059『愉快な仲間たち』
「シュメル様!」
肩口から血を吹き出し。
抵抗も間に合わず場外へと蹴り飛ばされたシュメル。
そして、そのあとを追うように消えた襤褸の少女を見て、クラリスは焦っていた。
彼の実力をよく知るがゆえに、彼女は無意識のうちに察したのだ。
死期察知を持っていながら、攻撃を受けざるを得なかった。
それはクラリスやアイサへと向けた心配や、複数敵への動揺、グレイス学園長の被弾など多くの要因によるものではあるが……純粋に、速度においてシュメルが劣っていた証明でもある、と。
序列戦でアイサと競い合っていた、程度の話ではない。
明確に、確実に、どうあがいても――届いていない。
そういうレベルの優劣が、あの時点で付いていた。
そのため、シュメルの直感は正しかった。
四律の天秤。
わずか四人の傭兵団。
その一角に名を連ねる、襤褸の少女。
彼女こそ、死なない物語を描き続けてきた彼が初めて対面する「敵」。
一歩間違えれば本当に死にかねない相手。ある種の死神。
魔女が講じたご都合主義が通じない、本当の意味での試練。
――そしておそらく、今のシュメル・ハートに助けはやって来ない。
そこまで思考が及んだわけではないが、クラリスは顔色を青く染める。
明確な、推しの危機。
それも未だかつてない嫌な予感が脳内を占める。
今にも思考がシュメルの救助へと全力で振り切りそうになる。
だが、動けない。
眼前には、グレイス学園長を片腕で吹き飛ばした男が立っている。
「おや、追わないのですか。これは想定外」
白いローブの、学者風の男。
優男のような雰囲気とは裏腹に。
その気配からは、濃厚な血の匂いが漂っている。
……間違っても、背を向けられるような相手ではない。
クラリスは、シュメルを追うことが出来ない。
焦燥の最中、それでも少女は冷静に結論付ける。
そんな結論に、一人の「お姉ちゃん」が待ったをかけた。
「ふはは! 悪いが当然追わせてもらう!」
なぜって?
そう自問して、姉は自答する。
「私がお前を止めるからだ、優眼鏡!」
アイサ・クローズは堂々と二人の間に立ちふさがる。
その背中に目を見開き。
やがて、クラリスは姉の足がわずかに震えていることに気づく。
強がりだ。
そう察したのはクラリスだけではない。
優眼鏡、と呼ばれた傭兵は目を細めた。
「お、お姉様……」
「ふ、ふは! 心配するな妹よ! するならシュメルの心配をしてやりなさい! 正直、今の私よりも彼の方が数段まずい状態だろうからな……」
アイサもまた、シュメルに並ぶ剛の者。
先ほどシュメルをさらっていった女がどれだけヤバいのかくらい、察している。
そのうえで、こちらの方がまだマシだと判断した。
ここには学生、教師、多くの人がいる。
助けが期待できる。
援護がある。
それになにより――。
「それに、だ。こちらはネタありきでの強さと見た」
神の目は、傭兵の魔力の流れを見通していた。
「……リオ・カーティス」
「学園長を吹き飛ばしたのは、何らかの魔法だ。魔法である以上、デメリットもあれば隙もある。だが、さっきの女、あれは違う。アレは魔法抜きであの強さだ」
どちらが強い、という話ではなく。
魔法ありきで学園長を吹き飛ばした男と。
魔法抜きでシュメルを圧倒した女と。
どちらが『底知れない』かと聞かれれば、まだ後者だろう。
「そもそも、ですよ!!」
リオの背後から、ひょっこりと赤髪が顔をだす。
いつも変わらぬ能天気は、自信満々にどや顔を浮かべていた。
「こちとら、クラリス殿下のお姉さんに、リオさん、あと名前は覚えてないですけど、シュメルさんたちにボコられた元序列一位の負け犬組までそろってるんです! それに教師陣まで揃ってて負けるわけないじゃいですか常識的に!」
「……ルナさんは、もう少し危機感を持った方が」
「何言ってんですか! これは素人が見てもわかるくらいの勝ち戦ですよ、勝ち戦!! うへへへへへへ! 危険なんてあるはずないじゃないですかぁ!」
実に。
実にルナは調子に乗っていた。
だが、その「いつも通り」が、クラリスに少しだけ余裕を与えたのも事実。
クラリスは微笑を浮かべ、瞼を閉じて深呼吸する。
姉が見せた覚悟。
旧友が示した勝機。
平民の親友が与えてくれた余裕。
それらで焦りに蓋をして。
目を開いたときには、いつも通り、彼女は平時のクラリス・クローズへと戻っていた。
「……では、任せてしまっても構いませんか?」
「当然!」
「当然だ」
「当然ですよ!」
三人の声を受け、少女は走り出す。
振り向くことはない。
信頼し、背を、命を預けて、一目散に推しのもとへと走り出す。
その背中を見送って――ふう、と傭兵の男は息を吐いた。
「よかった。これで想定内です。彼女もまた、死にましたね」
「はっ! 少々うちの妹の実力をなめているようだな! 優眼鏡!!」
「……その、やさめがね、というのはやめてほしいのですが」
眼鏡をきらりと指で押し上げ、男は苦言を呈する。
だが、その眼鏡の奥では、冷徹な瞳が静かにアイサの真意を探る。
なぜ、そこまでの自信があるのか。
どうして死ぬと聞かされてなお、揺るがないのか。
王族二人の絆は、思いのほか浅かったのか?
