↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
66/75

065『シュメルVSフィアンドール』

 襤褸の少女。

 彼女の獲物は、刀だ。

 先ほど、闘技場で受けた傷は「滑らか」の一言に尽きる。

 それは西洋の両刃剣では成し得ない、絶大な切れ味。

 そしてこちらの防御なんてお構いなしに、万物を両断する膂力。

 その二つが合わさり、重なり。

 尋常ならざる『脅威』を生んでいる。


「なはははは! かっけぇだろこの刀! お気に、ってやつだぜ!」


 推定、150センチも届かぬ小柄で。

 扱うのは、刃渡り二メートルにも近しい大太刀。

 少年のような無邪気さで。

 少女が振り回し、ばらまくのは純粋な殺意。


「シッ!」


 一瞬の溜め。

 そこから弾かれるように放たれた鈍色の一閃。わずか一刀。

 受け止めた城崩しとの間に、嫌な音を立てて火花が散る。


「ぐ……っ」


 尋常ではない威力だ。

 シンプルな膂力からして、僕と同等。

 速度に至っては僕以上なのに加え――そこに技量が加わっている。

 乗算して発された一撃は、会心の一撃と呼ぶにふさわしいもの。

 それが、通常攻撃。

 全てがソレだというのだから、笑いたくとも笑えない。


 脱力し、衝撃を逃がす。

 けれどもすべてを殺すには至らず、後方へと身体が弾かれる。


「まだまだァ!」


 フィアンドールは素早く太刀を構える。

 空中へと弾かれ、回避も防御もままならぬ僕へ。

 情けも遠慮もなしの少女に、僕は全力で城崩しへと力を籠める。

 そして――一閃。

 少女へと向けてではなく、それは、足場としていた屋根へと向けて。

 全力で『破壊』を行った。


「ぬおぅっ!?」


 衝撃に、建物が揺れる。崩れる。

 悪いなぁ、とは思いつつも獣を仕留めるのが優先。

 屋根は崩壊し、フィアンドールの姿勢が崩れる。

 が、そんな姿勢でも攻撃を続けられる程度の体幹はある。そう、僕は彼女の身体能力を信じている。

 案の定、彼女はそんな状態でも攻撃を続行。

 空中に居る僕へと、容赦なく斬撃を撃ち放つ。


 が、今は「身動きが取れない」わけでもない。


 崩れた屋根。

 巻き上がったがれき。

 その一つを足場として――空中で方向転換。

 あっさりと斬撃を回避し、フィアンドールの懐へと入る。


「嘘ぉ!?」

「ホントだ獣」


 城崩しの形状変化。

 大きなハルバードから、小さな手斧へ。

 隙だらけの腹へと、全霊で城崩しをぶちかます――。


 その、刹那。


 視界の端に捉えたのは――フィアンドールの笑顔だった。


「……ッ!?」


 まずい、と思った次の瞬間。

 攻撃をした右手に感じたのは、生身では有り得ぬ硬質な感触。

 襤褸の中に鎧でも来ていたか……!

