【13】 0.00052秒の抱擁。〜苺の香りと崩れる10段〜
その刹那――
ルシアンが大天使の戦士の眼になり、その恩寵でシャンパンタワーは固定された。
その間、0.00052秒。
アンジュは全く気づかず、シャンパンタワーを見て、青い瞳をキラキラさせている。
「素晴らしいな!
この飲み物のタワーは何だ?」
ルシアンが跪いたまま、真面目に答える。
「これは……アルコールを積み上げているようですね。
意味は分かりかねますが、妖精王の趣味では?」
シャンパンタワーの裏側で、妖精王がニパッと笑う。
「ヤバッ☆
俺の趣味ってバレてる☆☆☆
つか、アンジュちゃんで扉を開かせなかったのも正解ー♪
もう、俺、ヤバくね?」
そしてルチアーノは――
もう、NASA監修の超小型録画機器を作動させていた。
――シャンパンタワーは崩れなくとも、この尊い光景は見逃せない!!
ルシアンとアンジュちゃんがシャンパンタワーの前に……リリカルッ!!
その時だった。
アンジュが軽やかに一歩踏み出した。
「このアルコール……苺の香りがするぞ?」
そして、ルシアンが立ち上がると同時に、目の前のシャンパングラスをスッと引き抜いた。
「アンジュさま……!」
ルシアンの叫び。
崩れ落ちるシャンパンタワー。
ジャパンの平成のイケてる音楽。
ミラーボールの輝き。
ルシアンはアンジュを咄嗟に抱き寄せ、頭上から振り注ぐシャンパングラスからアンジュを庇う。
アンジュはルシアンの腕の中で、びっしょり濡れたまま、にっこり笑った。
「ルシアンよ!
お前から苺の香りがするぞ!」
ルシアンは全てのグラスが落ちたのを確認すると、アンジュから腕を解き、そっぽを向いてぼそっと答える。
「……アンジュさまのせいです……」
アンジュが満面の笑みになる。
「そうであった!」
その言葉に、無表情のルシアンがフッと笑った。
――小さな幸福に包まれて――
そうして二人は笑い合う。
びしょ濡れのまま。
ルシアンは、アンジュを抱き寄せた瞬間に分かっていた。
イレイナがアンジュの身体に『身体を保つまじない』を掛けていることに。
それでも、アンジュを離すことは出来なかったのだ。
どうしても。
一方、その裏側では――
何もしていない妖精王も、はしゃいでいた。
「俺たち、グッショーブ☆☆☆
プラスチックのグラス、大・大・大正解♪」
ルチアーノは真剣に録画をしながら答える。
「……確かに!」
――この尊すぎる、リリカル過ぎる映像を、人生で何度も見返す決意を抱いて。
そしてイギリスでは。
イレイナも水晶玉に、一秒残らず録画していた。
先に会場にいるはずのリオとアーチーボルトもおらず、妖精王もルチアーノも、ロクシーすら現れないので、ルシアンはアンジュを促し、外に出た。
それから、アンジュを恩寵を使って一瞬で乾かした。
そしてルシアンは「皆の様子を見て参ります」とアンジュに告げると、自分の寝室に直行した。
そして、びしょ濡れで苺の香りのするタキシードを脱ぎ、恩寵は使わず、そのままビニール袋に丁寧に仕舞う。
そうして恩寵で自分を乾かし、ルチアーノが用意していた別の白いタキシードに着替えた。
それからルシアンがリビングに行くと――
アンジュの隣にロクシーが座り、その前のソファで、なぜか目を真っ赤にしたルチアーノが座っていて、妖精王は壁際に立っていた。
そして、ルシアンの姿を見ると、ロクシーが笑顔で言った。
「アンジュちゃんから聞いたよー!
アンジュちゃんがシャンパンタワーを倒しちゃったんだって?」
アンジュも楽しそうに笑う。
「そうだ!
あのグラスのタワーが倒れるとは知らなくて!」
するとルチアーノが、シルクの深紅のハンカチで目元を押さえながら、感動に満ちた声で言った。
「いいんだよッ……!アンジュちゃん!!
あれぞリリカル……!!
俺様の感性は震えっぱなし……!
ありがとう!」
アンジュは「そうか?」と小首を傾げている。
ルシアンはロクシーに向かって、静かに問う。
「リオとアーチーボルトは?」
ロクシーがパチンとウィンクする。
「も・ち・ろ・ん!
パーティ会場に清掃業者を呼んで、片付けてもらってる!
その監督をしてるわ!」
「なるほど」
そう、ルシアンが頷いた時だった。
妖精王がニパッと笑って口を開いた。
「でさあ〜♪
ルシアンがネ☆
プールに飛び込まないって約束してくれるなら……。
プールサイドでパーティやり直さない!?
そのまま、ナイトプール☆☆☆
映え☆」
ルチアーノが、さっきまで泣いていたとは思えない鬼の形相で、ルシアンに詰め寄る。
「そうだッ!
ナイトプールでやり直し!
これぞ……ロマン!
ライトアップした空間の幻想的な雰囲気……。
お洒落な浮き輪や、ビーチボールでプールを飾る……❤️
だから!
お前は絶対にバタフライも潜るのも禁止だッ!」
ルシアンはチラリとアンジュを見た。
アンジュもニコニコと、あどけなく美しい笑顔を浮かべている。
ルシアンが戦士の眼で、即答する。
「……理解した!
私は泳がない。
そしてパーティをやり直し、“ナイトプール”とやらを、やろう!」
そうして始まった、プールサイドでのパーティ。
リオとアーチーボルトは戻って来なかったが、ルシアンは気にならなかった。
ルチアーノの言う通り、完璧に演出されたプールサイドはライトアップされ、水中からもライトが反射し、大小様々なカラーのビーチボールや浮き輪が人工的な光を放ち――
セレニスの自然と不思議と調和し、まさに幻想的な空間だった。
その中にいる、アンジュ。
ふわふわのピンクのドレスを翻し、無邪気に笑い、食事をしたり、ジャパンの平成の曲をロクシーと口ずさんだり――
そしてルシアンに、「このケーキ、美味しいぞ!」と勧めてくる。
ルシアンは、
今だけは――
アンジュに見惚れていたいと思った。
このひととき、アンジュに見惚れていても罪にはならないだろう。
そしてルシアンは、無表情に僅かな笑みを浮かべ、アンジュを見つめる。
そのうち、妖精王が「ナイトプールに入らないとか草☆」と言って、ふわりと浮き輪に乗った。
ルチアーノも負けじと、ドボンと音を立てながら浮き輪に乗り、「ナイトプール、最高❤️❤️❤️」とはしゃいでいる。
アンジュとルシアンの視線が一瞬交わり、笑い合う。
そして妖精王は、プカプカとプールに浮きながら月を見ていた。
「そろそろカナ☆」
その呟きは誰にも届かないまま――
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