↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
68/75

067『狩人の牙』

【豆知識】

この作品、書籍化します!!

それに伴って、タイトル変わってます!!

詳しくは活動報告にて!

 フィアンドール。

 赤髪の子、魔王の因子。

 この世全ての暴力を内包する【肉体】を継いだ少女。

 猫の獣人として生を受けた彼女には、おおよそ友と呼べるような者はいなかった。


 人として死ぬまでは稼働せぬ心臓。

 永劫を変わらずに在るだけの骨。

 ありとあらゆる外傷から身を守る皮。

 それらと異なり、少女の継いだ肉体には明確な脅威が宿っていた。


『ばっ、化け物だ!』

『なんだんだよお前、こっち来るんじゃねぇ!!』


 その名は暴力。

 絶対的な膂力。

 日常生活を送るのも危ぶまれる絶大な力。


 母の手を握れば潰し。

 同世代の子供など、触れただけで壊してしまう。

 村の役に立とうと仕事をしても、力は道具を壊すに終わり。

 ならばと武を学ぼうにも、わずか三日で師範を超越する。

 果てに得るのは恐怖と嫉妬。

 実の両親すら敬遠するほどの異物感。

 それが、幼い少女に向けられていた感情の全てだ。


 愛情など、最初からなく。

 無感情に、無表情に。

 少女はただひたすらに怯えられて生きる日々を送っていた。



 ――村が魔物に襲われ、自分一人が生き残るまでは。



 スタンピード。

 そう呼ばれるものだった。

 世に数多く存在するダンジョン。

 その内部が魔物の増加により飽和、やがてその外へと魔物があふれ出す現象。

 そう教えられたのは、生き残ってからだった。



『生き残りか。珍しいこともあったものだ』



 そのスタンピードを独力で制圧し。

 ダンジョンそのものすら滅ぼしたのは、たった一人の研究者だ。青髪の彼女は、少女を見つけて泥のような目を見開いた。


『なるほど……魔王の因子か』

『……いん、し?』

『一種の概(・)念(・)武(・)装(・)さ。君の肉体には性質も何も同一の、初期化された魔王の肉体、その概念が装備されている。外れない呪い付きでね』


 難しい言葉だった。

 未だ、青髪の彼女が言った言葉の意味は分からない。


 ただ、それでも。


『魔王の肉体、その再現だ。おおよそ最強の素質、才能と言っても差し支えない。……うん、余程の偶然に恵まれない限り、君に死は訪れないよ』


 余程のこと。

 彼女が言った、嫌な偶然。

 その言葉の意味を。


 フィアンドールは、不思議と今、思い出す。



『概念武装を破れるのは、歴史に刻まれた概念のみ』



 最強たる魔王の肉体。

 それを、真正面から殺した剣がある。

 それを、真正面から射抜いた魔法がある。


 それを、真(・)正(・)面(・)か(・)ら(・)切(・)り(・)裂(・)い(・)た(・)技(・)が(・)あ(・)る(・)。


 ならば、それこそが。

 かつての魔王を殺したモノこそ、概念武装の唯一の天敵。


 仮に、だ。

 そんな武器が。

 そんな魔法が。

 その技が、現代にまで受け継がれていたのなら。




『気をつけた方がいい。ソレが君にとっての死神だ』




 ☆☆☆




 記憶を手繰る。

 過去を振り返る。

 かつての日々を思い出す。


 かつての死闘を。

 対した格上を。

 下した勝利を。

 この少女と比較する。


 この少女より速い銀竜(ヤツ)がいた。

 この少女より硬い赤竜(ヤツ)がいた。

 この少女より強い狩人(ケモノ)がいた。


 引き分け。

 勝利し。

 敗北し。

 それらくぐり抜けた死線を思い。


 さて、僕は少女に勝てないだろうか。

 そう客観的に考えた。



 ――否である。



 僅か一瞬閉じた瞼を開く。


 タダの勝利はありえない。

 死にかけてまで銀竜の片目を奪った。

 少年時代を捨てて修行した果てに赤竜を倒した。

 かの狩人は、積み重ねた千年の経験があるからこそ、僕を未だに圧倒する。


 そう、そこにはなにかの犠牲がある。

