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072『ルナVSレプリカ』

書籍第1巻の表紙が公開されました!

序盤の主要人物が勢揃い!

血色の水面に映し出されるのは――。


10月20日発売になります!

付属のSSもかなーり力を入れた完全書き下ろし新作ですので、ぜひお手に取ってみてください!


挿絵(By みてみん)

 辛勝。

 クラリスは今の決着を、そう評価した。


「げほっ、ごほ……っ、は……はぁ、はぁっ」


 吐き気が腹の底から湧き上がる。

 ずきずきと頭痛が響き、視界が回る。

 それはほかでもない――魔力枯渇寸前の症状だった。


「……たった、二発。それだけで、これですか」


 無敵かに思える、攻撃の光速化。

 慣れていない、ぶっつけ本番、というのも確かにあるだろう。

 だが、それを除いても余りある、魔力消費量。

 たったの二発で、クラリスの魔力は枯渇しかけていた。


 ……まさに奥の手。

 決められなければ一気に劣勢になる諸刃の剣。


 加えてピーキーなのが、命中率の悪さだ。

 先の二発は、どちらも頭を狙ったものだ。

 にもかかわらず、着弾したのは腕、そして心臓だ。

 結果的には仕留められたのでよかったが――外していれば目も当てられない。

 間違いなく、そこで倒れているのは自分になっていただろう。


「はぁっ、はぁ……、ふぅ」


 荒くなった息を整え、クラリスは倒れ伏すジョンダルセを見下ろした。

 片腕を失い、心臓を撃ち抜かれ、その体は血だまりの中で沈んでいる。

 致命傷だ。動くはずがない。吸血鬼だろうとなんだろうと、生きているはずがない。

 そう判断し、ゆらゆらと少女は地上へ降りる。

 そして、魔力回復用のポーションを懐から取り出した。


 ――まだ、倒れるわけにはいかない。


 そう、悲鳴を上げる体に意地で鞭を打ち、力を籠める。

 魔力枯渇寸前。間違っても戦えるような体調ではない。

 なにせ、忘却の獣、物理無効の吸血鬼、連戦で二人を下した直後だ。


 しかも、ジョンダルセに至っては四律の天秤、序列二位である。

 ライブラ、フィアンドール、両者をしのぐ強者、格上。

 勝てたこと自体、奇跡に等しい。


 にもかかわらず、少女は満足感など抱かない。


 目指すは、推しへの救援。

 まだ戦っているかもしれないシュメルの援護。

 そのために、倒れるわけにはいかない。ここで止まるわけにはいかない。

 歯を食いしばり、クラリスは歩き出す。



「……ったぁ、死ぬかと思ったぜぇ。まったくよォ」



 ――その後方で、何かが立ち上がる気配があった。


「………………は?」


 クラリスは振り返る。

 血だまりの中、鬼が立ち上がる。

 致命傷が、消えてゆく。

 腕も、心臓も。


 決死で与えたダメージは、何一つとして残らない。


 なぜ、どうして。

 どうなっている。

 なんで立ち上がれる。

 致命傷だったはず。

 焼き切った心臓はどうした。

 多くの疑念が、一瞬にしてクラリスの脳内を占める中。

 理解できたのは、一つだけ。


「……少し、はしゃぎすぎましたかね」


 クラリスにはもう、対抗するだけの魔力が残されていない。



 ☆☆☆



 クラリスの急転直下。

 彼女が死を覚悟したのと、同時刻。

 学園の敷地内、闘技場外ではもう一つの戦いが続いていた。


 水の巨人が、荒れ狂う。

 超重量の拳が降り注ぎ、大地が砕ける。

 それらを回避しながら、黒衣の研究者は頬を緩ませる。


 四律の天秤、序列一位——レプリカ。

 偽名である。

 本名は不明。出身も不明。魔法も不明。実力も不明。

 判明しているのは、人族であるという事。

 そして――本気を出すまでもなく最強であるという事。


 強者揃いの傭兵団において、魔法すら使うことなくその座に君臨する異質。

 そんな彼女は、眼前の研究対象に心を躍らせていた。


「素晴らしい。暴走に見えて合理性の塊だね、ソレは」


 水の巨人を前に、レプリカは理性的に仕組みを解体する。

 暴力性の塊。超重量の破壊の化身。

 そういった一面を前面に押し出しつつも――水の巨人の本質は、術者を守る無敵の鎧だ。

 全長二百メートル。重量十一トン。

 そんな化け物の中心に引っ込んだ術者、ルナ。

 見上げた先には、はるか上空、米粒ほどの大きさにしか見えない少女の姿があった。


「前々から、妄想だけはしとけと言われてましたからねぇ! どうです、私の考えた最強の鎧にして、最強の矛! そもそも攻撃が届かないという悪夢、とくと味わうといいですよぉ!」


