第29話 板挟み
「それで、レイリス島にいるんですね。ティグリスも、そのレオニダスも……」
「ああ。そういう報告を受けている」
途切れ途切れに会話をしていると、オイバロス家にはすぐ着いた。
「いよう、パルテナイの殿。今お帰りで?」
人形兵を使ってオドゥスから降りていると、背後から陽気な声。
振り返れば、髭をさすりさすりオイトロンが歩いてくる。
「……どこにでもいますね、あなた」
「俺は護衛だからな。そうそう側を離れられんだろが」
(……護衛を頼んだ覚えはないけど)
飄々と嘯いてみせるオイトロンは、トクソン湾を発ってからこっち、常に着いてきていた。
偶然会ったような風だが、今日もつけていたんだろう。
「要するにだ、お前もそろそろ身の振り方ってヤツを考える時期なのさ」
「!……ヘーロ」
やっぱりオドゥスの気配は目立つんだろうか、家の中からヘーロが出てきた。
オイトロンを指さしながらニヤリと笑う。
「そいつはあのハゲに言われて来てるんだろ?つまり牛の王子サマの下っ端だ」
今度はくいっと、親指で後ろの家を差す。
「ほんでこっちの家主サンみたいな連中には、あの牛王子は評判悪いのさ」
「はい……」
エウクラトス様は大改革を目指すようだし、それでなくともミノタウロスの顔を被っているのだ。反発する者は多いだろう。
「お前は強いからな、皆使いたがってるんだ。他へ取られないように見張って、コナかけて……。クックック、有名人は辛いな?」
視界の端で、エレウスがこちらを見ているのが分かった。そういえばあの人にも誘われたことがある。
返答に迷っていると、大きな手がポンと頭に置かれた。
「アタシならそういうのはむしろ歓迎なんだが……お前にゃ鬱陶しいだけだろ。何ならそいつ片付けてやろうか?…………今。ここで」
途端に、ヘーロの体が膨れ上がった。ように見えた。
殺気に押されて、オイトロンは剣の柄に手を伸ばそうとーーしたのだろう。
気がついたときには、ヘーロの手がオイトロンの両手首を掴んでいた。
「遅い遅い」
(見えなかった……)
いつ私の頭から手を放したのかも分からなかった。
冷や汗をかきながらも、オイトロンは笑っていた。
「参ったな、こりゃ……。墓碑銘考えた方がいいか?」
「出歯亀冥府へ行く、でいいだろ」
ヘーロの両手に力がこもっていく。……が、これは止めなければ。
「止めてください、ヘーロ」
二人の動きがピタッと止まる。
「私はオイバロス様に頼んで、レイリス島へ行く予定なんです。そのうえオイトロンさんをどうにかしちゃったら、エウクラトス様に申し訳が立たないじゃないですか」
ヘーロは無言で両手を放した。
「いやー……こりゃどうも、お嬢ちゃん」
手首をさするオイトロンには目もくれず、こちらへ戻ってくる。
「どっちつかずでいくわけか?……まあ頑張れよ。いざとなりゃアタシがどっか遠くへ連れてってやるさ」
「はいっ、ありがとうございます!」
「そこで元気になられてもな……」
頭をぽりぽり掻きながら、ヘーロは帰っていった。
「我が軍の指揮は、エウモルフォス王子がお執りになる。王子に従うことだ」
夕食の席。オイバロスは、レイリス島へ行きたいという私の申し出をあっさり承諾した。
(アリキオン様と同じ……王子を活躍させたいんだろう)
「分かりました。エウモルフォス様の功をお支えいたします」
しかし、オイバロスは首を振った。
「何をおいても勝利が第一。王子の武勲も重要ではあるが、リュキオンの勝ち戦であれば誰が一番手柄でも構わん」
低い樫木のテーブルに肘をついて、無機質な青の瞳がこちらをじっと見た。
私と同じくらいの身長しかないが、人を圧する鋭さがある。苦手な視線だった。
「では、王子に同道しパルテナイへ……」
「いや、オイバロス殿」
杯を片手にエレウスが口を挟んできた。
「私はすぐアンテモエッサから海路で我が国へ戻り、陸路の貴軍を待つ。猪馴らしはこちらへ同行するのがいいだろう」
オイバロスは何事か思案している様子だったが、特に反論はしなかった。
「……貴殿がそう言われるなら、私に異存はありません。今回は相当の便宜を図っていただきましたからな」
「大丈夫だって、オイバロスの旦那。アタシも見てるからさ、ねえ?」
ヤギ肉の串を囓りつつヘーロがやってきて、どっかり腰を下ろす。酒はない。昨日飲み過ぎて禁止されたのだ。
(なれなれしいな……)
まあヘーロはいつもこんな具合だが、オイバロスとはずいぶん仲良くしているようだった。当然のように遠征軍入りを決めていることといい、私がいないうちに近づいていたんだろう。
「それで乗員だが。どれだけいるのかな、君の兵隊は」
「全部で八十三体……でも一度に動かせるのは五十体くらいです。今は大半ドーロン様のお家においてありますが」
ヒュドラ以来、人形兵の操作にも慣れて日に日に多くの数を動かせるようになっていた。
「ふむ。では五十体連れてくるといい。船に余裕はある……他には」
エレウスが室内を見渡すと、ヘーロとテロンが手を挙げた。
ちゃっかり席に着いているオイトロンも。……オイバロスの冷ややかな視線を受けて平然としている。すごい神経だ。
「よし。ではこれで……」
「あ、それにオドゥスもお願いしたいんですが」
付け加えると、エレウスはみるみる渋い顔になった。
「あのイノシシか?乗らんことはないと思うが、足代わりならもう少し軽いモノにしてくれんか」
駄目かな、結構愛着があるんだけど。
「じゃあ、ここから出るときに鹿でも……」
そう言いかけたとき、テロンが声を上げた。
「足代わりなら外の彼でいいんじゃない?どうせまたついてくるんでしょ」
ポロスは玄関先で立ったまま寝ていたが、私が近づくとすぐに起きた。
「馬鹿を言うな。ケンタウロスが人間など乗せるものか」
交渉はすぐに終わり、ご機嫌伺いのヤギ肉だけ一瞬で取られてしまった。
口をもぐもぐさせながら、とりつく島もない。
(仕方ないか……着いてきた理由も聞かなきゃいけないもんね)
最終手段だ。
「いえ……『乗せてもらいます』」