 傷であれど、時間であれど。

 何かしらの犠牲の上に初めて、勝利は成立する。


 ならば捨てよう。

 今すぐにでも。

 この勝利を確立させるために。

 犠牲は必要なものとして。


 迷う余地なく、身を削る


 切り落とされた腕は、まだ戻さない。

 血と肉と骨を切り捨て、正(・)気(・)の軽量化。

 その上全身傷だらけ。

 出血は止まらない。


 戦闘中、血を失うほど身は軽く、早くなる。


 手数は半減。

 力も入らない。

 けれど一切合切、無問題(モーマンタイ)と切り捨てる。


 殺(・)せ(・)る(・)だ(・)け(・)の(・)余(・)力(・)が(・)あ(・)れ(・)ば(・)、そ(・)れ(・)で(・)い(・)い(・)。


「……っ、イカレ野郎が!」

「どうした獣。狂気の沙汰とは遊ぶ気が失せたか?」


 じりっと、音を立てて少女は後退る。

 ……見る限り、理性ではないな。

 考えた末の後退ではない。

 本能的に、察したのだろう。

 あれだけ優勢を誇っていた超速度。

 僕との明確な差が――今、殺されつつあるのだと。


 その本能での理解を、彼女の理性は拒んでいる。

 ならばと、一策。

 僕は嘲る。笑い飛ばす。



「……それとも、お前もしかしてビビってるのか?」



 安い挑発。

 けれど、彼女はこれを躱せない。

 だって、ただの図星だからだ。


「……ッ!」


 ぴきり、と額に青筋が浮かぶ。

 後退していた足が止まる。

 理性と同様、本能が恐怖を否定する。


 その、恐怖から怒りへの切り替え。


 その最中。

 僅かに訪れる、数瞬の隙。



 その一瞬に、全身全霊で踏み込んだ。



 全魔力が、脚へと集まる。

 先程見た、少女の異様な踏み込みを思い浮かべ。

 再現し――魔力を、爆発させる。


 脚にのみ特化させた身体強化は。


 この一瞬、驚異的な初速を叩き出す。


「この野郎、ふざけやが――ッ!?」


 怒りに、一歩踏み出した。

 少女の眼球へと、漆黒のナイフを突き出した。


「ぃ……っ!?」


 少女は咄嗟に頭を振った。

 頬を城崩しが滑り、過ぎる。

 硬質な手応え。

 やはり、切り裂けない。

 彼女の頬に傷は残らない。

 この様子だと、毒も届かないな……。


 そう判断し、毒の使用に待ったをかける。

 と同時に、強化された脚力を少女のみぞおちへ叩き込む。



「火の四【霜月】」



 本来なら拳なんだけどな。

 膂力だけでは威力が足りないと見た。

 代わりに、脚力で。

 威力は腕力の数倍にもなる一撃を、寸分違わず叩き込む。


「が……ぁ!?」


 フィアンドールは勢いよく吹き飛んでゆく。

 向かう先は、近くの倉庫。

 彼女の体は勢いそのまま倉庫の扉をぶち破り、倉庫内へと転がってゆく。


 ……当然、狙い通りの効き目とはならないだろう。

 僕も、彼女自身すら認める「特別製」の肉体だ。

 この程度は止まらない。

 この一撃では仕留められない。

 けれど、急所への一撃だ。

 わずかとはいえ、確実に呼吸は止まる。

 衝撃に、その肉体は静止する。


 その瞬間、彼女は僕を見失う。


 懐より取り出した丸薬を、口の中へ放る。

 ガリッと、砕く感覚。

 同時に、全身を苦味が貫いた。



「地の一【影帽子(かげぼうし)】」



 苦渋満面に呟いて。

 僕の姿は、影へと溶ける。


「こんっの、野郎……!」


 薄暗い倉庫の中で、フィアンドールが始動する。

 怒りに顔を赤くして。

 ダメージなんて欠片も見せず。

 ただ、僕を殺すために立ち上がる。


 その視線の先からは、僕の姿は消えている。


「……は? ん、だよ。どこ行きやがった! 隠れてんじゃねぇぞシュメル・ハート!!」


 音を消す。

 気配を沈める。

 臭い、体温、その他全てを『丸薬』で殺す。

 それこそが、基礎の基礎。

 地の技における最初の一歩。

 殺すための隠密術――影帽子。


「ふざけやがっ――」


 怒り満面に、倉庫から出るべく歩き出す。

 そんなフィアンドールは気づかない。

