第20話 対決・神獣ヒュドラ②
「人形兵とな?」
「そうです。あのアルキッポスに人形兵を使わせて、ヒュドラを止めればいいじゃありませんか」
「ウーム、大丈夫かのう」
テロンの提案を受けて、アリキオンは視線を落とした。ハゲ頭をガシガシと掻き、低く唸る。
「奴の足のことでしたら、私が乗せてやれば問題ないかと思いますが……。見張りも兼ねられますし……」
「ああ、そういったことではなく。……パンドーラ様の審問で分かったのだが、あの男は魔術師としては非才らしいのだ。人形兵以外のものは操れず、その人形兵もせいぜい五体が限度だと……。だから厳重な監視もつけとらんのだが……足りますかな?」
最後の質問を向けられたエウクラトス様は、無言で焚き火を見つめた。
ヒュドラの戦いぶりを思い出しているのだろう。牛頭が炎に照らされて赤く染まる。
(五体……。厳しいかも)
私は、ヘーロが人形兵の頭を叩き割ったときの光景を思い出していた。あの堅さで、ヒュドラの突進を防げるか?楯を持てばあるいは……?
「とにかく……聞いて、みよう……」
エウクラトス様が立ち上がった。
「ああ!そりゃ結構けっこう、もちろんご協力いたしますとも~」
あっさりと、アルキッポスは承諾した。
荷車を取り囲む私たちに、座ったままうんうんと肯いてみせる。
「しかしだな、お主の人形兵五体で足りるかという懸念が……」
「あっ、ダメダメ。全然足りません」
「はあ?」「はあ?」
アリキオンと声が重なってしまった。こいつは何を言ってるんだ。
「ほら、ボクもわりとこの森出入りしてますから?一回ヒュドラに近づいちゃったことがありましてね。いや~スゴいですね神獣ってのは、五体どころか十体でも時間稼ぎすら怪しいっていうか」
「バカにしとるのか、貴様?残りはどうするんだ残りは!」
髪もないのに怒髪天を衝くアリキオンに、アルキッポスはヘラヘラ笑いながら指さした。こちらを。
他の三人が、ゆっくり私を振り向いた。
「いるじゃあありませんか。そこに大天才が」
* * *
「あんな美人から、狸になっちゃうんだからスゴいねえ。人間に化ける獣人なんて聞いたことないよ」
翌日。私たちは、再び大森林に入っていた。
相変わらず派手に道を作るエウクラトス様の後を、とぼとぼとついていく。
横では、テロンに乗ったアルキッポスがはしゃいでいた。
(…………私だけの背中だったのに)
ヘーロだって、テロンに乗せてもらったことはないのだ。秘密の関係のようで、誇らしかったのに。
私だって乗りたかったが、重くて可哀想だし、絶対に相乗りはイヤだ。なので歩いていた。
「初めて見たのも獣の姿だったけど、獣人なんだよね?そっちの姿も見たいな~」
(……!!)
絶対に駄目だ。それこそ二人だけの秘密。エウクラトス様にも正体だけは隠していた。
(話を逸らさなきゃ)
「本当に私が出来るんですか?与霊の魔術を……」
「出来る出来る。ダイジョーブだって」
とっさに、昨日から何度も繰り返した質問をまた放つ。答えはまたも安請け合いだった。
「でも与霊の魔術は太陽神の裁量でしょう?私の主は月の女神。祈りを受けてくださるでしょうか」
「いやいや、白銀や青銅の時代ならともかく、このご時世に神々の意向なんてものは……」
(……?)
何を言うのだこの男は。神々の御意志こそ魔術の核。
訝しんで見上げると、アルキッポスは目を泳がせた。
「あ~……いや。だからさ、あのさ、太陽の御神は寛容な御方だし、月の女神の兄君だから、キミの祈りも受けてくださるよ。ねっ」
露骨に誤魔化された気がするが、二つの魔術の親和性は、確かに高いはずだった。本来は神祖マーゴスが一人で行っていたのだから。
「それにほら、キミ天才だしさ。できるって」
アルキッポスはわざとらしく手を叩きながら、また天才天才と繰り返した。
ホメ殺しでも狙っているのか。
「皮肉ですか?ヒュドラには手も足も出なかったんですよ」
私だって、自分には才能があると信じていた。操れない獣がこの世にいるなど、想像もしていなかった。
思い上がっていたのだ。思わず、下唇をかみしめる。
「ハア~……」
なぜか、大げさなため息が返ってきた。腹立たしい。
「ボクとしちゃ、神獣を操れると思えてたことが、もう信じられないよ。縛霊の魔術はキミの方が詳しいだろうけどさ、普通はネズミ一匹操るのもそれなりの苦労なんじゃないの?」
曖昧に肯いた。そこらの獣に手こずった経験はないが、そういうものらしかった。
「それをよくもまあポンポンと……今だって、たくさん鳥飛ばしてるんだろ?」
「まあ、そうですが……」
さっきも、セキレイを一羽行かせたばかりだ。今回の道案内はアルキッポスがしているが、万が一にもヒュドラが沼から動かないよう、見張りが必要だった。
「あのイノシシだって、キミがいくら離れても大人しいもんだ。完っ全にキミの支配下。あれ、御使いだぜ?とんでもないよ、まったく」
すでに昨日よりも、長い距離を歩いている気がする。人形兵の沼地はレルネの沼より奥にあるのか。
森はますます深く薄暗く、鼻を刺す緑の香りを漂わせた。エウクラトス様の森林伐採も豪快になっていく。
「ボクなんかさあ、才能なくてさあ、苦労したんだよお」
そんな中、アルキッポスはブツブツとぼやきはじめた。無意味に毛皮を撫でられて、下のテロンはげんなりしている。
「だが……人形兵は……操れるのだろう」
突然、先頭で前を向いたままの牛頭から声が聞こえた。黒斧を振りながらも、会話は聞いていたらしい。
「ひゃいっ」
途端にアルキッポスの背筋が伸びた。足を砕かれた恐ろしさか、単に見た目が怖いのか、この人はエウクラトス様が苦手のようだった。
(まあ、どう見てもアブナイ人だもんね)
「あのですね、肉の形がはっきりしてるものほど、霊を込めやすくてですね。特に、人の形に近ければ近いほどですね。だからですね、人形兵はね、最高の素材というわけでして」
あたふたしながら、なぜか揉み手で説明するアルキッポス。背中にやっても意味ないよ。
「初心者用の教材なんですか?」
私が尋ねると、パッと顔が輝いた。そんなにエウクラトス様と話すのが嫌だったのか。
「ああ、意外とそうだったのかもね。大昔のご先祖の作だからホントのとこは分からないけど」
「でもその、あなたの……タナグラの里?には、もっと難しい術が出来る人もいたんでしょう?」
アルキッポスは、静かに目を閉じた。口元に薄く笑いを浮かべて、ゆるゆると首を振る。
「いないよ、そんなもん。タナグラの魔術はね、もうとっくに滅んだのさ」




