↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
タ・パンタ・レイ ーニキッペと最後の英雄ー  作者: 本間甲斐奈
第二章 健全な肉体に健全な魂が宿りますよう

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

39/93

第38話 決戦・レイリス島②神獣殺し 対 竜殺し

 青銅の巨剣が振り下ろされる。

噴火のような水しぶきとともに、五段櫂船(ペンテーレース)の甲板が砕け散った。

「やった!」

巨像(コロッサス)は、今や名実ともに島の守護神だった。

入り江をまたぐ両の足、その右がゆっくりと台座を離れ、海に踏み込んでいく。

高波が、船から放り出されたアルシア兵の頭上を覆った。



*           *             *



 神話の光景に、誰もが一時目を奪われた。

青銅の巨像(コロッサス)が動いている。海底を歩き、剣を振るっている。

それが少女の起こした大魔術だと、理解できた者はほぼいなかった。



最も速く事態を把握したのは、アルシア艦隊の指揮官――ティグリス・テラトクトノスだった。

船陣の中列から、怒鳴り声を張り上げる。

「前進だ、沖へ出ろ!一隻残らずだ!」

そうして自らの船を全体の先頭に進ませた。舳先に足をかけ、漕ぎ手を叱咤する。

「死にたくなきゃァ気合い入れて漕げ!木ッ端微塵になっちまうぞ」

大将船の後に続き、近海を埋め尽くす大艦隊が一斉に前へ出た。



 黒雲のような船団の向かう先には、出会い頭の勝利を収めつつあったパルテナイ海軍。 

「むっ、いかん!後退だ、一旦下がれ!」

中央に陣取ったイカロスが指示するまでもなく、各船の指揮官は素早く後方へ動いていた。

千年に及ぶ中の海(ウーラニオン)の歴史において、最強の呼び声も高いパルテナイの三段櫂船(トリエーレース)。敵船を沈め、離脱。追ってきた敵をまた沈め、離脱。

攻撃力と機動力に物を言わせた、それが常勝戦法であった。

しかし今、彼らは大軍との正面戦闘に向かいつつあった。



さらに後方、丸船(ホルカス)の集団にも動き。

「エウモルフォス殿。敵が海岸を離れました。二手に分かれ、敵陣を迂回して島へ」

束ねた髭を握りつつ、アカマースが進言した。

「しかし、これは軍船ではないのだろう?敵の攻撃を振り切れるのか?」

「リュキオン勢を上陸させるのが、パルテナイ(われら)の役目。丸船が動けば、機に応じて三段櫂船も動きます。何より敵が前へ出た以上、すぐにでもここへ来ます。退くか、行くか、二つに一つですな」

黒髪の王子はふっと笑った。

「では行こう。我らはリュキオンだからな」

丸船の群れは二つに分かれ、それぞれ左右へ走り出した。



*        *        *



「アルジサマ!フネが逃げます!」

ヒーメロペーに警告されるまでもなく、敵船の動きは明らかだった。

巨剣がマストを叩き折り、四隻目が沈んだところで、次々と船が島を離れ出す。

逃がすわけにはいかない。総数からすれば、まだまだ敵の損害は微々たるものだ。

『戦え(マクー)!追って壊せ!』

しかし、巨像は追撃しない。湾の入り口に陣取って動こうとしなかった。

(なんで……深いから?)

巨像は青銅、泳げない。今すでに胸近くまで海水に浸かっているのだ、さらに沖へ進めば完全に水没するのは目に見えていた。

(いや、だとしても私は命令を……)

追えと言ったら追うのが道理だ。判断の正否は問題ではない。

霊(こころ)を与えられた者が、与えた者に逆らうなど。アルキッポスからは教わっていない。



ヒュッ。

「ヒャアッ!?アルジサマ、危ない!」

背後から飛んできた矢を、ヒーメロペーがかろうじて躱す。振り向くと、海岸にも敵兵。

「戻りましょう、ココはダメです!」

この巨像を放置するのか。一瞬迷ったが、留まるのは危険すぎた。

(それに、私たちの船が……)

