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異世界転生、ちょっと足りない  作者: 藍澤 建
第三章【鋭き牙を隠し持つ】
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064『魔王の心臓』

 これは古き世の話。


 その時代、世界に魔王が君臨していた。

 其はひたすらに強かった。

 そして、底なしに悪性であった。


 心臓は絶えず無限の魔力を供給し。

 骨は朽ちず、壊れず、永劫を在り続ける。

 肉体はこの世すべての暴力を内包し。

 皮はありとあらゆる外傷を防ぐ不滅の衣。

 血液は万象を溶かす猛毒で。

 魂には絶対的な不死性が宿る。

 腹の底には、煮詰まった人類史への悪意と憎悪が渦巻いている。


 人の上位種と呼ばれた『魔族』の中でも、史上最大と呼べる突然変異種。

 純粋な性能においては霜天の魔女(ステラカヴァズ)をも上回り。

 当時の【世界最強】の座に君臨した其は、魔族を率い人類と神に敵対した。


 軍と個は村を踏み潰し。

 街を焼き。

 国を滅ぼし。

 文明を崩壊させ。

 時代を一つ退行させた。


 其に人類では対抗できず。

 同時に神ですら手を焼いた。

 その悪魔のような魔族は悪意の限りを世界へ散らし。

 撒いた悪意は世界を流転し。


 やがて人理は楯突いた。


 ――それこそが、勇者の誕生。


 神すら予期せぬ、新たな時代への転換点。

 ありとあらゆる希望と奇跡の体現者。

 魔王を倒すためだけに生まれた特異点。

 悪と対をなす善なる象徴。


 彼女と仲間たちにより、ついに魔王は討たれるに至る。


 それこそが、現代に伝わる勇者伝説。

 イマに残る、最も古い英雄譚

 神すらなせなかったことを人がなした大偉業。

 誰もが語り、誰もが心躍らせた物語。


 だが、その英雄譚の裏側で。

 誰にも語り継がれなかったこともあった。



 ――其は不滅なり。



 魔族とは、魔力と共に生きるもの。

 魔力というものが存在する以上、かの者に本当の終わりは訪れない。

 故の上位存在。人とは組成(システム)そのものが違う、文字通りの人外。


 勇者が息の根を止め。

 狩人がその全身を跡形もなく解体し。

 聖女がかの肉片を一滴残らず浄化し尽くし。

 その上で、魔女が永劫の氷の中へと封印した。


 おおよそ、復活など望めない。

 誰もが認める『再起不能』に至ってなお。

 鼓動は続く。

 脈動は受け継がれる。


 ()()()()()は、次の時代へと継承される。


 時を超え。

 あまたの時代を跨ぎ。

 突然に、唐突に。

 何の前触れもなく。

 新たな『特異点』へと生まれ落ちる。



 ――ゆえに、少女の出生に秘密はない。



 両親は優れた魔法使いではない。

 片方が実は魔族だったりも当然ない。

 神様からの加護だってもらってない。

 選ばれた勇者でもない。

 特別な魔法を授かってもいない。

 英雄の生まれ変わりでもない。

 当然ながら、転生者でもない。

 白い魔女に目をつけられてもいない。


 ただ、選ばれただけだ。


 無作為に、ありとあらゆる時代、今を生きる人の中から。

 幸運にも、不運にも、選ばれてしまっただけ。


 そこには一切の要因も原因もなく。

 少女は生まれた時から、心に魔王を飼っていた。



 その心の臓が、今、機能を停止した。



 少女の意識は、闇へと落ちる。

 人としての心臓が潰されて、絶命する。


 そして間もなく、()()()()()()()()()()()()()()



