058『騒ぎ』
アトラス殺し。
僕と同じ、転生者。
900年前の英雄が……まだ、どこかで生きている。
そう言われて――不思議と、あんまり驚きはなかった。
「あれ、驚かないんだね」
「そりゃそうだろ。僕の知り合いなんざそれ以上の老人ばっかだぞ」
オルドに、アルテナ様。
あと、ぶっちぎりで年齢不詳の白い魔女。
ジジイにババァだらけだぞ、こちとら。
いや、アルテナ様にババァだなんて言えないけどさ。
今更彼らより若い英雄が生きてたからって不思議なことは無い。
……まぁ、900歳とかちょっと想像つかないけれど。
「ようは、いつかアトラス殺しに会う日が来るってことだろ?」
「そういうこと。その時は素直に頼りなさい。っていうか、彼に頼らなかったら君、真面目に死ぬからね。ホントに気を付けなさいよ?」
そうか、死ぬか。
未来を語る彼が言うのなら……まぁ、ほんとにヤバい状態なんだろうな、その時は。
今から少しでも訓練量を増やしておくべきか……。
そう考えていると、彼はいきなり立ち上がった。
「さーてと! 言いたいことは言ったぞー、悔いはなし!」
言いたいことだけ言って、テラ・イヴンは帰る気満々だった。
が、ここで帰らせるわけにもいかない。
「ちょ、ちょっと待て! 半分って言ってなかったか!?」
一つ目のアドバイス、これで半分。
そんなことを言ってたはずだ、この男は。
そう思い出して声を上げると、彼は、はっと目を見開いて口を押えた。
「そうだったそうだった! 次のアドバイスは正直あんまり意味ないし、なんだったらもう手遅れだから、すっかり忘れてたよ。重要度が低いっていうのかな」
「……なんだよそれ。最後なんだろ、一応聞かせてくれよ」
呆れた目でそういうと、彼は笑って頭をかいた。
そして言い放ったのは、僕が予想だにしていなかった事実。
「英雄殺しオーディ。君が倒したあの男ね、まだ全然終わってないよ」
「……………………は?」
思考が、完全に固まった。
英雄殺し。
あの厄介な男。
戦士としての僕よりもずっと強かった、忘却の獣。
……終わってない?
なにが、どうして?
疑問が浮かぶ。
それと同時に、彼は言う。
「君も分かってただろう? 彼はこんな序盤で出てきていいような相手じゃない。もっと違う世界線でなら、ちゃっかりとラスボスを務めていたって不思議じゃない。そういう格だし、そういう強さだし、納得できるだけの『賢さ』がある」
「……だけど、あいつは投獄されたんじゃ」
「投獄、ね。あの時はルナ少女に気を使ったのだろうけど、殺さなかったのは君の落ち度だよ」
声が、少し震えていたと思う。
それだけ、こいつの言ってることは重大で。
なんだったら、遥か未来の変な助言よりずっと大切だった。
「あいつ、脱獄したんだよ。昨日の晩にね」
英雄殺し、オーディ脱獄。
その知らせは、僕の意図せぬ場所からもたらされた。
☆☆☆
「うむ! こちらこそ実に楽しい戦いだった、感謝す――」
「殿下、英雄殺しが脱獄したみたいです。調べられますか?」
時間が、再び動き出す。
僕に対して握手に応じたアイサ殿下は、再びぴたりと動きを止めた。
「……情報筋は」
「テラ・イヴンを名乗る変質者です」
「それはまた……事実、なのだろうな。神出鬼没なあやつのことだ」
はぁ、とため息ひとつ。
彼女は握手をとき、額に手を当てた。
「うむ。承知した。他に何か言っていたか?」
「……ええ、昨晩脱獄した。もう手遅れと」
彼の言葉を思い出す。
時間の停止が解ける間際。
彼は去り際に、こう言い残した。
『今からが、英雄譚の本番だよ』
彼は言った。自分は物語を最後まで見届けられないと。
