067『狩人の牙』
【豆知識】
この作品、書籍化します!!
それに伴って、タイトル変わってます!!
詳しくは活動報告にて!
フィアンドール。
赤髪の子、魔王の因子。
この世全ての暴力を内包する【肉体】を継いだ少女。
猫の獣人として生を受けた彼女には、おおよそ友と呼べるような者はいなかった。
人として死ぬまでは稼働せぬ心臓。
永劫を変わらずに在るだけの骨。
ありとあらゆる外傷から身を守る皮。
それらと異なり、少女の継いだ肉体には明確な脅威が宿っていた。
『ばっ、化け物だ!』
『なんだんだよお前、こっち来るんじゃねぇ!!』
その名は暴力。
絶対的な膂力。
日常生活を送るのも危ぶまれる絶大な力。
母の手を握れば潰し。
同世代の子供など、触れただけで壊してしまう。
村の役に立とうと仕事をしても、力は道具を壊すに終わり。
ならばと武を学ぼうにも、わずか三日で師範を超越する。
果てに得るのは恐怖と嫉妬。
実の両親すら敬遠するほどの異物感。
それが、幼い少女に向けられていた感情の全てだ。
愛情など、最初からなく。
無感情に、無表情に。
少女はただひたすらに怯えられて生きる日々を送っていた。
――村が魔物に襲われ、自分一人が生き残るまでは。
スタンピード。
そう呼ばれるものだった。
世に数多く存在するダンジョン。
その内部が魔物の増加により飽和、やがてその外へと魔物があふれ出す現象。
そう教えられたのは、生き残ってからだった。
『生き残りか。珍しいこともあったものだ』
そのスタンピードを独力で制圧し。
ダンジョンそのものすら滅ぼしたのは、たった一人の研究者だ。青髪の彼女は、少女を見つけて泥のような目を見開いた。
『なるほど……魔王の因子か』
『……いん、し?』
『一種の概念武装さ。君の肉体には性質も何も同一の、初期化された魔王の肉体、その概念が装備されている。外れない呪い付きでね』
難しい言葉だった。
未だ、青髪の彼女が言った言葉の意味は分からない。
ただ、それでも。
『魔王の肉体、その再現だ。おおよそ最強の素質、才能と言っても差し支えない。……うん、余程の偶然に恵まれない限り、君に死は訪れないよ』
余程のこと。
彼女が言った、嫌な偶然。
その言葉の意味を。
フィアンドールは、不思議と今、思い出す。
『概念武装を破れるのは、歴史に刻まれた概念のみ』
最強たる魔王の肉体。
それを、真正面から殺した剣がある。
それを、真正面から射抜いた魔法がある。
それを、真正面から切り裂いた技がある。
ならば、それこそが。
かつての魔王を殺したモノこそ、概念武装の唯一の天敵。
仮に、だ。
そんな武器が。
そんな魔法が。
その技が、現代にまで受け継がれていたのなら。
『気をつけた方がいい。ソレが君にとっての死神だ』
☆☆☆
記憶を手繰る。
過去を振り返る。
かつての日々を思い出す。
かつての死闘を。
対した格上を。
下した勝利を。
この少女と比較する。
この少女より速い銀竜がいた。
この少女より硬い赤竜がいた。
この少女より強い狩人がいた。
引き分け。
勝利し。
敗北し。
それらくぐり抜けた死線を思い。
さて、僕は少女に勝てないだろうか。
そう客観的に考えた。
――否である。
僅か一瞬閉じた瞼を開く。
タダの勝利はありえない。
死にかけてまで銀竜の片目を奪った。
少年時代を捨てて修行した果てに赤竜を倒した。
かの狩人は、積み重ねた千年の経験があるからこそ、僕を未だに圧倒する。
そう、そこにはなにかの犠牲がある。
傷であれど、時間であれど。
何かしらの犠牲の上に初めて、勝利は成立する。
ならば捨てよう。
今すぐにでも。
この勝利を確立させるために。
犠牲は必要なものとして。
迷う余地なく、身を削る