 かつて、クラリスとリオが送ったアドバイス。

 イメージトレーニング、強くなった自分の妄想。

 それは何も、ルナをあしらうためにテキトーに放った妄言ではない。

 今から未来に備えるための、確実なアドバイスだった。


 それをルナは愚直に続けた。

 魔法も魔力も使えない中、仮に魔法が使えたのなら、と。

 ちょっとだけ――いや、かなり? ……相当、精神年齢の低いルナは、まるで男子小学生のようにひたすらに『最強』を妄想し続けた。

 その果てに考え付いたのが、この能力。



「『波鎧神(ワダツミ)』!!」



 強く、でかく、重く、そして――遠く。

 人の手が届かぬ彼方より贈るは、少女の思う限りの悪夢。

 無尽蔵の魔力から放たれる、巨人の怒りである。


 振り下ろされる無数の拳。

 破壊活動に対する少女の考えは一つだけ。

「ま、壊してもシュメルさんが戻してくれますよねぇ!」と。

 人的被害は避けるとして。

 それ以外の物的被害は度外視した暴れっぷりを見せる。


「ちょ!?」

「おぼ、ほぼぼ」

「る、ルナさぁん!? ま、待っ――」


 波鎧神(ワダツミ)の足元より発生した津波が、生徒たちを押し流す。

 少々乱暴であっても、彼らを戦場から遠ざけるという目的であれば効率的だし、合理的。

 溺れかけている彼らの気持ちさえ無視すれば、今のルナが取り得る手の中では最適解に近いだろう。

 当然、そこまで深い考えがあったルナではないが、対するレプリカは少女に対する評価を数段上昇させる。


 すぐ調子に乗る。

 考え無しの礼儀知らず。

 基本的にシュメルのこと舐め腐ってる。

 そんな少女の性格を知らないレプリカにとっては、今、目の前で起こっていることが全てだった。


 研究者は自らの喉へと手を当てる。

 圧倒的、強者。

 並ぶ者無き傑物。


 乾きに渇いた彼女の生において。

 久方ぶりに、胸が弾む。

 じわり、と。心が潤う。

 唾液が溢れ、喉が鳴る。


 興味が、好奇心が、魔王の心臓へと揺れ動く。


「……濡れるねぇ、興奮してきたよ」

「えっ、気持ち悪っ」


 心の底から、ドン引き。

 マジで近寄らないで貰えます?

 そんな思考が反映されてか、波鎧神の攻撃がさらに加速する。


 連打連打。

 叩きつけるように拳が大地を弾く。

 ――秒間、三打。

 相応に早く、レプリカからすれば相応に遅く。

 同時に、この巨体で繰り出すには余りにも超高速。


 速度、攻撃範囲、共に凶悪の一言。


 打撃が、街全体を揺らす。

 生きて捕らえよう――だなんて余裕は、端から無い。

 たとえ殺してしまったとしても、ルナ自身が犯罪者になってしまったとしても、仲(・)間(・)の(・)元(・)に(・)は(・)絶(・)対(・)に(・)行(・)か(・)せ(・)な(・)い(・)。


