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タ・パンタ・レイ ーニキッペと最後の英雄ー  作者: 本間甲斐奈
第二章 健全な肉体に健全な魂が宿りますよう

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第26話 再会、再会、再会

「ヘーロ!ただいま!」

ドーロン様の家に着くと、ヘーロは玄関先で槍を振っていた。ヒュルヒュルと風を切る音が小気味いい。

「おう、お帰り。元気そうじゃないの」

力強い腕が、オドゥスの上から私を担ぎ下ろした。うっすら汗ばんだ胸に顔を埋める。

「また妙なのをぞろぞろと……オイ、なんでこれアタシの顔なんだ?」

「うふふっ」

私を抱えたまま、ヘーロは人形兵(ペーロプリテス)たちを見下ろした。顔は同じでも、人形兵は並の男と変わらない体格。ヘーロよりだいぶ低い。



「戻ったか!」

ドーロン様も出てきた。私たちの一行を見て目を丸くしたが、すぐにいつもの柔和な笑みを取り戻す。

「聞いておるぞ。人形兵を操るようになったとか。それに、ケンタウロスとの同盟も真であったのか……」

にこやかな視線が、そっぽを向くポロスを捉えた。

リュキオンに着いたのだから道中の護衛は終わったはずだが、彼はなぜかまだくっついていた。

「そういえば、お帰りにならないんですか?ポロスさん」

「うむ。イアトロス翁は寛容な方だ」

(答えになってない……)

護衛完了の報告をしなくてもいいって意味かな。でもあのジイさんは絶対寛容じゃない。……こいつ本当に護衛しに来たのか?

疑問が渦巻くが、答えてくれそうな気配がない。

ドーロン様も会話を諦めて、他へ視線を移した。

「で、そちらは先の魔術師と……お主はたしか……」

「オイトロンですよ、ドーロン殿。アリキオン様に言われて、猪馴らし(カプロダマスティス)の護衛をね」

荷車の中から、オイトロンが出てきた。

ずっと寝そべっていたのに、まったく動きに固いところがない。滑るように進み出てドーロン様に礼をする。

「ほう、トリビオスに言われて……」

笑顔のまま、目がすっと細まる。

そうしてオイトロンと見つめ合ったのもつかの間、すぐに全員へ向き直った。

「まあよかろう。とにかく、どなたも今夜は我が家にご招待しますぞ」



*            *             *



 翌日、会議場(スキアス)は大荒れに荒れていた。

「ケンタウロスを連れ帰るとは。エウクラトス様は何を考えておいでなのだ!」

「しかし、我々には騎兵(ヒッペウス)がおらぬ。あれらが味方につけば……」

「半獣ずれと手を組むなどと!アルシアと同じではないか、大陸中の笑いものだ」

「獣人(テリオモルフォス)とは違う!ケンタウロスは人間(われわれ)より遥かに旧い太古の種族、神が東西を分かつ前から生きておるのですぞ」

大理石のテーブルをバンバンと叩きながら、口角泡を飛ばす長老(ゲローン)たち。

「ーー問題は」

その時、さほど大きくもない声が一瞬の間隙をついて議場を鎮めた。

立ち上がった一人の長老に、満場の視線が集まる。

「長老会(ゲルーシア)に諮らなかったことだ。違いますかな?」

痩せこけて背も低いその老人は、ただ青い目を静かに光らせて言葉を続けた。

「我々の声は市民の声、長老会(ここ)がリュキオンの意思だ。誰であろうと軽んじることは許されぬ、それが伝統というもの」

「では、オイバロス殿……どうせよと?」

どこかからこぼれた声に、その老人ーーオイバロスはまばらな顎髭を撫でた。

「約定を反故にすることは許されぬ。結んでしまった同盟はもはや仕方がない。……だが、このままというわけにもいきませんな。エウクラトス王子にお戻りいただき、他の指揮官をトクソン湾へ送る。……そう、エウモルフォス王子がよいでしょう」



