第23話 獣面人心
「いやあ、これで王子の面目も立ったわい。よかったよかった」
夜が更けても、アリキオンは上機嫌だった。わざわざ私の焚き火へやってきて、延々くだを巻いていた。
しかし陣屋はもう眠りにつき始めている。見張り番を残し、あちこちで火が小さくなっていく。テロンもどこかへ下がってしまった。
「神獣殺し!よい名を得たものだ」
「殺してないから牛人間のままがいいらしいですけどね、ご本人は。なんであんなにミノタウロスが好きなんだか」
投げやりな私の答えに、ふとアリキオンはハゲ頭を撫でて言葉を止めた。
「んん~。お主は知らんからな、ミノタウロスの物語……」
(むっ。バカにされているような)
ニヤニヤしながらこちらをのぞき込む髭面を睨み付ける。オルテギアだって多少は外のことを知っているのだ。……ヒュドラの話は中途半端だったが。
「知ってますよ。……牛の頭に人の体。人肉を食らう怪物。人里を荒らしたから英雄に退治されたんでしょ」
「なんじゃ、それだけか?魔術師も意外に物を知らんのう」
ガハハと笑い飛ばされた。く、悔しい。
「むう。どうせ私は神話もろくに知らない田舎者ですよ」
「カッカッカ!拗ねるな拗ねるな!意地悪を言うたが、リュキオンの者でも本当のところはまず知らん。ーーなにせ隠しておるからのう」
すっと、声が低くなった。
「どうせそのうち王子ご自身が言うてしまうから、ワシが教えても構うまいが……」
「ミノタウロスとは牛の獣人。……なのだが、生まれがマズかった。ミノス王家の祖、初代ミノスの長子なのだ」
(……!!?……エウクラトス様たちの方の王家……。先祖?)
「あの、ミノス王は人間ですよね?子どもに獣人は生まれないんじゃ」
「理由は分からぬ。呪いだとか神罰だとか……ともかく生まれてしまったのだ。獣人は穢れだからな、すぐに追放され……後に討伐された。お主のいう英雄とはアルキダモス王、ミノスの次男にあたる」
(弟が……兄を……)
隠している、という意味が分かった。
「暴れて人を食べたからじゃなく、獣人だから殺したというんですか」
「ま、後者の理由が大きかろうな。人も食っていたかどうかは知らん。牛の頭で肉を食うのはどうかと思うが…………ともかく、リュキオンにとってミノタウロスとはそれほどの恥部なのだ」
アリキオンがじっと焚き火を見つめて息を吐く。瞳の中に、炎が燃えていた。
「じゃあ、あの牛頭は、あえて獣人の……」
「そうよ、あれは単なる奇人趣味ではない。見る者が見れば、リュキオンへの抗議であり、改革の意思なのだ」
「怪物に、生まれ……怪物を、生きる……それだけの、こと……」
(!!)
突然、背後から低い声がした。
「怪物、忌み子……。フフ、この……顔ではな……」
この方がその気になったら、私ではとても気配をつかめない。最近はこのような不意打ちにも、動揺せず礼をとれるようになっていた。右拳を静かに掲げる。
「それで、エウクラトス様。改革とは、何を?」
「市民を……拡げる。財を、均し……土地を、分け……周辺の、民を、迎え……。獣人も……魔術師も……」
牛頭をしていても隠しきれない昂りが、小さな声を震わせた。
しかし、霊に怒りが感じられない。憤りの顕れがあの仮面ではないのか?
……では、憐憫か?
「魔術師も、入っていたようですが…………同情してくださると?」
醜い顔で生まれたから、弱者の気持ちが分かる。そう言いたいんだろうか。この方は王子で、最強の戦士なのに。
「それは……違う」
穿った質問は、しかしきっぱりとはね除けられてしまった。
「私は、祖国を……強く、したい。市民とは……兵……。より多く、より強く……」
口調にますます熱がこもっていく。
「まずは……同盟だ」
(……そういえばそんなこと言ってたような)
「ふふ、勝手に同盟などと。長老会が揉めるでしょうな」
「私は……ここを、任された……必要な、ことだ……」
二人は頷きあっているが、私は置いてけぼりだ。
「あの、誰と……」
「ケンタウロス、だ……」
* * *
「なんで、探す、ところから、なのッ!」
翌日。すっかり人気のなくなった川べりで、テロンに愚痴を垂れていた。
先ほどから方々へ鳥たちを飛ばしまくってもう疲れた。日差しが暑い。
「そりゃあ君、ケンタウロスは野を駆ける駿馬の一族。ひとところには留まらないのさ。探さなきゃ見つかんないよ」
久しぶりに見る銀髪のすまし顔が、手をひらひら振りながら笑った。
「あれだけいるんだから皆さんで探せばよかったでしょ?なんで私が……」
「探してはいたみたいよ?ヒュドラ退治の間は拠点作りにかかれないしね」
成果がなかった、ということか。
「それとも、あっち手伝いたかった?」
「うーん……」
テロンが、八百人を飲み込んだ大森林をくいっと指さす。海岸へ出れば、いよいよ新拠点に取りかかるのだ。森を抜けながら、エウクラトス様たちは砦の場所でも相談してるんだろうか。
三十人分の人形兵を出せるけれど……それも疲れそうだ。
「大体ケンタウロスなんて、私知りませんよ。半人半馬って……馬の獣人なんですか?」
「いや、形が似ているだけで馬とも人ともまったく違う生き物だ。神獣の類いかな」
カアッ!
その時、上空のカラスが警告の声を発した。
「来る!大群だ!」
テロンの声に少し遅れて、私の耳にもかすかな地響きが届いた。
ドドドドドドド……。
騎影と見えたのは、馬ではなかった。屈強な男の上半身に、巨大な馬の胴体。
逃げる間もなく、弓を携えた人馬が、私とテロンの周りを十重二十重に取り囲んだ。
「ごきげんよう、牛追いの衆。僕らはリュキオンの使い、ぜひに頭領とお話を……」
テロンが私を背に回しながら挨拶するが、ケンタウロスたちは反応を示さない。
傲然と、こちらを見下ろしてくるばかり。
(ケンタウロス……神獣の類い?これが?)
周囲を取り囲む集団からはヒュドラ並の威容は感じない。いや、オドゥスにも劣ると思われた。
高まる鼓動を抑えて、ペロリと唇を舐めた。いざとなったら、操れる。
「頭領、とな……」
囲みの奥から何か聞こえた。と、人(?)波をかき分けて、一体のケンタウロスが前へ出てきた。
(スゴい神力……)
その老ーーぜったいに老体だーーケンタウロスは、明らかに、他とは違っていた。ーー人の部分は腕が四本。馬の部分は足が六……いや八本。すり切れ気味の白い体毛が、ところどころに垂れ下がっていた。
(首は一本なんだ……)
そんな間抜けな感想を浮かべていると、髭に埋もれて見えない口から、地鳴りのような声が響いた。
「魔術師か。……百年は見ておらなんだが」