 そう直感すると同時に、左腕へと焼けるような痛みが走る。


 視界の端を、自身の左腕が飛んでいた。


 切断面から、鮮血が噴き出す。

 隙だらけ、だったはずなのに。

 今の一瞬で刀を戻し、僕の腕を切り落とした。

 ……想定以上の速度。推定だが、僕の五割増しはあるだろう。

 マトモに戦ったんじゃ、勝ち目がない。


「なはははは! 俺様の肉体は特別せ……ぶへぇっ!?」


 だがあいにく、僕の戦い方は『マトモ』とは程遠い。

 切り飛ばされた腕が、光となって消えると同時に。

 戻った左腕で、思い切りフィアンドールの顔面を殴り飛ばす。


 何か言いかけていた途中で吹っ飛んだ彼女は、ゴロゴロと家の中を転がっていく。

 ……だが、僕はその姿より、今まさに左拳に感じた感触の方に気を取られていた。


「……これは」


 なんだ、あ(・)の(・)硬(・)さ(・)は(・)。

 攻撃は通る。

 現に、鼻血を噴き出しているフィアンドールを見れば明らかだ。

 だが、その攻撃の効きがあまりにも悪すぎる。

 先ほど城崩しから感じた硬質な感触。

 あれと似たような感覚が、顔面を殴り飛ばした左拳に残っていた。


 ……視線の先で、フィアンドールが立ち上がる。

 襤褸が風に揺れ、斧に切り裂かれた腹部が露出する。

 そこには、鎧などなく。

 ただ、薄皮一枚切り裂かれた柔肌が見えるばかり。


「こんっの、野郎! 俺様のセリフを遮るんじゃねぇ! 俺様の肉体がどれだけ特別なのか、言ってる最中だろうが!」

「……不要だ、聞かずとも知れた」


 戦慄と共に、頭の中に並べていた戦略という戦略が尽く崩れていく。

 信じられないが……見たものを信じるのならば、そういうことになるのだろう。


 大なり小なり、鍛えた筋肉は固くなる。

 だが、彼女の場合は柔いとか固いとか以前に――とにかく硬い。肉質が硬い。

 強かでしなやかで、柔軟性があり、かつ硬い筋肉の鎧が全身を覆っている。

 故に攻撃が通らない。

 城崩しの刃すら通らないとなると……相当だぞ。


「さて、どう仕留めたものか」

「聞かねぇなら教えてやるよ! 俺様がいかに特別で、おんりーわん、かってところをな!」


 僕に並ぶ膂力と、上回る速度。

 そして肉体そのものが保有する特異な硬度。

 ……まさに、天賦の肉体。

 その肉体が今、再び大太刀へと力を籠める。


「これやっちゃうとすぐ死んじゃうからな……。あんまり使わないようしてたんだけど」

「………………は?」


 不穏な声と共に、少女は――居(・)合(・)の(・)構(・)え(・)をとった。


 いや、まさか。

 あの大太刀を、あの小さな体で?