 最初からそういう覚悟で、ルナは戦いに望んでいる。


「こちとら一度は殺されてるんです! 手加減されるだなんて思わないでくださいよぉ!!」


 絶対に、ここで倒す。

 私が倒すんだ、と。

 息巻き、声をあげるルナに対して。

 心底不思議そうに返すのは、余裕綽々のレプリカだ。


「手加減? 生まれてこの方、されたことがないね」


 レプリカは、巨体より繰り出される攻撃を踊るように回避してゆく。

 約120倍の体格差、絶望的なスケールの違い。

 おおよそ有効的な攻め手など考えられず。

 事実、レプリカは先程ルナの心臓を貫いて以降、一度も有効打を与えられていない。


 にも関わらず、だ。


 その姿に、一切の焦りや恐怖はない。

 一撃一撃が数メートルのクレーターを穿つ中。

 黒衣の端にも触れさせず、彼女は駆ける。


「ぐっ、ぬぬぬぬ……!」

「戦闘は初めてみたいだね。いいよ、研究者のお姉さんが手とり足とり教えてあげようか」


 レプリカは、近くの建物の屋根へと飛び上がる。

 見上げた先には、悔しげに歯を食いしばるルナ。

 その姿に、その表情に。

 ――破顔。

 満面の喜色を浮かべ、レプリカは右手を差し出す。



「さぁ、お嬢さん。息の根果てるまで踊ろうか」



 まるでダンスに誘うように。

 死ぬまでヤろう、と。

 最低最悪の、遊びのお誘い。


 無言で、鉄拳が降り注ぐ。


 拳がレプリカの立っていた家屋を叩き潰す。

 と同時に、ルナは目を見開く。

 彼女の目が捉えたのは、波鎧神の振り下ろした右拳より、腕を駆け上がってくるレプリカの姿だ。


「うひぃ!?」

「ダメじゃあないか、硬くして。そんなことじゃ、悪いお姉さんにイタズラされるよ?」

「み、水のことですよねぇ!?」


 波鎧神(ワダツミ)は膨大な水によって生成されている。

 だが、それは純粋な『水』とは言い難い。

 人型を模し、ある程度の速度を維持し、同時に一撃一撃の強さを求めた結果――肉体を構築する水分にはある程度の『硬度』が必要とされた。

 故に、多少荒く動いたところで形が崩れず、振り下ろした拳が岩をも砕くよう、波鎧神の全身はルナの魔力によってガッチガチに固められている。


 つまるところ、流体のように見えて、個体。


 尋常ならざる身体能力さえあれば、登攀は可能だ。


 凹凸のない水面を、当然のようにレプリカは駆け上がる。

 まだルナとの距離はある。

 だが、もう遠距離とは呼べない。

 目をこらせば、しっかりと目が合う程度の距離だ。

 ぞわぞわっと、ルナの全身に怖気が走る。


「め、目がイッちゃってる……へ、変態だ!! 言動全部が変態ちっくですよぉ! この人!!」

「それは心外だね。私はノーマルだよ、ルナ君」


 濡れた言葉に、満面の喜色。

 おおよそ『変態』としか呼べぬ様相から。

 けれども放たれるのは、シンプルな殺意。

 彼女自身が告げたように、普(・)通(・)に(・)殺しにヤッてくる。


 レプリカの手に握られたのは、一振のナイフ。

 殺傷能力など、必要最低限。

 特殊な魔剣でも、聖別された神剣でも無い。

 あくまで対人を想定した簡易武装。


 常識に則って考えれば、脅威ではない。


 だが、その瞬間。

 波鎧神の内部に守られたルナは、思い出していた。



 短剣(ナイフ)を主武器と言い張る、同世代最強の男の姿を。



 ――警戒心が、一気に引き上がる。


 油断も慢心も、一瞬にして消し飛んだ。

 波鎧神とナイフでは大きさが違う。格が違う。

 当然ながら歯が立たない――そう考えるのは、あまりに危険で、あまりにも恐ろしい。


 なにせ、シュメル・ハートのメイン武装だ。

 最大限に警戒するべき。

 咄嗟にそう判断を下し、動き出す。


 ルナは思いっきり腕を振る。

 変化は唐突に。


 膨大な魔力が弾け。

 腕の表面より放たれたのは、無数の水の針。

 否、巨人と対比したが故に、針と称しただけの槍だ。


 直径三十センチ、長さは無限。

 そんなものが、腕の表面を埋め尽くさんばかりに、生えて、レプリカを襲った。



「『雨穿(レイン)』!」



 まるでそれは、逆向きの雨。

 規模と殺傷能力のみを尖らせた、無慈悲の雨粒。

 先に述べた通り、それは小学生並の頭脳で考えた能力だ。

 だが、それが故に、凶悪にして無慈悲。

 相手の生存など欠片も見込んじゃいない、接近する敵を皆殺しにするためだけの防衛機能。



 ――だが。



「本質はやはり――術者本体を守ること。絶対的な防御性能が魔法のすべて」



 斬撃が、奔る。

 鎧袖一触。

 レプリカが、槍の雨全てを斬り払う。


 その光景に、ルナは思わず目を疑った。


 ……技術によるものではない。

 同じく短剣を用いるシュメルとは、まるで違う。

 彼の動きが完成された無駄のない芸術品だとすれば。

 レプリカの動きは、無駄だらけの未完成品。


 つまるところ、身(・)体(・)能(・)力(・)に(・)よ(・)る(・)ゴ(・)リ(・)押(・)し(・)で(・)あ(・)る(・)。


(ど、動体視力と、純粋な速度で――)