 視覚、嗅覚、聴覚。

 獣顔負けの彼女の全てを潜り抜け。

 ――少女の首へと、背後より致命打を狙う僕のことを。


「――」


 声など出さない。

 殺気など漏らさない。

 確実に仕留める。

 放ったナイフは、止まらない。


『相手の弱点を見定めること』

 オルドに教わった狩人としての基本を胸に抱く。

 目を凝らし、全神経を集中させる。

 狙うは、隙間だ。

 全身が硬い訳じゃない。

 積み重なった筋肉の鎧を、隙間から削ぐように。


 針の穴を通すように、ナイフを振り抜く。


 硬質な感覚は、ない。

 まるで豆腐でも割るように。


 ナイフは首筋を切り裂き、鮮血が滲んだ。



 ――その、刹那。



 わずか数ミリ。

 ナイフが首の皮を切り裂いた。

 その瞬間、跳ねるようにフィアンドールが動き出す。


「どぅぉっ!?」


 彼女は咄嗟に身をひねり、凶刃を回避する。

 ナイフの切っ先は血に濡れている。

 だが、致命傷には程遠い。

 軽傷で誤魔化された。


「……驚いた。今のを躱すかよ、普通」


 思わず本音が漏れる。

 ……ほんとに、人間かこの女。

 完全に意識外からの奇襲だぞ。

 痛みを感じ、致命傷になる前に避けやがった。

 尋常ではない反射神経、そして集中力。獣並み、って言葉にこれ以上相応しいやつを僕は知らんぞ。


「やっと見つけたぜ! ムカつくこと言いやがって!」


 やっと見つけた標的へ。

 フィアンドールは一目散に走り出す。

 その姿を前に、僕は近くにあった大きな木箱を蹴り飛ばす。


「はっ! そんなもんで――」

「止められないのは知っている」


 眼前へと迫る木箱。

 身の丈ほどもある巨大なそれを、彼女は一切の減速なく、拳ひとつで粉砕する。

 木箱は砕け、破片が舞う。

 その破片に紛れるように、ナイフが飛んだ。


「うぉっ!?」


 投擲された城崩しを、咄嗟に少女は掴み取る。

 掌は裂けない。

 特別製の肉体は、魔導器の投擲すら真正面から受け止め、無効化を果たす。


 そんな硬度は知っている。

 城崩しだろうと、なんだろうと。

 筋肉の隙間を狙い撃たねば、攻撃は通らない。


 そのうえで、最高の武器たる城崩しを手放して。

 それすら陽動に回した上で。

 砕かれた木箱の、舞う木っ端。

 比較的大きなひとつを手に取り、握りしめる。


「……あ?」


 振るうは、ただのゴミ屑。

 武器にもならない、ただの木片。

 少し鋭いだけの、凶器にもならないガラクタ。

 それを振るう僕を目の当たりに。


 一瞬、唖然と声を漏らした彼女は、思い出す。



 つい先程、ガラス片で首を切られかけた出来事を。



「――っ!?」


 せっかく奪った城崩しすら放棄して。

 その瞬間、少女は全力で回避した。

 脅威になるはずもない、ただの木片を。

 まるで全てを切り裂く聖剣を前にしたように。

 死にものぐるいで、ただ、避けた。


「チッ」

「や、やっぱりな! その反応……避けてなかったらマジでやべぇヤツじゃねぇかよ!」


 足元に転がる城崩しを拾い上げる。

 僕は彼女の反応を見て、狙い過ぎかと少し反省した。



 薪(・)の一、【万(よろず)の針状(しんじょう)】



 今までは使うことはなかった、薪の技。

 それは力技とかに移るより先に、まず使い果たすべきだった、ただ相手を殺すためだけの技術。


 その基礎たる【万の針状】。

 この技では、ありとあらゆる物質を凶器へ変える。

 紙で指を切るように。

 ガラスで手が切れるように。

 木片が身体に刺さるように。

 この世には、凶器未満の物質が溢れている。

 いわば、切羽詰まった先で最終手段として武器に使うそれらに、隻眼のオルドは脅威を見出した。


「大太刀に触れて三日だったか? それだけの短時間でよく使いこなした方だと思うよ。ただ、一般人にしては、ってだけだ」


 戦場にはそれだけの猶予はない。

 拾った武器をその場で使いこなす必要がある。

 死なないために、殺すために。

 全てを拾ったその瞬間から。