 そんな、物理的にできる訳が……。

 それに、間合いの外だ。

 攻撃が当たるはずがない。


 理性は、そう叫んだ。

 常識に照らして考えれば、脅威ではない、と。


 だが、同時に本能が絶叫する。

 かつてない音量で耳鳴りが脳を貫く。


 死期が、やってくる。



「ま、死んじゃったらその時考えるってことで!」


「……ッ!?」



 攻撃、防御。

 そのすべてをこの一瞬、全てかなぐり捨てて。


 ただ、避ける。


 それだけに全霊を尽くした、わずか刹那。



 ――世界が、真っ二つに裂けた。



 家の壁も。

 その向こうに見える建物も。

 遠くに見えた衛兵の駐屯所も。


 なにも、かも。


 そこに住まう人々なんて関係なしに。

 お構いなしに。

 丸ごと、一刀両断。

 間合いなんて度外視で。

 ただ、一閃上のモノすべてを、問答無用で割り捨てた。


 咄嗟の回避は僅かに間に合わず。

 片脚が消し飛ぶと同時に――反転。

 すぐさま無傷へと舞い戻り、真っ先に抱いたのは、怒り、だった。


「おまえ……ッ!」


 避難が済んだ場所で暴れるのとは、話が違う。

 この女が殺意を放り投げた先は――まだ避難が済んでいない場所。

 多くの人がいるであろう、安全地帯。

 そこに、何の考えもなく致死の一撃をぶち込みやがった。


 正気か、と咄嗟に疑い。

 すぐに、自身の正気を疑った。


 馬鹿か、僕は、と。


 分かっていただろうが。

 オーディが呼んだ連中だ。

 善性であるはずがないと、心の中では分かっていた。

 だから、殺しても構わないと、覚悟を決めていた。

 はず、だったのに……。


「なはははは! 斬れた斬れた! でも死んでねぇ! 面白れぇ、面白れぇ!!」


 この少女は……僕の怒りを理解していない。

 分かっていたなら笑えないはずだ。

 考えが足りない、というだけでは済ませられない。

 人を殺したかも知れない、だというのに。


 この少女の目には、ただ、僕の姿しか映っていない。



「楽しいなぁ、好きだなぁお前! 愛してるぜシュメル・ハート!」



 向けられているのは、純粋な好意。

 どこまでも穢れを知らない、ゆえに気味の悪い執着。

 あるいは愛情に、僕は、腹の底から反吐を吐く。


「……前言撤回だよ、クソが」


 殺してしまうかもしれない、だとか。

 何を、甘いことを言ってたんだ僕は。


 この少女は――ここで殺さねばならない。


 確実に、息の根を。

 止める。

 でなければ、人類の癌となる。

 愛情を抱いて人を殺しかねない獣など、平和な世界には必要ない。


 手斧状態の城崩しを握り、息を吐く。

 形状が、変わる。

 さらに小さく。

 さらに鋭く。

 ただ一振りの『短剣』にまで殺意を押し込め。


 吐き捨てるのは、ただの本音だ。



「僕はお前が嫌いだよ」



 ぶるりと、フィアンドールは身を震わせた。

 それは恐怖によるものか。

 あるいは、武者震いによるものか。


「あ、ははは! っははははは! その目、いいなぁ、いいなぁ! 強いだけのやつの目じゃなくなった! 獲物を前にした狩人の目だ!」


 食らうために殺すのではなく。

 ただ、邪魔だから殺す。

 悪だから殺す。平和の障害だから殺す。

 故に、狩人として獣を狩るのとは、別の覚悟が必要だ。


 これは、ただの人殺し。

 そう考えるときは重いが……。

 けれども「必要な殺し」だと。

 心を非情に徹し、凍らせる。


 カチリ、と。

 遠く、腹の底で。

 何か音が聞こえた気がした。


 そんな感覚を置き去りに。

 肉体は、ただ殺すためだけに加速する。


「にぃ!」


 迫る僕へと、フィアンドールは口角を上げる。

 すぐさま居合の構えを取ろうとするが、ぴたりと、途中で動きが静止する。

 納刀、構えて、ためて、放つ。

 居合切りにはその工程が不可欠だ。

 いくらその過程が洗練され、迅速であっても。

 省略はできない。確実に、コンマ数秒の準備は必要となる。


 ――そしてそのコンマ数秒は、超(・)近(・)接(・)戦(・)では命取り。


 ナイフを、逆手持ちへ。

 そのわずか数瞬を足掻き勝ち取るため。

 絶死の間合いへ、土俵入り。

 腕を伸ばし切らずとも触れる距離感。

 逆に言えば――一歩でも対応を間違えれば死ぬ距離だ。


 この距離でのみ、彼女の居合切りは黙殺できる。


 その危険区域へと立ち入りながら。

 眼前のフィアンドールと、視線が交差する。


 驚き、目を見張る彼女へ。

 言外に目で告げる。



『この首、落とせるものなら落としてみろ』と。



 返答はなく。

 ただ、笑みを深めたフィアンドールが始動する。

 居合切りを捨て。

 ただ、殺すためだけの刃が迫る。


 一合、刀とナイフが交差する。

 肉体が悲鳴を上げる。

 腕が軋み、骨が歪む。

 ――総じて反転、二合目を受ける。


 火花が散った。

 壊れぬナイフへ、叩きつけるような大太刀。

 嫌な音とともに刃こぼれした鉄くずが舞う。

 鉄くずが見開いた目に刺さる。

 出血。視界が赤で滲む。

 けれど戦闘には支障なし。


 続く三合。

 手に痺れ。受け止めた衝撃により人体断裂。

 わずかに緩んだ握力を見逃さず、フィアンドールがナイフをはじく。

 重ねた四合目。

 武器を失った僕へと振り下ろされた一刀。

 好機、と目を見開く彼女の眼前へ。


 弾いたはずの黒い刃が、ぬるりと迫る。


「うおっ!?」


 驚き、咄嗟に後方へと跳ねるフィアンドール。

 その姿を見送り、弾かれた右手とは反対の左手で構えたナイフを降ろす。


 ――この間、わずか1秒の出来事。


「な、なんだ! 手品ってやつか!?」


 返事の代わりに走り出す。

 城崩しには形状を自在に変える能力がある。

 ならば、弾かれたところで城崩しを鎖と変えて僕の元まで戻し、再びナイフへ変形させるまで。城崩しの変形機能が間に合うかは不安ではあったけれど……さすがは父上の相棒。これしきの戦闘速度じゃ置いていく事も叶わない。


