第17話 出発、リュキオン
カルネイア祭の一週間が明けても、リュキオンの活気は衰えない。昼夜を挟んで、遠征の準備が粛々と整えられた。
「すごい数ですねぇ」
「軍団が、一つ……その他の……人員を、合わせ……八百、ほどか……」
東へ続く大街道に、ずらりと兵士が並ぶ。メラペー山から昇る朝日を受けて、真紅の房飾りの兜が一斉にきらめいていた。
「うーん……」
じーっ。
街道脇。兵士達を眺める振りをしつつ、横の牛頭を盗み見る。
結局エウクラトス様は、私に獣人のことを聞いてこない。下手につついて藪蛇を出すのも嫌だが、追及を保留されているのも落ち着かないものだ。
(とりあえずテロンは安全ってことなのかな……だったらいいけど)
「何を……見ている」
「!……いえあの、兵士以外の方もいるんだなあと」
街道を埋める隊列の大半は兵士達だが、後ろの方には武装していない荷運びの奴隷が固まっている。よく見ると女性もちらほら。
「ヒュドラの、始末は……しょせん……序幕。目的は……彼の地に、拠点を……築く、ことだ……からな」
「人を住ませるんですか?」
「ああ……。我々は、先遣隊……兵が、中心だが……。ドーレウスや……ムネストスが……後から、奴隷や……物資を……追加する……手はずだ」
誰だか知らないが、偉い人がたくさん来るらしい。
「生活は……不便に、なるが……。君の……側仕えも……用意……している。オーキュステーの……推薦で……」
「ヘーロの?……うふふ」
結局ヘーロは留守番なので一昨日からへそを曲げっぱなしだったのだが、なんだかんだ言って私を気遣ってくれたんだろうか。
エウクラトス様が手招きすると、列の後ろから女性が一人、こちらへ歩いてきた。
「テクメッサと申します。よろしく」
少し垂れたまなじりを優雅に細めて、その人は柔らかく微笑んだ。若い。二十くらいだろうか。飾り気もない、短いキトンに粗いマントの旅装だが、その艶やかな華は隠しきれない。
ヘーロが紹介するのだから、ドーロン様の下の人間だろうが、見覚えのない顔だった。
(こんな美人、見たら忘れないだろうけど……ヘーロって顔広いんだあ)
ーーと思っていたらほんの一瞬、こちらを向いた黒い瞳が緑に変わり、いたずらっぽく笑う。
(……!)
なあんだ。
「あはっ、よろしく!」
「おっとと…………よしよし。ダメですよ、奴隷女に飛びついたりしちゃあ」
胸に飛び込んだら、たしなめられてしまった。
「あう、ごめんなさい……。でもよく似合ってます、とっても綺麗です」
何にでも化けられるのだから、似合う似合わないというのもおかしな話だが、テロンは女性らしい所作が板についていた。
「……ねえ、女性の方が素顔に近いんじゃないですか?」
「あらま。お気づきだったので?」
「はい!カリュオンの時から聞こうと思ってたんです。もしかして、テクメッサっていうのも……」
「ええ。本名ですよ」
横で会話を聞くエウクラトス様はぽかんとしている……んだろうな。最近は牛頭の上からでも、少し感情が読めるようになってきた。
静かに下がっていくテロンと入れ替わりに、鎧姿が一つ、こちらへずかずかと近づいてくる。エウクラトス様を見上げて、兜を脱ぐと、きらりと光るハゲ頭。
「王子!準備万端整いましたぞ!」
右拳を掲げながらの大声に、牛頭がゆっくり肯いた。
「ありがとう……アリキオン。……では、行こう」
メラペー山を抜け、ロータス川の流れに沿って東へ。私は、隊列の中ほどでオドゥスに揺られていた。
「ハッハッハッ!実にいい眺めだのう!」
……なぜかアリキオンも一緒に。
背後にゴツい胸当てを感じて落ち着かない。しかもリュキオンを出てからこっち喋りっぱなしだ。
「お元気なんですね……」
こんなに活力溢れまくりな人だとは思わなかった。闘技の時は、淡々と闘ってたのに。
「ハハハッ、ワシは戦神の加護を賜ってのう、人の三倍寿命があるのだよ」
(ホントかなあ。年相応に老けてるけど)
でもたしかに、飄々と嘯くこのオジイサンは、闘技から一週間ですっかり復活しているのだ。あのヘーロにボコボコ殴られていたのに。
「それで三つの命……」
「その通り、我こそはアリキオン・トリビオス!齢七十、西方一の老兵だ。しかと記憶するがよいぞ、イノシシ娘よ」
「……」
オドゥスのせいで、私の印象はすっかりイノシシだ。早くヒュドラと戦わねば。
(でもそしたら次はヘビ娘か……?)
うーん、悩ましい。
ウンウン唸っている間にも、背後のドラ声は止まらない。
「それにしても大したもんだのう、オドゥスは。これだけの荷を引いて、リュキオンの行軍についていきよる」
(私はこの速さの方がビックリだけど……)
もしオドゥスに乗っていなければ、とっくに置いていかれただろう。山を越して遮るもののない道に入った今、一行は小走りみたいな速度になっていた。それでいて、列は少しも間延びしないのだ。
「あの~。ここ狭いんだけれども……」
後ろの荷車から気の抜けた声。アリキオンの体越しに振り返ると、アルキッポスが山のような積荷の影から顔を出していた。
「あの人、見張りか何かつけないんですか?」
「このワシが直々に見張っとるじゃないか、ガハハッ!」
見てなかったじゃん。
「まあ、パンドーラ様を間近に見て偽証は不可能だ。こやつはアルシアの手の者ではなかろう。お主への接触も本当に興味本位だったようだな」
アルキッポスはカルネイア祭の間、何度か長老会の審問を受けた。その結果長老会は、リュキオンに対しての害意はないという結論に達していた。
「とはいえ、リュキオンで血を流した罪は変わらん……人形兵、見せてもらうぞ」
「やあ、それはもちろん。脚と秘術を差し出すだけで済むなんて、ボクは幸運だなぁ」
堂々と皮肉をこねているが、本当に幸運かもしれない。リュキオンには質問を拳でする人種が多いのだ。
それを世界一の美人に質問してもらえるなんて役得だ。
「良かったじゃないですか。パンドーラ様がいなかったら拷問されてたかもしれませんよ」
「いやあ、あれも拷問みたいなものというか……。美人も程度によりけりだよねえ。キミくらいがちょうどいいよ。ウンウン」
「どういう意味ですか?」
こいつ、オドゥスの餌にしてやろうか。