 相手を殺すための凶器に用いる。


 その心意気が、技と変わって形を成した。



「ここから先、僕の触れる全てがお前を殺す」



 城崩しの形状が変わる。

 ナイフより――大弓へ。

 片腕はないが……そこはほら、城崩しは変幻自在な魔導器だ。ただの大弓ではなく「義手に握られた大弓」という形へと変形する。

 失われた左腕へと、義手はピタリと固定された。


「っはぁ!? んなのアリかよ――ッ」


 非難の声を、さらっと流し。

 手に握るは、先程の木片。


 これを、矢に換えて撃ち放つ。


 狙いは隙間。

 筋肉が積み重なった狭間の弱点。

 それを弓で狙い、木っ端を通すというだけだ。

 ただの神業程度なら、義手であっても問題は無い。


「痛ッ!? な、なんで……」


 木片は、少女の肩へと突き刺さる。

 襤褸に血が滲み、フィアンドールは焦りを見せる。


「悪いな。こちとら弓が一番得意なんだよ」


 攻撃の手は止めない。

 常に場所を移動し、拾うものはガラクタばかり。

 木片、小石、ガラス片。

 それらを次々に撃ち放つ。

 どれも耐久力は著しく低い。

 直撃と同時に崩れて壊れる。

 だが、使い捨てでも構わない。

 傷は残る。攻撃は通る。


 ゴミでもフィアンドールの命に届く。


「こんっの……!」


 義手を装着した分、僕の動きは遅くなった。

 それを見逃すことなく、フィアンドールは距離を詰めるべく弾幕の中を走り出す。

 その度に身体中へと傷が増えるが、お構い無しだ。


 多少の傷を負ってでも、相手の命を取りに行く。

 その姿勢に、思わず笑みを浮かべた。


「ちょっとは戦士らしくなってきたな」


 そう笑うと同時に、彼女の後頭部へと小石が直撃する。


「なぁっ!? う、後ろだと!?」


 ダメージはない。

 が、僕とは正反対の向きから受けた攻撃に、思わず足が止まる。その瞬間、彼女へ向けて全方向から無数の弾幕が襲い来る。


「ッ、跳弾!? ふざけんなよ、木っ端だろ木っ端!?」


 それを見て少女も理解する。

 俗に呼ばれる『跳弾』である、と。

 放った弾丸が壁やほかの弾丸と当たり、跳ね返る。

 それを利用しまくった、全方向からの矢の嵐。


「跳弾なんて、難しい言葉を知ってるんだな。銃はなくても魔法で『弾』があるからか?」

「あぁ? もっと大きい声で喋りやがれ!!」


 独り言に、フィアンドールは噛み付いた。

 僕は黙って、上を指さす。


「なに、そろそろ上が危ないよって言っただけだ」


 勢いよくフィアンドールは顔をあげる。

 と同時に、頭上から落ちてきた大きな照明器具にその全身が叩き潰される。


 一撃一撃が隙間を通す神業も。

 矢以外で行って見せた高精度の跳弾も。

 技術は全て魅せるもの。

 全ては、本(・)命(・)の(・)殺(・)意(・)を(・)隠(・)す(・)た(・)め(・)。


 矢で彼女の位置を調整。

 跳弾により足止め。

 そして、頭上の照明器具を跳弾で撃ち落とす。


「照明器具、20キロくらいか? 天井高10メートルだとすると……脳天に全速力の原付が突っ込んでった、くらいの衝撃だと思うが」


 矢を構え、本命の「万年筆」を放つ。

 近くの事務机で見つけた訳だが、木っ端とは鋭さが違う。加えてこれには、僕の『特製』が混ぜてある。

 指先から、毒が滴る。

 以前使ったような、麻痺毒ではない。

 大型の竜でも簡単に殺せる致死毒だ。


「果たして、コレを躱せるか?」


 度重なる攻撃、その度の出血。

 そして、致命打には届かずも、少女の全身に確かに蓄積されている僕の放った打撃の余波。

 そこに今の一撃が加わり――僅か一瞬、少女の動きが完全に停止する。



 その瞬間を、狙い撃ち。



 致死毒の矢が、少女の頬を深く切り裂いた。


 腕を狙えば、毒を前に切り落とされる。

 足でも同じだ。だから、狙うなら顔。

 トカゲの尻尾切りが出来ない部位に、確実に毒を打ち込んだ。


 ……はず、なんだがなぁ。



「は、ははは! なはははははは!!」


「……なるほどね。毒も効かないと」