切り落とされた腕は、まだ戻さない。
血と肉と骨を切り捨て、正気の軽量化。
その上全身傷だらけ。
出血は止まらない。
戦闘中、血を失うほど身は軽く、早くなる。
手数は半減。
力も入らない。
けれど一切合切、無問題と切り捨てる。
殺せるだけの余力があれば、それでいい。
「……っ、イカレ野郎が!」
「どうした獣。狂気の沙汰とは遊ぶ気が失せたか?」
じりっと、音を立てて少女は後退る。
……見る限り、理性ではないな。
考えた末の後退ではない。
本能的に、察したのだろう。
あれだけ優勢を誇っていた超速度。
僕との明確な差が――今、殺されつつあるのだと。
その本能での理解を、彼女の理性は拒んでいる。
ならばと、一策。
僕は嘲る。笑い飛ばす。
「……それとも、お前もしかしてビビってるのか?」
安い挑発。
けれど、彼女はこれを躱せない。
だって、ただの図星だからだ。
「……ッ!」
ぴきり、と額に青筋が浮かぶ。
後退していた足が止まる。
理性と同様、本能が恐怖を否定する。
その、恐怖から怒りへの切り替え。
その最中。
僅かに訪れる、数瞬の隙。
その一瞬に、全身全霊で踏み込んだ。
全魔力が、脚へと集まる。
先程見た、少女の異様な踏み込みを思い浮かべ。
再現し――魔力を、爆発させる。
脚にのみ特化させた身体強化は。
この一瞬、驚異的な初速を叩き出す。
「この野郎、ふざけやが――ッ!?」
怒りに、一歩踏み出した。
少女の眼球へと、漆黒のナイフを突き出した。
「ぃ……っ!?」
少女は咄嗟に頭を振った。
頬を城崩しが滑り、過ぎる。
硬質な手応え。
やはり、切り裂けない。
彼女の頬に傷は残らない。
この様子だと、毒も届かないな……。
そう判断し、毒の使用に待ったをかける。
と同時に、強化された脚力を少女のみぞおちへ叩き込む。
「火の四【霜月】」
本来なら拳なんだけどな。
膂力だけでは威力が足りないと見た。
代わりに、脚力で。
威力は腕力の数倍にもなる一撃を、寸分違わず叩き込む。
「が……ぁ!?」
フィアンドールは勢いよく吹き飛んでゆく。
向かう先は、近くの倉庫。
彼女の体は勢いそのまま倉庫の扉をぶち破り、倉庫内へと転がってゆく。
……当然、狙い通りの効き目とはならないだろう。
僕も、彼女自身すら認める「特別製」の肉体だ。
この程度は止まらない。
この一撃では仕留められない。
けれど、急所への一撃だ。
わずかとはいえ、確実に呼吸は止まる。
衝撃に、その肉体は静止する。
その瞬間、彼女は僕を見失う。
懐より取り出した丸薬を、口の中へ放る。
ガリッと、砕く感覚。
同時に、全身を苦味が貫いた。
「地の一【影帽子】」
苦渋満面に呟いて。
僕の姿は、影へと溶ける。
「こんっの、野郎……!」
薄暗い倉庫の中で、フィアンドールが始動する。
怒りに顔を赤くして。
ダメージなんて欠片も見せず。
ただ、僕を殺すために立ち上がる。
その視線の先からは、僕の姿は消えている。
「……は? ん、だよ。どこ行きやがった! 隠れてんじゃねぇぞシュメル・ハート!!」
音を消す。
気配を沈める。
臭い、体温、その他全てを『丸薬』で殺す。
それこそが、基礎の基礎。
地の技における最初の一歩。
殺すための隠密術――影帽子。
「ふざけやがっ――」
怒り満面に、倉庫から出るべく歩き出す。
そんなフィアンドールは気づかない。
視覚、嗅覚、聴覚。
獣顔負けの彼女の全てを潜り抜け。
――少女の首へと、背後より致命打を狙う僕のことを。
「――」
声など出さない。
殺気など漏らさない。
確実に仕留める。
放ったナイフは、止まらない。
『相手の弱点を見定めること』
オルドに教わった狩人としての基本を胸に抱く。
目を凝らし、全神経を集中させる。
狙うは、隙間だ。
全身が硬い訳じゃない。
