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タ・パンタ・レイ ーニキッペと最後の英雄ー  作者: 本間甲斐奈
第二章 健全な肉体に健全な魂が宿りますよう

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第32話 パルテナイへの旅路②怪鳥群退治

 ポロスの肩が、メキメキと盛り上がる。

ヒョオン。

天高く舞い上がった一矢が、青銅の翼を貫き通した。

「なんと!」

驚愕するエレウスの叫びと共に、怪鳥群(ステュムパリデス)の一羽が地面に落ちてきた。

(本当に青銅だ……)

駆けるポロスに掴まりながら、落ちてきたそれをチラチラと眺める。

胴体は白い羽毛に覆われていながら、バサリと広がった翼の羽、それに嘴とかぎ爪は鈍く緑青の輝きを帯びていた。どう見ても金属なのに錆の一つも見当たらない艶やかさ。

ひき曲がった嘴の上で、赤い眼が虚空を見つめていた。タカのような、カラスのような不思議な顔だ。



 ポロスの弓術は凄まじかった。

強弓を引く腕もさることながら、矢を放つ間まったく速度を落とさない。荷物(わたし)に羽が当たらないよう自在に身を躱しながら、二羽三羽と射落としていく。

「馬より迅く、人より強く。ケンタウロスの業前を」

何か呟いているが、言うだけのことはある。

(でもこのままじゃ……)

数羽を射落とされても、怪鳥群はまだ退く気配がなかった。ギャオギャオと奇声はますます激しくなり、青銅の羽は止むことなく降り注ぐ。

群れを追い払う前に矢が尽きるのは目に見えていた。

ヘーロの弓は性能不足のようだし、他の人は槍や剣ばかりでそもそも弓を持っていない。



「ニキッペ!君が何とかできないのかい」

「そ、そんなこと言ったってえ」

テロンに怒られてしまったが、どうしようもない。

一羽一羽はそこまで手強い相手じゃない、操れるはずだ。

しかし多すぎる。空を埋めるこの数を相手するにはしっかり呪言を唱えなければ。

(だけど……)

考えている間にも、青銅の羽がバラバラと降ってくる。

的を絞らせないため、ポロスは常に跳ね回っている。しがみつくので精一杯、ベラベラ喋ったら舌を噛みそうだ。



 打つ手もないままガクガクと揺さぶられていたとき、懐から何かがこぼれ落ち、左手に収まった。

(あ……)

服の切れ端に包んだ土の球。エウクラトス様の薦めで持ち帰った、中に入っているのは……ヒュドラの毒液。

(いけるかも)

背の矢筒から勝手に一本拝借し、毒玉をくくりつけた。

「ポロスさん、これ!これ射ってください!」

命(・)令(・)したわけではなかったが、ポロスは矢を受け取った。

グルグルと回りながら、怪鳥群の真ん中に矢を打ち上げる。



 毒玉が破裂し、密集した群れへ毒液がはじけ飛んだ。

「グワア」「キエエ」

断末魔の絶叫を上げながら、バタバタと鳥たちが落ちてくる。青銅を纏う翼の上から、ヒュドラの毒は怪鳥たちの命を奪っていた。

(あ……退いてく……)

怪鳥群には明らかに動揺が見られた。まだ大半は生き残っていたが、次々に北へ飛び去っていく。

黒雲のようだった群れが、次第に小さくなっていった。

「お見事!いやあスゴい弓の腕だ。ケンタウロスの戦いを見たのは初めてだよ」

まだ上にいくらか残っているのに、デモフォンがポロスを讃え出す。

「おたくら騎士階級(ヒッペウス)は弓なんてセコい武器に興味ないだろ?」

「そんなことないですよお。頭のカタい人は認めませんけどね」

ヘーロと軽口をたたき合い、まばらに降ってくる羽を剣で打ち払いながら、デモフォンはニヤニヤとアカマースを見ていた。

(頭のカタい人って……)



「認めていないわけではない。ただパルテナイの誇りは、古来盾と槍にある」

そう言ってアカマースは、夥しい羽の刺さった大楯を背に戻し、槍を構えた。

足を踏ん張り、ギリギリと上半身をひねる。

そのまま風を切って、しぶとく残っている一群へ長槍を投げ上げた。

ヒュウウ……ウ、ウン。

槍が地面に突き刺さったとき、その穂先は三羽をまとめて貫いていた。

「数が減って、じっくり投げられた。礼を言う」

怪鳥を踏みつけ槍を引き抜きながら、そう言ってポロスに頷いてみせた。

空では今度こそ、怪鳥群が跡形もなく飛び去っていた。



「使っちゃいました……ヒュドラの毒……」

とっさに渡してしまったが、これは仇(ティグリス)に使うはずだったのだ。

役に立ったのだと分かっていても、少し後悔していた。

「ヒュドラの毒だったのか……なに悔やむことはない、後始末をすればよいだけだ。里の土を侵さぬよう、この死骸を人の寄りつかぬ場所へ、地中深く埋めるのだ」

エレウスは何か勘違いしているが、言っていることは正しい。

人形兵(ペーロプロテス)たちに、死体を拾わせる。

「あッ、ちょっと待て。欲しいぞ、その羽。鏃(やじり)にするんだ」

ヘーロが口を挟んできた。毒に侵された怪鳥の風切り羽を、触らないようせっせと木の棒でかき集めている。

(あ、悪趣味な……)

確かによく刺さるし、最強の毒までついて鏃には向いているだろうが。

ポロスの弓が羨ましくて、新しい武器を作りたくなったんだろう。

(でもこれ、毒液の代わりに……)

「おいニキッペ、これ埋めないで人形どもに持たせといてくれ」

「あっはい。……あの、私も一枚もらっていいですか。何かの役に立つかも……」

そう頼むと、ヘーロはニンマリと笑った。

「何(・)の(・)役に立てる気なのかしらないが……。イヤ、そもそも牛王子と遊びに行って毒液(こんなもん)持ち帰ってきてたとは……見どころあるガキンチョだよまったく」

言いながら、私の手のひらに余りそうな、最も長い風切り羽を指し示す。

「短剣にしようか。コイツに柄と鞘をつければちょうど良くなるだろ」

「ホントですか!?ありがとうございます」

ヘーロが物をくれるのは初めてだ。テロンはときどき服や靴を買ってくれるが、ヘーロは余分な金があったら酒を飲んでしまう。



「怪鳥がまた戻ってくるやもしれぬ。幸いまだリュキオンはすぐそこ、警告を発しておこう。近隣の者にも……」

エレウスの言葉に、周囲に広がる農地を見回す。

「そういえばこの辺って畑ですよね。あんまり人気がありませんけど……」

羽の雨のせいでめちゃくちゃだが、畝の跡も見える。麦畑だろう。八の月も終わり、そろそろ種まきに備える時期だが、周囲にポツポツと見える人家は静かなものだった。

「怪鳥群はあらゆる肉を喰らう。獣も家畜も……人もだ。避難しておればよいのだが」

(……!)



リュキオンへの連絡や怪鳥の後始末で、結局次の日もケラエノ山の麓に留まった。

山の獣を襲い、オオカミを飢えさせたのはやはり怪鳥群で間違いないようだった。

また農村を調べると、四人の農夫と二人の女性、一人の女の子が食い散らかされていた。

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