第36話 海軍国家パルテナイ
「ひえ~……」
居並ぶ軍船の間を縫うようにして、ゆっくりと船を進める。
アンテモエッサとは比べものにならない、巨大な港。弧状に大きくせり出した稜線が湾を作り、その内側に余すところなく船着き場が並んでいた。
そして、その港を埋めてなお周辺に溢れ出す軍船の山。
その全てが今乗っている五十人櫂船の優に倍はある。おっかなびっくり眺めていると、エレウスが解説してくれた。
「我が国の誇る三段櫂船だ」
確かに、船の横腹には三段に分かれて穴がびっしりと並んでいた。
あれが全部、櫂を差し込む穴なのか。
「すごい、何人で漕ぐんですか?」
「百八十人だな。それとは別に甲板の兵が四十……ま、漕ぎ手が戦えないというわけではないが」
「そんなに。……あれは?」
船首の真下、海面にせり出した角を指さす。そこだけが青銅製で、鈍い光沢を放っていた。
「衝角だ。海戦の際にはあれを敵船の腹に突き刺し、沈没せしめる」
(……突っ込む方は大丈夫なのかな)
湾内に入ると、さらに巨大な船が見えてきた。だが、三段櫂船ほど凶悪な形はしていない。
「あれは?なんか丸いですね」
横っ腹がずんぐりむっくりしていて可愛い。
「丸船……まあ、輸送船だ。リュキオンの友軍は、大半あれに乗ってもらう。他に物資の類も積むし、上陸まではあの護衛がパルテナイ軍の仕事だな」
パルテナイは、港から少し馬を走らせたところ、巨大な丘の麓にあった。
「お、おおお~……」
ポロスの背から城壁を窺うが、切れ目が全く見えない。高さだって、男の五、六人分はある。
おそらくリュキオンのほうが広いような気もするが、こうして壁を突きつけられると威圧感が違う。
都市だけではない、港からの街道も全て壁に守られていた。
(いくらかけて作ったんだろ……)
「呼んでるぞ……もう中に入っていいか?」
「あっ、どうぞ」
ポロスに怒られてしまった。
漆喰塗りの家々を横目に見ながら、広場を横断する。
壁はどれも真っ白なのに、なぜか屋根の色遣いが自由すぎて目がチカチカする。……あそこのどぎつい紫なんか、何を使って塗ったんだろう。
会議場らしき建物に入ると、何人かが大理石の卓についていた。
(あっ、エウモルフォス様……)
見知った美青年の姿も。
「エレウス!友よ、散々待たせおってからに!」
突然の大声に、思考が中断された。
黒髪黒髭をボサボサに伸ばした巨漢が、手を広げてノシノシ歩いてくる。
エレウスを捕まえて肩を遠慮なく叩いているが、やられる方は迷惑そうだ。
「そうベタベタするのはやめてくれ。客人の前だ。その上今の貴殿は執政官だぞ?」
「ハッハッハ!すまんな!……ところで、そちらが……」
黒い眼だけがぐるりと回転してこちらを見た。怖い。
「猪馴らし、海妖馴らし、人形遣い。好きな名で呼ぶとよい」
エレウスが紹介してくれるが、全部、ヤダ。
「ニキッペと申します。オルテギアより参りました」
「おお!」
今度はこちらへ向き直る。
「ようこそ、自由の国パルテナイへ。私はイカロス。イカロス・グラウコーピス。本年の執政官にして、今回の総司令官だ。どうだ、エラいだろう?」
「は、はあ……。梟眼……」
たしかに梟のようだ。ゴツい体をしているのに、眼はつぶらなまん丸で可愛らしい。
(しかし、それが異名って)
などと思っていたら、その目がずずいと近寄ってきた。
「……ところで、ここに骨を埋める気はあるかね?おなごにも、異邦人にもよいところだぞ。市民は無理だが自由民にはなれるし、パルテナイの者と契れば実質的にだな……」
「やめてくれ。他にすることがあるだろう」
ベラベラ喋りだしたところを、呆れ顔でエレウスが静止する。
しかし、イカロスは不満げに口を尖らせた。
「そうは言ってもだな。お前たちが遅れるから、エウモルフォス殿と大体のところは話してしまったぞ。決まっとらんのは……」
再び私を見てニヤリと笑う。
「未知の戦力の処遇くらいか」
「私もお話に加えてもらいたいですな」
爽やかに、にこやかにエウモルフォス様が歩いてきた。ここはリュキオンではないのだが、一応右拳を掲げて礼をしておく。
するとキザな笑みがますます深くなった。
「やあ、ありがとう。……どうです、この流れるような拳礼。立派なリュキオン軍の一員でしょう」
「いやいや、ここな少女は我が友エレウスの知己。ならばこのイカロスの大親友と言っても過言ではありませんな。友のものは共のものですからな。ガハハハッ!」
「ハハハハハハハ!」
高笑いするイカロスに負けじとエウモルフォス様も笑いはじめた。なんだこの二人。
その間で、エレウスがひらひらと手を振る。
「あー、それなのだが……。独立した部隊ということでいかがかな?」
バカ笑いがピタリと止んだ。
「猪馴らしは人形兵を操り、単独で五十人櫂船を動かせる。疲れも、飢えも、恐れもなく。ちょうど乗ってきた船もある。これに優れた指揮官を置けば、非常な戦力になるものと思うが」
「で、誰をつけるのかな?」
イカロスの問いに、エレウスは会議場手前に控える旅の一行を指し示した。
「デモフォンでよかろう。若いが判断力は確かだ……それに、リュキオンからもオイトロン殿、テロン殿、最速のヘーロマケーがつくしな」
「後半のお三方は存じ上げないが……。そうか、デモフォンか。まあ指揮官ということなら、それでもよかろう。……エウモルフォス殿は?」
梟眼を向けられ、端正な顔が曇る。
「オイトロン……彼はたしか……だがオーキュステーがいるなら……。海戦の指揮はパルテナイに譲るべきだろうしな」
「王子、お待ちを!せめて我々からも人を付けるべきですぞ」
会議場の奥から会話を見守っていた内の一人が進み出てきた。
「デニケス……しかし、オーキュステ―はオイバロスの推薦で」
「保守派から出すべきだと申し上げているのです」
微妙に薄くなりつつある髪を逆立てて、デニケスと呼ばれた中年男はエウモルフォス様に迫った。背は低いが肩幅は広く、いかにも頑丈な体つきだ。外衣の隙間から鋼のような筋肉が覗いている。
「ああ、分かった分かった。では後ほど我々からも、乗員を推薦させてもらおう。よろしいかな?」
イカロスが肯いた。
「いいでしょう。……そうそう、私からも推薦を。アカマース、これへ!」
控えていたアカマースが入ってきた。頭頂で束ねた長い髪を揺らし、リュキオン軍の二人へ頭を下げる。
「これに、貴軍の乗る丸船隊の監督を任せます。……むろん、我が海軍の名誉にかけて、海上で貴殿らを危機に晒すことなどないが、経験豊富な船長がいるに越したことはないですからな」
「おう、感謝しますぞ」
二人の大将ががっちり握手して、その場は決着した。
「では君も、そういうことでな」
微笑むエレウスに、曖昧に肯いた。
(……私の意見は?)
誰も聞いてくれない。まあ、特に不満もないのだけれど。