積み重なった筋肉の鎧を、隙間から削ぐように。
針の穴を通すように、ナイフを振り抜く。
硬質な感覚は、ない。
まるで豆腐でも割るように。
ナイフは首筋を切り裂き、鮮血が滲んだ。
――その、刹那。
わずか数ミリ。
ナイフが首の皮を切り裂いた。
その瞬間、跳ねるようにフィアンドールが動き出す。
「どぅぉっ!?」
彼女は咄嗟に身をひねり、凶刃を回避する。
ナイフの切っ先は血に濡れている。
だが、致命傷には程遠い。
軽傷で誤魔化された。
「……驚いた。今のを躱すかよ、普通」
思わず本音が漏れる。
……ほんとに、人間かこの女。
完全に意識外からの奇襲だぞ。
痛みを感じ、致命傷になる前に避けやがった。
尋常ではない反射神経、そして集中力。獣並み、って言葉にこれ以上相応しいやつを僕は知らんぞ。
「やっと見つけたぜ! ムカつくこと言いやがって!」
やっと見つけた標的へ。
フィアンドールは一目散に走り出す。
その姿を前に、僕は近くにあった大きな木箱を蹴り飛ばす。
「はっ! そんなもんで――」
「止められないのは知っている」
眼前へと迫る木箱。
身の丈ほどもある巨大なそれを、彼女は一切の減速なく、拳ひとつで粉砕する。
木箱は砕け、破片が舞う。
その破片に紛れるように、ナイフが飛んだ。
「うぉっ!?」
投擲された城崩しを、咄嗟に少女は掴み取る。
掌は裂けない。
特別製の肉体は、魔導器の投擲すら真正面から受け止め、無効化を果たす。
そんな硬度は知っている。
城崩しだろうと、なんだろうと。
筋肉の隙間を狙い撃たねば、攻撃は通らない。
そのうえで、最高の武器たる城崩しを手放して。
それすら陽動に回した上で。
砕かれた木箱の、舞う木っ端。
比較的大きなひとつを手に取り、握りしめる。
「……あ?」
振るうは、ただのゴミ屑。
武器にもならない、ただの木片。
少し鋭いだけの、凶器にもならないガラクタ。
それを振るう僕を目の当たりに。
一瞬、唖然と声を漏らした彼女は、思い出す。
つい先程、ガラス片で首を切られかけた出来事を。
「――っ!?」
せっかく奪った城崩しすら放棄して。
その瞬間、少女は全力で回避した。
脅威になるはずもない、ただの木片を。
まるで全てを切り裂く聖剣を前にしたように。
死にものぐるいで、ただ、避けた。
「チッ」
「や、やっぱりな! その反応……避けてなかったらマジでやべぇヤツじゃねぇかよ!」
足元に転がる城崩しを拾い上げる。
僕は彼女の反応を見て、狙い過ぎかと少し反省した。
薪の一、【万の針状】
今までは使うことはなかった、薪の技。
それは力技とかに移るより先に、まず使い果たすべきだった、ただ相手を殺すためだけの技術。
その基礎たる【万の針状】。
この技では、ありとあらゆる物質を凶器へ変える。
紙で指を切るように。
ガラスで手が切れるように。
木片が身体に刺さるように。
この世には、凶器未満の物質が溢れている。
いわば、切羽詰まった先で最終手段として武器に使うそれらに、隻眼のオルドは脅威を見出した。
「大太刀に触れて三日だったか? それだけの短時間でよく使いこなした方だと思うよ。ただ、一般人にしては、ってだけだ」
戦場にはそれだけの猶予はない。
拾った武器をその場で使いこなす必要がある。
死なないために、殺すために。
全てを拾ったその瞬間から。
相手を殺すための凶器に用いる。
その心意気が、技と変わって形を成した。
「ここから先、僕の触れる全てがお前を殺す」
城崩しの形状が変わる。
ナイフより――大弓へ。
片腕はないが……そこはほら、城崩しは変幻自在な魔導器だ。ただの大弓ではなく「義手に握られた大弓」という形へと変形する。
失われた左腕へと、義手はピタリと固定された。
「っはぁ!? んなのアリかよ――ッ」
