069『クラリスVSオーディ』
忘却の獣。
英雄殺しオーディは、自らの魔法を隠している。
忘却の魔法とされたソレは、魔導器による力。
彼はそれを魔法と騙り、多くの英雄を亡き者とし。
それが自分の流儀だ、と。
忘却こそが自分と戦う上での注意点だ、と。
もっとも警戒すべき能力だ、と。
その半生にわたって、世界へと信じ込ませ続けた。
故郷を忘れさせた。
歩き方を忘れさせた。
親の顔を忘れさせた。
攻撃の防ぎ方を忘れさせた。
恩人の存在を忘れさせた。
自らの魔法を忘れさせた。
多くを手当たり次第に忘れさせた。
その上で殺し、時に見逃し、噂を広めた。
故に世間は知っている。
英雄殺しオーディといえば、忘却の魔法使いだと。
彼を警戒する者であればあるほど、その前提知識は明瞭だ。
高い身体能力や武術の冴えなどは、忘却のおまけ。
一流の戦士であると同時に、それ以上に厄介な魔法の使い手。
それこそがオーディ。忘却の獣――と。
なにより警戒するべき『忘却』を、何より念頭に置いている。
当然、それこそが獣の狙いだと知るよしもない。
植え付けられたのは、獣が自ら作り出した幻想だ。
彼にとって非常に都合のいい、デタラメな反英雄像。
十割十分が嘘なのではなく、事実、忘却の能力をその手にしながら。
偽りのソレを真の魔法だと錯覚させて――ひたすら、己が魔法をひた隠す。
全ては、こういう時のためだけに。
(忘却でも、身体能力でも攻めきれない。一歩余計に踏み出した先には即死の魔法が待ち構えている。……強いねぇ、その若さで見事と言うほかない。だからこそ、容赦はしないよ)
相対するのは、純然たる強者。
おそらくは――かつて相対したシュメル以上の実力者。
彼の底を知らぬと言われ。
けれども直感は揺るがない。
何を隠しているのか、何を得意としているのか。
何一つ分からないまでも、ただ、強い事だけは確信できる。
――故に、オーディには迷う余地はない。
躊躇いなく、魔法の解禁へと踏み切れる。
「誠実な子がお好みだってねぇ、愛しの英雄様は」
「…………」
誠実とは。
嘘をつかず、自分の損得よりも正しさや真心を選んで行動できること。
誰に対しても裏表はなく。
差別なく、責任感を持って――真摯に在ること。
そんな理想像を目指す少女に対するは、生粋の嘘吐き。
「君は、騙し合いでおじたんに勝てるかなぁ?」
相性は、最高だ。
オーディは確信し、大地を蹴った。
「――ぃひ!」
口角が上がる。
三日月のような笑みを浮かべて、剣を振るう。
忘却の陰に埋もれた身体能力。
ありとあらゆる英雄を素手にて屠ってきた天賦の肉体。
その性能は――シュメルですら『技抜きでは自分以上』と評価するほど。
剣が交差する。
技術などなく、ただ力任せに振るわれた毒の刃。
あまりの衝撃に、クラリスの表情が歪む。
みしり、と。
両者の剣より、嫌な軋みが響く。
毒の剣、その刃が欠けると同時に。
国宝、竜剣の刀身に――僅かながらもヒビが入る。
「なっ!?」
「ぁはっ!」
両者の反応は、正反対。
竜剣、魔導器にヒビが入ったことへと驚きを見せるクラリス。
対するは、一縷の驚きを抱きつつ、それ以上の愉悦に心揺らすオーディ。
その光景に、彼は確信する。
竜剣レオニス。
かの宝剣には、城崩しのような【不壊属性】は存在しない。
叩けば傷つく。切れば刃こぼれする。壊せば壊れる。
ならば怖し壊し毀し殺そう。
身も心も、頼れる武器も、心の拠り所たる英雄も。
何もかもを愉悦のままに蹂躙する。
幾度と、剣を振るう。
そのたびに竜剣と交差した毒剣は、刃こぼれを増す。
だが、同時に竜剣にも修復不可能な傷跡が広がっていく。
あと少し。
もうちょっと。
それだけで――この国の宝は崩壊する。
そう考えただけで、笑みが深まる。
竜剣を踏みにじる光景を浮かべて、興奮が高まる。
