げる。すでに味方が何隻沈んだかもはや分からない。海面を見れば、スミレ色の布きれがあちこちに浮いていた。
「しかし、パルテナイばっかりだな」
「……そういえば」
ヘーロの言葉通り、背後で必死にアルシア艦隊を押しとどめているのは全て三段櫂船。波間を巧みに駆けていたイルカ船が見当たらない。
* * *
犬の獣人が二人、同じ矢に貫かれて海へ落ちた。
一矢で二敵を屠ったのは、ケファロニア王カウニアス。イルカの尾を用いた豪弓、国で彼以外には弦を張る者すらいないそれを、事もなげに背へ納める。
「王。こちらへ船団を寄せたとて、数の不利には変わりありません」
そう進言したのは、松の葉のような細面の老将。丹念に手入れされた白い口ひげが、海風でわずかにそよぐ。
ケファロニアの誇るイルカ船は、この戦場に百隻あまり。そのほぼ全てが、パルテナイ船陣の左翼に集中していた。
左右に分かれた丸船隊のうち、右を捨て、左を生かす。西方大陸にその名も高き機略縦横のカウニアスは、そう判断したのだった。
「まったくだ、キリがないね。ま、パルテナイも分かってるはずだ。直にこっちを固めるだろう」
「リュキオンの大将がこちら側におりますからな……いずれかを取るならば。しかし、半分が島にはたどり着けましょうが、その後は?」
端的な追及に、金髪の青年王は苦笑した。
「厳しいな、モーリュオスは。まあ、だからデイオン殿に行ってもらったんだが……」
彼にとってもアルシアがこれほどの艦隊を用意しているとは予想外だった。陸戦はどれほどの戦いになろうか。リュキオンの精兵七千、その半分を島に送り込んで制圧の見込みはあるのか。
「とにかく、あれを調べたいな」
群青の瞳が、湾口を堅く守る巨像を見据えた。
昼の高い日に輝く白波を、イルカの嘴が縦横になぞる。
「これなるはアネルテスの子カウニアス!さあ東の衆、手柄が来たぞ!」
カウニアスはケファロニア船団を残したまま、自船のみでアルシア艦隊の中を島へ向かって猛進していた。傍目には狂気の沙汰であったが、しかし五段櫂船はこの無謀な敵船の影すら踏めなかった。
本物より自在に泳ぐと言われるイルカ船。速度と操作性においては、他の追随を許さない。
わけてもカウニアスの船を操るのは、先王アネルテスより引き継いだ最高の水夫たち。
「どうした、早く来い!幸運の神に後ろ髪はないぞ」
あからさまな挑発を仕掛けながら、すれ違う敵船の船尾、操舵手ばかりを狙って射落としてゆく。
誰の目にも、疑いなくカウニアス本人だと見せつける腕の冴えであった。
何隻かの五段櫂船は丸船攻撃の使命を捨て、追撃に出た。西方五大都市の一角、その王が単独で自陣を通っているのだ。追わぬ法はない。
見る間に、カウニアスのイルカ船は巨像を見上げる位置までたどり着いていた。後ろには四隻のアルシア船団。
「さあここだ。これはどういう動きをするのかな」
呟くカウニアスは、すでに巨剣の間合いに入り込んでいた。
船より大きな青銅の右手が、ゆっくりと持ち上がる。
「やっぱり。回れ!」
即座にイルカ船が反転し、後方へ遁走する。
巨像は剣を振り上げたまま、一歩踏み出した。胸まで海に浸かりながら、背を向けた侵入者をしっかりと射程に捉える。――そして、後方の五段櫂船までも。
「いかん、退避だ!」
指揮官の叫びは、実を結ばなかった。巨船ゆえに小回りは効かず、しかもカウニアスは振り向きざまに、またも操舵手を射殺していた。
右往左往することすらできない船団に、巨剣が影を落とす。
「敵も味方もないか。しかもやっぱり沖までは追ってこない……使えるな」
四隻を仕留めて再び元の位置に立ち尽くす巨像を見ながら、カウニアスは呟いた。
* * *
入り江の南、糸杉の森の中。砕け散った五段櫂船の残骸を、茂みに隠れて数名の男が眺めていた。
黒い兜の房飾り。左手の盾に彫られているのは有翼の大蛇。
どこから見てもアルシアの兵士と思われた。
「なるほど。あの像は誰でも襲うわけか……カウニアス殿の読み通りだな」
最年長の男の呟きに、周囲の兵士が肯く。
「では、我々も行くとしよう。戦況は悪い、急がねば」
男の名はデイオン。西方大陸の北西、神盟連邦を指揮する大将であった。




