066『逆行』
「死ぬのは怖いか、小僧」
いつの日か。
オルドは当然のことを聞く。
当たり前だと、答えた記憶がおぼろげに残っていた。
「ふむ。そうか、怖いか。それは善いことじゃ」
正直に打ち明けた僕の恐怖を。
されど、恐怖などとうの昔に踏み越えた狩人は肯定した。
そんなものは戦場では不要なもの。
恐怖は身をすくませ、行動を遅らせる。
生きるか死ぬかの極限で、恐怖という感情は真っ先に切り捨てるべきものだ。
そう、僕は疑わなかった。
誰にそう言われるまでもなく。
普通に考えればそういうものだ、と。
戦士という人種は恐怖を感じないものなのだと、勝手に思っていた。
その前提が否定され、深く驚いたのを覚えている。
「……まぁ、そうじゃのぉ。ワシはもう恐怖を感じてはいない。それは事実じゃ」
彼は言う。
寂しそうな顔をして。
懐かしむように、恐怖を語る。
その表情が、当時の僕には不思議でならなかった。
「じゃがな。恐怖を愛せぬものに成長はない」
僕の理解を置き去りに。
彼は語る。
当時の僕ではまだ理解の及ばぬ、極限を。
「恐怖は身を震わせ、行動を遅らせる。じゃがな、恐怖とは生きる指針。死にたくないと足掻くからこそ恐怖は駆ける我らの背に縋り、我らは振り向いてたまるかと意固地になる」
「極限まで、精魂尽き果てるまで、根性を振り絞って足掻き、果てる」
「その果てに掴むのは勝利か敗北か。そこら辺までは保証してやれんがな」
「足掻いた過程には道が残る」
「駆けた先にはまだ見ぬ境地が待っている」
「道を残して境地に至る。――人はそれを『成長』と呼ぶ」
首をかしげる僕に対して。
彼は、困ったように笑うのだった。
「ま、お主の場合は保護者が強力じゃからな。そうそう機会もないじゃろうが……」
それでも、命懸けの極限状態がやってきたのなら。
どうあがいても勝ち目の見えない、強敵が現れたのならば。
きっと、その時、初めて。
彼は言う。
「お主はきっと、強くなる」
☆☆☆
口の中に溜まった血を吐き出す。
誤算だ、油断した。
考えが足りてなかった。
相手が最初から本気である――だなんて。
慢心もいいところだと、自身を諌める。
ここからが、本番。
大太刀という脅威的な凶器。
されど触れて三日の玩具を捨てて。
拳を構えた姿は、見惚れるほど堂に入っている。
一種の尊敬すら抱くほど、才能という前提の上に高く積み上げられた努力の結晶。それが、こちらの命を脅かす武器として眼前に突き出されている。
その姿を見て、深く、息を吐く。
カチリ、と。
また音がする。
「馬鹿だよなぁ、お前。刀なんて狙わずに、俺様を狙えば良かったじゃねぇか。お陰様で、変な隙ができちまって、うっかり殴っちまったぜ」
フィアンドールは悪手と僕を非難する。
だが、僕は口端の血を拭って笑みを見せた。
慢心はあった。
あの一撃を躱せなかったのは僕の落ち度。
だが、その前提にあった武器破壊。
それに関しては「最善手である」と胸を張るよ。
「……こちとら正義の味方なんでな。戦闘以外にも気を使うことが多すぎる。そういう面では、武器を壊して大正解だ。そして、馬鹿はお前だクソ女」
もう、彼方まで切り裂く居合切りは使えない。
僕の狙いは間違ってない。
一般人に、これ以上の被害を広げないこと。
それこそが第一優先。
勝利など、それ以降でも十分拾える。
あとは、僕がどれだけやれるか。
この限界、この局面、この死地において。
どれだけ殻を破り、成長できるかにかかってる。
「狭く静かにやろう、その方が本気でやれる」
構える拳に呼応して。
フィアンドールが、ここ一番の笑顔を見せる。
「窮屈なのは気に入らねぇなぁ! 手広くやろうぜ!」
心臓が、強く脈動する。
