第4話 襲撃
修行開始から3週間が経った頃、フェイルは走り込みのトレーニングを他の修行僧と同レベルの速さで走り、筋力トレーニングも人並みに出来るようになった。しかし、精神統一の修行だけは、失敗が目立つようになった。
トヲルは座禅している修行僧をくまなく見ている。そして、フェイルに集中の乱れが見えた。
「こらぁ!」
手に持っていた薄い板のようなもので、フェイルの肩を叩く。
「いっ」
痛さに耐えつつ、再び集中に入る。だが数分後には、またトヲルに叩かれていた。
そんな1週間が続き、週末の深夜に夜空を眺めていた時だった。
前と同じように、アランが横にやってきた。
「...調子はどうですか」
「すごく良いです。体がここに来る前と比べて動かしやすくなりました。それに、なんだか活力が湧いてきたんです。以前までは正直このまま何もせず、死んでもいいと思ってました。けど、もう少し自分に出来ることがあるなら頑張ってみようかなと」
「ふふ、少しはこの里が役に立てたようですね」
「はい。ここにきて良かったと、本当に思ってます。けど最近、集中がうまく続かなくて」
「精神統一ですね。何か、心当たりは?」
「始めてから最初の方は心を無にできていると思います。でも、時間が経ってくると段々、頭に思い浮かんでくるんです。自分の成長した動きが、戦い方が。じっとせず、体を早く動かしたい。そんな気持ちになるんです」
「そこまで自己理解が出来ているんですね。うーん、そうですね。その気持ちは分かりますが、早く動きたいと、急ぐ気持ちは抑えないといけません」
「どうやって抑えればいいんでしょうか」
「冷静になるというのは、感覚なので言葉で教えるのは難しいものです。が、戦いの中で気分の高揚を抑えることにどの様なメリットがあるか、考えてみると分かるかもしれません」
アランがゆっくりと席を立つ。
「すみませんが、夜廻がありますので、これで失礼しますね。大丈夫。フェイル君なら出来ますよ」
そういうと、アランは駆け足で里の巡回に行った。
「気分の高揚、冷静さのメリットか...」
フェイルは夜空を眺めながら、アランに言われた事を考えることにした。数刻経った頃、寝室に戻った。
次の日から、精神統一でフェイルが叩かれることは一度もなかった。
そして4週間が経ち、あと2日でマカグレンが迎えにくる状況で、トヲルは家にフェイルを呼び出した。
「よう、いい感じじゃな」
「そうですね、今なら何でも出来そうな気がしてます」
「それは自信がつきすぎだのぅ。ワシにも勝てるってかの?」
トヲルは煽る様な口調でフェイルの肩を叩く。
「...はは。無理ですよ。万能感があるってだけで、実際は一ヶ月修行しただけの平凡な人間です。あなたみたいな熟練者の最高峰に立つ様な人に敵うわけないじゃないですか」
「お、おお。そこまで言うとはの。本当の事ではあるが。まあいい、本題に入ろう。あと二日でお主もこの里を去る。技術的な面はほぼ教えとらんが、基礎は元から身についていた様じゃし問題なかろう」
「ええ。付け焼き刃じゃ意味ないですからね」
「しかも、お主は素手より剣術の方が得意じゃろ」
「...そうですね。確かに昔訓練していた時は剣術をよく褒められてはいました」
「じゃから、お主にはプレゼントとして、剣をあげようと思ってな」
「け、剣ですか。嬉しい限りですが、どうして急に?」
「ワシは若い頃、4人でチームを組んで魔物討伐をしていてのう。その頃の仲間に剣術使いが居たんじゃが、30年ほど前じゃろか、居なくなってしもうての。剣だけが形見として残っとるんじゃ」
「じゃあ、何故そんな大切なものを俺に?」
「お前がアイツに似ておるから、じゃ。ま、こんなに性能の良い剣じゃ。放置しているのも勿体無い。使ってやってくれ」
トヲルは壁にかけてあった一振りの剣を差し出す。
「そこまで言われるなら、ありがたく受け取ります」
剣を手に受け取ると、ずっしりとした重みを感じた。単純な物量ではない。この剣が経験してきた積み重ねた研鑽が感じられる。
白を基調とした鞘に収められた剣を抜くと、数十年経っているとは思えないほど、刃は光り輝いていた。
「...まるで、勇者の剣、ですね」
「そうじゃろう。折るんじゃないぞ?」
「折りませんよ。たぶん」
多分という保険をかけ、フェイルはその場を後にした。
「さてと、何をしようかな」
この日は一ヶ月で唯一の休みの日だ。休みとは言っても修行が休みなだけで、家事はもちろん食糧や生活用品の買い出しなどを行い生活基盤を整える日なのである。
フェイルも何か手伝おうとしたが、アランに「あなたは客人でもありますから、この辺りを散策でもしててください」と止められてしまった。
「散策とは言っても、危険な魔物居そうだし乗り気にはならないよな」
フェイルは剣を軽く振りながら近くの森の中を歩く。しかし、妙なことに気づく。
「...変だな。魔物が居なければ、動物すらいない。生き物の気配がしない」
明らかに、異質な雰囲気が森を包んでいた。そこで少し目を瞑り、五感を集中してみることにした。何か、感じないだろうか。生き物の気配や、残した痕跡、異音、異臭は。
数十秒、目を閉じ続け、一つの気配を感じた。
「これは...殺気!」