物語。彼は僕の人生をそう表した。
つまり、彼は第三者の視点から。
僕の人生を、山あり谷ありの『英雄譚』だと楽しんでいる。
ならば、本番とは――。
そう考えれば、すぐに答えは導き出せた。
「アイサ殿下。恐らくですが……」
その瞬間、強烈な気配がした。
序列戦は既に終わり。
封じられていた【死期察知】は平常運転。
反射的に意識外の危機へと体を動かす。
手斧状態の城崩しを、頭上へ一閃。
それは考えるより先に放った一撃。
渾身の力を込めた、全力の迎撃。
「重、もッ……!?」
感じたのは、尋常ではない重さだった。
視線を上げる。
僕の目に映ったのは、黒い襤褸に身を包んだフードの人物。その手に握られているのは……反り返った一振の剣。厳密には『刀』と呼べるものだった。
「へぇ? これ、受け止めるかよ!」
聞こえたのは、女の声だ。
顔も体格も何も分からないが、おそらく女性。
そんな人物から不意打ちで放たれた、ただ一刀の振り下ろし。それを真正面から迎撃して……がくりと、膝が落ちる。
「シュメル!」
アイサ殿下が動き出す。
――より早く、見覚えのある剣が煌めいた。
「今、シュメル様を殺そうとしましたか?」
竜剣レオニス。
アイサ・クローズの誇る国宝魔導器が、超速にて舞う。
背が凍るほどの冷たい声と共に、空中の襲撃者を竜剣が襲う。
「……っと!? こりゃ危ねェなぁ!」
襲撃者は空中で身を捩り、咄嗟に回避する。
その身のこなしに目を見開くと同時に、アイサ殿下の剣が煌めく。
最初に見た銀色の剣だ。
手加減などない、全力の一振り。
それをまた、襲撃者は風のように回避する。
危なげなく着地した女は、数歩僕らから距離をとる。
「あ、そっか。忘れてたぜ! お前がシュメル・ハートでいいんだよな! 赤髪、って言われてたから、あの控え室にいる女と迷ったんだけどよ!!」
「……何者だ、お前」
答える義理はない。
目の前の女に、ひたすら警戒心を高めていく。
僕に膝をつかせる膂力。
クラリス殿下の竜剣を回避し、続くアイサ殿下の攻撃をも回避した身のこなし。いずれも尋常ではない。
しかも、声を聞く限り大人ではない。
むしろ、子供だ。僕らと何ら変わらない年齢だろう。
警戒するな、というほうが難しい話だ。
「シュメル様! お怪我は……」
「ありません。それより殿下、お力添えいただいてもいいですか。この人強いです」
駆けつけてくれたクラリス殿下に、素直に助けを乞う。
あくまで直感。根拠は無い。
だが、一人では勝てるかどうか分からない。
そんな気がしてしまった。
「……っ! お任せを! シュメル様のお願いとあらば全力でお手伝いいたします!」
だが同時に、二人ならば確実に勝てる相手だ。
わざわざ危険な賭けに出る必要はない。
どこの誰だろうと、二人で確実に仕留めるまで。
「おっと、その『殿下』とやらは私も含まれているのかな?」
「すいません、含まれてませんでしたね」
「おや、仲間はずれか。傷ついたので参戦しよう」
しかも、隣には上機嫌なアイサ殿下も居る。
加えて、少し離れたところにはグレイス学園長、それに……実力は不明だが、シルバー先生の姿もある。
周囲を見渡し、僕は再確認した。
この襲撃者単体でどうこうなるような状況では無――
「……まさか」
「聞いてるぜ? 頭がいいんだってなァ」
こいつ単体ではこの状況は覆せない。
どう足掻いても勝ち目は無い。
そんなの分かりきってることだ。
なのに、この女は襲撃してきた。
なら、そこには『勝ち目が隠されてる』ってことになる。
「一人じゃない……! 二人とも、警戒を!」