「……………………はぁ?」



 少女を殺した張本人、研究者の女から唖然とした声が漏れる。

 確実に心臓を貫いた。

 確実に殺した。


 ――その上で、体を貫通する右腕に鼓動を感じた。


 それは、あり得ない感触だった。

 そして、これ以上とないほど気持ちの悪い感触だ。

 ぞわりと、研究者の全身が怖気立つ。


 変化は唐突。

 そして大胆に。

 死体の全身から、膨大な魔力が沸き立つ。

 通っていなかった魔力が、動かぬ全身を巡る。


 弱者。

 そう判断していたモノが。

 人の心臓を失うことにより――初めて魔力を扱うに足る器と変わる。


 閉じられた瞼が。

 動かぬはずの体が。


 ピクリと、死から生へと再起動を果たす。


「……ッ!?」


 咄嗟に少女の体より腕を抜き、全力で距離を取る。

 無感情ばかりが映っていた研究者の頬を、一筋の汗が流れ落ち。


 彼女の視線の先で――ゆらりと、赤毛の少女が立ち上がる。



「……確実に殺したはずだよ。なんで生きてるのかなぁ」


「……ふっ、くくく……ッ!」



 聞こえてきたのは、喉を震わすような笑い声。

 少女は顔を上げる。

 爛々と輝く瞳と視線が交差し――幾年ぶりに、研究者へと緊張が走る。

 その目に映るのは、どこまでも純粋な興奮と、喜び。

 緊張も恐怖も何もなく。

 ただ、おもちゃを前にした子供のように。


 待ちわびたぞ、と。


 元弱者の少女は吠える。


「死にかけて、やっと掴みましたよ……魔力の使い方!」


 ルナの意識は変わらない。

 ただ眠り、起きただけ。

 起きたら不思議と、魔力が使えるようになってただけ。

 その理由はわからない。

 その理屈をわかろうとも思わない。

 ただ、それでも。


『一度、命を懸けてみることにしたんです』


 友の言うとおりだったと。

 自信満々に胸を張り。

 生まれて初めて、腹の底から魔力を呼び起こす。



 ――近い未来で、歴代最高と名高い大魔導士。


 圧倒的な魔力量を原動力とし。

 史上最強の身体強化魔法と。

 純然たる魔力による、無敵の防御。

 そして、国すら押し流す破壊魔法を携えた、最強の魔法使い。


 平民、ルナの第一歩。

 その最初の敵として、眼前に立ちふさがるのは四律の最強。


 女は、目を見張る。

 黒衣を風にはためかせ。

 やがて表情には、納得が映る。


 泥のように濁っていた瞳には、光が映る。

 されど、その輝きは剣呑で。

 映る情は、純然たる興奮だ。


 その視線の先では、赤い髪が風に揺れていた。



「……そうか。その赤髪、()()()()()と言うわけだ」



 研究者は知っている。

 その「赤い髪」こそが因子の証だと。

 故に、納得と同時に恐怖し、昂揚した。


 原石が眠っているどころの話では、ない。

 暇つぶし、として消化していいような相手ではない。

 大本命だ。

 シュメルも、クラリスも、リオも、グレイスだって。

 他の何者をも隣に並べればかすんで見えるほどの、力の結晶。


 ありとあらゆる努力を無に帰す、史上最大の才能の宝石。



「君、名前は――ルナ、といったかな?」


「はん! 名前を明かさない不審者に名乗る名前なんざねぇですよ!」



 対するルナは、史上最大に調子に乗っていた。


 もう、魔力の使えない弱者はいない。

 そして同時に、彼女はまだ膨大な魔力の制御方法を知らない。

 故に、強力で、抑えの効かないただの『無差別破壊兵器』が爆誕していた。

 それをすべて知った上で。

 目の前の劇物に、研究者は胸躍らせる。


 ……今、殺すには惜しい。

 より成長し、より実り、名実ともに大魔導士になったのち。

 全身全霊を以て、この少女と殺り合い(あそび)たい。


 退屈な人生に、おそらく初めての光が差す。

 見つけ出した大本命に、かつてなく研究者の鼓動が加速する。

 少女の未来を思い浮かべて。

 きっと、苦戦するだろうなぁと。

 楽しく頬を緩めると同時に。




 ――味見くらいは、許されるよね、と。




 これくらいでは死なないだろうと。

 眼前の少女へ向けて、今再びの殺意を漏らす。




「私は『レプリカ』。さぁ、未来の魔王様。一緒に踊ってくれるかな?」




 返事はなかった。

 ただ、暴力的なまでの魔力の『乱れ』が空間を埋め潰す。


 平民、ルナ。

 授かった魔法は――【()()()


