060『天秤の魔法』
今回はシルバー視点でお送りします
「痛ちちち……」
学園長グレイスは、痛がる素振りを見せて立ち上がる。
たった一撃。
反応することも叶わず、彼女は吹き飛ばされた。
全盛期の彼女をよく知る身としては、冗談でしょう、という言葉に尽きるが……今の彼女を見て考えは変わった。
「大丈夫ですか、学園長。マジじゃないですか」
「……なんじゃアレは。素で反応できんかったぞ」
おそらく、彼女の言葉に嘘はない。
間合いに入り。
肩に手をおき。
思いっきり横っ面をぶん殴る。
奇を衒った動きでもない。
真正面からの堂々たる攻撃。
それに、彼女は反応できなかった。
「四律の天秤ですか。……噂通りの強さですね」
「なんじゃ、知っとるんか。じゃ、あ奴の能力も知っとるんじゃろ? 瞬間移動か?」
当然のようにそう聞かれ、思わず返答に困る。
出し惜しみではなく、本当に知らなかったから。
関わることがなければ、私の脅威になることもない。
そう考え、興味関心を抱いてこなかった。
だから、私の「かの傭兵団」に対する知識は実に薄っぺらい。
「能力までは知りませんが……少なくとも瞬間移動ではありませんね。瞬間移動や位置の入れ替えに特有の『空気の押しのけ』が無かった。かと言って、時間停止でもない。魔力の起こりがありませんでしたし……なにより、時間停止など人の身で起こせるものでもありません」
時間を止められるモノは知っている。
だが、『人間』としてその域に至った者はいない。
そして、私たちの前に堂々と現れたあの男は、間違いなく人間だ。人の皮を被った人外ではない。
「ならば――」
「ええ、純粋に移動して、殴っただけ。その一連の動きが早すぎた」
瞬間移動でもなく。
時間停止なんて高等なものでもなく。
まして、学園長の身体能力を下げたわけでもなく。
ただ、シンプルに自分を強化し、殴っただけ。
それは間違いなく、魔法により強化された身体能力だ。
同時に、純粋な身体強化魔法ではまず有り得ない出力。
なにせ、魔法一つで生身がグレイス学園長を上回ったのだ。
普通じゃない。尋常ではない。
何らかの代償、あるいは条件のある身体強化とみるべきか。
あるいは――そんな条件すら存在しない強力な魔法と考えるべきか。
「学園長、無事ですか! むしろ無事と願いたいが!」
「彼女は無事です。ピンピンしています。それより聞いていましたか、アイサ・クローズ殿下」
男と相対するのは、わずか三名。
アイサ・クローズ。
リオ・カーティス。
そして、ルナ。
そこに私――シルバー並びに、グレイス学園長がいる。
……まあ、魔力が使えないルナさんや、戦えない私は戦力外もいいところだが、足手まとい二人を考慮しても、なお、余りあるほどの戦力だ。並大抵の相手であればまず余裕をもって勝利をつかめるだろう。
「なーに心配してるんですかお姉ちゃん殿下! 相手はひとりっすよ! 早いとこ倒してシュメルさんのこと手伝いに行きましょうよ! ね、リオさん?」
と、ルナさんが自信満々に笑う。
だが、笑いかけられたリオ君は渋い顔だ。
その頬には冷や汗が伝い、口からは硬い言葉が飛び出した。
「そうは言うがな……この男、魔力量でもお前と並ぶぞ、ルナ」
「…………ふへ?」
神の目を持つ少年の言葉に、私も学園長もぎょっとする。
無限の魔力を持つ少女、ルナ。
人類史上最大の異質にして、生ける特異点。
そんな彼女と、魔力量で並ぶ、などと。
「この男、魔力量に果てがない。ルナと同様の魔力の海だ」
「ふ、ふえええええええええええ!?」
ルナさんの絶叫。……気持ちはよくわかる。
文字通りの無限の魔力。
神の目が判断したということは、そういうことだ。間違いなんてあるはずもない。
ならば、彼の身体強化は無限の魔力によるシンプルな身体強化という線も……。
「わっ、私の唯一の個性……! というか、それだけがシュメルさん方に生意気なこと言っても許されてきた武器だったのに!! か、勝手にコピッってんじゃねぇですよ優眼鏡!」
「いや、だからと言って生意気なことを言っても許されるわけではないと思うのだが……」
思考の間に、ルナさんとアイサ殿下の会話が挟まる。
ルナさんの怒っている点も……まぁ、見当外れは見当はずれなのだが。
彼女の「いつも通り」に呆れを抱く私やグレイス学園長をよそに。
ただ一人、それ以上に外れた視線から物事を俯瞰する者がいた。
