第25話 新たな旅路
「レイリスが落とされた!?」
その報がもたらされたのは、リュキオンとケンタウロスの同盟が成ってから三日後のことだった。
ロータス川河口、トクソン湾を見下ろす岬の上に、三人の男が立っていた。
「十日ほど前の話だ。貴殿らが発った後に知らせがあってな」
ドーレウスという名の指揮官は汗をふきふき、渋面のアリキオンに向かい合う。
「レイリス王は戦う前に降伏し、服毒して果てた。アルシアは今や、中の海の島々の大半を呑んでいる」
一時、場を沈黙が支配した。
「……信じられん。最古の都市を護る身でありながら何という惰弱」
ややあって、苦々しくアリキオンが吐き捨てる。
「いよいよ……戦か。早く、ここを……完成、させねばな」
エウクラトスが湾を見下ろす。大森林の入り口は目に見えて後退し、浜には空堀がめぐらされつつあった。
「はい。ですがおそらくは、まずパルテナイから海軍が出るでしょう。おそらくリュキオンからもその援軍を派遣するのではないかと……。他の五大都市の意向次第ですが……」
ドーレウスの言葉に、エウクラトスはゆっくりと首肯した。
「では、猪馴らしを……戻さねば……。獣人軍、相手ならば……無敵に、近い……」
浜の一点を指さすと、オドゥスに乗ったニキッペの姿。隣のテクメッサに何事かわめきながら、人形兵に堀を造らせていた。
牛頭の中で、裂けた口が穏やかな笑みを形作る。
「あれは手元に置くべきですぞ。保守派の連中に取り込まれれば、王子の目指す改革が遠のきます」
しかしアリキオンは難色を示した。
「ただでさえワシとドーレウス、さらに今後ムネストスまでもこちらへ来るのです。本国でのお立場がですな……」
「立場は……ここで……築く」
言葉少なに、会話は打ち切られた。
ひとつため息をついて、アリキオンは力なく笑う。
「分かりました。ま、監視はつけますが……」
* * *
大森林を抜けて、ロータス川沿いを進む道中。
オドゥスに揺られながら、後ろに相乗りしているテクメッサに話しかける。
「よかったんですかね?私が帰っちゃって……まだ仕事あったのに」
「構わないでしょう。人形兵やオドゥスの穴を埋めるだけの人員は、あのドーレウス様という方が連れていらしたじゃないですか」
たおやかな白い手が、周りを歩く人形兵を指し示した。
「ふーん……ま、いいか。早くヘーロに会いたいです」
周りの人形は全部ヘーロの顔なのだが、やっぱり本物が恋しかった。
幸い人形兵は疲れないからいくらでも急げるし、荷車の荷もだいぶ減ってオドゥスの足取りも軽い。
というより重量の大半はエウクラトス様の得物だった。あれさえ下ろしてしまえば、余計な荷物の一つや二つ、オドゥスにとっては何でもない。
「ボクも早く帰りたいな~」
余計な荷物その一が口を聞いた。
積み荷の少なくなった荷車に寝そべり、頬杖をついている。
「やっぱり都市の方がさ、文明的な暮らしができるっていうか」
「お前、残って働いてもいいんだぞ?いちおう五人分の労働力だし、それだけ早く向こうも文明化するってもんだ、ハハハッ!」
応じたのは余計な荷物その二。オイトロンという兵士だった。アルキッポスと違って足に問題はないはずだが、荷車で楽をしている。
歳は三十半ばくらいか。厳めしい顔の割に、よく笑う男だ。
「いや~だって見てくださいよ、あのコ。初めての時で三十体だってバカげてるのに。気づいたら四十体も動かしてるんですよ?ボクなんかが四体五体セコセコ動かすのアホらしくなっちゃって」
「ガハハハハ!魔術師もそういうもんか!俺も王子に片手でぶん投げられたときは死にたいと思ったね、ハッハッハ!」
なぜか意気投合している背後の二人を尻目に、テクメッサとひそひそ小声を交わす。
「あの人たち、何しに来たんです?」
「まあアルキッポスは囚人だし、異邦人の僕らだけで行動するのもねえ」
テクメッサが、テロンの声になる。部外者がいなければ、好きな姿になれるのだが。
その時、土煙を上げて蹄の音が迫ってきた。
(……ケンタウロス!)
対応を考える間もなく、一騎のケンタウロスがオドゥスに横付けしていた。
かなり髭が濃いが、こちらも三十そこそこの男性……なのか?人間部分はそう見える。
オドゥスに乗っていると、目線は私の方が高い。
「なぜ、事前に連絡をせんのだ!」
突然、怒られた。
「マレアの野を通るときに護衛が必要なんだろうが」
(そういえば……)
エウクラトス様はイアトロスとそんな話をしていた。
「すみません。でもありがとうございます、来てくださって……」
「ポロスだ。今回の護衛を担当する」
(断れないよね、私が同盟を言い出したと思われてるだろうし……)
意外と義理堅い。でも、連絡ってどこにするんだろう。
「ん?お前はこの間の魔術師だよな、あの時の獣人はいないのか?」
(あッ、なんてことを)
この馬鹿。いや、馬。
テクメッサとテロンは別人で通しているのだ。オイトロンに聞かれたらどうする。
「あれはですね、森においてきまして」
「ん?そこの奴隷女が獣人だろう?人に化ける狸とかいう」
(!!!)
なぜか、突然オイトロンがすべてぶちまけた。
思わず荷車を振り返ると、顎髭を撫でながらこちらを見ている。
「な、なんでそれを……」
思わず声がかすれた。
「そりゃアリキオン様から聞いたのよ。ま、王子公認なら獣人でも目をつぶるさ、ぱっと見には人間だし」
(あの、ハゲ!)
秘密にするって言ったのに。
「……それ、秘密にしてくれませんか?」
ありったけの眼力を込めて睨み付けたが、あんまり怯んだ様子がない。
「言わないさ、隠した方が強い力だ。アリキオン様も、言いふらしてるわけじゃなかろうよ」
「それよりお前、何にでも化けるって本当か?試しにアリキオン様になってくれよ」
「大道芸じゃないのに……もう」
艶やかな紅い唇で深い深いため息をついた次の瞬間、テクメッサはアリキオンになっていた。
「どうだ、似ておるか?」
ハゲ頭を撫でながら話す、その声音までそっくりだ。何度見てもスゴい。
「おお~……」
男二人と一騎から感嘆の声が漏れた。
「なら次、次はイアトロス翁でどうだ?」
ポロスまでのってくる。テロンはアリキオンの顔でギリギリと眉根を寄せたが、拒否はしなかった。
「じゃあ……」
「あっ、待ってください」
ペシッ。
「……なんで今叩いたの?」
「一回その頭叩きたかったんです。次も叩きたいです」
「君ね……」
リュキオンについたのは、二日後のことだった。