また、息つく間も無い戦闘が始まる。
互いに、素手。
武器などどこかへ放り投げ。
天賦の肉体と、後付けの努力が交差する。
大地を駆ける、初動は同時に。
されど、速度の差で数メートルこちらへ押し込まれる。
それぞれ右拳ストレートの真正面からの衝突。
――出血は、無い。
超硬度の筋肉の鎧を前にして。
こちらも同様、大人気なくも武装を選ぶ。
「火の一【狼骨】」
「っは! なんだよ、俺様と同じくらい硬ぇじゃんか!」
局所的な筋肉操作により、僕の両腕は異形と変わる。
人の原型を僅かに残した、狼のような異形の両腕。
相手の天然記念物に対して、こちらは技術で同等の硬度まで身体性能を引き上げる。
技を使ってから、父との約束を思い出す。
だが、この局面。
おそらく、魔女の想定を超えた危機を前に。
「たまには、思う存分暴れてみようか」
己に課していた制約。
技の出し惜しみ。
その制限を――一切合切取っ払う。
「ハハァッ! そう来なくっちゃなァ!!」
少女のボルテージが上がる。
さらに威圧感が膨張し、全身を飲み込む。
圧倒的な強者として。
今日の弱者へ、僕へと嗤う。
喜色と共に振り落とされるは、拳の弾幕。
優に秒間三桁へと及ぶ拳が、両拳にて僕へと迫る。
とてもじゃないが……僕には真似のできない速度域。
反則だろうと思いつつも、僕はゆらりと歩みを揺らす。
鼓膜を、散弾銃のような音が撃ち抜いた。
その打撃は、嵐そのもの。
受けると同時に尋常ならざる損傷が全身を埋め尽くす。
だが。
そう笑い、僕は拳に力を貯める。
あくまで、連打。
速いだけ。
全く同時の『絶技』には程遠い。
「火の二、【六花】」
一瞬の溜めの後。
放つは――全く同時の僅か三発。
連打などとはかけ離れた、奇跡の御業。
一撃は右拳を相殺し。
二撃で左拳を打ち砕き。
同時に三発、フィアンドールの顔をぶち抜く。
「ぶえっ!?」
「名の通り、本来は六発同時なんだがな……」
まだまだ未熟。
オルドの至った境地、その半分だ。
もっと練習しないとな、と思いつつ血を吐いた。
時間にして一秒にも満たない僅かではあれど。
あの連打を、この全身で受け止めたわけだ。
……全身血まみれ。
打撲骨折粉砕まみれの全身だ。
痛みに気が遠くなりそうになるが、それでも僅か一瞬の反転を経て、無傷に帰る。
フィアンドールに回復は見えない。
彼女は魔法を使わない。
回復道具も使わない。
なのに止まらない。
攻撃を受け、確実なダメージが入って、なお。
その笑みには、一縷の絶望すら映らない。
「なんだそれ! おもしれぇ、おもしれぇ!!」
「戦闘狂が……」
鼻から血を吹き出し、それでも少女は大地を駆ける。
無人の街角、静寂に包まれたメインストリート。
いつも以上に暗い裏路地。憩いの消えた噴水広場。
それらを思う存分に広く、自由に駆け回り。
跳ねるように、僕の周囲を包囲する。
「チッ……」
動きが、加速する。
僕では追いつけぬ域にまで。
目で追えぬほどの超速度まで、少女は駆ける。
目を見開き、周囲を見渡す。
僕の目に映るのは、周囲を駆ける少女の残像のみ。
……本当に、同じ人間かよ、この女。
刀を捨て、さらに速度が増しやがった。
軌道を、追い切れない。
――攻撃が、来る。
認識を超え。
理解を追い越し。
死期が、背後から脳を貫いた。
「……ッ!?」
咄嗟の回避は、間に合わない。
反応できても、対応できる速度じゃない。
急所を躱しつつも、右肩へと少女の手刀が突き刺さる。
「ちぎれ飛べ!」
ぐしゃりと。
傷口を抉り掻くように。
力任せに、右肩ごと腕を引きちぎられる。
「ぎ、……っ!?」
痛みひとつで死にかけないほどの、激痛。
肩口から雷にでも撃たれたような灼熱と。
