062『リオ・カーティス』
私は神に嫌われている。
周知の事実だ。
今更どうと思うことはない。
生まれた時から死を宣告され。
長くは生きられないと断言され。
それを乗り越えてもなお、この身は脆弱。
走れば死にかけ、物を持てば体は壊れ。試しと握力を測ろうにも、針は僅かにも振れることはない。
肉体の性能は、常人の50分の1にも満たないはずだ。
魔力量に至っては――それ以下だ。
比べることすら恥ずかしい。
文字通りの最低値を舐めている。
それでも必死に足掻いた私に。
神は、あの魔法を授けてくれた。
【魔弾】
魔力を固め、打ち出すだけの魔法。
魔力を弾として使い捨てるために魔力消費は激しく。
同時に、魔力に属性を持たせずそのまま打ち出すため、専門の攻撃魔法に比べて格段に威力、速度といった性能が落ちる。
加えて、だ。
極めて繊細な魔力操作は必要になるが――神の目さえあれば、純粋な魔力操作だけでも似たような現象は起こせるのだ。
考えれば考えるほど、私にはふさわしくない魔法。
最弱、最低、最悪と三拍子揃ったクソ魔法だ。
そんなものを渡されて……まぁ、工夫はしたさ。
魔弾の形状や速度を変化させ、盾や壁、斬撃のように使うことを可能とした。
また、魔弾をただ打ち出し使い捨てるのではなく、その魔力を回収し、再利用するように魔力操作を完璧に行った。
……その結果、魔力量の問題で複数の用途を同時に使いこなすのは難しくなってしまったが、そこら辺は学園に来てから解決したのでよしとする。
とにかく、だ。
肉体的にも。
魔力的にも。
そして、与えられた魔法を見ても。
私は誰もが認める、神の失敗作だ。
おそらく、神すら私を前に天を仰ぐだろう。
あぁ、私はこの男の設計を間違えたのだ、と。
何から何まで噛み合わず。
噛み合わないが故に、神の目なんて代物まで与えてしまった。そんな、豚に真珠な失敗作。
端からこの目は、私にとっては祝福ではない。
コレは私が失敗作である、何よりの証拠だった。
……本来ならば、もっと、違う誰かに与えられるべきはずだった才能を、私はよりにもよってこの時代に与えられて生まれてしまった。
失敗だ。
自分で自分をそう思う。
心の底では……少しだけ、ヤツには申し訳ないことをしたと思っているさ。
だが、それでも。
人生をやり直すことはできない。
誕生を無かったことにはできない。
才能を譲渡することなんて不可能だ。
そんなこと、馬鹿な私でも容易に分かる。
だから、私は現実から目を逸らし続けた。
逸らした先は、真っ暗で。
この学園に来るより前、私はずっと暗闇を逆走し続けていた。
闇の中で、浮かぶ思考はたった一つ。
それは有り得るはずのない、妄想事。
「……仮に、だ」
多くは望まないさ。
常人の、たった十分の一で構わない。
ほんの一割。それだけで結構なんだ。
それだけでも、わずかでも。
私に健全な肉体と魔力が与えられていたのなら。
「私は、何者かになれていたのだろうか」
そう、幾度考えたか分からない。
その答えは、まだ出ない。
今後も出るはずはない。
私の妄想事に、未来は来ない。
――はず、だった。
☆☆☆
ライブラは内心冷や汗を流す。
足止め役を必要とされ。
一対多では私の出番だ、と名乗り出て。
なにより――他の者では足止め代わりに皆殺しにしてしまう、と。
そう考え、必要最低限の犠牲で済ませるためにここに来た。
だが、この場に立って、彼らと戦い。
自らの考えを改めるに至る。
(つくづく、この場に来るのが私でよかった)
必要最低限の犠牲で済ませるだなんて、なんと烏滸がましい。
こちらが配慮することなんて、これっぽっちもない。
相対するは、生ける伝説。
自分が生まれるずっと昔から語り継がれる英雄譚。
その物語の英雄が産声を上げるころには、すでに伝説として世に君臨していた。
一流の魔法使いにして、超一流の戦士。
その強さはわかっているつもりだった。
これだけ永い間生きてきて――殺されることなくこの時代に生き着いた。
誰にも彼女を殺すことができなかった。
言語化するだけで、相当な強さだと察せられる。
――だが、相対して理解する。想像以上だと。
氷魔の王、グレイス。
戦ってみて身に染みたが、彼女の強さは別格だ。
生徒、教師、それら一般の枠組みから逸脱した強者数名。
その中からも逸脱した、怪物としか表現できぬ鬼人。
真正面から『天秤』の魔法に対抗できている時点で、尋常ではない。
……推定だが、オーディでは、まず勝てない。
戦闘に特化した他の『四律の天秤』メンバーですら、確実な勝利は危ぶまれる。
なにせ、魔法を使わずこの実力だ。
もしもこの場に、他の生徒がいなければ。
あるいは、巻き込んで殺してしまう心配がなければ。
