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タ・パンタ・レイ ーニキッペと最後の英雄ー  作者: 本間甲斐奈
第一章 魔女は頭上に月を下ろす

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第3話 野宿

 どれだけ走ったのか。森の中、少し開けた場所へ来て、目まぐるしく動いていた景色がようやく止まる。早々に引き離されてしまったテロンはまだ追いついてこない。

糸杉が立ち並ぶ風景には見覚えがあった。多分ここは、島の一番北の森。目の前には、ちょうど座るのに良さそうな丸太がある。へーロは私をぽいっと放り出し、ひとつため息をつく。

「こおの、クソガキっ!何考えてんだよ、お前は」

がしっと、頭を上から掴まれる。片手なのに、私の頭がすっぽりだ。長い指が耳のあたりまで張り付いている。もしへーロが力を込めたら、卵みたいに割れちゃうんだろう。でも。

「へーロの言いたいこと、分かります。だけど……」

「ほお?」

頭を掴まえたまま、碧い目が下がってきて私の顔をのぞき込む。

「け、軽率だったって言うんでしょ?私だって分かってます。だけど、あいつはみんなを殺したんです!お母さんだって、大ババ様だって……」

「あのなあ……」

へーロはそこで言葉を切って、視線を泳がせる。聞き分けのない子どもだと思ってるんだろう。でも、譲りたくない。自然と唇を引き結んでいた。

「はあ。……何にしても、長居できなくなっちまった」

またため息をついて、へーロは私から手を離す。そのまま背を向けて、森へ入っていく。ぎゅっと手を握ったまま、声はかけなかった。



 どのくらい時間がたったのか、気がつけば夕暮れになっていた。お腹もすいてきた。

(へーロはまだ戻らないのかな……。)

ふと、不吉な考えが頭をよぎる。もしかすると、見捨てられたのかもしれない。

(そういえば、長居はできないって……)

敵に姿を見られたのだから当たり前だ。そんなに広い島じゃない。へーロの脚で振り切ったとはいえ、向こうが本腰入れて捜索にかかればいくらも隠れていられない。

テロンがまだ来てないから大丈夫と思っていたけれど、よく考えたら私を拾う義理なんかないのだ。知らないところで、二人だけで落ち合って、とっくに島を出たのかも。

(ど、どうしよう……。)

やっぱり、謝っておけばよかった。

置き去りなんて耐えられない。

一人になりたくない。



「ったく、手こずらせやがって……」

突然背後からした声に振り返ると、へーロが戻ってきていた。大きな革袋を背負って薪を抱え、腰には皮を剥いだ兎を一羽ぶら下げている。思わず駆け寄った私の顔を見て、意地悪な笑みを浮かべる。

「はっはあ、寂しくて泣きべそかいてたな、可愛い奴め」

「か、かいてません」

へーロは笑いながら、丸太に腰を下ろし、手早く火をおこしはじめた。私が隣に座ると、顔を火元に向けたまま、一つ息をついて口を開く。

「で、ニキッペ。さっきの話の続きだがな、復讐したいってなそりゃそうだろう。だが段取りってモンがあるだろ」

「はい……」

「教えとくが、さっきの野郎は将軍(ポレマルコス)のティグリス。ティグリス・テラトクトノス(神獣殺し)だ。アルシア帝国第二の英雄、トリなんぞけしかけて殺せりゃ苦労はないんだよ」

ティグリス、という名が頭の中で反響する。将軍なんて、簡単に近づける相手じゃないはずだ。

「でも、せっかくのチャンスが……」

「あんなのチャンスじゃないってんだよ。いいか、あの連中をどうにかする機会はじきに来る」

「……どういうことですか?」

「テロンの奴も言ってたろ?アルシア軍がここまで出張ってるのは、西征が近いからだ。西(クネファリア)の王様連中も準備してる。アタシも戦が始まるまでに、どこぞの軍に入れてもらわにゃ」