非難の声を、さらっと流し。
手に握るは、先程の木片。
これを、矢に換えて撃ち放つ。
狙いは隙間。
筋肉が積み重なった狭間の弱点。
それを弓で狙い、木っ端を通すというだけだ。
ただの神業程度なら、義手であっても問題は無い。
「痛ッ!? な、なんで……」
木片は、少女の肩へと突き刺さる。
襤褸に血が滲み、フィアンドールは焦りを見せる。
「悪いな。こちとら弓が一番得意なんだよ」
攻撃の手は止めない。
常に場所を移動し、拾うものはガラクタばかり。
木片、小石、ガラス片。
それらを次々に撃ち放つ。
どれも耐久力は著しく低い。
直撃と同時に崩れて壊れる。
だが、使い捨てでも構わない。
傷は残る。攻撃は通る。
ゴミでもフィアンドールの命に届く。
「こんっの……!」
義手を装着した分、僕の動きは遅くなった。
それを見逃すことなく、フィアンドールは距離を詰めるべく弾幕の中を走り出す。
その度に身体中へと傷が増えるが、お構い無しだ。
多少の傷を負ってでも、相手の命を取りに行く。
その姿勢に、思わず笑みを浮かべた。
「ちょっとは戦士らしくなってきたな」
そう笑うと同時に、彼女の後頭部へと小石が直撃する。
「なぁっ!? う、後ろだと!?」
ダメージはない。
が、僕とは正反対の向きから受けた攻撃に、思わず足が止まる。その瞬間、彼女へ向けて全方向から無数の弾幕が襲い来る。
「ッ、跳弾!? ふざけんなよ、木っ端だろ木っ端!?」
それを見て少女も理解する。
俗に呼ばれる『跳弾』である、と。
放った弾丸が壁やほかの弾丸と当たり、跳ね返る。
それを利用しまくった、全方向からの矢の嵐。
「跳弾なんて、難しい言葉を知ってるんだな。銃はなくても魔法で『弾』があるからか?」
「あぁ? もっと大きい声で喋りやがれ!!」
独り言に、フィアンドールは噛み付いた。
僕は黙って、上を指さす。
「なに、そろそろ上が危ないよって言っただけだ」
勢いよくフィアンドールは顔をあげる。
と同時に、頭上から落ちてきた大きな照明器具にその全身が叩き潰される。
一撃一撃が隙間を通す神業も。
矢以外で行って見せた高精度の跳弾も。
技術は全て魅せるもの。
全ては、本命の殺意を隠すため。
矢で彼女の位置を調整。
跳弾により足止め。
そして、頭上の照明器具を跳弾で撃ち落とす。
「照明器具、20キロくらいか? 天井高10メートルだとすると……脳天に全速力の原付が突っ込んでった、くらいの衝撃だと思うが」
矢を構え、本命の「万年筆」を放つ。
近くの事務机で見つけた訳だが、木っ端とは鋭さが違う。加えてこれには、僕の『特製』が混ぜてある。
指先から、毒が滴る。
以前使ったような、麻痺毒ではない。
大型の竜でも簡単に殺せる致死毒だ。
「果たして、コレを躱せるか?」
度重なる攻撃、その度の出血。
そして、致命打には届かずも、少女の全身に確かに蓄積されている僕の放った打撃の余波。
そこに今の一撃が加わり――僅か一瞬、少女の動きが完全に停止する。
その瞬間を、狙い撃ち。
致死毒の矢が、少女の頬を深く切り裂いた。
腕を狙えば、毒を前に切り落とされる。
足でも同じだ。だから、狙うなら顔。
トカゲの尻尾切りが出来ない部位に、確実に毒を打ち込んだ。
……はず、なんだがなぁ。
「は、ははは! なはははははは!!」
「……なるほどね。毒も効かないと」
その笑い声から、苦しみは感じない。
まさか、とは思っていたけれど。
つくづく特別な肉体だなと、城崩しを弓からナイフへ戻す。
「効かないねぇ! 俺様を殺すならこっちを狙わねぇとなぁ! シュメル・ハート!!!」
そうして自分の首を示す少女に対し。
ため息ひとつ、ナイフを片手に歩き出す。
少女もまた、拳を握って僕へと歩を進める。
