第6話 導く者
アランは全速力で、トヲルと別れた場所まで走った。
「トヲル様!」
目の前には、倒れたトヲルとその前に立つガーゴイルの姿があった。
「くっくっく。さっきの奴じゃねぇか。アイツらは死んだのか」
ガーゴイルは己の仲間を想起しながら、アランに話しかける。
「ええ。アナタは、彼を殺したんですか」
能力を覚醒させたアランは、生命の流れがより強く感じ取れる。そのため、トヲルには既に生命力が宿っていない事が分かっていた。
「なかなか苦戦したがな。お陰でボロボロだぜ」
ガーゴイルの全身は打撲痕で埋め尽くされ、羽もボロボロだ。紫色の血も流れている。
「次は私が相手です」
アランは飛びかかり打撃を喰らわせる
ガーゴイルは両腕でガードし、後退りする。
「いい攻撃だ。だがこの程度では俺を倒すことは...ぐはっ」
ガーゴイルは吐血した。
「てめぇ、生命力を操ってんな?体の内側にダメージを受けてやがる」
「簡単に見破るとは、やはり手だれのようですね」
アランは追撃しようとするが、ガーゴイルが尾を振ると、2人の間に砂埃が舞いお互いの姿が見えなくなった。
「残念だが、時間切れだ。目的は果たしたし、俺は帰るぜ」
ガーゴイルは翼を広げ、飛び上がっていた。ボロボロの翼から血や羽が抜け落ちてきた。
「くっ、待て!」
既に上空まで飛んでおり、追いつくことは不可能だった。
「あばよ!機会があればまた会おうぜ〜」
そういって夕陽に重なりながら、ガーゴイルは遥か彼方へと飛んでいった。
「...トヲル様」
視線を下に落とし、力無く倒れた老体を確認する。手を当て、生命の残滓がないか隅々まで確認する。少しでも命が残っていれば、それをとっかかりに、アランの力で蘇生できるかもしれない。
「...だめか」
しかし、トヲルの肉体からは命の力が微塵も感じられなかった。
アランはトヲルの遺体を背負い、里の方へ向かった。
高台には生き残った者全員が集まっていた。フェイルの体には包帯が巻かれ、布団の上で横たわっていた。他の者も憔悴しきっており、ただひたすら英雄の帰還を待ちながら、周囲の警戒だけを行っていた。
「フェイル、大丈夫か?」
修行僧の1人、ミチルが声をかけた。
「大丈夫です。毒の後遺症か、まだ体が自由に動かせませんが、命に関わるものじゃないですし」
「いやまあ体もだが。精神的にさ」
「...え?」
「目の前でタケシが死んだんだ、落ち着かないだろ。けど自分を責めるなよ。お前は悪くない」
タケシに守られなければ、フェイルは死んでいた。その恩人が、目の前で無惨にも殺されたのだ。精神的にショックを受けているのが当然なのだ。
「...お気遣いありがとうございます。」
フェイルは今この瞬間まで、仲間の死の事を考えてはいなかった。悲しむことも、想うことも。
その事実に気がつき、フェイルは自己を嫌悪した。
「あ、アランさん!」
1人の僧が声を上げると、全員がアランの帰還に気づき、そちらを向いた。
「みなさん、聞いてください。」
アランはトヲルの遺体をゆっくりと地面に置き、面前の前で話し始めた。
「里長であるトヲル様は亡くなり、仲間たちも大勢犠牲になりました。敵は倒すことが出来ず、逃亡しました。ですが目的は達成したと言っていたので、再び襲撃に来ることは考えにくいでしょう」
フェイルを含め、里長の死という事実に直面し、一同は肩を落とす。
「トヲル様に代わり、私この里の長になります」
唐突な宣言に、思わずどよめく。
「私はトヲル様のように武術を極めた者ではありません。これまでの様な訓練、指導は行えないでしょう。しかし、私はこの里が好きだし、何よりトヲル様が遺したモノを受け継ぎたい」
そしてアランは地に座り、頭を下げた。
「この里を復興させるには私1人では力が足りない。どうか、みなさんの力を貸してください」
今回の襲撃での多大な犠牲者、そして指導者の死。あくまでも修行に来ている僧達には、この里に残る理由が無かった。だが、離れたり、逃げ出す者は誰1人としていなかった。
「アランさん。顔あげてください」
アランは恐る恐る、顔を上げる。
すると、全員が吹っ切れた様な顔をしていた。