「……そうか、模倣という線もあるのか」
ぽつりと。
二人の会話に、リオが閃きを漏らした。
それは、小さな気づき。
ほんの少しの「視点」の変革。
強化、ではなく模倣、と。
少年は傭兵を見て言葉を漏らす。
その呟きに、私は目を見開いた。
……今のリオ君に、シュメル君のような莫大な知識はない。
情報を読み取り、そこから検索をかけられるだけの積み重ねはない。
だからこそ、なのだろう。
彼は無知なままに自由に思考を走らせる。
その「眼」で見たものを、そのままに。
最もあり得る可能性をただ一人、最短距離で探求した。
そんな彼を見て、一つの確信を得る。
シュメル君が序列戦では『死期察知』を封じられていたように。
リオ君もまた、入学試験で見せた類まれなる『戦いの才能』を、あの場では封じられていた。
おそらく、彼の才能もまた死地の極点にて輝くもの。
――目の前に本物の死を差し出されて初めて、存分に力を発揮する。
あのシュメル・ハートすらルール上では下した天賦の逸材。
平凡の中に輝く『戦いの才能』が、この場の誰より早く正答へと辿り着く。
「グレイス学園長の身体能力を模倣した。ルナの魔力を模倣した。それらを合わせて異次元の身体強化を手に入れた。……無知な私に代わって答えてくれ。これはあり得る話か?」
魔法一つではあれど。
手にした奇跡は一つではなく、二つ。
それをもって現実を成したのだと、彼は仮定を突き付ける。
模倣、と聞いて真っ先に浮かぶのは、勇者の持っていた『完全模倣』。
アレは対象の魔法を複製、盗むもの。
対してコレが、魔法ではなく身体能力や魔力量を盗むものだと考えれば――。
「あり得る話です。……お見事ですね。模範解答とみていいでしょう」
魔法は万能ではない。
だが、同時に魔法は平等に与えられる不平等だ。
最初に与えられた瞬間から、生涯抱き続ける他との差異。
当然ながら弱い魔法から――反則と思えるほど強い魔法も存在する。
故に、あり得る話。
異能ではなく、性能に特化した模倣魔法。
そして、彼が告げた傭兵団の名前。
アンチカルサー。
四律の天秤。
個々人が国を相手取れるほどの実力を有した、わずか四人の傭兵団。
彼らは純粋な強さをもとに【1】から【4】の序列を刺青として体に刻み。
その中でも序列一位の猛者は、かつての勇者に迫る実力を有すると聞く。
……仮に、この男が序列一位だとするならば。
勇者に並ぶ模倣能力もまた、信ぴょう性が見えてくる。
「さて、答え合わせをいただけますか?」
「……参りましたね。ここまで早く私の秘密が解体されるなんて」
言葉とは裏腹に、その表情には焦りはない。
彼の言動に眉を寄せる私を前に、男は悠々と一礼した。
「初めまして。私の名はライブラ。四律の天秤における営業担当、報酬交渉担当、備品管理担当、後始末担当、……あとは実質的なリーダー業務を担当させていただいております」
その男――ライブラの見た目通りの自己紹介に、されど警戒心は薄れない。
これは一教師の直感ではあるけれど。
この男を前にした瞬間から、嫌な予感が収まらない。
「答え合わせですが、限りなく正解に近いと言えるでしょう。ですが、まだ弱い」
そんな私の、嫌な予感を補強するように。
彼はあっさりと、己の魔法を打ち明ける。
「私の魔法は、【天秤】の魔法」
「一定範囲における私の性能と他すべての性能を均す魔法です」
「……っ」
最悪だ。
答え合わせと同時に直感する。
天秤の魔法。
それは一定範囲内のすべての人間と、自分の性能を同一にする能力。
つまり、周囲にいる人間が多ければ多いほど。
そして、強ければ強いほどに自身の性能が増すという事だ。
嫌な顔をするグレイス学園長を一瞥し、考える。
この場において最強たる彼女をしても、確実に勝てるとはいいがたい。
だって彼の能力であれば、どのような究極の一を相手にしても最低限の敗色は与えられる。
その上、一対多ともなれば、戦局は一気に彼の方へと覆るだろう。
そしてこの場は――素人目に見ても多勢に無勢。
ライブラが真実を語っているのだとすれば、最悪の身体強化能力だ。
「とはいえ、です。私は一般人は殺さない主義。先ほどは実力を示すため暴力も振るいましたが、私はあなたたちを殺したくない。そのため、こちらからは手は出しません」
平和主義者のように目を細め、笑みを浮かべて。
彼が示すは、絶対に容認できない条件。