矢でも致命傷には届かない。
本命の一撃ですら、数瞬動きを止めるだけ。
致死量の毒でも無効化する。
なら、殺せる手段はそう多くない。
互いに、足を止める。
相手は目と鼻の先。
見上げる少女と、見下ろす僕と。
最後の死闘を前にした、わずか一時の静かな時間がやってくる。
「遺言はあるか?」
「……はっ、んなもん残す相手もいねぇよ」
「――そうか」
「つーかよ、先を見んじゃねぇ。今を感じろよ!」
そう、少女は屈託なく笑う。
純真無垢に、暴力的に。
何者でもない少女。
戦士になろうとする彼女は。
されど、獣のように獰猛に吠える。
「さぁ、最後の祭りだ! 派手に散らせよ!」
「お望みとあらば。お前の命、せいぜい派手に散らしてやるよ」
合図は、不要。
互いに言葉を投げつけただけ。
会話にすら成らない一時を終え。
そして、肉体が躍動する。
静から、動へ。
凪いでいた血液が一瞬にして沸騰する。
静かだった脳内が一瞬にして燃え滾る。
肉が交差し。
骨が砕けて。
血が舞い踊る。
刃が頬を裂く。
拳が腹を穿つ。
返す蹴りが鳩尾を貫き。
こちらに頭突きが跳ね返る。
交差。
交差。
寸分違わず、互いの攻撃だけが交差する。
防御など知ったことかと。
最低限の即死だけは避けた上で。
身で受け、命を削る。
戦士としての死闘が、幕を開ける。
けれども劇場は期間限定。
ほんの僅かで閉幕だ。
少女が戦士になったとて。
あまりに遅い。
既に仕込み終えた以上、速度で劣ることもない。
唯一力では及ばずも。
そこは技量で蓋をして。
速度で追いつき。
互いに致命打を有している。
なれば、残るは才覚。
そして――戦闘経験の差が勝敗を分けるのみ。
笑う。
笑う、少女は猛々しく笑う。
殴りながら、蹴りながら。
暴力の化身は暴力の最中にあって喜色満面。
これ以上とない喜びを見せる。
負けじと僕も闘志を魅せる。
真正面から、堂々と。
暴力には暴力を。
殺意には殺意を載せて、刃を振るう。
「煙の奥【煙る鏡】」
――そんな、全霊のフェイントを挟み込む。
殺意により形作った、姿ある幻影。
それを前に、その一撃、僅か一瞬、「交差」が崩れる。
拳が空を打つ。
少女の目が見開かれる。
驚き、見下ろす目と。
静かに、視線が交差する。
「薪の奥【逆津薪】」
それは、ただの峰打ちだ。
逆手に握った城崩し。
その腹ではなく背もって、放った【斬撃】。
相手の脇腹へ、一閃。
なんの変哲もない――薪の奥義。
「ご、ぁ……っ!?」
パキッと。
綺麗な音が、少女の体内より木霊する。
ごふりと、その口から大量の吐血が走る。
【逆津薪】
殺す技術の極点。薪の奥義。
それは外部への斬撃にあらず。
一切の外傷を残すことなく。
体内の全てを両断する、見えない斬撃。
鎧だろうが天性の肉体だろうが。
何もかもをねじ伏せて、強制的に体内へと斬撃を走らせる技。その斬撃を前に、骨も内臓もひとえに断たれる。……放ち、直撃と同時に確殺の一撃だ。
少女が直撃を受けたのは、腹部。
故に、そこにある骨は一刀両断。
肋も、背骨も。
砕けるではなく、断たれている。
先程の綺麗な音は、骨が割れる音。
同時に、その周辺の胃腸も全滅だろう。
「…………」
間もなく、この少女は絶命する。
首を狙いたかったが……警戒心が強すぎた。
そこまで、刃は届かなかった。
故に妥協し、首を取るより致命傷を優先した。
静かに、後方へと下がる。
相手の拳が当たらない場所へ。
どう足掻いても届かぬ場所へ。
死の際にあっても、足掻きようのない場所へ。
十メートルほど距離を取り。
視線の先で、フィアンドールは倒れ始めた。
背骨を断たれた以上、生命として『それ以上』は無い。
だと言うのに、僕は警戒し、距離をとった。
やりすぎなのでは?