彼女に、ソレを気にする善性が無ければ。
間違いなく、全力の『氷魔の王』と戦うことになっていただろう。
想像して、すぐに答えを得る。
そうなれば間違いなく負けていただろう、と。
とはいえ、それは仮定の話。
氷魔の王は、お得意の大規模魔法は使えない。
使えば生徒を巻き込む以上、彼女は魔法を封じられた超一流の戦士でしかない。
なら、勝てる。
相性がいい。
確実に優位を取れる『天秤』の魔法ならば、足止めができる。
間違っても、負けるようなことはありえない。
殺さず済むかどうか。
それだけを気にしていれば、それでいい。
はず、だったのに。
「……参りましたね。この状況下で、敗色まで押し付けますか」
避難開始より、数分。
ライブラの体から、少しずつ力の総量が失せていく。
それは、生徒たちが少しずつでも魔法の範囲内から脱出を始めている証拠。
今はまだ足の速い生徒たちが何名か逃げ切っただけだが……生徒たちの逃走が進めば進むほど、ライブラの弱体化は決定的なものになる。
「敵が多ければ多いほど強くなる。……簡単じゃのぉ。こちらが少なくなれば良い」
否定はしない。
敵が少なければ少ないほど。
相手が弱ければ弱いほど。
天秤の魔法は弱体化する。
その言葉に嘘はない。
それこそが天秤の最大の弱点であり。
――同時に、ライブラが向き合い続けた欠点だ。
「これ以上、判断の遅れは命取り……ですか」
決断の時だ。
そう感じると同時に、舵を切る。
躊躇はない。逡巡はしない。
目の前の伝説に対し――全身全霊で迎え撃つ覚悟を腹に据え。
男は、静かに息を吐く。
「……告白しましょう。私の『表天秤』の範囲は1.5キロ。この魔法の攻略法は、その魔法の範囲内から限りなく人を減らし、身体能力の差を技術や工夫、チームワークで埋め、殺す。英雄ならば格上殺しは慣れたものでしょうから、案外、私を殺す道筋はあるのです」
ライブラは真実を口にする。
嘘偽りのない言葉に、初めてグレイスやシルバーの表情に困惑が映る。
やけくそ、か?
そう頭をよぎるが、すぐに違うと判断する。
目が、まだ死んでない。
あれは、諦めていない人間の目だ。
「負け筋は分かっている。負けるだなんて面白くない。そう考えるのは人としては当然のこと。であるならば、その負け筋に向き合い、潰そうと思うのも納得いただけますよね」
根拠はない。
ただ、まずい、そう直感した年長者二人。
「グレイス!」
「分かっとるわ!!」
咄嗟に動き出す両名。
攻撃に備え、ローブを広げるシルバー。
目にも見えぬ速度で、ライブラへと駆けるグレイス。
おおよそ、最速、最善の判断、その後の行動。
――それらより、数瞬、さらに早く。
ライブラは合掌し――天秤の魔法を切り替える。
自らを強化したとて勝てないのなら。
性能の差を埋める『なにか』を差し出されたのなら。
その時になって、勝てませんでは話にならない。
その時に勝てる「なにか」を、こちらも用意する必要がある。
弱点から目を逸らすことはしない。
万が一に備えてこその、傭兵だ。
その可能性がどれだけ低くとも。
たとえ机上の空論だとしても。
少しでもあり得る話なのならば、ライブラは備え、牙を研ぐ。
効果範囲は――より狭く。
強制効果も――より強く。
自分を強化して勝てないのなら。
強制的に――相手を弱くしてしまえばいい。
「公正壊玉――【裏天秤】」
魔法の対象は変わらない。
自分と、それ以外。
それらを同一と定める天秤において。
自分を他人に合わせるのを表天秤とすれば。
裏天秤は――自分に他人を合わせる魔法だ。
強化が、解ける。
全能感が霧散する。
ライブラは強者から弱者へ転落する。
と同時に、魔法はその弱者の性能を周囲の全てへ強要した。
「ぐ……っ!?」
「こ、れは……!」
その場の強者二人、グレイスとアイサが目を見張る。
まるで、重力が何倍にもなったようだった。
体から力という力は抜け失せ。
低迷した身体能力、魔力量は、常人の約四分の一。
澄んだ視界はぼんやりと歪み。
あまりの弱体化に、二人同時に膝をつく。
天秤は、対象のAとBの性能を同一とする。
表天秤が、「個人の性能」と「その他全員の性能」を比べたのと同様。
裏天秤もまた、「個人の性能」と「その他全員の性能」を同一とみなす。
裏天秤の効果範囲は――五百メートル。
表天秤の、わずか三分の一。
その限られた効果範囲内に残されたのは、わずか四名。
グレイス、アイサ、シルバー、リオ。
今、彼らの合算値とライブラの素の性能が『=』で結ばれた。
故に、各人に許されるのは、ライブラが持つ性能のわずか四分の一。
身体能力も。
肉体強度も。
魔力量も。
視力ですら。
強制的に、一定数値へと堕とされる。
それは、強者であればあるほど。