「あなた方は、シュメル・ハートが殺されるまで黙ってここに居ればいい」
言葉と同時に、不可視の弾丸がライブラを打ち抜いた。
……正確には、直撃はした。
だが、傷を与えるには至らない。
「……おや、聞こえませんでしたか」
「聞こえた上だ間抜け」
リオ・カーティスは、その瞳に強い怒りを宿している。
その炎は見ているだけで身を焦がすほど強く、激しく。
同時に珍しいものだった。
入学前の彼からは考えもつかない――リオ・カーティスが他人のために怒るだなんて。
「難しいことは分からん。だが、一つだけわかったことがあるぞ。周囲の人間と同じ能力を持つ……正確には同じ能力までしか許されないのならば……貴様、相手が弱ければ弱くなるってことだろう?」
相手が強ければ強くなる。
同時に、相手が弱ければ弱くなる。
子供でも分かる簡単な道理を見据えて、彼は口端を吊り上げる。
「なら、私が相手だ。私以上に弱い人間はそうそういないのでな」
生まれた時から長くはないと宣言され。
それを耐えても脆弱性は変わらず。
ろくに運動もせず、できず。
学生史上最弱の身体能力を有するうえに。
魔力をとっても、間違いなく史上最弱。
神の目という特異体質さえなければ、何一つとして『強み』のない肉体、魔力の両性能。
……確かに彼一人であれば、間違いなくライブラに完勝できる。
だが、そんなことはライブラも承知の上だ。
彼が優勢なのは、一対多の場面でのみ。
一対一では、どこまでも『勝ち目を見いだせる』程度の魔法。
故に、彼の行動は火を見るよりも明らかだ。
「お断りします。私からの条件は伝えたはずですよ、少年」
眼鏡の奥から覗く瞳に、剣呑な光が灯る。
そんな彼へと、無言の射撃。
眉間へ放たれた弾丸を、ライブラは素手で弾き飛ばした。
だが、その額にはくっきりと青筋が浮かんでいる。
「……伝え方が甘かったようですね。改めて伝え直しましょう、多勢諸君」
ライブラの声が、苛立ちに震える。
……勝利への道筋は見えた。
リオ君がライブラにとっての天敵であるならば。
この場における最適解は――彼だけおいて他全員が逃げること。
「彼が死ぬまで、誰一人この場を離れることは許しません」
「許しは不要だ真似眼鏡。黙って最弱まで堕ちてこい」
二人の姿を見て、決断を下す。
「逃げますよ、学園長」
「……聞き間違いか? 生徒を残して逃げるなんぞ、気でも狂ったか銀色の」
学園長が怒りを見せる。
その怒りは分かるが……正当ではあっても正解ではない。
彼女の存在こそが、今、あの男を強者たらしめている最大の要因であるならば。
今、この場における最大の障害は、グレイス学園長本人だ。
彼女は邪魔だ。
確実に、逃げてもらわねば困る。
そう、冷静に考えると同時に。
……残念ながら、生徒をおいて逃げられるほど人としても終わってはいない。
「この場には、私とリオ君の二人で残ります」
ローブを翻し、私は前線へと歩き出す。
私の言動に、学園長はここにきて一番の驚きを見せていた。
「なっ!? お、おおお、お主! 本格的に気でも狂ったか!?」
「とはいえ、それは最後の最後です。他の生徒たちが逃げ切るまでは……学園長、各上だろうと何だろうと、全力で足止めをしてもらいますよ」
そう笑い、リオ・カーティスの隣に並び立つ。
近くにいたアイサ殿下へと視線を向けると、彼女は難しい顔をしていた。
「……貴殿は……そうだな。弱いと見える。魔力も感じず、身体能力も極めて低い」
違いはない。
彼女の言うことは酷く正しい。
私は弱く、何者にも成れはしない。
世界きっての弱者でありながら――。
同時に、それなりに「運」に恵まれた。
「――起きろ、常闇」
羽織っていたローブが、ゆらりと蠢く。
不自然な挙動に隣のリオ君から驚きが伝わった。
そんな彼を見て、私は再びライブラへと視線を戻す。
「……魔導器、ですか。それも、魔導器に自我が見える。……明らかに質が高い」
「そう、優れた魔導器以外はなんの強さもない私。……嫌な人選でしょう?」
あなたがされたら嫌なこと。
それは、無能なくせに強い人間が残ることだ。
私たち二人の魔力や身体能力を総じたとしても、一般人にすら届かない。
で、あるならば。
私とリオ君以外の全ての人間が逃げた先で。
この男は――なんの魔法も使えない凡人へとなり下がる。
そんな状態で、魔導器を使う私と、神の目を持つリオ君の相手をするんだ。
勝ち目など、万に一つも残らない。