そう理性は静かに告げる。だが。
だんっ、と。
足を踏みしめる音。
死の際で踏みとどまる音が、倉庫に響く。
思わず、目を見開く。
だが、不思議と驚きは少なかった。
「な、は、はは! まだ、首は……繋がってるぜ!」
「……あぁ、そうだな」
少女はなおも足掻いている。
確実に死ぬ運命に落とされて。
助かりようのない一撃を受けてなお。
戦士として、ただ僕を殺すことだけを見据えている。
ならば、応えるだけだ。
この一時だけは、彼女に対する怒りは捨てる。
その上で、全霊の一撃で見送ろう。
刃を構え。
姿勢は低く。
相手の笑顔より目を逸らし。
見据えるは、その首、ただ一つのみ。
『音をも超える神速を、作ってみたい』
かつて、隻眼のオルドはそう考えたそうだ。
何より早く、誰も反応できない速度で。
気付かれる前に殺せたのなら、それこそが最適だと。
故に目指した、音超の境地を。
そしてたどり着き、技術に残し、僕へと継がせた。
基礎の基礎。
地の奥義。
片足を潰して行う、全身全霊のただの踏み込み。
「地の奥【地盗り】」
音が、消える。
その一時、光以外の全てを置き去りにした。
放たれるのは、神速の一閃。
意識も認識も不可能な速度で。
首を切り裂く、狩人の牙。
狙いは違わず。
筋肉の鎧など意に介さず。
ただ、肉の隙間を狙い撃ち。
一刀のもとに命を絶つ。
鮮血が散る。
首が落ちる。
振り返った先で、転げた顔は笑っていた。
髪をかきあげ、僕は息を吐く。
「許すつもりはないが、糧にはなった。感謝する」
全身を光が包む。
腕が再生し、血が戻る。
この身に傷は残らない。
体力、魔力ともに八割以上残ってる。
おおよそ『無傷』といって差し支えないだろう。
「……さて、次だ」
学園の方へと目を向ける。
壊れた倉庫の扉の向こうでは。
理解不能な『水の巨人』が、暴れ狂ってる姿が見えた。
狩人の牙は、どこまでも研ぎ澄まされてゆく。
死闘を経て、死線を越えて。
次なる敵を追い求める目は、冷徹そのもの。
心を殺し、感情を殺し、敵を殺す。
強敵を下してなお、その歩みには一縷の淀みもない。
「あと、5連戦くらいはいけるかな」
無理はない。
慢心もない。
ただ事実として確認し、狩人は走り出す。
☆☆☆
次回『忘却の獣』
同時刻。
相対するは獣と聖女。
その戦いに決着が訪れようとしていた。
※書籍化に伴う特典のSS執筆作業で大忙しです!
今週日曜日に次のお話が間に合わなかったら、ちょっとした設定集の投稿になります。その時はごめんなさいね!




