第26話 再会、再会、再会
「ヘーロ!ただいま!」
ドーロン様の家に着くと、ヘーロは玄関先で槍を振っていた。ヒュルヒュルと風を切る音が小気味いい。
「おう、お帰り。元気そうじゃないの」
力強い腕が、オドゥスの上から私を担ぎ下ろした。うっすら汗ばんだ胸に顔を埋める。
「また妙なのをぞろぞろと……オイ、なんでこれアタシの顔なんだ?」
「うふふっ」
私を抱えたまま、ヘーロは人形兵たちを見下ろした。顔は同じでも、人形兵は並の男と変わらない体格。ヘーロよりだいぶ低い。
「戻ったか!」
ドーロン様も出てきた。私たちの一行を見て目を丸くしたが、すぐにいつもの柔和な笑みを取り戻す。
「聞いておるぞ。人形兵を操るようになったとか。それに、ケンタウロスとの同盟も真であったのか……」
にこやかな視線が、そっぽを向くポロスを捉えた。
リュキオンに着いたのだから道中の護衛は終わったはずだが、彼はなぜかまだくっついていた。
「そういえば、お帰りにならないんですか?ポロスさん」
「うむ。イアトロス翁は寛容な方だ」
(答えになってない……)
護衛完了の報告をしなくてもいいって意味かな。でもあのジイさんは絶対寛容じゃない。……こいつ本当に護衛しに来たのか?
疑問が渦巻くが、答えてくれそうな気配がない。
ドーロン様も会話を諦めて、他へ視線を移した。
「で、そちらは先の魔術師と……お主はたしか……」
「オイトロンですよ、ドーロン殿。アリキオン様に言われて、猪馴らしの護衛をね」
荷車の中から、オイトロンが出てきた。
ずっと寝そべっていたのに、まったく動きに固いところがない。滑るように進み出てドーロン様に礼をする。
「ほう、トリビオスに言われて……」
笑顔のまま、目がすっと細まる。
そうしてオイトロンと見つめ合ったのもつかの間、すぐに全員へ向き直った。
「まあよかろう。とにかく、どなたも今夜は我が家にご招待しますぞ」
* * *
翌日、会議場は大荒れに荒れていた。
「ケンタウロスを連れ帰るとは。エウクラトス様は何を考えておいでなのだ!」
「しかし、我々には騎兵がおらぬ。あれらが味方につけば……」
「半獣ずれと手を組むなどと!アルシアと同じではないか、大陸中の笑いものだ」
「獣人とは違う!ケンタウロスは人間より遥かに旧い太古の種族、神が東西を分かつ前から生きておるのですぞ」
大理石のテーブルをバンバンと叩きながら、口角泡を飛ばす長老たち。
「ーー問題は」
その時、さほど大きくもない声が一瞬の間隙をついて議場を鎮めた。
立ち上がった一人の長老に、満場の視線が集まる。
「長老会に諮らなかったことだ。違いますかな?」
痩せこけて背も低いその老人は、ただ青い目を静かに光らせて言葉を続けた。
「我々の声は市民の声、長老会がリュキオンの意思だ。誰であろうと軽んじることは許されぬ、それが伝統というもの」
「では、オイバロス殿……どうせよと?」
どこかからこぼれた声に、その老人ーーオイバロスはまばらな顎髭を撫でた。
「約定を反故にすることは許されぬ。結んでしまった同盟はもはや仕方がない。……だが、このままというわけにもいきませんな。エウクラトス王子にお戻りいただき、他の指揮官をトクソン湾へ送る。……そう、エウモルフォス王子がよいでしょう」
「あいや、待たれい」
波紋のようにざわめきが広がる中、太った体を揺すってドーロンが立ち上がった。
「エウクラトス様は建国以来の悲願ーーヒュドラ退治を果たしたのですぞ、大功に相応しい役が必要でしょう。それに、勝ち得た土地に都市を築くのはその者の役目、それが伝統というもの。送るのはお目付役でよろしい……例えばオイバロス殿、あなたなど」
「しかしーー」
オイバロスの反駁を遮って、ドーロンはなおも主張した。
「しかも、エウモルフォス様にも別のお役目がありましょう。我々が大森林の木々で軍船を……海軍を持てるのはまだ先の話。しかし、レイリスが落とされた今となっては、すぐにでも中の海へ軍を送らねば」
「ふむ。つまり、エウモルフォス王子を指揮官に立てて他の都市に?」
オイバロスの青い目が議場を走った。保守派と呼ばれる長老たちと視線を交わす。
「そうですとも」
ドーロンの笑みが、一際深くなった。
「では、決を採ろう。エウクラトスの元には新たにアルキダスとアゲシラオスを送る……それでよいか?」
議論の後、ダレオースが玉座から総括すると結論は拍手で迎えられた。
「エウモルフォスの派遣については、五大都市での協議を待たねばならぬ。他所から船を借りねば、海の彼方へ軍を送れぬからな」
王はそこで一旦、言葉をおいた。
「それと、本来の議題だが……」
会議場に緊張が走る。
「予定通り、ドロメーダ姫を出すことになるだろう。パンドーラ姫については、宿主の面々はくれぐれも各々の使者に余計な話をせぬよう」
幾人かの長老が、固い面持ちで肯いた。
「意外でしたな。ドーロン殿があれほどエウクラトス王子を買っておいでとは」
長老会が終了した後、ドーロンとオイバロスは二人、会議場に残って歓談していた。
「はっはっ、精健こそリュキオンの精髄。その極みのようなお方ですからな。いくつかの悪癖さえ治していただければ、よき王となるでしょう」
「治りますかな、果たして」
「ははは。ま、ともかくワシはどなたとも仲良くお付き合いしたいですな」
感情を見せないオイバロスに、ドーロンはニコニコと笑いかけた。
「そうだ。パルテナイからの使者を迎える宿主はワシの担当ですが、よければ貴殿にお譲りいたしますぞ」
囁かれた言葉に、オイバロスの青い目が丸くなった。
「それは……ありがたい」
パルテナイーー大陸北東、最も東方大陸に近く、西方大陸で最強最大の海軍を持つ国家。来る戦の最前線を担うことは間違いなかった。
その使者と話す機会を譲るという。
「それに、我が家の客人たちにもぜひ会っていただきたい」
「ふむ……」
ドーロンの客人とはつまり、現在リュキオンの政局を揺るがしつつある異邦人たち。
オイバロスに否やはなかった。
* * *
「ふーん。やっぱりあんまり大きくないですね」
リュキオンに帰ってから数日。私はドーロン様の薦めでオイバロスという方の家を訪れていた。
長老の一人らしいのに、赤茶けたレンガを積んだ目の前の家は、他の市民のものとそう変わらない。ドーロン様の家もそうだが。
「リュキオンの市民はすべて平等。そういうことになってるからね。王様の家も似たようなもんだよ」
足の下からテロンの声。
競技場ほどではないにせよ都市の北端近くにあるこの家まで、私はオドゥスに乗らなければ来る気がしなかったが、テロンとヘーロは歩いていた。
なぜか後ろにはポロスもオイトロンも着いてきて、ちょっとした行列だ。
「やはりすごいな、その猪は。家の中でも足音が聞こえたよ」
話していると、呆れたように首を振りながら男が出てきた。
「あっ」
「久しぶりだな。何やら随分と活躍しているようじゃないか」
「お久しぶりです。……えっと、エレウスさん」
それは、カリュオンで共に席を囲んだパルテナイのエレウスだった。