 ナイフを、フィアンドールへ投擲する。

 彼女は頭を振ってその投擲を回避するが――その後方で、狙い通りにナイフは柱に突き刺さる。

 瞬間、城崩しはナイフより鎖へ。

 がんじがらめに柱を縛った城崩しは、強引にその柱をへし折った。


 強烈な破壊音。

 思わずと後ろを振り向くフィアンドールの目の前に。

 迫っていたのは、予期せぬ方向からの『倒壊』だった。

 柱が支えていた屋根、付随する壁。

 かろうじて原型が残っていた家屋が、丸ごと僕らへ降り注ぐ。


「はぁっ!?」


 予期していた僕と。

 予期せず驚く彼女。

 差は明確。

 初動の差で、シンプルな速度の差を埋め、殺す。


 倒壊に一瞬気を取られ、目を奪われていたフィアンドール。

 彼女は、咄嗟に僕の動きに反応が追い付かない。

 気づき、目では終えても。

 この一撃は、躱せない。


 切り裂かれ、露出した腹へと拳を当てる。

 狙うは外傷ではなく、内傷

 衝撃はいらない。

 鋭さも不要。

 ただひたすらに――重く、深く。


 内臓にまで、しかと響かせろ。


 見様見真似だが、似たような技も習ってる。

 なら、できるはずだろ。



「寸勁(ゼロインチパンチ)」



「が……ぁ!?」


 内臓が揺れる。

 衝撃が、重さが。

 腹を貫き、背へ抜ける。

 ここに来て初めて――フィアンドールの表情が喜色以外へ揺れた。

 確かに映った、苦悩、痛みの表情。


 斬撃ではなく、打撃。

 これなら、倒せる。

 内傷こそが、無敵の肉体の攻略法だ。


 そう確信した。


 瞬間、下からの衝撃が全身を揺らした。


「なッ!?」


 蹴(・)り(・)上(・)げ(・)ら(・)れ(・)た(・)。

 狙いもつけず、ただ暴力に任せて。

 力のままに、僕を思いきり蹴り上げた。


 体が、上空へと吹き飛んでゆく。



 ――距離が、開いた。



 互いにとっての絶死の間合いより。

 一方通行な、居合の間合いへと挿げ替えられる。


 予感と同時に直感し。

 焦りは一瞬。すぐさま目を細めて現実を見る。


 カチン――と。

 納刀の音。

 威圧感が、上昇気流のように吹き荒れる。

 眼下のフィアンドールが見据える先は、上空。

 今度こそ回避不能な僕めがけて、放つは一撃必殺の一刀両断。


 飛距離(レンジ)無限の、防御不能の一閃だ。


「けど、これで――!」


 狙いは上空。

 一般人を巻き込む恐れ、無し。

 なら文句なしの条件だ。

 僕一人の危険で済むなら、これ以上は望まない。



「さぁ! 今度はどう躱すよ、シュメル・ハートぉ!!」



 刀が、煌めく。

 ただの技術の粋が、放たれる。

 不可避にして防御不可。

 いわば必殺の一撃を前にして。

 城崩しも手元にはなく――対処は不能。


 できるのは、ただ、死を読むことだけ。


 全身へと叩きつけられるような、猛烈な死期。

 空中で訪れる一刀両断を前に、かつてない絶望が押し寄せる。

 その中で。

 ひときわ輝く『即死』の気配を読み解いていく。


 どこが危険で。

 どこを避けるべきで。

 逆に、どの部位ならば受けても生きていられるのか。


 思考の余地は、わずか0.2秒ほど。

 永遠に等しく引き伸ばされた思考の中で。

 動かせる部位は、わずか数か所。



 そこだけ避けて――一刀両断。



 灼熱が全身を巡る。

 腕、足、そして腹。

 多くを両断され、かつてない出血が空を満たす。

 内臓が宙を舞い、痛みが遅れて脳に痺れを齎した。


 歯を食いしばり。

 想いは一つ。



「――僕の、勝ちだ」



 重傷程度で終わらせたな。

 一撃で命を、意識を刈り取れなかったな。

 なら、今の攻防、お前の負けだ。


 全身を光が満たす。

 傷が癒える。

 無(・)か(・)っ(・)た(・)こ(・)と(・)に(・)反(・)転(・)す(・)る(・)。


 命が助かるはずもない重傷からの、即復帰。

 その光景に、わずか一瞬驚きを見せたフィアンドール。

 狙いは違わず――彼女の獲物へ。

 自由落下の勢いを一切殺らず。