獣のように涎を口内に溢れさせ。
ひたすら、破壊衝動に身を任せる。
そんなオーディを、観察し。
攻防の最中、クラリスがその右手を動かした。
それはまるで、魔法を発動させるための予備動作。
けれど、その光景をオーディは鼻で笑って突き進む。
「『さっき』と違うよねぇ! 人を騙すのは苦手かなぁ!?」
神聖魔法は、先に一度視た。
よーく観察させてもらった。
その予備動作を、魔法直前にあふれた光を。
よく見て、覚え、想像して。
これではない、と。
クラリスの貼ったブラフを、その場で見破る。
神聖魔法の発動は――ない。
読み通り、その右手から光があふれることはない。
嘘、ハッタリ、見え透いている。
迷わず突っ込んだオーディ。
彼は狙いたがわず、左手に握られた竜剣を弾き飛ばす。
その顔には、限界を超えて喜色が浮かんでいる。
これ以上とないくらいに、狙い通りに。
武器を手放してしまった王女へと、とどめの一手を――と。
狙う直前。その刹那。
弾かれたはずの竜剣の煌めきに、殺意を一時停止させる。
「っとぉ?」
ととっ、と数歩後退。
同時に、先ほどまでオーディのいた場所を竜剣が切り裂いた。
剣自体は、すでにクラリスの手からは離れている。
まるで自我を持つように――竜剣そのものが宙を浮かんで飛来したのだ。
「そういやそうだ。竜剣に乗って登場したもんねぇ。好き勝手に浮かべて動かせる上に、大きさも自由自在と見た方がいいかなぁ?」
「……っ」
獲物を目前に、空腹の獣は尋常ならざる集中力を見せていた。
弾いたはずの竜剣。その視野外からの一撃をも容易に躱す。
なんという視野の広さ。
なんという身体能力の高さ。
なんという反射能力の速さ。
乗りに乗っている今のオーディの性能は、通常時をも優に超え。
俗に、ゾーンと呼ばれる超集中状態特有の鋭さを発揮する。
「く……っ」
苦し紛れ。
そう言わんばかりに、クラリスは竜剣を躍らせる。
少女の手を離れた竜剣は、慣性を無視した軌道で殺意を迸らせる。
されど、獣の頚には届かない。
毒の剣で弾き、いなし、受け流し。
あらゆる攻撃を完璧に対応し、なおもその表情からは余裕が崩れない。
「さぁ、忘れ物のお時間だよぉ、王女様」
だが、それほど狂気に熱を上げ。
目の前の獲物に涎を垂らし、喜色を満面に浮かべようとも。
頭の中は、冷静、冷酷。
忘却への警戒を口では呼びかけながらも。
指をかけた引き金は、彼が隠した魔法のモノ。
クラリスの警戒心が、一気に跳ね上がる。
忘却への恐れが、膨れ上がる。
その後の対処へと、思考が逸れる。
その一瞬。
警戒の針が頂点を指したその瞬間。
――それこそ、好機。
クラリスは、忘却に備えて竜剣を手元へと戻す。
その手は剣へと伸びてゆく。
あと少し。
指先に柄がわずかに触れる。
そのタイミングを、獣は狙い撃ち。
「【不思議な失せ物】」
その指先から――竜剣が消える。
「……っ!?」
驚くクラリスへ、オーディは静かに剣を構えた。
彼の本当の魔法――【不思議な失せ物】
忘却を強要するのが彼の偽りの魔法だとすれば。
なくしものを強要するのが、真の魔法。
対象は、相手の保有する任意の装備、あるいは道具、ひとつだけ。
それを半径五百メートル内の、ランダムな場所へと強制的に転移させる。
その場所は指定はできない。
そうでなくては「なくしもの」にはならないから。
場所も分からず、かといって簡単に見つかるような場所ではなく。
同時に、探せばちゃんと見つかる程度の、落とし物。
つまるところは――ただの嫌がらせ。それだけの弱小魔法。
戦闘力など皆無に等しく。
攻撃能力など欠片もない。
故にこそ。
相手のあらゆる耐性、防御を貫通し。
無条件に、なくしものを強制できる。
どのような強者を前にしたとて。
問答無用で、この魔法は牙を剥く。
(そしてぇ!)