 その笑い声から、苦しみは感じない。

 まさか、とは思っていたけれど。

 つくづく特別な肉体だなと、城崩しを弓からナイフへ戻す。


「効かないねぇ! 俺様を殺すならこっちを狙わねぇとなぁ! シュメル・ハート!!!」


 そうして自分の首を示す少女に対し。

 ため息ひとつ、ナイフを片手に歩き出す。

 少女もまた、拳を握って僕へと歩を進める。


 矢でも致命傷には届かない。

 本命の一撃ですら、数瞬動きを止めるだけ。

 致死量の毒でも無効化する。

 なら、殺せる手段はそう多くない。


 互いに、足を止める。

 相手は目と鼻の先。

 見上げる少女と、見下ろす僕と。

 最後の死闘を前にした、わずか一時の静かな時間がやってくる。


「遺言はあるか?」

「……はっ、んなもん残す相手もいねぇよ」

「――そうか」

「つーかよ、先を見んじゃねぇ。今を感じろよ!」


 そう、少女は屈託なく笑う。

 純真無垢に、暴力的に。

 何者でもない少女。

 戦士になろうとする彼女は。

 されど、獣のように獰猛に吠える。



「さぁ、最後の祭りだ! 派手に散らせよ!」


「お望みとあらば。お前の命、せいぜい派手に散らしてやるよ」



 合図は、不要。

 互いに言葉を投げつけただけ。

 会話にすら成らない一時を終え。


 そして、肉体が躍動する。


 静から、動へ。

 凪いでいた血液が一瞬にして沸騰する。

 静かだった脳内が一瞬にして燃え滾る。


 肉が交差し。

 骨が砕けて。

 血が舞い踊る。


 刃が頬を裂く。

 拳が腹を穿つ。

 返す蹴りが鳩尾を貫き。

 こちらに頭突きが跳ね返る。


 交差。

 交差。


 寸分違わず、互いの攻撃だけが交差する。

 防御など知ったことかと。

 最低限の即死だけは避けた上で。

 身で受け、命を削る。


 戦士としての死闘が、幕を開ける。


 けれども劇場は期間限定。

 ほんの僅かで閉幕だ。

 少女が戦士になったとて。

 あまりに遅い。

 既に仕込み(けずり)終えた以上、速度で劣ることもない。


 唯一力では及ばずも。

 そこは技量で蓋をして。

 速度で追いつき。

 互いに致命打を有している。


 なれば、残るは才覚。

 そして――戦闘経験の差が勝敗を分けるのみ。


 笑う。

 笑う、少女は猛々しく笑う。

 殴りながら、蹴りながら。

 暴力の化身は暴力の最中にあって喜色満面。

 これ以上とない喜びを見せる。


 負けじと僕も闘志を魅せる。

 真正面から、堂々と。

 暴力には暴力を。

 殺意には殺意を載せて、刃を振るう。


「煙の奥【煙る鏡】」


 ――そんな、全霊のフ(・)ェ(・)イ(・)ン(・)ト(・)を挟み込む。


 殺意により形作った、姿ある幻影。

 それを前に、その一撃、僅か一瞬、「交差」が崩れる。

 拳が空を打つ。

 少女の目が見開かれる。


 驚き、見下ろす目と。


 静かに、視線が交差する。




「薪の奥【逆津薪(さかつまき)】」




 それは、ただの峰打ちだ。

 逆手に握った城崩し。

 その腹(やいば)ではなく背(みね)もって、放った【斬撃】。

 相手の脇腹へ、一閃。


 なんの変哲もない――薪の奥義。



「ご、ぁ……っ!?」



 パキッと。

 綺麗な音が、少女の体内より木霊する。

 ごふりと、その口から大量の吐血が走る。


【逆津薪】

 殺す技術の極点。薪の奥義。

 それは外部への斬撃にあらず。

 一切の外傷を残すことなく。


 体(・)内(・)の(・)全(・)て(・)を(・)両(・)断(・)す(・)る(・)、見(・)え(・)な(・)い(・)斬(・)撃(・)。


 鎧だろうが天性の肉体だろうが。

 何もかもをねじ伏せて、強制的に体内へと斬撃を走らせる技。その斬撃を前に、骨も内臓もひとえに断たれる。……放ち、直撃と同時に確殺の一撃だ。


 少女が直撃を受けたのは、腹部。

 故に、そこにある骨は一刀両断。

 肋も、背骨も。

 砕けるではなく、断たれている。

 先程の綺麗な音は、骨が割れる音。