 刀の側面へと、全力前例のかかと落とし。



 音を立てて、彼女の大太刀が砕け散った。



「これで……!」


 飛距離無限の居合切りは、もう無い。

 獲物は奪った。

 これ以上、一般人への被害は増やさない。

 気を使う必要がなければ、この少女との戦いに専念できる。


 さぁ、ここからが本番だ――と。


 決意を胸に。

 覚悟を決めて。

 少女に対した僕が、真っ先に感じたものは。




 ――先を上回る、死期の一撃だった。





「………………は?」



 反応、不可能。


 放たれたのは、ただの拳。

 先ほどの斬撃が可愛く思えるほどの。

 ただ、異様な膂力による全力の拳。


 顔面へと、突き刺さる。


 ……その後のことは、よくわからなかった。


 全身に、痛みがあった。

 気づけば視界一面に空が広がっていて。

 仰向けにぶっ倒れていることに理解が回り。

 少女の足音が、残酷に近づいていることに気づく。



「あーあー。この間ゲットしたばっかりだったのによぉ! 俺様の剣士人生、わずか三日だぜこの野郎! いよいよもって素手で戦うしかなくなっちまったじゃねぇか!」



 ……わずか、三日。

 そう言ったか、この女。

 全身に力を込めて、何とか立ち上がる。

 ふらりとよろめく僕を前に、少女は悠然と立っていた。


 折れた刀を、興味もなさげに放り投げ。

 その姿に、僕は今までの勘違いを理解させられる。



 ――この少女は、剣士ではなかったのだ。



 あれだけの技量だ。

 当然、一流の剣士だと考えていた。

 目を見張る剣技であったし、脅威的な居合切りだった。


 それを、わずか、三日と彼女は言った。


 つまり、剣技など彼女にとっては『付け焼刃』で。

 本来の戦い方は、ソレではないのだ。

 そう、全身の痛みが直感とともに告げている。


 フィアンドールは、拳を構える。


 大太刀(おもちゃ)を捨て。

 本来の戦い方を取り戻した彼女は、僕へと告げる。




「本気でやってやるよ。簡単に死ぬんじゃねぇぞ?」




 ――敗北。

 脳裏をよぎった、その二文字。

 自覚と同時に、また、音が聞こえた。


 カチリ、と。


 先ほどよりも、大きく、確実に。


 僕の中で、何かが変わろうしている音がした。



【豆知識】

〇フィアンドール

四律の天秤、その一角に座する赤毛の少女。

魔王の因子でもあり、魔王の【肉体】を受け継いでいる。

それは、この世全ての暴力を内包した天性の肉体。

ありとあらゆる戦士の頂点に立つべくして存在する、天賦の才覚。

武器を手に取れば、一日で習熟し、二日で理を知り、三日で達人となる。

彼女自身、お遊びとして今まで様々な武器に触れてきた。

大太刀は、三日前に露店で見つけて気に入っていたもの。

つまり、初めて触れてからわずか三日。

それだけの日数でシュメル・ハートを脅かした。

とはいえ、だ。

彼女自身の本来の武器は――その肉体。

純粋な殴る蹴るの肉弾戦こそ、因子の本領。


武器を壊されて初めて。

玩具を捨てて、少女は「お遊び」から「本気」へと切り替える。




☆☆☆




カチリ。

また一つ、音が聞こえる。

歯車が噛み合い、動き始める。


ぬるま湯から、死地へ。

才能と限界を問われる、その場所へ。

至って初めて真価が輝く。

狩人の本能が呼び起こされる。


意識が――あの庭へと逆行する。


敵を慈しみ、危機を喜び、死地へと羽ばたけ。

リスクを嗜み、勝利を渇望し。

絶望の縁で、狩人は独り牙を研ぐ。


さぁ、昨日の強者よ。今日の弱者よ。

お前は今、何になる?




次回『逆行』




シュメル・ハートもまた――この極限で覚醒を始める。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
なんか楽しみすぎておなかがすいてきた なんでだろ シュメルくんはこれからどんな風に覚醒するのか楽しみだなぁ 反転使いまくる方面で進化するわけでもなさそうだし
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。