穴の空いた水筒のように、こぼれ落ちていく鮮血。
顔をしかめる僕を前に、僕の右腕を奪った悪魔は笑み満面。僕の顔面目がけて腕を投げつけた。
「ほらよ、プレゼントだぜ!!」
咄嗟に反転。
投げつけられた腕が消え。
傷が癒えると同時に、拳が腹に当てられた。
「まさか……っ」
「見よう見まね! こんな感じだったよなぁ!?」
それは、先程僕がお見舞いした攻撃。
それを見よう見まねで。
寸分違わず、天性の肉体は再現する。
「寸勁!!」
衝撃が、腹を貫く。
肉体の表面ではなく、内部。
外傷ではなく、内臓を損傷させる攻撃が。
深く、重く。
驚異的な精度で僕の胃腸を破裂させた。
「が……ッ!?」
喉の奥から、吐血する。
真っ赤な血液が石畳を濡らす。
頬に跳ねた鮮血を見て、フィアンドールは笑みを深めた。
「こん、の……っ!」
痛みにつぐ痛み。
数メートル後方へと吹き飛ばされて。
何とか膝をつくことだけは堪え、前を向く。
「あんれぇ? 上手くできたと思ったんだけどなぁ」
不思議そうに首を傾げる少女に、殺意が湧いた。
腹立つくらい上手くできてたよ、上出来だ。
僕が咄嗟に『煙の二【大過亡く】』で衝撃を逃がせてなかったなら、胃腸どころか衝撃で心臓まで破裂してたところだ。
「まぁ、いっか!!」
だが少女は、細かいことなど考えない。
現実だけをひたすら注視し、それ以外のことなど度外視する。彼女の目に映る現実はひとつだけ――まだ死んでない。
なら攻撃するだけ、というのが行動原理。
……だんだん分かってきたぞ、この単細胞が。
ぐしぐしと、頬に跳ねた血を拭い。
飛び出すように、無鉄砲に彼女は駆ける。
内臓を反転で治し終えた頃には、既に拳は眼前だ。
「……っ」
「およ?」
咄嗟に首を振って回避する。
何か、違和感でもあったか。
フィアンドールはぱちくりと目を瞬かせたが、すぐさまカウンター気味に放たれた拳を察知し、回避に移る。
拳は、彼女のローブを掠るだけに留まり。
ふわりと巻き上げられたフードの向こう側からは、ルナとよく似た真っ赤な髪と――ぴょこんと、頭から飛び出た猫の耳が現れた。
――獣人か。
その特徴に、かの種族特性を思い出す。
モチーフとなった動物しだいだが、獣人は原則として魔法を使わず、その代わりに常人離れした身体能力を誇るという。
……そのせいか、あの肉体の超硬度は。
そう考えたが、不思議と納得には至らない。
だが、納得できるだけの思考の間なんざ許されない。
攻撃は止まらない。
少女が回避し、着地した。
その瞬間、鍛えた動体視力が僅かに捉える。
人のものとは思えぬほどに膨れ上がった彼女の脚を。
そして――加速。
太ももから、ふくらはぎへ。
膨張した筋肉が一気に弾ける。
獣の跳躍だ。
後先考えぬ間合いの調整。
ただ、殴れる距離へ、ひとっ飛び。
距離は消し飛び。
間合いの内側へ。
勢いそのまま、眼球へと手刀が迫る。
完全な回避など、端から諦めてる。
僅か数瞬、頭を振った。
それにより攻撃は致命傷から、重傷へ。
頬から耳へとかけて、手刀が抉り裂く。
鋭い痛みと共に、片側の視界を血の幕が覆い隠す。
……少し回避が遅れたか。眼球も傷ついた。
だが、致命傷にはなってない。
戦える。拳は握れる、ぶん殴れる。
用意していた右拳を、腹へと叩き込む。
おそらく……この肉体に『霜月』は通じない。
横隔膜を揺らし、僅か一瞬、呼吸とともに動きを止める。そういう『人間を殺す技』は、おそらくこの肉体には通じない。
故に、技を選んで叩き込む。
「火の三【遠雷】」
衝撃が、少女の体をぶち抜いた。
本来なら遠距離技の『遠雷』。
これをゼロ距離から拳ごと衝撃を叩き込んだ。
威力は――十分。
そう判断しかけた瞬間。
ちりり、と。