炎に照らされながら、歯をむき出してへーロは笑う。獲物を見る猛獣の笑みだ。木串に刺さった手元のウサギを見つめながら、その目はもっと遠くを睨んでいる。

「……へーロも、アルシアに復讐したいんですか?」

「いんや?アタシは連中に恨みなんかない。ただ手柄がほしいのさ。闘って名を揚げて、英雄(ヘーロース)ってヤツになりたいのよ。それこそティグリスみたいにね」

この人ならなるだろう、そう思った。神に愛された者の証、混じりっけなしの金髪が静かに揺らめいている。

「そんなわけで、アタシも立身出世ってやつをいろいろとガンバってるのさ」

「わ、私も戦いたいです!一緒に行かせてください!」

突然立ち上がった私に、へーロは焚き火から顔を上げて、鋭い目を向ける。

「団体行動がしたいってんなら、言うことがあるだろ?」

「……。今日は、ごめんなさい……。もう勝手なことはしません……」

「おう、そうしなよ。さあ、飯だ飯だ」

ウサギを焼く臭いが、鼻の奥までなでてきた。座り直して、一羽を分けてもらう。



 空腹だったからか、兎はとても美味しかった。食べ終えて、へーロにもらった革袋の水をごくごくと飲む。後ろではへーロが、自分たちの船から持ってきたらしいテントを張っている。

「…………それとお前、嘘ついてたな。長ったらしい呪言なんざなくても命令できるんじゃないか」

「別に嘘はついてません~。言ってなかっただけですぅ。それに呪言があった方が確実だし、複雑な命令もできるんです」

「食うモン食ったらまた反抗的になりやがったな、コイツ。で、他に言い忘れてることはないのか?」

「知能の高い生き物ほど、操るのは難しいです。鳥くらいならさっきみたいにしてもいいけど、賢い獣には正確に呪言を唱えないと……」

「テロンの時は、賢すぎたから失敗したってか?」

「あの時は、獣人(テリオモルフォス)相手が初めてだったから……。テロンの霊(こころ)にどんな影響があるか分からないから、呪言を弱めたんです。ちゃんと女神様の御名をお呼びすれば成功したと思います」

「なにい~?舐めたマネしやがって」

「ふふん。私、里では開祖以来の天才って呼ばれてたんです。ちゃんと呪言をかけて、失敗したことはまだありません」



「やっぱりね。なんか手加減してるような気がしたんだ。その気なら獣人も操れるんじゃないか、このウソツキ」

「ひいいっ」

茂みをかき分けて、疲れ切った様子のテロンが現れる。

「おう、遅かったじゃないの」

「そっちが速いんだよ!なんで獣人の僕が、山野で人間に走り負けるんだ。落ち合う場所だって勝手にズラしてくれちゃって。獣(テリオン)の姿で臭いたどってきたんだぞ」

「あの、ウサギ食べますか?テロンの分も残しておいたんです」

ぶつくさ言うテロンに肉を差し出すと、ひったくるようにして猛然と食べ始める。

「で、追手は来てそうか?」

「いいや。でも早いとこずらかった方がいいだろうね。今はまだ西(クネファリア)へ上陸する気じゃないようだから、海へ出ればかち合うことはないだろう」

バクバクと肉を頬張りながら、テロンはアルシアの動向を説明してくれる。

「そんじゃ、明日の朝イチで出発だな。……開祖以来の天才さんよ、夜の見張りはアレでどうだ?」

へーロが指さした先、半ば腐れた巨大な糸杉の洞から、丸い顔が覗いている。

「……フクロウは英知の乙女の眷属、鳥の中ではかなりの高位です」

「ありゃ、できないのけ」

「むっ。できますよ。ただ、たくさんは難しいって言おうとしただけです」



全員が一通り満腹になって、テントに入る。周囲に人気はないけれど、念のためフクロウに巡回させている。

「それで、この後はどうするんですか?」

「リュキオンに戻って、雇い主の旦那に報告だ。ここへ来たのは任務なんだからな。……がその前に、帰る道中でカリュオンの祭りに出たい」

「はい……」

リュキオンもカリュオンも分からないが、一応肯いてみる。……祭り?

「あの、何かあるんですか?」

「イノシシ狩りさ」

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