敵船団は進んでいる。私が戻って人形兵(ペーロプリテス)に命令しなければ、変わる戦況に対応できない。

「~~~ッ。戻るよ、ヒーメロペー!」



*          *           *



 戦場を迂回する丸船の動きを、イカロスの梟眼(グラウコーピス)は冷静に捉えていた。

「ようし、包囲戦だ!敵船を押し包め、一隻も外へ出すな!丸船を送るんだ!」

百二十の三段櫂船が薄く長く広がり、半月型にアルシア艦隊の行く手を塞ぐ。

「数を見るな、手前に出た船を端から叩け!」



「正気か、パルテナイの大将!そりゃあ多い方がやるもんだ」

五段櫂船の舳先でティグリスが笑う。

「押し通れ、向こうのデブ船を島へ行かせるな!」

巨像から逃げていた艦隊が、一気に攻勢へ転じる。薄い包囲を突破すべく、我先にと前へ出た。

「んで、あれが本命か」

どんぐり眼が、パルテナイ船団の中央を見据える。

有翼の大蛇(ドラコーン)の船首が、波を裂いてイカロスの船へ向かった。



ドギャッ。

突進する巨体に、横合いから衝角(ラム)が突き刺さる。

「ありゃ、邪魔が……うおっと!」

ギイン。

ティグリスが振り向いた瞬間、飛んできた槍がその黒鎧を擦る。

「貫けんとは……やはり鉄虎(シデロティグリス)の体で鎧をこしらえたというのは真なのかな」

傾く五段櫂船の甲板には、黒髪の将を先頭にパルテナイ兵が続々と乗り込んでいた。



 すっと、首を貫いた剣が引き抜かれる。声もなく、また一人アルシア兵が倒れた。

激戦の中を、男は悠々と舳先へ歩いてきた。ティグリスをかっと見据える。

「ペラゴスの子エレウスに向かう勇者は!」

「ティグリスだ、親は知らん!」

剣を構えたパルテナイの英雄(ヘーロース)に毫も怯むことなく、ティグリスは白髪交じりの頭を掻いた。

「……竜殺し(ドラコノクトノス)殿とは、こりゃァいい!お相手しよう!」



 青みを帯びた刀身と、黒い長槍が火花を散らす。

エレウスは左右に長剣を携え、怒濤の攻勢をかけていた。

「おっ……うっ!寄ってくんな、暑苦しいぞ!」

「……」

舳先の狭い空間で、長い槍はいかにも窮屈だった。長い髭を振り乱しながら、しかしティグリスは器用に双剣をさばく。 

髪の毛先がふれあうほどに、二人の間合いは詰まっていた。

「神獣(テラス)の鎧……まったく堅固きわまる」

呟きながらもエレウスの剣閃は鋭さを増し、肌の露出した部分へ攻撃を集中する。

ティグリスの頬に、肩に、紅線が走った。

「強い強い……騙し討ちは申し訳ないな、こりゃ」



 ――どろりと、漆黒の胸当てが溶(・)け(・)た(・)。

異変を感じたエレウスが後退するより速く、黒い閃光がその首筋に迫る。

ズッ。

剣で致命の一撃を逸らし、辛うじて命を守った代償に、右上腕へ深々と黒鉄が食い込んでいた。

「がッ……」

大きく跳び退り、肩で息をする。まだ双剣は持っていた。

するすると、エレウスの肉を貫いた鉄が胸当ての形に戻っていく。

「悪いな、確かにこ(・)れ(・)は神獣の肉(からだ)だが……まだ生きてるのさ。それに名前も鉄虎(シデロティグリス)じゃない、虎鉄(ティグロシデロス)だ」

言いながら、追撃の長槍を繰り出す。

「エレウス様!」

「アリストン……!」

とっさにエレウスをかばったパルテナイ兵が、盾ごと串刺しになった。

「鉄みたいな虎じゃない、虎(・)み(・)た(・)い(・)な(・)鉄(・)なんだよ。コイツは霊(こころ)ある鉄塊、強者の姿を真似る……フフ」

また一人、パルテナイ兵が槍の餌になる。

脂汗を流しながら、エレウスは敵将を睨んだ。

「では、神獣を従えて……」

「神獣馴らし(テラトダマステース)とでも呼んでもらおうか。似(・)た(・)よ(・)う(・)な(・)の(・)がそっちにもいるんだろ?」

一瞬、黒い瞳が遥か後方の巨像を捉えた。

「なかなか上手く育ったもんだ、オルテギアのお嬢ちゃんも」



 最後まで聞かず、エレウスは武具を帯びたまま海へ身を投げた。

すかさず、アルシア兵の何人かが海面に槍を投げ込むが、ティグリスはもう見向きもしない。

「さて、こりゃもう沈むな……アレもらうか」

そう言って、自らの船を撃沈した三段櫂船へ飛び乗った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。