死期が過ぎる。
攻撃を受けた直後の少女より、反撃が飛ぶ。
「ふんッ!!」
打撃でも、蹴撃でもなく。
ただ、どこまでも原始的な――頭突き。
頭蓋の一番硬い部分が、顔面を潰す。
視界が潰される。
痛みに聴覚が鈍る。
五感が、狂う。
その瞬間を、寸分違わず狙い撃ち。
少女の前蹴りが、僕のみぞおちをぶち抜いた。
「が……ぁ!?」
防御なんて間に合わない。
完全な直撃。
衝撃を受け流すこともできず。
肋骨の砕ける、嫌な音。
内臓の破裂する焼けるような痛み。
一瞬の浮遊感の後。
僕の肉体は遠く離れた家屋へと叩きつけられる。
「なんつーか……全体的に威力が弱ぇな!」
……遠くから、声が聞こえた。
必死に反転を回し、視界が戻ってくる。
五感が正常へと復帰する。
取り戻した世界の中で……フィアンドールは悲しそうに顔を歪めていた。
「技はすげぇと思うぜ? 種類豊富だしよ、手品みてぇで戦ってておもしれぇ。……けどよぉ、いくら待ってもお前からは、『俺様を一撃で殺せる技』が飛んでこねぇ」
僕の全力の技を。
必死に学んできた物を。
「技って言うのか? それ出した瞬間、底が見えたぜ」
努力を総じて、彼女は評する。
「お前……思ったより強くねぇんだな」
カチリと。
どこからか、音がした。
「まず遅ぇし、……気づいてるか知らねぇが、どんどん攻撃も軽くなってきてやがる。体力の限界だかなんだか知らねぇけど、これ以上はやめだ。せっかくなら、楽しめる内に終わらせる方がいい」
少女は、覚悟を決めた様子を見せる。
それは、僕を殺す覚悟だろうか。
ぼんやりと、そんなことを思いつつ。
深く、深く。
腹の底から、息を吐く。
弾けるような爆発音と共に。
少女の体が、消える。
すぐ目の前から、声がした。
「じゃあな、狩人。テメェにゃ俺様は殺せねぇ」
鮮血が、弧を描く。
痛みが走る。
左腕が、根元から吹き飛ぶ。
少女の手刀は、僕の左腕を斬り飛ばす。
その光景に。
僕を攻撃した少女の姿に。
僕の技への彼女の酷評に。
――カチリ。
歯車が完全に噛み合う、音がした。
「……………………ぁ?」
少女の、呆然とした声が響く。
フィアンドールが顔をあげる。
僕の左腕を切り飛ばし。
狙い外れた攻撃先に。
驚き、目を見開いて。
見上げたソレと――視線が交差する。
「――ッ!?」
少女の全身が、総毛立つ。
それは、この局面で少女が初めて見せた表情。
俗に言う――【恐怖】というもの。
恐怖し、怯え、その肉体は退避を選ぶ。
この状況からの逃走を望む。
僕へと駆けた速度のままに。
得体の知れぬ『何者か』より、全力で逃避する。
その姿を、見送って。
なんの感慨もなく、その速度へと追いついた。
「はぁ!?」
目を見開く少女へ。
拾い上げたのは、砕けたガラスの破片ひとつ。
おおよそ武器にもならぬガラクタ。
ただのゴミを手に――一閃。
無敵の肉体を。
尽くの打撃を無効化した鎧を。
ただのガラスは、いとも簡単に切り裂いた。
首筋より、出血。
直前で回避されたか、傷が浅い。
だが、傷は傷。
薄皮一枚しか切り裂けなかった訳でもない。
避けていなければ今ので殺せていた。
少女は僕から距離を取り、咄嗟に首の傷を押さえる。
指の隙間から血が滲む。
その表情からは、既に笑みは消えていた。
「な、なん……ッ、なんなんだよ! お前……! どうして俺様に追いつける! なんでスピードが上がりやがった!?」
「テメェにゃ俺様は殺せない……だったか」
好き放題言ってくれたな。
そう苦笑し、地面に転がる左腕を一瞥し。
周囲に点在する、自らの血溜まりを見渡した。
反転魔法とは、事象そのものへの拒絶である。
傷へと向けて使ったのならば。
傷跡は消え、なかったことになり。
