第14話 月下の邂逅、牛頭の裁定
透き通る月光に照らされて、男はスタスタと歩み寄ってくる。ーー意外に若い。三十手前といったところか。髪の栗色は、私とよく似ている。
ニヤついたその顔に見覚えはなかったが、同業者の心当たりは一人しかない。
「……人形兵を操っていたのは、あなたですね?」
つまり敵だ。こっそり周囲を見回すが、戦わせられそうな生き物はいない。向こうも武器は帯びていないし、人形兵も見当たらないが、喧嘩で勝てるとは思えない。
「近づかないでください。神殿からそう離れてるわけじゃない。大声を出せば人が来ますよ」
オリーブの木を背にしながら、いつでも駆け出せるよう身構える。
「待って待って。そんなに怖がらなくても」
男は立ち止まって、害意はないというように手を振ってみせる。
「ボクはアルキッポス。与霊の魔術を……修めたってほどじゃないか。まあ確かに人形兵はボクのだけど……。キミと争う気はないんだよ。ねっねっ」
ぶんぶん手を振りながら猫なで声を出すが、まったく信用できない。襲撃してきたくせに白々しい。あのせいでヘーロは深手(?)を負ったのだ。
「争う気はない?襲ってきたじゃないですか」
「いやその、アレは事故というか……ボクだって武器を使わせる気はなかったんだけど、キミの護衛が強すぎて、人形兵が戦っちゃったんだよぉ」
「……攫おうとはしてたんですね?」
頭をかきながら言い訳を並べている。怪しい。怪しすぎる。
「でもさでもさ、あの後は襲わなかったでしょ?穏便な方がいいと思ってさ、話せる機会を待ったんだよ?」
「……ツけてはいたんですね?」
何が穏便だ。ーーしかし、人形兵を使わないのは、確かに妙だった。今なら、私を問答無用で攫えるのに。
それがこの男の誠意なのか、策略なのか、はたまた別の事情があるのか……。
「いやあ助かったよ。なかなか一人になってくれないんだから……」
「それはどうかな?」
突然、背後のオリーブが口をきいた。
「ヒィヤァッ!?」
アルキッポスは素っ頓狂な声を上げてとびすさった。……胸に両手を当てて口をパクパクさせている。
私だって驚いてるのだが、向こうの反応が大げさで頭が冷めてしまった。ーーそれに、私には心当たりがある。
「……テロン?」
恐る恐る名前を呼ぶと、オリーブの木がみるみる形を変えた。樹肌から体毛が流れ出し、枝が爪と牙に変わっていく。
(獣の姿に……戦うのかな……)
一拍の後には、テロンは巨大な狸になっていた。濃い体毛は闇に紛れ、緑の瞳だけが光を放っている。
「一人にするわけないだろう?つい最近襲われた後なんだから……」
「ありがとう、テロン!」
私に寄り添う、流れるような毛皮をなでる。
(重かったのかな、エウクラトス様は……)
テロンの声には気怠げな調子があった。ちょっと登場が遅れたのは、さっきまで踏ん張っていて疲れたからに違いない。そんな場合じゃないのに、思わず気を緩めてしまう。
「ド、狸…………なんで西に……」
アルキッポスの呟きで、意識を前方に戻す。ーーやはり東の、アルシア帝国の人間なのか。
「知ってるのか、僕らを……」
低く重く、地鳴りのような声が漏れる。
狸の獣人は、テロンの他には一人しかいないはずだ。
「テロン……ダメです。捕まえないと……与霊の魔術のことだって聞きたいです……」
身構えたテロンは、今にもアルキッポスに飛びかかりそうだった。怯えて後ずさる獲物を、緑の眼光が突き刺している。
殺してしまうんじゃないかと思って忠告したが、冷静な答えが返ってきた。
「大丈夫だよ……僕だって叔父の情報は欲しいさ。それにもう、王子の臭いがしてる」
「どうした……事態だ。これは……」
珍しく足音を立てて、エウクラトス様が戻ってきた。
両手に肉の串を持って、牛頭をキョロキョロと動かしている。
「あ……人形兵の魔術師が、現れて……」
私の言葉が終わらないうちに、巨体が消えた。持っていた二本の串だけが、肉をつけたままゆっくり地面に落ちていく。
凄まじい風圧を顔に感じた次の瞬間、エウクラトス様はアルキッポスを捕らえていた。片手で首を掴み、体ごと宙に持ち上げる。
「……これか」
「そ、そうです。でも、いけません、殺しては……」
アルキッポスは、必死に息を吸い込みながら手足をばたつかせていた。
「祭の間…………殺生は、厳禁……。……だが、喉は……潰して、おく……べきでは……。声で、魔術を……かけるの……だろう?」
「…………待っ……た。……待…………った……!」
ギリギリと締め上げられながら、アルキッポスは必死に何事か訴える。
「あ、あの……一応、聞いてあげたら……」
「ふむ……」
エウクラトス様はパッと喉を放すと、かわりに頭蓋を上から持ち上げた。
「ボ、ボクはこれでも太陽の祭司……あなた方のいう家畜の主に仕える者……です。だ……だから、同じ神を戴く者同士、お手柔らかに……」
相変わらず宙に浮きながらも、ゼイゼイと息をしつつ必死にまくし立てるのを聞いて、牛頭がこちらを振り向く。
「……そうなのか?」
「与霊の魔術が、太陽神を奉じているのは本当です……縛霊の魔術が、月の女神に仕えるように……」
「そうか……」
エウクラトス様がぱっと手を開く。尻もちをついてへたり込むアルキッポス。
その姿を見下ろしてしばし沈黙していたが、やがて牛頭から声が漏れる。
「足が……滑った」
止める間もなく、岩を落とすような一撃がアルキッポスの右膝を踏み砕く。
「……~~~~ッ……~ッッ!!」
声も出せずのたうち回るアルキッポスを掴み上げ、エウクラトス様は神殿へ向かう。
「すまない。……話は……また、いずれ……」
「は、はい……」
「ああ、それと……」
振り返った牛頭の先端が、テロンをクイと指す。
「……!あのっ、これはたまたま……」
「その、獣人の……ことも……聞かせて、ほしい……」
(……バレてる……声を聞かれてた?)
どうしよう。獣人の処分は……追放か、もっと上か……。悶絶するアルキッポスの姿に、テロンの姿が重なる。
うまい言い訳も浮かばないうちに、私はおいていかれてしまった。