「あいや、待たれい」

波紋のようにざわめきが広がる中、太った体を揺すってドーロンが立ち上がった。

「エウクラトス様は建国以来の悲願ーーヒュドラ退治を果たしたのですぞ、大功に相応しい役が必要でしょう。それに、勝ち得た土地に都市を築くのはその者の役目、それが伝統というもの。送るのはお目付役でよろしい……例えばオイバロス殿、あなたなど」

「しかしーー」

オイバロスの反駁を遮って、ドーロンはなおも主張した。

「しかも、エウモルフォス様にも別のお役目がありましょう。我々が大森林(ガブレタ)の木々で軍船(ふね)を……海軍を持てるのはまだ先の話。しかし、レイリスが落とされた今となっては、すぐにでも中の海(ウーラニオン)へ軍を送らねば」

「ふむ。つまり、エウモルフォス王子を指揮官に立てて他の都市に?」

オイバロスの青い目が議場を走った。保守派と呼ばれる長老たちと視線を交わす。

「そうですとも」

ドーロンの笑みが、一際深くなった。



「では、決を採ろう。エウクラトスの元には新たにアルキダスとアゲシラオスを送る……それでよいか?」

議論の後、ダレオースが玉座から総括すると結論は拍手で迎えられた。

「エウモルフォスの派遣については、五大都市(メガロペンテス)での協議を待たねばならぬ。他所から船を借りねば、海の彼方へ軍を送れぬからな」

王はそこで一旦、言葉をおいた。

「それと、本(・)来(・)の(・)議(・)題(・)だが……」

会議場に緊張が走る。

「予定通り、ドロメーダ姫を出すことになるだろう。パンドーラ姫については、宿主(プロセノス)の面々はくれぐれも各々の使者に余計な話をせぬよう」

幾人かの長老が、固い面持ちで肯いた。



「意外でしたな。ドーロン殿があれほどエウクラトス王子を買っておいでとは」

長老会(ゲルーシア)が終了した後、ドーロンとオイバロスは二人、会議場(スキアス)に残って歓談していた。

「はっはっ、精健(クラテロス)こそリュキオンの精髄。その極みのようなお方ですからな。いくつかの悪(・)癖(・)さえ治していただければ、よき王となるでしょう」

「治りますかな、果たして」

「ははは。ま、ともかくワシはどなたとも仲良くお付き合いしたいですな」

感情を見せないオイバロスに、ドーロンはニコニコと笑いかけた。

「そうだ。パルテナイからの使者を迎える宿主(プロセノス)はワシの担当ですが、よければ貴殿にお譲りいたしますぞ」

囁かれた言葉に、オイバロスの青い目が丸くなった。

「それは……ありがたい」

パルテナイーー大陸北東、最も東方大陸(オルトリア)に近く、西方大陸(クネファリア)で最強最大の海軍を持つ国家。来る戦の最前線を担うことは間違いなかった。

その使者と話す機会を譲るという。

「それに、我が家の客人たちにもぜひ会っていただきたい」

「ふむ……」

ドーロンの客人とはつまり、現在リュキオンの政局を揺るがしつつある異邦人(クセノス)たち。

オイバロスに否やはなかった。



*           *          *



「ふーん。やっぱりあんまり大きくないですね」

リュキオンに帰ってから数日。私はドーロン様の薦めでオイバロスという方の家を訪れていた。

長老(ゲーロン)の一人らしいのに、赤茶けたレンガを積んだ目の前の家は、他の市民のものとそう変わらない。ドーロン様の家もそうだが。

「リュキオンの市民はすべて平等。そういうことになってるからね。王様の家も似たようなもんだよ」

足の下からテロンの声。

競技場(スタディオン)ほどではないにせよ都市の北端近くにあるこの家まで、私はオドゥスに乗らなければ来る気がしなかったが、テロンとヘーロは歩いていた。

なぜか後ろにはポロスもオイトロンも着いてきて、ちょっとした行列だ。

「やはりすごいな、その猪は。家の中でも足音が聞こえたよ」

話していると、呆れたように首を振りながら男が出てきた。

「あっ」

「久しぶりだな。何やら随分と活躍しているようじゃないか」

「お久しぶりです。……えっと、エレウスさん」

それは、カリュオンで共に席を囲んだパルテナイのエレウスだった。

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