第31話 パルテナイへの旅路①
オオカミの相手はすぐ終わった。
結局、ヘーロとポロスが一頭ずつ倒しただけで、残りの気配は退いていった。
「珍しいですね。オオカミがこんな大人数を襲うなんて」
人間だけ数えれば少人数ではあるが、人形兵が五十体いるのだ。
大半は荷物や予備の兵を運ぶのに使っているのだが、獣にそんな事情は分かるまい。
「そりゃあお前、腹減ってたんだろ。ほれ」
短剣の血糊を拭きつつ、ヘーロが言った。サンダルの先で、最初に殺した一頭の腹を示す。
胴体は痩せ細り、酷く肋が浮いていた。
四山の都の周辺には、それなりに禽獣の類がいる。これほど飢えることはないはず。
「何か異変でも?……『愛を囁く美神の僕、山野にあっては蒼月を想い……』」
念のため、近くの木にいた森バトを先行させた。
「便利だねえお前の魔術は……。あっ、それはそうとおたく、いい物持ってるね?ちょっと見せて」
ヘーロが背に手を伸ばすと、ポロスはとっさに飛び退いた。私は急に揺さぶられていい迷惑だ。
「人間ごときに貸すものか。弓はケンタウロスの……」
『仲良くしてください』
「まあ見るだけならよかろう」
あっさり前言を翻したポロスに半ば呆れながらも、ヘーロは弓を受け取った。
「スゴい変わり身というか、何というか。……ふーん、やっぱしいい重さ。アタシもこういうの欲しいなあ」
言いつつ指先でクルクルと回し、ひとしきり眺める。
「ほい、ありがとさん」
しばらくして再び目の前の背に戻ったその弓には、赤黒く艶やかな革が張ってあった。
「トネリコの若木を芯として、内に岩山羊の角、外には同胞の腱を合わせた物だ」
親切にも解説まで入れてくれた。……ん、同胞?
「ケンタウロスの死体を使ったってことですか?死んだらまた生まれ変わるんじゃ?」
イアトロスはそう言っていたが。
「普通はな。倒れた者の体はそのまま地に還す。だが、私たちを殺す方法も存在する」
「それは?」
ややあって、ポロスは口を開いた。
「……不死は不死を滅す。お前たちが倒したヒュドラも然り、ケンタウロスを殺しうる」
(……)
だからイアトロスはヒュドラ退治を聞いて、同盟する気になったんだろうか。
「じゃ、彼もヒュドラに?」
「いや、これは一つ前の私が作った物で……覚えていないんだ。イアトロス翁の話だと、鉄虎に殺された者の体らしい」
何それ。首を傾げていると、エレウスが会話に加わってきた。
「ここよりはだいぶ北、ステュムパロスの湖畔に棲んでいた神獣だ。全身が鉄で出来ていたとか」
「棲んでいたって……もういないんですか?」
そう尋ねると、エレウスは静かに肯いた。
「かのティグリスが仕留めたと聞いている。神獣殺したる由縁だ」
その名を聞いて、背筋に悪寒が走った。凍り付く頭へ懸命に熱を呼び起こす。
(でも……でも東の、アルシア帝国の人間のはずじゃ)
私の言いたいことを察したのか、説明が続いた。
「ああ……。そう、ティグリスは元々西の出身だ。ついでに言えばレオニダスもな。かつて、覇業に乗り出さんとするアルシアが将を集めたとき、幾人かの豪傑が東へ渡った」
(……!西の人間……。それで今回の先鋒に?)
バサッ!
突然の羽音に、全員が目を奪われる。先へ行かせた森バトが戻ってきていた。
現実的な思考が戻ってくる。
「この先……山を下りた辺りで、何かあったようです」
私の言葉に、ポロスがいきなり速度を上げた。慌てて胴にしがみつく。
「ちょ、ちょっと!」
「敵がいるなら、行かねば。一番乗りこそ誉れ」
「分かってるねえ!そんじゃ、お先に」
意味不明な理屈を捏ねるポロスに張り合い、ヘーロが先頭切って森を駆け抜ける。他の三騎も飛ばしてついてきていた。
「ひい、もう……」
必死に掴まりながら、遅れつつある人形兵を急がせる。行く手を遮るカエデの奥から、ギャアギャアと騒がしい鳴き声が近づいてきた。
「おお~。何じゃこりゃ」
素っ頓狂なヘーロの声がした。
山道を抜け、開けた農地に出ると、鳥の群れが空を暗く覆っていた。
薄く青みがかった深緑。不思議な鳥だった。
「怪鳥群……!ここまで南下してきたというのか」
「知ってるんですか?エレウスさん!」
耳障りな鳴き声が辺りを埋め尽くしていた。声を張らないと会話もできない。
「ステュムパロスの湖は軍神の聖地。鉄虎もそうだが、その一帯の生物は生まれながらに武具を纏う。あれもそうだ」
物知りだ、この人。
などと思っていると、上空から何かが雨あられと降ってきた。
ポロスは素早く身を躱し、先ほどまでいた地面にそれがドスドスと突き刺さる。
「ひゃあ!?」
形だけを見れば、それは鳥たちの羽だった。
「あれらは軍神の愛鳥。青銅をその身によろっている」
「い、いけない……『戻れ!』」
確かに、落ちてきた羽は金属めいた光沢を放っていた。
とっさに、木々の奥から出てこようとしていた人形兵たちを押しとどめる。こんな中へ置いていては無駄に砕けるだけだ。
エレウスたちも、死の雨を避けやすいよう馬を下りて武器を抜いた。
「さっきのワンコから餌場を奪ったのはあの連中かね。ようし、いっちょやるか」
降り注ぐ青銅の礫の中。ヘーロが背から弓を抜き、続けざまに矢を放った。
カン。ギイン。
妙に高い音がして、折れた矢がポロポロと落ちてくる。青銅の翼に弾かれたのだ。
「チッ、通んないか。これ小っこいしな」
ヘーロの弓は、ポロスのに比べるとだいぶ短い。
「怪鳥群は射落とせん!矢では傷つけた者すら稀なのだ」
エレウスの言葉に、ポロスがぼそりと呟いた。
「運良く、ケンタウロスに出会わなかっただけのこと」




