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タ・パンタ・レイ ーニキッペと最後の英雄ー  作者: 本間甲斐奈
第一章 魔女は頭上に月を下ろす

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第2話 会敵・神獣殺し

『太陽に苛まれたる我が兄弟よ、山野の主の言を聞け……』

ヘーロマケーに担がれながら、ゆっくりと過ぎていく山道の途中。また一羽、呪言に縛られてカラスが飛んでいく。

アルシア軍がどこにいるか分からないというので、偵察に野鳥の類をあっちこっちへ送っているのだ。

「しかし便利なもんだな。」 「まったく。上手くすれば無敵だよ、その魔術。」

二人は感心しきりだ。

「……でも、生き物の能力を大きく超えたことは命令できません。今回だと、『人間の集団を見つけたら知らせに来い』と言っただけです。その、アルシア軍?かどうかの判別は無理です」

「いやあ十分十分。人間の集団なんて、今この島にいくらもいるまいよ」

「……」

そう。もうこの島に人間はいないのだ。

思わず、顔の横に垂れた髪をいじる。お母さん譲りの、明るい栗色。いつもは後ろにまとめてもらっていたけど、今は乱れてボサボサだ。

「あの、里の様子を見に行くわけには……」

「やめといた方がいいだろうね」

「おう。偵察はしたいが、直接ご対面ってのはちと困るからな。寄るにしても、連中が島を出て行ったのが確認できてからだ」

唇を押し開いて提案してみたが、やっぱり、二人の反応は渋かった。



「あの、ヘーロマケーさん……」

次第に緩やかになっていく斜面。茂みの間を縫ってすいすい進む大きな背中にしがみつきながら、ため込んでいた疑問をぶつける。

「そのアルシアっていうのは何なんですか?どうして私の里(オルテギア)を襲うんですか!?二人はいったい……」

「あー、うん、そうだな」

思わず勢い込んだところを、肩越しに手で制される。

「アタシのことはへーロでいいよ。……それで、お前はちょっと世の中の事情ってモンを知らにゃあな」

おぶった私を跳ね上げるように担ぎ直し、へーロは話し始める。

「まず、この大地は大きく二つに分かれてる。西のクネファリア、東のオルトリア。これはいいな?」

それは常識だ。肯いて続きを促す。

「青銅の時代から、二大陸にはそれぞれ国々が生まれちゃあ滅び、まとまったことがない。……って話だったんだが、ここ30年ほどでアルシア帝国が東(オルトリア)を制覇した。もう向こうにゃ敵はいないって話だ」

「それがどうして私の……」

「まあ聞けよ。アルシアってのは先帝の代から獣人(テリオモルフォス)を登用してるのさ。獣人の将軍もいるし、獣人軍も組織されてる」

(!?)

信じられない。獣人とは神々の怒りに触れ、畜生に変えられた罪人の血族。ゆえに人とは交わらない。それが常識…………のはずだ。

「そんな、獣人なんて……」

言いかけて気づく。人間にしか見えないから抵抗なく接してしまっていた。

「っ、ごめんなさい、テロン。助けてもらったのに……」

「んー。アルシア以外の国じゃ多分君の認識であってるよ。僕らは西(クネファリア)の者なんだからね。きっちりバッチリ爪弾きなんだから、僕が獣人だなんてバラしたらダメだよ」

必死に頭を下げるが、向こうは気にした様子もない。ひらひらと手を振って笑いながら、青い海原がちらつきはじめた木々の間を油断なく見渡している。

恐る恐る、話を戻す。

「つ、つまり、獣人の軍を操られたら困るから、私たちを……?」

想像もしてなかった。オルテギアのことをそんなに知っていて、しかも敵視する集団が存在するなんて。

「そういうことだろうさ。しかしそれ以上に、東を平定した今になって中の海(ウーラニオン)へ来るってのは……」

「やっぱり近いんだろうね、西への遠征が。挑発か、斥候か、前線基地でも探してるのか……」

テロンの言葉は、バサバサという羽音に遮られる。見上げると、さっきのカラスーーーー南西の海岸へ飛ばした一羽が戻ってきていた。  



 二人の行動は早かった。へーロが私を小脇に抱え、テロンが後について山道を駆け抜ける。 海岸を見下ろす崖にたどり着くと、果たして浜には、兵士たちがひしめいていた。

三隻並んだ巨大な軍船は、今まさに帆を広げつつある。木の陰から三人で様子を窺う。

「どうだテロン、確かにアルシアか?」

「兜に黒の房飾り、盾の紋章は有翼の大蛇(ドラコーン)……間違いないね。櫂船(トリエーレース)の大きさからして、三百ってところだ」

へーロに小声でささやいた後、テロンは私を見る。深い黒の瞳が、わずかに揺れている。

「……兵士しか、いないようだね」

テロンの言いたいことは分かっていた。連中は里を襲ったとき、奴隷(ドゥーロス)を取らなかったのだ。

(じゃあ、もう……)

「…………おい嘘だろ?ありゃ神獣殺し(テラトクトノス)じゃねえか。大将格がなんでこんなところに……」

呻くへーロの声に思考を中断される。視線を追うと、浜に立って兵士たちを急かす巨体が目に入る。白髪交じりの長髪に長い髭、漆黒の鎧を身に纏った男。

その男には見覚えがあった。炎の中に、闇を纏って浮かびあがった黒い影。

(間違いない。あの時の指揮官だ。あれが、みんなを……)

そう思った瞬間、瞳の奥が熱くなる。喉をせり上がる熱を吐き出すように、上空を羽ばたく海鳥の群れに神令(テオロゴス)を飛ばす。

『殺せ(カイネーテ)!!』

鳥たちが矢のように、故郷の仇へ殺到する。あの嘴の一つでもいいから眼を抉り、あの爪の一つでもいいから喉を掻けば……。



 しかし、神獣殺しはわずかの動揺も見せなかった。

すうっと、長い槍が弧を描く。四方から迫る鳥の群れの中を、穂先の閃きが滑る。

奴が元の体勢に戻ったときには、十羽からいた鳥がすべて砂浜に伏せ、ピクリともしない。

「ん~?」

槍を持ったまま、しわの刻まれた顔がこちらの方を向く。黒いどんぐり眼が楽しげに細められる。

私たちのことは見えていないはず。さっきの声だって、聞こえる距離じゃない。 だが、なぜか確信していた。

(気づかれた……!)

ダッ!

突然、体が宙に浮く。へーロが私を抱えたのだと、少し遅れて気づいた。そのまま、猛然と海岸を離れだす。  



 信じられないほどに、へーロは速かった。森の木々が矢のように、目の前を過ぎ去っていく。アルシア軍どころか、後ろを走るテロンまですぐに見えなくなってしまった。気づけば島の対岸、北の浜辺近くへたどり着いていた。

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