嫌な予感が背筋を走った。
襲撃者は、一人じゃない。
そしてこの女の言動から察するに……狙いは僕だ。
ならば今、一番危険なのは――。
咄嗟に二人を振り返る。
シュメル・ハートを消す上で。
今、一番邪魔なのはこの王族二人だ。
振り返った先で、その男と視線が交差する。
「おや、ご名答」
二人の殿下、その背後に。
白いローブを羽織った、学者然とした男がいた。
教員、では無い。
纏う空気が血生臭すぎる。
――明確に、敵だ。
そう感じた瞬間には、動き出していた。
二人の殿下が背後を振り返る。
それより早く動き出した僕――より、さらに早く。
小さな影が割り込んだ。
「で、なんじゃ。ワシよか弱いじゃろ」
短い白髪が風に揺れる。
小柄に似つかわしくない甚平姿に。
からん、と下駄の音が静かに響く。
「……氷魔の王、グレイス学園長ですか」
「知ってて攻め込んだわけじゃな? こっちは気にせんでええぞシュメルの小僧。なんじゃったら、そっちのガキンチョもシルバーのやつに対処させるからの」
「……パワハラですか? 勝てるわけないでしょう」
呆れた様子で肩をすくめるグレイス学園長。
そんな彼女の声を受け、いつの間にか近くまでやってきていたシルバー先生がため息を漏らす。
「何がしたいのかは知りませんが……狙うなら、学園長の不在を前提にするべきでしたね。無駄に歳を食っているわけではないんですから、それなりに強いんですよ、その人」
「シルバー、お主減給な?」
ぎろり、と学園長がシルバー先生を睨む。
鋭い視線をサラリと受け流し、首を横に振るシルバー先生。そんな二人の会話を受けて、なお。
学者のような男は、余裕を崩さない。
「そうですね。ごもっともな正論です。万全を期すのであれば、彼女の不在は前提条件。それくらいは分かっていますが……」
「……む?」
そっと、男の手が学園長の肩を掴む。
当たり前のように、さらっと自然に。
敵対する学園長の、間合いへ立ち入る。
「何事にも、相性というのは存在するでしょう」
直後、衝撃が弾けた。
先程の刀の一撃を優に超えるような、爆発するような衝撃。それと同時にグレイス学園長の体が吹き飛ばされる。
「な……ッ!?」
オルドと同格。
そう判断したグレイス学園長が、攻撃を受けた。
そのありえない光景に目を見開くのと同時に。
「お忘れかよ。テメェの相手は俺様だぜ?」
背後から肩を捕まれ、耳元で囁かれる。
咄嗟に身を捩る。
と同時に、痛みと鮮血が走った。
「が、は……ッ!」
「ははっ! あの一瞬で致命傷回避するかよ!!」
肩から脇へと、一閃。
肉体が両断される――その前に。
心臓間際に城崩しを割り込み、受け止め。
なんとか心臓への刃の到達を食い止める。
だが、ダメージは甚大。
肺に入った血液を、口から吐き出す。
あまりの痛みに顔が歪み、視界が霞む。
「シュメル様!?」
「あー、あー、煩え煩え。お呼びじゃねェんだよ。喧し豚共。俺様なぁ、ひり付くような殺し合いに邪魔が入るのが大っ嫌いなんだよ!」
無理やり刀を抜かれ、勢いよく血が弾ける。
それと同時に反転を回すが――間もなく死期が迫り、咄嗟に飛んできた蹴りを両手で受け止める。
だが、踏ん張ることは叶わない。
赤竜にぶん殴られた。
そう錯覚するほどの衝撃と勢いで、僕の体は訓練場の外まで吹き飛ばされてゆく。
その刹那。
僕のことをじっと見ていた学者風の男と、視線が交差する。
「まぁ、殺したくないのが本音、なのですけどね」
そんなことを言い放ち。
貴族のような一礼を挟め、男は言った。
「傭兵団【四律の天秤】、君の命を頂戴にまいりました」