表天秤を打ち破る猛者であればあるほど。
突き付けられる格差は――天と地ほどの絶望になる。
「こ、のぉ……!」
「体が重いでしょう。実に同感です」
牙を抜かれたグレイスの、苦悩の声。
を、ライブラは全力で蹴り抜いた。
人体の急所たる顔面を、サッカーボールでも蹴るように。
先ほどとは比べようもないほどに衰えた速度、威力で攻撃を放つ。
「が……っ!?」
当然ながら、威力は弱い。
だが、それ以上にグレイスの防御力が削られている。
故に、威力は弱くともダメージは入る。
それこそ――表天秤で受ける攻撃以上に、だ。
度重なるダメージに、首への衝撃。
いくら英雄といえど――グレイスの意識を刈り取るには十分な一撃だった。
ぐるん、と白目が回る。
力なく倒れたグレイスの気配を感じ、シルバーは動揺した。
「グレイス! くそ……ッ」
「間に合いませんでしたねぇ、防御。今のは防げたはずですが」
シルバーの顔が苦々しく歪む。
……可能性としては考えられたはず。
相手は天秤の魔法。
周囲に合わせて自分を引き上げることができるなら。
その逆、自分に合わせて周囲を引き下げることも可能だと。
にもかかわらず、そこまで考えが回らなかった。
要因はシンプルだ。
グレイス学園長の強さに対する絶対的な信頼。
――いわゆる慢心。そこからくる思考放棄が、この現状を招いた。
「さぁ、次はあなたです、銀色の教師。なぜあなたが弱いのかはわかりませんが……力を使えないというのであれば、思う存分叩き潰すまで。厄介な者から無力化させていただきます」
シルバーは、強く拳を握り締める。
ライブラの四分の一の性能を与えられ、むしろシルバーの性能は強化されていた。
それは元の数値が『一般人の四分の一以下』であったが故のイレギュラー。先ほどと比べれば、多少はキレのある動きができるだろう。
そういった確信がある。
だが、その程度の強化に意味は無いのだ。
身体能力。
魔力量。
ともに、元の数値からは大幅に強化はされていても。
強化された先がわずかこれっぽっちの性能では――勝敗を覆すほどの要因にはならない。
常識的に、シルバーはそう判断を下す。
――その絶望の、ただ中で。
彼の走らせた常識に。
子供でも分かるような単純な危機に。
一目でわかるほどの逆境に。
されど、ただ一人だけが逆走する。
その少年が浮かべたのは、満面の喜色。
一般人の、四分の一。
本来であれば「わずか」と呼称するその数値を。
誰より恵まれず。
独り最低値を舐め続けた凡才は、真逆に捉えた。
「おい、シュメルの担任」
「……っ」
この場において、誰より弱者な少年は笑う。
その一歩に、シルバーは思わずと息をのんだ。
「やってきた、と考えていいんだな? 私の『本番』が」
その声に、一切の緊張はない。
ただ含まれているのは、堪えきれない高揚感だけ。
先ほどまでライブラを占めていた全能感。
――それ以上のものを、わずか四分の一に少年は感じ取る。
「こんなにも体が軽い。無尽蔵に魔力があふれてくる」
一般人の四分の一。
彼にとって、それは超人にのみ許されてきた世界。
そこにわずか一時とはいえ、少年は足を踏み入れる。
世界が色づく。
見えていなかった光景が瞳を焼いた。
嗅ぎ慣れない埃臭さが喉を潤し。
地の果ての音すら、鼓膜を揺らす。
それは、あくまでも彼の感覚。
おおよそ「正確」とは言いづらい。
実際には彼が感じているほどの性能ではなく。
一般人の四分の一、という数値はどう足掻こうが変わらない。
されど、今、この瞬間。
身体能力は、通常時のおよそ12.5倍。
魔力量に至っては――1000倍の値にまで膨れ上がった。
『魔力が少ないから』
そんな理由で許されてきた、神の目という無法の塊。
全てを読み解き、万が一すら解明する。
魔法使いの天敵にして――魔法使いにおける最大最高の天性の素質。
そこに、少し少ない程度の魔力が与えられてしまった。
――結果、リオ・カーティスは生まれて初めて自由を知る。
「……あぁ、魔法というのは、好きに使ってよかったのだな」
彼は理解する。
魔法というのは――好き勝手にやって良かったのだと。
知ってしまったのならば、もう止まらない。
歯止めは壊れた。
もう、彼に常識など通じない。
ソレを知り、学ぶより先にこの景色を見てしまった。
故に無知に。
故に無謀に。
されど現実に、彼は机上の空論を叩き起こす。
本来であればありえぬ奇跡を。
万が一の可能性を、その目は聡く読み取り、現実となす。
わずか四分の一の魔力が迸る。
余す所なく無駄なく効率的に。
果てに堅牢に、攻撃的に。
彼の扱う魔法が。
リオ・カーティスが、覚醒する。
「さぁ、何者かに成りに行こうか」
昨日の弱者よ。
今日は一体何に成る。
次回『覚醒と覚悟』




