第28話 黄金の契約
神殿の中は、完全にパンドーラ様の支配下だった。
五人の求婚者たちは、固唾を呑んでその反応を待っていた。
「待たれい、各々方。……もうお分かりだろうが、この美貌は人を縛る」
声に緊張を滲ませてダレオース様。抜かりなくパンドーラ様に背を向けている。
「諸君が耐えているのは流石と言うべきだが……少なからず影響はある。……ご理解いただこう、これは国外に出せぬ。今のお気持ちは忘れられよ」
誰とも結婚させる気がないようだった。
『否』
湖面に滴を落とすように、神令が響いた。
『求婚は成った』
横から見ているだけでも失神ものの微笑が、王様方に浴びせられる。正面は命がけだ。
『吾が夫は、ここな者から』
「お待ちを!」
カウニアスが、黄金の声音を遮った。
パンドーラ様に見つめられてわずかに怯んだが、退きはしない。
「……我らの願いをお聞きくださるのはありがたい。しかし姫に見初められれば、過剰な幸福を得ることになりそうだ。つまらぬ嫉妬で後の意趣遺恨がなきよう、先に誓いを立てておくべきと思いますが」
「……そうではなく!そもそもを諦めていただきたいというのだ」
「ダレオース殿!」
(あっ、エレウスさん)
「我らは求婚を口にし、姫も成ったと言われましたぞ。相手はこの中にと。神前の契約でありましょうが」
奥に聳えるカルネイオスの神像を指さしてエレウスが言い放つと、ペリメドンもその言に乗った。
「そうだ。それに姫はニーソス王家に属するはず。貴殿は姫の所有者ではないぞ」
パンドーラ様が仮面を外しているにも関わらず剣呑な雰囲気が漂いかけたが、またしてもカウニアスが空気を破った。
「ペリメドン殿、それは酷でしょう。ダレオース殿は亡きテュネオス王の良き友であり、共にリュキオンを治められたお方。父でなくとも後見人の資格は十二分、契りが覆せぬとはいえそのご意思は尊重せねば」
(うーん、よく喋る)
エウクラトス様とは大違いだ。
何かダレオース様の肩を持つような物言いだが、いつの間にか結婚が覆せないことにされている。
「つまり、パンドーラ姫は国外に出ない。ここは我らが譲るべきでしょう。……そして、一国の姉妹がそれぞれ他国の王を娶るわけにもいかない」
ゆっくりと、群青の瞳がフィロラオスを見た。
「ドロメーダ姫は予定通り貴殿に嫁ぎ、セイリオスへ……ということでいかがかな?なにせ先ほど自ら願われたのですから。……神前で」
(……そうなの?)
当然のようにパンドーラ様へ名乗りを上げていたが。
候補から弾かれたフィロラオスはギリギリと歯を食いしばっていた。剣があったら抜いたのではないかと思うほどの形相だ。
でもここは神殿。武具を帯びた者はいない。
「まあ、仕方なかろう。セイリオスとリュキオンの友情に栄えあれ」
その言葉と共に、兄が弟の肩を押さえる。無言のまま、長い外衣の裾を翻してフィロラオスは引き下がった。
(つまり、ドロメーダ様はこの人に嫁いで他所へ行って、パンドーラ様は他の誰かと結婚してニーソス王家を継いでもらうと)
私にも話が見えてきた。
弟を下がらせたペリメドンは、再びダレオース様に向き直った。
「では、我ら四人の誰かがパンドーラ姫と契り、貴殿と並びリュキオンの王座に就くというわけだ」
「仕方、あるまい……」
絞り出すように、低い声が漏れた。
「では、せめて誓いを。先にカウニアス殿が言われたとおり、この婚姻でクネファリアに不和があってはならぬ。また、これをリュキオンに留め置くことにも協力してもらおう」
ダレオース様の眼光が、じろりと四人を睨めつけた。
「お約束しましょう。パンドーラ姫の契りは常にリュキオンに。どなたが選ばれても、我がケファロニアはこの契りを妨げず、かつ、姫とこの契りとを害する者を許さぬと」
真っ先にカウニアスが宣言すると、他の三人も続いた。
「セイリオスも同じ誓いをしよう。事あらばいつでも馳せ参ずる」
「ペラゴスの子エレウスも同じく、我が力の及ぶ限り」
「……クリトラオスの子デイオンも同様に。我が力の及ぶ限り」
(で、問題は……)
誓いが終わり、全員の視線はパンドーラ様に注目する。……注目するのも一苦労だ。
「姫、お待たせした。ご判断は?」
カウニアスの問いに、神域の美貌が光を増した。
『汝ども、足りぬ』
(……えっ?)
金色の瞳が、神殿をぐるりと見渡す。
『吾に見合わぬ。吾が夫は、証を持て』
(何か持ってこいと?)
呆気にとられて誰も口を挟めない。
阻む者もなく、神令が望みを告げた。
『黄金の獅子』
* * *
王様たちが、それぞれ宿主の家へ戻っていって、しばらく後。
行っちゃヤダヤダと駄々をこねるパンドーラ様を引き剥がし、神殿の外へ転がり出た。
(あれ?)
待たせておいたオドゥスのそばには、エレウスの姿。
「やあ、しばらく。……これが噂の人形兵か」
相変わらず髭のない顎を撫でながら、しげしげと人形兵を見ていた。
「そうですよ。私一人じゃ乗れませんから、必要なんです」
人形兵に体を抱え上げさせて、オドゥスの背にまたがる。
「ふむ……やはり大したものだな、君も。……一緒に乗ってもよいか?今日もオイバロス殿のところへ泊まるのだろう?」
「ええ、いいですよ」
答えと同時に、エレウスはひらりと私の後ろへ飛び乗った。
まだまだ高い日を背負って、オイバロス宅へ帰る道中。
「エレウスさん。結婚する気はないようなこと言ってたのに。……一目惚れですか?」
意地悪を言ってみたら、真剣な声音が返ってきた。
「否定できんな。自制が効かなかった」
(……おいおい)
「だが、惚れた腫れたを抜きにしても、あれは欲しい。他の者も同じだろう。……まあそれに、こうなった以上私がリュキオンの片王になるのも悪くない。パルテナイとリュキオンが結べば、セイリオスを凌ぐ」
昨日言っていたことと随分違うが、エレウスにも打算があるらしい。
「じゃあ、黄金の獅子?を捕まえなきゃいけませんね。何なら私がお手伝いしましょうか?」
要求されたとき、全員言葉が出ないという様子だった。きっと有名な獣なのだ。
冗談めかして聞いたが、エレウスの返事は重かった。
「知らんのか。……まあ、手伝いはしてもらうことになるだろう。黄金の獅子とはアルシアの将軍の一人、レオニダス。獅子の獣人だ」
(!!)
思わず、体が傾いだ。落ちそうになり、慌ててオドゥスの毛皮を掴んだ。
黒い鎧の男、私を見て笑っていたどんぐり眼が脳裏によぎる。
「将軍。ティグリスと同じ……」
「そうだ。アルシア最強の将軍と呼ばれている」
じゃあ、強い。怖い。あれより。もっと。
背中を汗が伝うのが分かる。
(そういえば、ヘーロも……)
ラトス島で、一緒に囲んだ焚き火を思い出す。ティグリスはアルシア第二の英雄。そう言っていた。
「国崩しのレオニダス。奴の異名だ」




