第81話 兄弟愛7
真っ暗な街の中を爆速で翔け抜ける。『奇跡』を宿した体は地面を踏締める度に際限無く加速し続ける。
最初は真っ直ぐに道路を走ろうかとも考えていたが、この時間でも幾分かは車が走っているのを見て、途中からジャンプも挟んで空をも走り始めた。
音を置き去りにして走っているのにも関わらず、操られた信世は一瞬で俺の背後に移動しては執拗に頭のみ狙って攻撃してくる。
(やっぱり今の信世は単純な動きしか出来ないのか)
こう何度も攻撃を外しているなら目の前に瞬間移動して殴れば良いのに、今の信世は必ず背後にしか移動して来ない。
信世の『奇跡』がどういう物かはシオンさんからザックリと「言霊を能力にしたみたいな奴」としか聞いていないから、実は細かい仕組みは全く知らない。信世が気絶する前に『奇跡』で獣人の『奇跡』をコピーしようとしていたから、この瞬間移動とトンデモ威力のパンチが信世の『奇跡』なのか、獣人の『奇跡』なのかも判別付かない。
全てにおいて情報が足らない。でも、今はそれで大丈夫。俺と信世がこの調子で『奇跡』を使い続ければ、先に『奇跡』のスタミナ切れになるのは信世の方だ。
勝ち筋は見えている。このまま出来るだけ紡祇の家から離れて行けばミッションコンプリートだな。
「ハハハッッ!!! そんな速度じゃ当たらねぇぞ!!」
若干退屈してきたので空振りした瞬間を狙って煽っておく。風の音もあって相手に聞こえてるかは分かんねぇけどな。
そうして5分程立っただろうか。気付けば背中から感じる攻撃による風圧と殺意は消えていた。
「あん……? もうギブアップかよ」
様子見しようとして俺が立ち止まった瞬間に少し離れた距離に瞬間移動して来たが何もして来ない。
逃げる直前まで信世の髪色は鮮やかな赤で染まっていたのに、今は髪色が半分だけ黒に__つまりは元の髪色に変わっていた。信世が「髪色が使用上限の目安」だとか言っていたから、恐らく全ての髪色が黒に染まればスタミナ切れと言う事なのだろう。
その髪色が半分黒に染まっている。つまりは残り半分って事だ。5分でコレだから信世の言う通り操ってる奴は合計で10分しか主導権を握れない訳だ。
勝ったな。
そう確信して、しかし動きはしっかり観察しておく。
「おいおい、もう終わりかよ! 俺はまだ生きてるぜ」
最後の5分を消耗させる為に煽ってみるが反応は無い。
攻撃をせず、しかし逃げず。会話もしないで立ったまま俺を見ている。
どうしようか……スタミナ切れが勝利条件な以上、信世の体を操ってるアイツには動いて貰いたいんだけどな。もう少し煽ってみるか。
「そんな単細胞みてぇな動きしてないで、ちったぁ工夫したらどうよ。追い掛けて殴るだけとかガキでも出来るぜ? もっと頭、使いましょうや」
ジェスチャーも含めて煽ってみるが完全に無反応。煽るなんてあまりやった事ないから上手く出来てなかったんだろうけど、俺の煽りってこんなに効果が無いもんなのかよ。
「なぁ、信世。アイツ動いてくれないんだけど。どうするよ」
『どうするも何も……思考が読める訳でもないからコイツが何しようとしてるとか分からないんだよ』
信世もお手上げと。どうするよコレ。
何か良い考えが浮かばない物かと考えてみるが何も浮かばず。そうやって無意味な時間を過ごして一応信世の観察だけはしていると__急に信世が目を閉じたではないか。
瞑想ってやつだろうか。急に止まって瞑想だなんて何がしたいか読めない奴である。
「んー? 何やってんだ」
『警戒は怠るなよ』
「勿論」
とは言った物の本当にどうしようか。
攻撃してみるか? でもなぁ……近距離であの攻撃が飛んで来たらいくら身体能力が高くても上手く避けれる自信が無い。となれば相手が動くまで様子見するのが得策。一挙一動逃さず目を凝らして見詰めるしかないのである。
とりあえず他にやれる事が無いか考えて、何も成果が出ないまま数分経った位か。目を閉じたままの信世に変化が起きた。
半分程度まで黒に戻っていた髪色が、じわじわと赤に染まっていくじゃないか。
「え? は、え?」
実写で起きるアハ体験動画みたいな現象に目を擦る。
数秒も経たずに髪色は完全な赤に戻って再び目を開く。
『何かあったのか?』
「ちょっ……え、信世にはアレ見えてねぇの?」
あんな分かりやすい変わり様に無反応だなんて信世じゃあり得ない。もしかして何も見えていないのか? そうだとしたらどうやって状況を見て俺に指示を出していたんだ……?
疑問が芋づる式に連なって湧いて来るがそれは一度置いておいて現状を信世に伝えて対策を考えよう。そうして会話をしようとした所で、信世が口を開いた。
「停止」
脳内に響く信世の声ではなく知らない男の声で、一単語だけぼそりと呟く彼。
ずっと無言だった信世の体が何か言葉を発した。ただそれだけで、勝ちしか見えないこの逃げレースの戦況が大きく変わってしまう。
姿が消える。また瞬間移動か。
距離を取って全力で街中を翔けようと背を向ける。頭の中ではそう行動しようと思い描いていたのに。
体がピクリとも動かない。
「っっっ!!!?」
『奇跡』で俺の体を止めたのかっ!
操られた信世が目前に現れる。
かなり大振りの攻撃。しかしそれは尋常じゃない速度で俺の顔に迫って来る。
一度触れてしまえば即死亡。避けないと避けれないと避け切れないと死んでしまう死にたくな
『避けろっ!!』
「くぁっ」
信世の声で自分の体が、爆速で体を反らして拳の軌道から外れる。
「っぶねぇ!!!」
避けた姿勢を意地出来ずに脚滑らせて背中から地面に落ちる。そのまま生存本能の赴くままに背中からでんぐり返しで一回転して片膝立ちで姿勢を整えて、直ぐに信世から背を向けて『奇跡』を使用して全力で逃げる。
「停止」
「またッ!」
『逃げろ!』
二度目の『奇跡』による停止。即座に解除されて爆速で逃げる。