嫌な顔をするライブラを前に、私は深く息を吐く。
いよいよ後戻りはできないなと、久々の運動を前に腕を回した。
「アイサ殿下。ちなみに聞きますが……先に逃げますか? それとも――」
「残らせてもらう。王が民より先に逃げる道理はない」
……まぁ、彼女ならそういうだろうなと、私は内心納得する。
王族である以上、最優先で逃がしたいという思いはあれど。
きっと、何を言っても彼女は曲がらない。
その目に浮かぶ光からは、確固たる意志が感じられたから。
ならば、問答はなしだ。
思う存分、死なない程度に役立ってもらいます。
「改めて再確認です。私、リオ君、アイサ殿下、学園長。四人で足止めし、他の生徒全てを逃がします。その後、アイサ殿下と学園長は速やかに退避。二人が魔法の範囲内から外れた後、私とリオ君でこの男を討伐します」
「……止むを得んか。わしらはそのままシュメルの小僧の応援に行けばいいわけじゃな」
「その通りです」
……冗談抜きで言いましょう。
ライブラ。
彼は強い。
学園長が逃げ切るまでは、おそらく大陸でも最強格とみていいだろう。
風の噂に聞く隻眼のオルド。
彼と同格の化け物だと思われる。
そんな人物と同等と見られる相手と、今、単身戦っている生徒がいる。
クラリス殿下が向かった、とはいえ。
それすら想定内と告げたこの男――ライブラ。
彼の仲間はまだ二人残っている。
「おそらく、ここから離れた先でも妨害は入るでしょう。ですが――」
「おうとも。真正面から潰せばよいのじゃろう? 楽勝ってやつじゃ」
氷魔の王、グレイス。
彼女もまた、隻眼のオルドとは同格の化け物。
ライブラとは非常に相性が悪いが――それ以外であれば完勝は容易い。
あとは……シュメル君が戦っているであろう、襤褸の少女。
彼女の序列とやらが、ライブラ以上でないことを願うばかりですが。
まぁ、そこは気にしてもしょうがないところ。
今は、迅速に目の前の問題を解決しましょう。
「ではリオ君。防御は私が受け持ちましょう。」
「ならば、私は攻撃に専念させてもらう。……任せるぞ、シュメルの担任教師」
ええ、任されました。
そう答える私たちの前で、男は静かに息を吐く。
その吐息には、呆れと諦めがにじんでいた。
「……はぁ。本当に、話が通じない」
かくしてこちらを見つめる瞳には、凍えるほどの殺意に満ちている。
「邪魔をするなら――不本意ながら、殺させてもらいます」
殺される、ですか。
そうですね、それなりに長くを生きてきましたが。
まだ生きているということは、だれも私を殺せていないという事。
「あなたにその大役が務まりますかね、若造さん」
大言壮語でないことを願います。
若気の至りは……見ていて気持ちのいいものではありませんからね。
☆☆☆
かくして、一つの戦いが幕を開ける。
その幕開けを目の当たりにし。
その少女は、一人制服の胸元を握りしめる。
「……そう、ですよね。私は役立たず。……出番なんて回ってこないですよね」
教師は明言こそしなかったが。
この場において、グレイス学園長に並び『邪魔』な存在。
無限の魔力。
尽きぬ海。
ライブラの身体能力をさらに引き上げている大きな要因。
赤髪の少女は、自らの無力に奥歯を強く咬み締める。
無力感、疎外感。
そして魔力を使えない自分に対する強い失望、そして怒り。
さまざまな感情が胸の奥に渦巻いて、彼女は大きく息を吐く。
「……私に、力があればなぁ」
ぽつりとつぶやく。
今はまだ、その願いは叶わない。
〇豆知識【天秤の魔法】
魔法名『天秤』
本来は対象とするAとBの性質を同一とするもの。
その性質は可変であり、重さ、硬さ、鋭さなど多岐にわたる。
ライブラの場合は『強さ』を対象とし。
そしてAに「ライブラ自身」を。
対するBに「自身の周辺にいるすべての人間」を設定した。
彼の魔法の範囲内では、どう転ぼうが『A=B』になる。
そのため、周囲にいる人間が多いほど。
そして強いほど、Aにあたるライブラの性能はつり上げられる。
今回でいえば「ライブラ=グレイス+アイサ+シルバー+リオ……etc.」となる。
一対多では、確実に『相手以上の身体能力』を獲得でき。
一対一でも、完璧に『相手の身体能力』をトレースする。
どのような局面でも相手に敗色を押し付けられる、とても嫌な魔法。
また、相手の魔力量も完コピするので、魔力切れの心配も必要ない。
☆☆☆
次回『VSライブラ』