加えて発動。
忘却の指輪。
対象の記憶一つを、完全に忘れさせる悪魔の魔導器。
指輪が煌めく。
忘れ物が、やってくる。
「さぁ、王女様。■■■■■いいのかい?」
忘却、適用。
此度の対象は――【攻撃の避け方】だ。
クラリスの脳内から、攻撃を避けるという情報全てが欠落する。
それは一種の、記憶喪失に近い。
かつてシュメルが『毒』そのものを認識できなかったように。
クラリスには、獣の言葉が聞き取れない。
毒の剣を前にして。
それを防ぐべき竜剣すら失って。
されど回避という選択肢が、脳内に浮かばない。
故に、回避不能。
クラリスの足は、剣を眼前に動かない。
彼女には、防御以外に道はない。
(けど、この局面! 魔法も間に合わないよねぇ!)
既に剣を振り始めたこの刹那。
今更魔法での防御は間に合わない。
ならば、防ぐとすれば、その細腕しかない。
両腕を交差し、肉を切らせて命を守る。それしかない。
けれどオーディの誇る膂力は、少女の両腕など意に介さない。
「さぁ、ちゃんと防ごうね、王女様ぁ!!」
防いだところで、命に届く。
故に、オーディはこの局面で勝利を確信した。
勝った。
確実に殺った。
興奮に胸躍らせて。
狙い通りの結末に脳を震わせて。
眼前の死に。
すぐそこの終わりに、嗤いかける。
ねぇ、今どんな気持ち? と。
武器を失い。
記憶を失い。
けれど、何を忘れたかも認識できず。
あっという間に齎された絶望に。
君は今、どんな表情を浮かべているんだろう?
オーディは、少女の顔へと目を向ける。
彼の目に映るのは、絶望か、恐怖か。
はてさて、どうだろうと心躍らせ。
――その先で、凪いだ碧眼と視線が絡む。
「……ぁは?」
その目は、酷く冷静だった。
恐怖もない。
絶望もない。
ただひたすらに――想定通りだと。
そう言わんばかりに。
目の前に飛び込んできた獲物を、ただ、狩るモノの目をしていた。
――まずい。
根拠なく。
理由も分からず。
ただ理解した。――誘いこまれた、と。
背筋が凍る。
視線が固まる。
鮮血が、散る。
舞う赤色は、オーディのもの。
背中に灼熱が走った。
それが痛みだと気づくと同時に。
振り返った背には、数本の【竜剣】が突き刺さっている。
「な、なん……でぇ?」
それらの竜剣には、傷一つない。
先ほど壊す寸前まで持っていった竜剣とは、別種のものだ。
それが、複数。
どうして、なぜ。
疑問が浮かぶ。
それ以上に、危機感が背筋を撫でた。
「竜剣に傷をつけたことは称賛に値します。ですが」
前を見る。
絶望を知った。
少女は無傷でたたずんでいる。
その姿に、先ほどまでの戦士としての風格はない。
いいや、感じることもできないほどに。
少女の背後に浮かぶ、無数の剣が。
無限とも呼べるほどに増殖した【竜剣レオニス】が。
少女をかき消すほどの「圧」の集合体が。
流星となって、ただ一人の獣へと降り注ぐ。
「先の剣が原典だなんて、誰が言いましたか?」
竜剣レオニス。
それは、無限と言う『概念』を内包した剣。
魔力さえ与えられたのならば、その剣は果て無く増殖する。
それ以外には、浮かぶ、形を変える、以外の能力はなく。
当然、打たれれば壊れ、切れ味も並の業物程度しかない。
だが、それを補って余りある――数の暴力。
「く、そぉ……ッ」
降り注ぐ千の流星。
その一つ一つが、毒の剣を上回る一級品の業物だ。
オーディは、咄嗟にその場からの退避に映る。
迫る流星をはじき、躱し、時に受け止め。
血を流しながら、逃走に映る。
――勝てない。
今になって理解する。
やはり正しかったのだ。
この少女は、シュメルよりもずっと強い。
視線が、吸い込まれる。
王の風格に寄せられる。
その先で。
少女は静かに、右手を構える。
「【霊砲】」
光が溢れる。
それはまさしく、神聖魔法の予備動作。
避けなければ。
そう考えた、その瞬間には。
オーディの眼前まで、光は迫っていた。
