第5話 化物(バケモノ)と化者(バケモノ)
フェイルが戦闘を開始した頃、トヲルは敵襲に気づいていた。
「むぅ、ここに襲撃とは...。」
里の高台の上で、里全体を見渡している。敵の姿は見えないものの、敵からの悪意をひしひしと感じ取っていた。
「しかも、人が少ない時を狙うとは。ここの内情を知っている者か、それに通じている者が居るのか」
ブツブツ、と独り言を呟いていた頃に、アランがやってきた。
「トヲル様!」
息を切らした様子で、片膝をついている。
「アラン、皆は?」
「半数は外へ出ています。残りの半数は里に残っておりまして、ここに向かわせています」
この場所は、里で最も安全な場所だ。
周りが見渡しやすく、危険を察知しやすい。
逃げ道もある程度豊富だ。
「敵は...4人、いや3体と1人じゃな。1人はフェイルが戦ってくれておる。恐らく負けはしないじゃろ。後はあいつらじゃが」
視線の先には、里に侵入しようとする3体の魔物があった。
「あれは、かなり強いですね。特に真ん中」
いずれも黒いガーゴイルのような見た目をしているが、真ん中の魔物は他と比べてツノが一際大きい。そして体の大きい人間のような見た目をしていた。恐らくリーダー的存在だろう。
「あれは、ワシが相手をする。お主は他の2体を」
「2対1ですか。分かりました。やりましょう」
2人は跳躍し、魔物の元へと向かった。
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「全然いねぇじゃねぇかよ。あいつ、騙しやがったのか?」
人間のような体つきのガーゴイルが、両隣に佇む部下に話しかける。
どちらもガーゴイルではあるが、言葉は発せず、キーキーと鳴いて返事をしている。体つきもそこまで大きくない。だが、鋭い爪に翼による素早い動き。一般市民では太刀打ちできないだろう。
「けっ、無駄足かぁ」
と、そこにアランが到着した。
「残念ながら、私たち以外に人は居ませんよ」
「おっ、1人目発見!シャァ!」
ガーゴイルの鋭い爪がアランを襲う。
その攻撃を、トヲルが足で止めた。
「まあ待て、お主の相手はワシがしてやる」
「ほーう?なかなかやり手のジジイじゃねぇか。おいお前ら、そいつの相手しとけ」
リーダーらしきガーゴイルが、他の二体に手振りで合図した。アランはその場を離れると、その二体も後を追い飛び去った。
「自ら一対一にしてくれるとは、ありがたい話じゃのう」
「ケッ。鼻からそのつもりだったろうが。まあいい。楽しませてくれよ?」
トヲルとその魔物は、戦いの火花を散らした。
一方、アランは戦いの邪魔にならないようトヲルからなるべく離れ、森の方に走っていた。
「ふう。この辺りでいいでしょう」
二匹のガーゴイルはアランに追いつき、キーキーと威嚇をしている。
「尊い命には変わりありませんが、襲撃者である以上、対処させていただきます」
ガーゴイルは頭上をグルグルと飛び回り、攻撃の機会を伺っている。そして一匹が、アランの背後を襲う。爪を立て、頭を切り裂こうとする。
「バレバレです」
アランは前を向いたまま、攻撃しようとするその腕を左手で掴み、そのままガーゴイルを投げ飛ばした。
ギィ!と悲鳴をあげながら、木に激突した。
もう一匹は怒りながら、アランに突進する。
「ギィぃぃぃ!」
「怒りに任せた何の技も感じられない攻撃。所詮は魔物ですか」
体を傾け、ひらりと攻撃を避けた。体をかえし、通り過ぎたガーゴイルに後ろから打撃を加える。
ガーゴイルはギィ、ギィと地に這いつくばりジタバタしている。
「一撃で葬ることも出来たのですが、すみません。あえて苦しませています」
ガーゴイルに近づき、上から見下ろす。
「あなた達、里の外で我々の仲間を殺してきましたね?」