目を開け、剣を構えると刹那、片手剣を持った男が斬りかかってきた。振りに合わせて、フェイルは剣でガードする。
「ああ?ここは坊主の里じゃねぇのかよ?なんで剣使いがいるんだぁ?おまけに、髪もハゲじゃねぇしよお!!」
男は力を入れ、フェイルを吹き飛ばす
「っぐ」
力負けし吹き飛ばされ、手はジンジンと痺れを感じている。
「まあいいやぁ。どうせ全員殺すしぃ」
ニヤニヤと口角を上げながら殺意を剥き出しにした男が、ユラユラと立っている。
髪は金髪で、ボサボサ。鋭い目つきをしており、クマのあるその目からは、狩猟者の様なオーラが感じられた。
酒臭い匂いも香る。相当酔っ払っているのだろうか。
「お前、全員殺すって言ったか」
「ああ、そうだとも。ひひひ。俺、坊主を殺るのって、初めてでさぁ!ワクワクして夜も眠れなかったんだよお!!」
再び飛びかかってくる。素早い剣撃でフェイルは何とかガードするが、防戦の一方だ。
「くっ、久々に剣振ったから、慣れてないな。でも少し感覚戻ってきた」
「びびってんのか?攻撃してこいよ!ただ殺すだけじゃつまらねぇ、命のやり取りをしたいんだよ!俺は!!」
フェイルは相手の攻撃を弾き返した。
「おっと」
男は両腕を上げるような体制になり、完全に無防備だ。
「ただの殺人犯、生かしておく理由はない」
男の体を切ろうとしたが、とっさにフェイルは踏み込むのをやめ、数歩下がった。
「ククククク、お利口お利口」
攻撃を弾かれ、一見無防備な男。
だが、男の左手。よく見ると限界まで手首を反らし、剣の刀身が見えないよう、上手く腕の陰に隠している。
攻撃を弾かれ、剣を持っていないように見せていたのだ。
踏み込んでいれば、そのまま一刀両断されていただろう。
「こいつ、結構強いな」
格の違いは感じないが、勝てると断言できる相手ではない。引くことは出来るだろうから、冷静に考えれば逃げて里に報告するのが最善だろう。トヲルやアランならこいつ程度、敵ではないはずだ。
だが、報告する間に、修行僧がコイツと鉢合わせたら?そう簡単に負けるとは思わないが、最悪の可能性は捨てきれない。里の者が誰も死なずに終わらせるにはー
「俺がここで、お前を倒すしかない」
フェイルは剣を構え、攻撃の姿勢を取る
「いいねぇいいねぇ。盛り上がってきたじゃん。かかってこいよぉ!」
再び、剣撃によって火花が飛び散る。お互いが、段々と切り傷を負い、出血してきた。
「くぁはははは!たのしぃなあ?ええ?ここまでやれるやつぁそうそういねぇよ!あははは!」
「ここだ」
フェイルは戦いの最中、あることに気付いた。それはこの剣を振る時、妙に振り抜きやすい型があったこと。左から右に振り抜く、横の一閃。これが他の剣術よりやけに振りやすい。威力も速度も他の振りより数段上だ。恐らく、この剣の所有者が得意だった技なのだろう。それが剣にも染み付いている。
だから、敵が少しの隙を見せた今、この一閃に全てをかける。
「うおおおお」
力いっぱい足を踏み出し、全速力、全力の振りで男を斬る。
ガキン
だが無情にも、その振りは防がれた
「その横の振りが得意だってぇ気付かないと思ったかぁ?最後にこの技持ってくるってぇ分かっちまったよぉ!!」
男は満面の笑みで、勝ち誇る。そのままフェイルを斬ろうとするがー
「あ?」
男の視線は、空を向いていた。
フェイルは斬りかかると同時、回転しながら男の足をかけ転ばせた。
そのまま一周し、もう一度勢いをつけて。
「今のはフェイントだよ」
今度こそ、男の腹部を切り裂いた。
「ぐわあああ!?!?あはははは!すげえ!すげえ!腹ん中が見えるぜぇ!!」
男は仰向けに倒れ、手足をジタバタと動かしてその場で暴れていた
「...苦しいだろ。すぐ楽にしてやる。何か言い残すことは」
フェイルが情けをかけた時、男の動きはぴたりと止んだ。
「あー?あー、良いこと教えてやるよ。この里に来たのは俺1人じゃねえ。俺はアイツらを連れてきただけ。俺1人倒して終わりじゃねえぞ?」
「んなっ」
フェイルは顔から汗が垂れた。
「ぐはははは!その顔!さいっこうだねぇ!冥土の土産に持っていってやるヨォ!」
男は左手で落ちていた剣を掴んだ。ジタバタしていたのは、剣を身の近くに寄せるためだった。そのまま剣を投げつけられれば、油断していたフェイルは防ぎようがない。
「ぐっっ」
やられた、と思ったのも束の間。反射で閉じてしまった目を開けると、自分で首を切って死んだ男の姿があった。
「こいつ、自分で...っっ!」
フェイルは膝から崩れ落ちた。冷や汗が止まらない。
「まさか...」
手足も痺れてきた、ただの疲れや、出血多量によるものじゃない。恐らくは毒だ。先ほどの戦闘ではお互いに多くの切り傷を受けた。男の剣には毒が塗られてあったのだろう。
「動けないわけじゃない。戦闘狂人の考えることだ。遅効性、そして麻痺毒。戦ってる時は相手の実力を存分に楽しみ、逃げられたり長引いたら麻痺毒が発動して、獲物を逃さないようにしている」
死にはしないと確信があるし、動ける。だが、手足の痺れは本物だ。戦闘はおろか、走ることすら出来ない。ゆっくり、時間をかけて、這いつくばりながら動くしかない。
「ぐっ、トヲルさん、アランさん、みんな...」
フェイルは怪我の痛みや痺れの違和感に悶えつつ、出せる限りの速さで里へと戻った。




