第2話 会敵・神獣殺し
『太陽に苛まれたる我が兄弟よ、山野の主の言を聞け……』
ヘーロマケーに担がれながら、ゆっくりと過ぎていく山道の途中。また一羽、呪言に縛られてカラスが飛んでいく。
アルシア軍がどこにいるか分からないというので、偵察に野鳥の類をあっちこっちへ送っているのだ。
「しかし便利なもんだな。」 「まったく。上手くすれば無敵だよ、その魔術。」
二人は感心しきりだ。
「……でも、生き物の能力を大きく超えたことは命令できません。今回だと、『人間の集団を見つけたら知らせに来い』と言っただけです。その、アルシア軍?かどうかの判別は無理です」
「いやあ十分十分。人間の集団なんて、今この島にいくらもいるまいよ」
「……」
そう。もうこの島に人間はいないのだ。
思わず、顔の横に垂れた髪をいじる。お母さん譲りの、明るい栗色。いつもは後ろにまとめてもらっていたけど、今は乱れてボサボサだ。
「あの、里の様子を見に行くわけには……」
「やめといた方がいいだろうね」
「おう。偵察はしたいが、直接ご対面ってのはちと困るからな。寄るにしても、連中が島を出て行ったのが確認できてからだ」
唇を押し開いて提案してみたが、やっぱり、二人の反応は渋かった。
「あの、ヘーロマケーさん……」
次第に緩やかになっていく斜面。茂みの間を縫ってすいすい進む大きな背中にしがみつきながら、ため込んでいた疑問をぶつける。
「そのアルシアっていうのは何なんですか?どうして私の里を襲うんですか!?二人はいったい……」
「あー、うん、そうだな」
思わず勢い込んだところを、肩越しに手で制される。
「アタシのことはへーロでいいよ。……それで、お前はちょっと世の中の事情ってモンを知らにゃあな」
おぶった私を跳ね上げるように担ぎ直し、へーロは話し始める。
「まず、この大地は大きく二つに分かれてる。西のクネファリア、東のオルトリア。これはいいな?」
それは常識だ。肯いて続きを促す。
「青銅の時代から、二大陸にはそれぞれ国々が生まれちゃあ滅び、まとまったことがない。……って話だったんだが、ここ30年ほどでアルシア帝国が東を制覇した。もう向こうにゃ敵はいないって話だ」
「それがどうして私の……」
「まあ聞けよ。アルシアってのは先帝の代から獣人を登用してるのさ。獣人の将軍もいるし、獣人軍も組織されてる」
(!?)
信じられない。獣人とは神々の怒りに触れ、畜生に変えられた罪人の血族。ゆえに人とは交わらない。それが常識…………のはずだ。
「そんな、獣人なんて……」
言いかけて気づく。人間にしか見えないから抵抗なく接してしまっていた。
「っ、ごめんなさい、テロン。助けてもらったのに……」
「んー。アルシア以外の国じゃ多分君の認識であってるよ。僕らは西の者なんだからね。きっちりバッチリ爪弾きなんだから、僕が獣人だなんてバラしたらダメだよ」
必死に頭を下げるが、向こうは気にした様子もない。ひらひらと手を振って笑いながら、青い海原がちらつきはじめた木々の間を油断なく見渡している。
恐る恐る、話を戻す。
「つ、つまり、獣人の軍を操られたら困るから、私たちを……?」
想像もしてなかった。オルテギアのことをそんなに知っていて、しかも敵視する集団が存在するなんて。
「そういうことだろうさ。しかしそれ以上に、東を平定した今になって中の海へ来るってのは……」
「やっぱり近いんだろうね、西への遠征が。挑発か、斥候か、前線基地でも探してるのか……」
テロンの言葉は、バサバサという羽音に遮られる。見上げると、さっきのカラスーーーー南西の海岸へ飛ばした一羽が戻ってきていた。
二人の行動は早かった。へーロが私を小脇に抱え、テロンが後について山道を駆け抜ける。 海岸を見下ろす崖にたどり着くと、果たして浜には、兵士たちがひしめいていた。
三隻並んだ巨大な軍船は、今まさに帆を広げつつある。木の陰から三人で様子を窺う。
「どうだテロン、確かにアルシアか?」
「兜に黒の房飾り、盾の紋章は有翼の大蛇……間違いないね。櫂船の大きさからして、三百ってところだ」
へーロに小声でささやいた後、テロンは私を見る。深い黒の瞳が、わずかに揺れている。
「……兵士しか、いないようだね」
テロンの言いたいことは分かっていた。連中は里を襲ったとき、奴隷を取らなかったのだ。
(じゃあ、もう……)
「…………おい嘘だろ?ありゃ神獣殺しじゃねえか。大将格がなんでこんなところに……」
呻くへーロの声に思考を中断される。視線を追うと、浜に立って兵士たちを急かす巨体が目に入る。白髪交じりの長髪に長い髭、漆黒の鎧を身に纏った男。
その男には見覚えがあった。炎の中に、闇を纏って浮かびあがった黒い影。
(間違いない。あの時の指揮官だ。あれが、みんなを……)
そう思った瞬間、瞳の奥が熱くなる。喉をせり上がる熱を吐き出すように、上空を羽ばたく海鳥の群れに神令を飛ばす。
『殺せ!!』
鳥たちが矢のように、故郷の仇へ殺到する。あの嘴の一つでもいいから眼を抉り、あの爪の一つでもいいから喉を掻けば……。
しかし、神獣殺しはわずかの動揺も見せなかった。
すうっと、長い槍が弧を描く。四方から迫る鳥の群れの中を、穂先の閃きが滑る。
奴が元の体勢に戻ったときには、十羽からいた鳥がすべて砂浜に伏せ、ピクリともしない。
「ん~?」
槍を持ったまま、しわの刻まれた顔がこちらの方を向く。黒いどんぐり眼が楽しげに細められる。
私たちのことは見えていないはず。さっきの声だって、聞こえる距離じゃない。 だが、なぜか確信していた。
(気づかれた……!)
ダッ!
突然、体が宙に浮く。へーロが私を抱えたのだと、少し遅れて気づいた。そのまま、猛然と海岸を離れだす。
信じられないほどに、へーロは速かった。森の木々が矢のように、目の前を過ぎ去っていく。アルシア軍どころか、後ろを走るテロンまですぐに見えなくなってしまった。気づけば島の対岸、北の浜辺近くへたどり着いていた。