「俺たちは普段からアンタの優しさや思いやりに触れてきた。アンタを認めてない人は1人もいないし、着いて行かない奴も誰1人としていないよ。そうだろ?みんな」
僧の1人がみんなを煽ると、全員が『おう』と賛同の声を上げた。
「みなさん...」
アランは感動のあまり、涙を流した。
自然とアランの周りに人が集まり、肩を叩き、励ましや応援など声がけが行われた。
横たわるフェイルは目撃した。「人の上に立つ者」が誕生する瞬間を。
「みんなから信頼され、認められ、尊敬される。そして謙虚で誠実。これこそが、『統治者』のあるべき姿だろうな」
フェイルはかつて『国王』を目指していた。その頃の姿を重ね、自分との差に深く絶望し、彼を心の底から尊敬するのだった。
「やっぱり、目指すのを辞めてよかった」
少しすると、アランが駆け寄ってきて膝をついて話し出した。
「フェイルさん。ありがとうございました。あなたが奴の気を引いてなければ、私は死んでいたと思います」
「お礼なんて要らないですよ。この里の復興、俺も何か手伝える事があれば言ってください」
「はは。ありがとうございます。気持ちだけ受け取りますので、明後日迎えが来るまで、重症の方は休んでいてください」
アランはにこやかに去っていった。
「すごいな、アランさんは」
いくら質実剛健な彼とはいえ、師とも呼べるトヲルや、多くの仲間を失ったばかりなのに辛い表情を一切せず、皆を導いている。
その夜、フェイル達はいつもの大広間で寝る事となった。部屋いっぱいに敷かれていた布団は今や半数もなくなり、寂しさが残った。
皆疲れていた為、全員がすぐに寝静まった。
フェイルは戦いの後から、ずっと横になって寝ていた為、眠ることが出来なかった。
このまま部屋にいても、亡くなったみんなの事を思い出し辛くなると思い、外に出ることにした。
切り傷や打撲痕が痛むが、骨折は無く問題なく動ける。日が沈む頃までは、痺れて歩く事すら困難だったが、ようやく痺れも取れてきた。
以前のように、外のベンチに腰掛けようと向かったが先客がいた。アランだ。
フェイルは声をかけようとしたが、木の影に隠れた。ベンチに座る彼の後ろ姿が、震えていたからだ。
「アランさん...」
夜の静けさも起因してポタ、ポタと涙の落ちる音が聞こえる。
声は出していない。嗚咽も決して無い。ただ、悲しみに暮れている事だけは理解できた。
彼は、生き残った全員のために動き回り、ひと段落したところでようやく感情を吐露できたのだ。
「そりゃそうだ。悲しくないわけがない。泣くのは当たり前だ。実際、部屋でも寝静まる前に泣いている僧が多かった。なのに俺は、涙を流していない」
フェイルは自身の薄情さに失望した。ここに隠れている意味もないので、別の場所に移動しようとしたが。
「フェイルさん、もう体は大丈夫なんですか」
アランの一言で、動きかけたフェイルの体が止まった。
「ア、アランさん。気づいていたんですか」
「はは、昼の一件以降、人の気配に敏感になっていましてね。よかったら、少し話ませんか」
フェイルは恐る恐る近づき、横に座った。
「...すみませんね。こんな弱い姿お見せしてしまって」
「そんな事ないですよ。今日は多くの大切な人を失ったんです。悲しまない人の方がおかしいと思います。」
フェイルは自虐を込めて、アランを励ます。
アランは微笑し、空を見上げながら話した。
「これからの人生、目標はあったりしますか?」
「も、目標ですか。小さい時はあったんですけど、今はもう無いです。強いて言うなら、人助けですかね」
国王の夢は無くなり、生きる意味すら曖昧だ。人生の目標なんて大層なものは無い。
だが盗賊団にフェイルの執事など人質が取られている今、それを救出することが当面の目標と言えるだろう。しかしそこまで詳しく話す必要はないと判断したため、曖昧に答えた。
「フェイルさん、もし何が困った時はいつでも頼って下さい。必ず力になりますから」
「はは。ありがとうございます。でも気を遣わないで下さい。アランさんはこれから里長として忙しくなるんですから」