「……は、なにが、誠実だ」
刹那に響くは、騙された、と負け惜しみ。
悲鳴はない。
苦痛もない。
文字通りの瞬く間に、彼の姿は消失する。
その光景を前にして。
なんの感動もなく、王女は推しへと思いをはせる。
「さて、次に行きましょうか」
☆☆☆
魔力を流す。
橋の下、川底より失せ物の竜剣が浮かび上がる。
「なくしもの、の強要ですか。……ここで倒せてよかった」
水に濡れた竜剣が、光となって消えてゆく。
増殖も可能。
その反対に、消去も可能。
無限にして零の剣。それこそが竜剣レオニス。
「魔法以外にも警戒を向けられていたのなら、もう少し苦戦していたでしょうか」
オーディの敗因は、竜剣の特性を知らなかったこと。
相手が情報のない国宝であったこと。
伝説の鍛冶師の打った作品を、軽視したことだ。
そう結論付け、クラリスは再び歩き出す。
目指すべきは、推しのもと。
「……まぁ、シュメル様は私より強いですから、既に決着しているかもしれませんが」
心の底より信頼を向け。
けれど、万が一のために歩き出す。
――その刹那。
げほっ、ごほっ、と。
屠ったはずの、獣の声に目を剥いた。
「なッ!?」
先ほどまでの演技とは異なり、素の驚愕。
声の方向へと視線を向ける。
そこには、血だらけになりながらも生きているオーディの姿があった。
「な、なぜ……ッ」
確実に殺したはず。
なのに、どうして生きている。
異常事態に思考が固まる。
驚愕に見開かれた目の先で。
少女は、奇妙な生物を目の当たりにした。
「えっほ、えっほ、伝えなきゃ」
それは、なんという生物だろうか。
鳥類の一種、のように見えた。
けれど二足歩行で、人のように両腕を振り。
一生懸命に、可愛らしく道を駆けてくる。
けれど、その口から放たれた人の言葉は残酷で。
「シュメル・ハートが死にかけだって、伝えなきゃ」
その言葉を理解するより、さらに早く。
無数の竜剣が空を舞う。
――そいつは、敵だ。
即座に判断したクラリス。
その考えは正しく、行動も最適解に等しい。
オーディの時とは異なり、最初から全霊で殺しにかかる。
そんな流星を前にして。
謎の鳥類の姿が――ぬるりと、歪む。
無数の竜剣は、空を切り裂き。
そのすべてをいとも簡単に避け切ったモノは、新しい形を見せる。
闇が広がり。
影がうごめき。
漆黒の中に、深紅の瞳が浮かび上がる。
鋭い犬歯は、人外のモノ。
その姿を見て。
クラリスは、その種族を言い当てる。
「吸血鬼族、ですか……ッ」
血を啜り、不老不死へと至りし種族。
影の神の寵愛を受け、太陽の光をも克服し。
そのすべてが、人を大きく上回る身体能力を保有する。
今や、魔族と並び人の上位種族とも呼ばれる希少種。
影の中より現れたのは、くたびれたおじさんだ。
やる気なんて欠片も見えず。
けれどその姿からは、一縷の隙も見えない。
加えて――先ほどの攻撃からオーディを守ったのはこの男だ。
そう判断した以上、容赦はしない。
「いきなり攻撃たぁ、酷い姫さんもいたもんだぜぇ。なぁ、依頼主さまよぉ?」
依頼主。
そう、オーディを呼んだ吸血鬼。
その姿を確認し、クラリスは再び戦闘態勢へと入った。
「……連戦ですか。これでも非常に急いでいるのですが」
その姿を前にして。
吸血鬼の男は、余裕を崩さず笑みを見せた。
その胸元には――【2】という数字が刻まれている。
「そうかい。じゃ、見逃してくれるって選択肢はないのかい?」
答えるまでもない。
そんな選択肢など、最初から存在しないのだ。
《四律の天秤》
序列一位 レプリカ
序列二位 吸血鬼の男
序列三位 フィアンドール
序列四位 ライブラ
となります。
クラリスは、オーディに続き序列二位のお相手ですね。
また余談ですが、オーディ戦が終わったので、これで第三章は折り返しです。
ここから更に四連戦続きますので、ぜひお楽しみに!!
……って、え、四連戦?