アランの言葉を受けても、変わらずにギィギィと鳴き続けている。
「私は少し特殊な力を持ってまして、命の流れが見えるんです。あなた方の手からは、『彼ら』の命の残滓が漂っている」
そして腕を振り上げ、最後の一撃を向けた時、ガーゴイルが素早く地面を這い、もう一匹の近くに移動した。
「仲間と共に死にたいという事ですか。まあいいでしょう」
体の向きを変え、再び近づこうとした時、異変に気がついた。
「...? 何ですか?」
2匹のガーゴイルが柔らかな肉塊に変貌し始め、グチグチと音を立てながら一つに交わっていく。それはまるで粘土遊びのようだった。不快な音を立てながら、一匹のガーゴイルへと造形が出来上がっていく。
「気味が悪いですね」
アランは肉塊に向かって拳を振るった。手応えがある。だが、それは微動だにせず、姿の完成に向かっていく。
そして一匹のガーゴイルが誕生した。
「グワァァァァァッ」
圧倒的な叫びに、アランは耳を塞ぎ、後退りする。
姿は先ほどのリーダー的なガーゴイルと似ているが雰囲気がまるで違う。先ほどのやつは知性が感じられ、話すことも出来た。だが目の前の敵は知性が感じられない。
「悪意、恨みの権化といったところですか」
自身が受けた屈辱や痛みを晴らすためだけに舞い戻った。そんな意気が形相から見て取れる。
そしてほとばしる生命力が辺りを揺らす。
「どうやら外れくじを引いたようですね」
アランは構えをとる。ガーゴイルは一歩踏み出しアランを殴りつける。構えをとっていたのに、防御することすら間に合わず、攻撃が腹に直撃した。
「っぐ」
たまらず吹き飛んだ。最中、何とか木の幹
を掴み体勢を立て直す。
「ははは。まいったなぁこれは」
ガーゴイルは表情を一切変えず、またこちらに近づいてくる。
その時、ガーゴイルの後頭部に岩がぶつかった。
「フェ、フェイルさん...」
息絶え絶えに立ち尽くし、その一投に残る力を使ったであろうフェイルが、敵の背後に立っていた。
ガーゴイルは振り向き、フェイルに攻撃を仕掛けようと踏みこむ。
「ま、待て!」
あの状態で攻撃を受ければ、即死は免れない。アランは何とか追いつこうとするが、間に合いそうもない。
ガーゴイルは腕を振り抜き、爪が肉を切り裂く音が響き、血飛沫が飛ぶ。首が跳ね飛び、アランに向かって頭部が転がってくる。
「あ、あぁ...」
転がってきた顔を見ると、その顔はフェイルではなく、高台で待機しているはずの修行僧の顔だった。
「え、タケシ...さん?」
動揺を隠せずにいると、周りの森林からぞろぞろと、修行僧が飛び出てきた。
そして、フェイルの前にはタケシの亡骸が倒れていた。
「あ、あなた達、なぜここへ」
「へへへ、里長やアランさん、それに新入りのフェイルが戦っているんだ。俺たちが隠れてる訳にはいかねぇだろ」
彼らはガーゴイルの周りを囲んだ。
「あなた方の敵う相手ではありません!早くフェイルさんを連れて逃げなさい!」
「グワァァァァァッ!」
アランの声を掻き消すように、ガーゴイルは雄叫びを上げ、強靭な爪を振り回す。攻撃を防ごうと腕でガードしても、逆に相手の腕を止めようと、それで静止することはなく、無慈悲に人体が切り裂かれていく。次々と血飛沫が飛び散り、多くの命が散っていった。
「くっ...みんな...」
アランはその場で動けずにいた。
この中で1番の実力者は自分だと知りながら、敵に立ち向かっても敵わず、ただ死ぬだけという事実が体を硬直させる。
「どうして、こんなに力がないんだ」
己の拳を握り締め、血が滲む。
自身への憤りに、額に血管が浮き出る。
目の前で飛散した仲間の血が、アランに降りかかる。
「ああああああああ!」
絶叫にも近いアランの叫びが、その場の全員を静止させた。