申し出は心から嬉しい。だが、こんな盗賊団や王国絡みのゴタゴタに、この里やアランを巻き込みたくない。アランにはただ、この里の長として過ごしてほしいとそう思っていた。
だが、フェイルを見るアランの目には、どこか神妙で覚悟の宿ったような、そんな感覚を受けた。
「...本当に困った時は、言います。だから、逆もですよ。アランさんが困ったらいつでも言って下さい。俺にできる事は限られますけど、手は貸せます」
「ふふ、あなたは良い人だ。じゃあ、私はもう少し見回りをしてきますので」
アランは会釈し立ち去っていった。
フェイルは見送り、そのままベンチで考え事をしていた。
「目標か...」
城の者を今すぐに助ける事はできない。力づくという方法が取れないからだ。
フェイルは自身でもこの一ヶ月でかなりの力は身につけたと感じていた。だが団長の力は未知数だし、下っ端のアカリにすら勝てないだろう。やはり暫くは言う事を聞き続けるほかないのだと改めて感じた。
「けど、言いなりになる事は正しいのだろうか」
もし今後の命令で強盗や殺人を指示された時、自身はどうするのだろうか。フェイルにも良心はある。だが盗賊団という組織で働く以上、悪事は避けられないと思う。その時拒めば、城の者が危険に晒される。実行すればフェイルは「悪人」になる。
「考えても仕方ない、か。」
このまま考えていても、机上の空論に過ぎない。無限の可能性を思考するのは意味がない。フェイルは考えるのを辞め、そのまま目を瞑るとベンチで寝てしまった。
チュン、チュンと鳥の囀りが聞こえ、朝日が出てきた。フェイルは陽の眩しさに照らされながら目を開けた。
「やあフェイル。久しぶりだね〜」
「うわっ」
そこには一ヶ月ぶりに見た、マカグレンの姿があった。
「迎えは明日じゃないんですか」
「頼まれてた任務が早めに片付いたからね。様子見がてら早めに来てみたんだけど...」
荒れた木々を見て、何かを察したようだった。
「ずいぶん怪我しているようだし、大変だったようだねぇ」
フェイルは起きた出来事を語りながら、マカグレンを連れて里の中央に向かった。
「あ、マカグレンさん。早かったですね」
外には人一人分程の大きさの岩を担いでいるアランが居た。
「うわぁ、力持ちですねぇ。そんな大きな岩持てるの貴方くらいじゃないですかね」
「化物を見るような目で私を見ないで下さいよ」
アランは笑いながら返す。マカグレンとは面識があるのだろうか。
「トヲルさんのことは、残念だったねぇ。遺体はもうお墓に?」
「ええ。簡易的ですが墓地を作りましたので、そちらに。ご案内しますよ」
「じゃあお願いしようかな〜。あ、フェイルは待ってていいよ。帰るのは明日だから、自由に過ごしといて〜」
フェイルに居て欲しくなかったのか、体を心配しての事なのか分からなかったが、マカグレンとアランは2人で行ってしまった。
「適当って...。とりあえずみんなの所にでも行くか」
その後は特に何もする事もなく、1日が終わり、そのまま次の日の朝を迎えた。
朝起きた時、部屋には誰も居なかった。知らぬ間に外に出ていたようだった。
フェイルは体に巻かれた包帯を取り換え、広場に出る。
すると外には里の者全員が集まっていた。どうやら見送りをしてくれるらしい。
「フェイルさん、こちらへ」
アランに招かれるがまま皆の前に立たされた。
「これを」
アランは、フェイルの頭からネックレスをかけた。
「これは...」
「この里での修行を終えた証です。ここを発つ僧に渡しています」
青く澄んだ丸い石。これを身につけているだけで、ほんの少し自分が認められている気になった。
「ありがとうございます。何だか、貰ってばかりで申し訳ないです」
「気にしないで下さい。あ、別れの挨拶は要りませんよ。これは寂しい別れじゃないのですから」
アランが手を挙げ、手のひらを広げる。
「フェイルさん、また!」
すると後ろに並ぶ僧達も、次々と「またな」と声をかける。
フェイルは綻びそうになる口元を引き締めて、手を振った。
「また、会いましょう!」
フェイルの顔は、人生でも有数の感情に溢れた笑顔だった。皆の声を背中に、フェイルは里の外へと歩みを進めるのだった。