様々な疑念、憶測が脳内で飛び交う中。
されど、本質は酷くシンプルだった。
「なにせ妹は、私よりはるかに強いからな」
アイサ・クローズは剛の者。
先に告げた通り――彼我の実力差程度は読み解ける。
☆☆☆
走るのはやめた。
クラリスは、剣に乗って空を飛んでいた。
竜剣レオニスは、変幻自在の無限の剣。
大きさ、硬さ、軽さ、その他諸々、剣が保有するパラメーターをある程度自由に操作可能。
クラリスは人が乗れる程度の大きさと、その上で飛空可能な軽さを竜剣に両立させて、高速にてシュメルの後を追っていた。
「こちらの方に、シュメル様は――」
脳裏によぎるのは、蹴り飛ばされたシュメルの姿。
記憶が正しければ、向かう先には間違いない。
魔力探知の範囲内にこそ、まだ彼の姿は映らないが。
この速度で進んでいけば、まもなく――。
全神経をシュメルの捜索に集中させるクラリスは。
あと一歩。
それで目的へと届く。
――という、瀬戸際で一つの異物を捉えてしまう。
「あれは……っ」
まだ古書館の敷地内。
まもなく敷地を飛び越え、市街地へ。
そんなところで、ぴたりと彼女の剣が止まる。
見下ろした先にあるのは、市街地から古書館へと渡る石橋だ。
本来であれば、警備の者が在中しているはずの、真っ白な橋。
それが今は、赤白混じった血飛沫まみれに。
橋の上には倒れて動くなくなった警備員が十数名と。
死んだ目で空を見上げる、スーツ姿の獣が一匹。
迷いは一瞬。
クラリスはすぐさま剣の高度を下げ、その男の眼前へとやってくる。
シュメルを追わねばならない。
彼を助けなければならない。
その思いは変わらない。
だが、同時に。
この惨状を、あの男を。
ここで見て見ぬ振りはできない。
したくない。できるはずもない。
シュメルの隣を歩くにふさわしい人間になる、だとか。
そういった願い以前に。
大前提として。
一人の人間として。
「英雄殺し、オーディ。シュメル様を追う前に、害虫駆除と参りましょうか」
「あんれぇ、王女様かぁ。この角度パンツ見えそうだけど、大丈夫?」
獣の戯言に、王女は思いっきり顔をしかめた。
その表情に、死んだ目をしたオーディもまた顔をゆがめる。
ただし、嫌悪に対して彼の表情は喜色満面だ。
「へぇ。人間らしい表情もできるんだねぇ。人の心はあるんだねぇ」
「気持ち悪いですね。人殺しに重ねてセクハラですか。端的に死んでください。殺します」
「あはは! 清廉と誠実をはき違えた機械人間ってきいてたけど、殺意があるなら結構だよ。実に殺しがいがある」
じろり、と冷たい瞳が少女を見据える。
「おじたんねぇ、シュメル・ハートにはそれなりに恨みがあるんだよぉ」
「負けただけでしょう。実力不足です」
「そ。いい年こいて子供に負けた。実力で敗れた。だから恨んだ。嫉妬した」
獣は静かに歯をかみしめる。
淡々と、恥ずかしげもなく。
負けたから悔しくて悔しくてたまらないと。
殺したいほど憎いのだと、私怨を纏う。
「っていっても、だ」
だが、纏う空気は軽やかに。
腹の底とは裏腹に。
されど願いは、とことん邪悪に。
「本人を殺しても、あれでしょ、殺害なんてのは一瞬だ。それじゃ、苦しみがちと足りない。なら拷問かとも思ったけれど、あいつ相手に『生かして捕らえる』なんて無理難題だしね。そこにたどり着くまでで、命がいくつあっても足りないよ」
「……」
「だから考えたんだぁ。あいつが苦しむ方法。死ぬより長く、辛く、むしろ殺してくれと願うほどやられたら嫌なこと」
獣は思考を巡らせた。
敗れ、投獄され、牢の中から月を見上げて。
脱獄する方法よりも、その手段を考えるより先に。
何より優先して、彼への嫌がらせを企んだ。
「おじたん、平和主義者だからさぁ。あんまりいい方法は思いつかなくて。だから、テンプレって言うのかなぁ。ありふれた、だけど効果的な方法を取ることにしたわけよ」
その目はとうに狂気に溺れ。
浮かぶ笑みは、邪悪の写し身。
吐き出す言葉は、総毛立つほど気味が悪い。
「一番大切にしてる人間をぶっ殺したら、あのガキはどんな顔すると思う?」
邪悪を前に、クラリスの表情から嫌悪が消える。
目の当たりにしてるのは人ではない、獣なのだと。
彼女は今、真の意味で理解する。
「だから待ってたよぉ、王女様。シュメルに嫌がらせするためだけに、君を殺させてもらう」
「なるほど。私のために警備の方々は亡くなったと。では、なおさら見逃せませんね」
乗っていた剣が消え、クラリスは橋の上へと降り立った。
同時に、その手の内には一振りの剣が産み落とされる。
眩き黄金のように。
紅蓮の炎のように。
燃え滾るように。
魅せ付けるように。
個に無限を内包した剣は、悪しき獣へ向けられる。
「先に謝罪を。私は、シュメル様ほど甘くはありません」
淡々と。
少女の瞳には、殺意が灯る。
「獣よ。あなたはここで殺処分です」
かくして。
剣の聖女と忘却の獣は、相対する――。
聖女と獣の戦闘開始より、数分前。
単身残った傭兵は、周囲を見渡し笑みを浮かべた。
「多対一では、負けた覚えがありませんので」
氷魔の王、グレイス。
剣の帝王、アイサ・クローズ。
神の目、リオ・カーティス。
その他多くの生徒、教師を前にして。
なお、勝利は揺るがず。
「なにせ、そういう魔法ですので」
次回『天秤の魔法』