 特段強くもなく、特殊性もない。

 ただ、魔力を水に変えて操るだけ。

 それだけの、比較的平凡な魔法。



 ――()()()()()()()と。



 その程度でよかったと、後世の皆は語る。


 ルナの魔力は、文字通りの無限。

 天井を突き抜け、天まで届く魔力の海原。

 魔王の心臓より供給される無制限の魔力によって。


 彼女の魔法は――文字通り、魔力の【海】すら具現する。


 魔力が、色を帯び、形を変えて、水へと換わる。

 その変化は無限大。

 どこまでも広く、どこまでも深く。

 積み重なった暴力的なまでの魔力は。

 本能的な魔力操作により、見上げるほどの巨神を形作る。


 全長、およそ二百メートル。

 魔術古書館の時計塔にすら比肩する、水の人形。

 少女ルナを内包し、基点として形成された、ただの人型。



 その重量――推定で11万トン。



 水の巨神が踏みしめた大地が、悲鳴を上げて陥没する。

 近辺の教師、生徒たちが怪我人を連れて避難する中。

 歓喜に目を細める研究者――レプリカへ向けて。


 振り下ろされるは、ただ、怒りの鉄槌。



「ぶっっっっ潰れちまってッ、ください!!!」



 衝撃が、天地を揺らす。

 驚天動地の一撃より、未来の大魔導士と最狂の戦いは再開する。




 ☆☆☆




 ――()()が、視界の端で揺れていた。


 額の古傷が、じくじくと痛み出す。

 今までになかった感覚だ。

 初対面のはずなのに……少女から感じる威圧感を、恐怖を。

 不思議と僕は、懐かしいとすら感じている。


 そう、これはずっと昔に感じたものと同じ。

 竜の庭で味わったより、さらに前。

 転生して間もなく味わった――あの根源的な死の恐怖と同種のものだ。


「……はっ、僕が、死を感じてるとでも?」


 視線を上げる。

 襤褸の少女は笑っていた。

 フードの奥に煌めくのは、爛々と輝く歓喜の目。

 口元は弓のように歪められ。

 わずかに見えた――()()()()()()()()()()


 彼女の姿と、父の腕を切り落とした『山羊頭の悪魔』が重なって見えた。


「……最近は、つくづく同じ髪色のやつに苦しめられてるな」


 自分以外には見たことなかったんだがな、赤い髪ってのも。

 ルナと言い、この少女と言い。

 どいつもこいつも、出会ってすぐに僕を苦しめる。

 そんなに僕が嫌いかと言いたくなるけれど、そうでもないのが困るところだ。


「最っっ高だぜお前! あんだけの傷喰らって、平然としてるどころか気づいたら治っちまってやがる! 殴っても殴っても壊れねぇ玩具は始めてだ! 好きだぜお前!」

「……そうかい。僕は比較的、お前のことが嫌いだけどな」


 場所は市街地。

 多くの人が行き交う街中で。

 屋根の上に、僕ら二人は相対している。


 僕が吹き飛ばされてきた衝撃と。

 その後の攻防で、既に町の人たちは避難を始めている。

 警備隊の声も聞こえ始めた。

 そろそろ、無関係の人を巻き込む心配はしなくて済みそうだ。


 背負う城崩しに、手を伸ばす。

 美しい街並みには悪いが――この少女、手抜きで勝てる獣じゃなさそうなんでな。

 思う存分、やらせてもらう。


「……お前、名前は?」

「フィアンドール! 気軽にフィアって呼んでくれて構わねぇぜ!!」

「そうか、フィアンドール。覚えておくよ」


 城崩しを構える。

【名前を聞いた意味は?】

 と、久方ぶりに城崩しから声が聞こえて。

 僕は苦笑し、城崩しを握る手に力を込めた。


 オーディ脱獄。

 そして襲撃。

 その流れを受け、少し考えた。

 闘技場で現れた眼鏡の男に、この少女。

 あのオーディが手配した相手が、たった二人とは思えない。

 十中八九、それ以外にも数名、この襤褸の少女並の敵が残っている。


 ならば、やることは簡単だ。


 迅速に終わらせ。

 速やかに、他の脅威を排除する。


 その過程で――手加減をする余裕はない。




「これから殺すかもしれない相手の名前くらい、覚えておくべきだろう?」




 悪いが、最初から殺す気でやらせてもらう。


 そう告げた僕の言葉に、少女は心底嬉しそうに笑っていた。


〇豆知識【魔王の因子】

かつて悪逆の限りを尽くした魔王。

彼、あるいは彼女が死後に残した六つの因子。

【心臓】

【骨】

【肉体】

【皮】

【血液】

【魂】

それらを先天的に持って生まれてしまった怪物。

彼ら彼女らを称して、魔王の因子と呼ばれている。

特徴として、魔王の因子は生まれつきに赤い髪を有している。

また、赤い髪をもつ者すべてが因子と言うわけではなく。

シュメル・ハートも、魔王の因子()()選ばれてはいない。


――魔女は、その事実を知っている。



☆☆☆




次回【シュメルVSフィアンドール】


久しぶりだな主人公!

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― 新着の感想 ―
もしかしてルナのレントゲンを撮ったら気持ち悪いことになってるのでは?! 平民に心臓2個あったら驚かれそう
ルナ覚醒きちゃあ!黒衣を纏うキャラは覚醒or強いって決まってるんですよね。 某呪アニメの宿儺みたいな感じなのかな?性格も若干変わってます?いつもよりハイテンションな気が。
殺る気スイッチ、君のはどこにあるんだろ~ で、心臓にあるとか命懸けすぎる…それでハートに火を点くんだから面倒な娘だよ、本当…
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