 同時に、その周辺の胃腸も全滅だろう。


「…………」


 間もなく、この少女は絶命する。

 首を狙いたかったが……警戒心が強すぎた。

 そこまで、刃は届かなかった。

 故に妥協し、首を取るより致命傷を優先した。


 静かに、後方へと下がる。

 相手の拳が当たらない場所へ。

 どう足掻いても届かぬ場所へ。

 死の際にあっても、足掻きようのない場所へ。


 十メートルほど距離を取り。

 視線の先で、フィアンドールは倒れ始めた。


 背骨を断たれた以上、生命として『それ以上』は無い。

 だと言うのに、僕は警戒し、距離をとった。

 やりすぎなのでは?

 そう理性は静かに告げる。だが。


 だんっ、と。

 足を踏みしめる音。

 死の際で踏みとどまる音が、倉庫に響く。


 思わず、目を見開く。

 だが、不思議と驚きは少なかった。



「な、は、はは! まだ、首は……繋がってるぜ!」


「……あぁ、そうだな」



 少女はなおも足掻いている。

 確実に死ぬ運命に落とされて。

 助かりようのない一撃を受けてなお。


 戦士として、ただ僕を殺すことだけを見据えている。


 ならば、応えるだけだ。

 この一時だけは、彼女に対する怒りは捨てる。

 その上で、全霊の一撃で見送ろう。


 刃を構え。

 姿勢は低く。

 相手の笑顔より目を逸らし。


 見据えるは、その首、ただ一つのみ。


『音をも超える神速を、作ってみたい』


 かつて、隻眼のオルドはそう考えたそうだ。

 何より早く、誰も反応できない速度で。

 気付かれる前に殺せたのなら、それこそが最適だと。

 故に目指した、音超(おとごえ)の境地を。


 そしてたどり着き、技術に残し、僕へと継がせた。


 基礎の基礎。

 地の奥義。


 片足を潰して行う、全(・)身(・)全(・)霊(・)の(・)た(・)だ(・)の(・)踏(・)み(・)込(・)み(・)。




「地の奥【地盗(ちど)り】」




 音が、消える。

 その一時、光以外の全てを置き去りにした。


 放たれるのは、神速の一閃。


 意識も認識も不可能な速度で。

 首を切り裂く、狩人の牙。


 狙いは違わず。

 筋肉の鎧など意に介さず。


 ただ、肉の隙間を狙い撃ち。



 一刀のもとに命を絶つ。



 鮮血が散る。

 首が落ちる。

 振り返った先で、転げた顔は笑っていた。


 髪をかきあげ、僕は息を吐く。



「許すつもりはないが、糧にはなった。感謝する」



 全身を光が包む。

 腕が再生し、血が戻る。

 この身に傷は残らない。

 体力、魔力ともに八割以上残ってる。

 おおよそ『無傷』といって差し支えないだろう。



「……さて、次だ」



 学園の方へと目を向ける。

 壊れた倉庫の扉の向こうでは。


 理解不能な『水の巨人』が、暴れ狂ってる姿が見えた。





狩人の牙は、どこまでも研ぎ澄まされてゆく。

死闘を経て、死線を越えて。

次なる敵を追い求める目は、冷徹そのもの。

心を殺し、感情を殺し、敵を殺す。

強敵を下してなお、その歩みには一縷の淀みもない。


「あと、5連戦くらいはいけるかな」


無理はない。

慢心もない。

ただ事実として確認し、狩人は走り出す。



☆☆☆




次回『忘却の獣』



同時刻。

相対するは獣と聖女。

その戦いに決着が訪れようとしていた。




※書籍化に伴う特典のSS執筆作業で大忙しです!

今週日曜日に次のお話が間に合わなかったら、ちょっとした設定集の投稿になります。その時はごめんなさいね!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
書籍化おめでとうございます! この体で後5連戦できるの……? 化け物かぁ()
書籍化決定したんですか!おめでとうございます!
書籍化はっっっっっっっっや。絶対買いますね。 それにしてもシュメル君が相変わらず主人公してる。 新技のお疲労熱いですね。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。