ガーゴイルの意識がアランに向く。
「グオオオオ」
アランに呼応するように叫び、多くの仲間の血に染まった、強靭な爪がアランを切り裂いた。
「アランさん!」
一同が絶句する。胸から斜めに深く引き裂かれている。普通の人間なら致命傷だ。だが、アランはその場にただ立ち尽くしていた。よく見ると、血も全く吹き出していない。ただ切り裂かれた肉体だけが、そこにあった。そしてその傷は瞬く間に塞がっていった。
「...なるほど。こうすればよかったんですね」
ガーゴイルが自身の感じた手応えと現状の違いに疑問を浮かべた。それを確かめるべく、もう一撃をアランに放った。
しかし、その攻撃はアランに当たる寸前で止まった。ガーゴイルの腕を掴み、攻撃を止めたのだ。
「グギャア!」
腕が握りつぶされ、ガーゴイルの腕と手が二つに別れる。ガーゴイルは後ろへ仰け反る。右腕からは血が滴り落ちている。
ギッと、アランを睨め付ける。だがアランは表情を変えず、淡々とガーゴイルに向かって歩み始める。
「キィーー!」
先ほどまでの獰猛な声とは違い、耳を突き抜けるような高音の叫びが発せられた。翼を広げ、逃げようとする。
宙に浮かび、飛び立とうとした瞬間、ガーゴイルは気づいた。いくら力を込めて翼を動かしても、体が上空へと動かないのだ。
アランはガーゴイルの左足首を掴んでいた。
そのままガーゴイルは顔面から地面に叩きつけられた。
「ギィ、ギィ」
まるで命乞いかのようなか弱い声。アランは一言も発さずに、地を這うガーゴイルの胸を左の腕で貫いた。
「ギィヤアアア!」
貫いたまま、腕を上げる。ガーゴイルの体も宙へと浮かんでいく。そして、右の拳で頭を殴りつけた。頭が爆散し、体は力を失い、ただ痙攣している。アランは腕を払い、ガーゴイルの死骸は地面に転がった。
「あ、アランさん」
生き残った修行僧達は、その場で立ち尽くし、ただ血に濡れたアランを見つめる。
頭には、肥大化した血管が、蠢いている。まるで脳が表面に出てきたかの様だ。
異質なアランの気配に、ある者は尊敬、ある者は畏敬を覚えた。
アランは自身の顔を平手で一度叩いた。すると、頭の血管は鎮まった。
「すみません。皆さん。私がもっと早く力を手に入れていれば、犠牲は無かった」
修行僧の面々に謝罪すると、フェイルの元へ行った。腹に手を置き、目を瞑って集中した。
「ハッ!」
お腹をグッと押すと、アランは口から液体を吹き出し、起き上がった。
「ゲホッ、アランさん、な、何が起きたんですか」
「敵は倒しました。今、フェイルさんの体に残る毒を全て口から吐き出させました。恐らく出血も止まっているはずです。ただ、出血量と怪我が酷いのであまり動かないで下さい」
ニコッと笑うと、立ち上がり再び修行僧達の方へ向いた。
「先ほど、自身の力の使い方が分かりました。もうあの様な魔物には負けないでしょう。皆さんはフェイルさんを連れて、建物の中へ。私はトヲル様の方へ向かいます」
言葉のみ言い残し、アランはその場を去った。
残った修行僧達はフェイルの元へ駆け寄り、肩を貸した。
「すみません。俺にもっと力があれば」
フェイルは自身の力の無さを嘆いた。
僧達は首を横に振った。
「いや、俺たちも同じだよ。この惨状になったのは俺たちに力が無かったからだ」
フェイルを支えながら、里の方へ歩き出した。
「結局俺たちはまだ軟弱者で、トヲル様やアランさんみたいな強者に守られる立場だってことだよな」
仲間を失ったばかりだが全員悲しみに明け暮れる事なく、必死に前を向き、今必要な行動を取れている。
それは、普段の修行の賜物であると言えるだろう。
「トヲルさん、アランさん、生きて帰ってきてください」
フェイルは心の底からそう願った。