出血も部位欠損もまた、存在すらかき消される。
当然、消し飛んだ腕も。
石畳を濡らした血液も。
僕が本当に反転を使っていたのなら、それらは残っているはずのないモノだ。
「片腕で5キロ。出血死寸前だが、血液でも5キロは捨てた。合わせて10キロ。……まぁ、妥当なところだろ」
出血の続く左肩の傷を叩く。
筋肉の収縮により、無理やりの止血。
腕は戻さない。
傷をなかったことにはしない。
「ま、まさか、テメェ……!」
信じられないものを見たと、少女は肩を震わせる。
その目に映るのは、色濃い恐怖。
得体の知れないもの化け物を前にした。
ただの少女が、そこには居るばかりだ。
「自分の体を削って、軽く、しやがったのか!」
肯定も否定も返さない。
ただ、思考は一つだけ。
――他に、何を削れるだろうか、と。
腕を捨てた。
血を捨てた。
脚はダメだな、届かない。
もう片腕も捨てては困る。
それに、これ以上は出血死する。
死の極限を探るのもいいが、そちらに集中しすぎては戦闘の方が疎かになりかねない。
……うん、ここらが限界かな。
そう判断し、僕は足元の血溜まりに触れる。
僕の行動を見て、今更ながら少女も気がつく。
周囲を満たす、致死量の血の沼を。
「ひ……ぃっ!?」
恐怖に喉を鳴らす少女を他所に。
僕の指先を、泥の混じった赤色が濡らす。
その量を調整し。
僕は、顔に赤い泥を塗る。
制服の上着を破り捨てる。
戻ってきた城崩しを片手に握り。
指先に込められるのは、全力のわずか三割程度の力のみ。……そりゃ、攻撃が軽いと言われるわけだ。
「ち、血を捨てるなんざ……正気じゃねぇ! 馬鹿でもわかるぜ! そんなもんを捨てたら戦闘どころじゃねぇだろうがよ! 頭は動かねぇ、力も入らねぇ! ……こ、この量だ! 立っているのがやっとのはずだぜ!」
大正解。
獣の直感かな。
死の淵にいる僕を、少女は一目で見破った。
「信じられねぇ……頭どうかしてるぜお前! いくら負けそうだからって、そこまでするかよ、普通!」
真っ当な狂気を、少女は拒絶する。
その反応を見て、僕は不思議でならなかった。
何故分っていない。
どうして納得できていない。
戦士ならば誰だって、僕の行動に驚きはないはずだ。
「死ぬよりマシだろ、何甘えたこと言ってんだ?」
僕らは常識の中を生きる一般人ではない。
取捨選択は突然のこと。
生きるために、死なないために。
血反吐を吐くのは当たり前。
生きるために死に目に会うのが。
死なないために命を懸けるのが、戦士というもの
狩人でも剣士でも拳闘士でも。
戦う者なら、皆同じはずだ。
「……もしも、それが分からないと言うのなら」
戦う者としてではなく。
ただの遊びの延長でここに立っていると言うのなら。
ナイフを構える。
目を細める。
人を殺すためではなく。
獣を殺す為だけに、意識を切り替える。
「悪いが、お前に僕は殺せないよ」
――ここから先は、僕にとっても未知の世界。
肉を削り、骨を削ぎ、血を捨て。
望んだ死の淵で踊り狂い、極限の先で道を探す。
足掻き、苦しみ、果てに得た境地で勝利を拾う。
……いわば、成長にはうってつけの死地だ。
最高の恐怖が全身を震わせる。
けれど恐怖を愛せないものに成長はない。
僕は、よく知っている。
さぁ、敵を慈しみ、危機を喜び、死地へと羽ばたけ。
リスクを嗜み、勝利を渇望し。
絶望の縁で、独り静かに牙を研ごう。
さぁ、狩人よ。
太刀打ちできぬ死を前に。
お前は今、何になる?
歯車が、動き出す。
視界が広がる。
世界が色づく。
苦境の中で軽やかに。
死地の上で活き活きと。
意識が、竜の庭へと逆行する。
次回『狩人の牙』
次週は週2回更新!
まずは週の半ばに更新予定です!