「とはいえ、やっぱり経験不足は否めないよね」


 驚く間も、許されず。

 レプリカは、ルナのそばまでたどり着く。


 限界まで目を見開くルナを前に。


 にたりと、レプリカは笑みを浮かべてナイフを構えた。



「弱いところ、みぃつけた」



 ぐさり、と。

 ナイフが波鎧神表面へと突き刺さる。

 何の変哲もない、ただの突き。

 それが、圧倒的な膂力により昇華され――ごっそりと波鎧神の表面を消し飛ばす。


「ひぃっ!?」


 ルナとの距離は、まだ残されている。

 けれど、レプリカはルナの隠れている部分へと最短距離をぶち抜くように、迷いなくナイフを振るって波鎧神を掘(・)削(・)す(・)る(・)。


「まだまだ行くよぉ、覚悟の準備はできたかな?」


 ナイフから放たれたとは思えぬ破壊音。

 同時に水が弾けて、鎧が消し飛ぶ。

 刻一刻と、ルナの元へとレプリカは近づいてゆく。


 それは、まるで死神の足音のよう。


 一歩、また一歩と。

 確実に、削って歩いてくる。

 黒衣の研究者は、波鎧神の心臓部へとやってくる。


 もう、その表情すら見える距離だ。


「出来れば、もう少し実ってから戦いたかったけれど……手を引き、導き、戦いの中で教えながら殺すのも、命の贅沢な使い方だよね」

「……っ!?」


 ごくりと、喉がなる。


 逃げ場は、無い。

 仮に逃げられたとしても、同じことの繰り返しだ。

 ルナもここに来て理解する。


 波鎧神(ワダツミ)では、レプリカには勝てない。


 理解する。

 理解させられる。

 自らの敗色を。


 この先に待っている敗北を、死を。



 否が応でも、分からされる。




 ――なればこそ、覚悟だって決まると言うもの。




 ルナは、前を見る。

 迫り来る敵を見据える。


 震えは止まらない。

 恐怖は誤魔化し切れない。



 けれど、臆病風は止んでいた。



「さ、詰みだね。お嬢さん」


 勝利を前にするレプリカに対し。


 勇気を胸に、ルナは新たな一歩を踏み出す。


 波鎧神、ワダツミ。

 海神の名を冠するルナの魔法。

 ただの水魔法より繰り出された、魔力量の暴力。


 その破壊力に。

 その防御力に。

 その速度に。

 その性能に。

 当然のように植え付けられる先入観。



 ――これほど堅牢な鎧に籠る以上、本体が弱点であるはず。



 その考えは正当だ。否定はできない。

 術者が魔法の核であることには変わりない。

 ルナ本体が弱点であることは、不変の事実。


 それでも、その弱点が『強くない』とは限らない。


 それはある意味当然で、けれど致命的な勘違い。

 波鎧神が『本体を守るため』に作られた魔法だと理解し。

 ルナの姿格好、臆病な人となりを見れば見るほど。

 勘違いは深まり強まる。

 致命の域まで突き刺さる。

 術者は完全な後衛タイプであり、近接戦闘能力はない――と。



 否が応でも、勘違いさせられる。



 ルナは拳を握り締める。

 魔王の心臓が、脈動する。

 祖より供給されるのは、無尽蔵の魔力。無敵の身体強化。


 元が一般人? 鍛えてもいないひ弱な少女?



 関係ない。素体がどうあれ――掛ければ無限だ。



 故に少女にとっての最大火力は、魔法によるものではない。

 一切合切の魔法を捨てて。

 無限の魔力を無限の膂力へ変換した、ただの力業。

 それこそ本領。

 シュメル・ハートを優に超える、純然たる暴力。



 ――波鎧神が、弾ける。



 十一トンの重量が、レプリカを巻き込み押し流す。


「なっ……!?」


 想像だにしない、魔法の解除。

 最後の命綱だと考えていた鎧の、完全放棄。


 それを受け、わずか一時、女の姿勢が崩れた。

 それは強者に訪れた一瞬の隙。

 空中では堪えることなどできるはずもない、必然の隙。



 その隙に、一人の少女が飛び込んだ。



 迷いはない。

 恐怖はあれど、かみしめて。

 震える脚に鞭を打ち、一目散に走りだす。



 握りしめた拳には、無限の魔力が込められていた。



 少女に暴力の才能はない。

 技術なんてもっての外。

 当然、努力の痕跡すら欠片もない。


 それらを総じて加味した上で。



 ――なお、必滅と呼ぶに値する一撃が放たれる。




「『海神撃(ラウト・ノア)』!」




 海を切り裂き。

 鎧を砕いて、会心の一撃が炸裂する。




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ルナ、ここで覚悟決まるのカッコ良すぎないか
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