055『隻眼の後継者』
史上最強は誰だ。
いつだって、その議論は世界のどこかで語られていた。
世界には英雄がいた。
過去の英雄譚が残されていた。
生ける伝説が闊歩していた。
伝説を殺す魔物が暴れていた。
そして、それを殺す英雄もいた。
民衆は語る。語り継ぐ。
誰が最強だ。
人も人外も押しなべて。
一番強い、そいつは誰だ?
世界へ絶望を振りまいた初代魔王か。
その魔王を打倒した勇者ルミエールか。
彼女を導き、今なお生きる魔女ステラカヴァズか。
数百年の絶対平和を国に贈った単騎城塞か。
アトラス殺し、特級指定竜種をすべて駆逐した剣の鬼か。
吸血鬼族の『陽』への弱点を克服させ、多くを救った鬼の祖か。
生ける伝説、個で戦争を終わらせた息子想いの剛腕か。
誰だ。
誰が一番強いんだ。
多くの者が熱をもって語り合う。
――そのただ中で。
数千年を生きる魔女は「答えは簡単だ」と鼻で笑う。
「最強? 私でしょ。だって負けたことがないわけだしね」
フォルス・トゥ・ステラカヴァズ。
自らが最強だと、彼女は明言する。
恥ずかしがることもなく。
謙遜することもなく。
当然のように、純然たる事実として。
不動の結論を、改めて口にした。
「また……ずいぶんと大きく出ましたね」
神の寵児アルテナは、困った顔で苦笑する。
対するは、つまらなそうに唇を尖らせる霜天の魔女。
古き友人として、今は壊れてしまった敵として。
アルテナは遠い昔を思い出す。
「ですが……そうですね。純粋な実力比べにおいては一考の余地はありますよ」
「一考? 余地ないでしょ。誰と比べてるわけ?」
そう問われ、返答に困ることはなかった。
「魔王、アトラス殺し、吸血鬼の祖。彼らならどうです?」
千年を生きるアルテナ。
彼女がその人生において、絶望的な力の隔絶を感じたのは四度。
一人は、霜天の魔女ステラカヴァズ。
もう一人は、かつて打倒した魔王、その人。
――そして、歴史に名を遺す英雄二人。
片や、自分たちより百年後に生まれた剣鬼。
片や、いにしえより永遠を生きる吸血鬼の祖。
「……あぁ、剣鬼クレストと、クラッシュベル。懐かしい名前だね」
「勝敗すら反転できる以上、勝つのはあなたでしょう。最強議論の結論には私も異論はありません。……ですが、シンプルな実力に限って言えば別の話」
アルテナの言葉に、フォルスは少しむっとする。
そういえば、だ。
魔王と対峙した時も似た感情を抱いた。
「相手の方が強いかもしれないが、戦えば勝つのは私だ」と。
「無敵の不死殺しと、不老不死の怪物。果たして勝てますか?」
「……やめてよアルテナ。あいつらはどっちも人じゃない。私は同じ『人』に殺されたいのであって、獣に噛み殺される趣味はないんだ」
元がどうであったのかは、フォルスも知らない。
だが、今の「あいつら」は人ではない。
「無敵というのは、無生物の証明だ。吸血鬼の方なんか、私が生まれるよりずっと前から神に至ってる。神様にケンカを売ろうだなんて……そんな頭のイカレた奴いるわけが――」
――いるわけがない。
そう言いかけて、フォルスは、はたと思い出す。
「……そういえばいたね。死神にケンカ売ってたやつ」
視線は、部屋の隅っこで居眠りをしている老人へ向かう。
すぴすぴと眠るその姿は、年齢相応にしか見えない。
だが、かつての彼を思えば、その姿はまるで異なる【獣】と映る。
「死にたくないから。そんな理由で神界まで乗り込んで、死神まで直談判。不死を断れた挙句、逆切れして大暴れ」
「その時、死神様を殴ったことがきっかけで、単身、神界全土と大戦争。最高神様ですら手が付けられず、しまいに、応援にやってきたクラッシュベル様の片腕すら切り落とした」
神界をめちゃくちゃにされた神族からも。
祖の片腕を切り落とされた吸血鬼族からも。
多くの怒りと、それ以上に大きな恐怖を植え付けた人類最強の狩人。
今は衰え、見る影もないが。
かつての『隻眼のオルド』を想い、フォルスは微笑む。
「人の中では、昔のオルドがぶっちぎりで最強だったからね」
ま、当然私を除いて、の話だけれど。
そう結論付けて、霜天の魔女は窓の外へと視線を向ける。
想いを馳せるは、その後継。
史上最高の潜在能力。
魔女が導き、狩人が教え。
オルドが早くして「教えることがない」と呆れた怪物。
人類最強が、文字通りに『全て』を教えた学び子は。
きっと、当然のようにその座に至るだろう。
「いつかその牙は、私の首にも届くんだろうね」
☆☆☆
アイサ・クローズ。
彼女はシュメル・ハートをよく知っていた。
妹を助けた救世主。
隻眼のオルドに弟子入りした次世代の英雄。
王城に入り浸る、氷の魔女が育てた怪物。
自分から『神童』の呼び名を奪った男。
気になる要素はいくらでもあった。
最初は、妹を任せるのに大丈夫かという心配から。
次に、自分を超える才能に対する嫉妬から。
彼女はシュメル・ハートに興味を持った。
だから接触し。
その少年の前に立ち、理解に至る。
(うむ、これは勝てないな。なんだこの男は)
口にも表情にも、一切出さなかった。
だが、相対して理解できたこともあった。
この学園の誰もがシュメルの力量を読めないように。
アイサもまた、シュメルの全てを読み切れなかった。
シュメル・ハート。
彼の金色の瞳に見据えられて。
最初に感じたのは、恐怖だった。
珍しい色ではあれど、なんの変哲もない瞳。
だけどその根底に垣間見た。
幾百、幾千と――彼が殺してきた『血』の色を。
それが人とは限らない。
動物や魔物の可能性だって高いだろう。
だが、その血の色は、その濃さは。
到底、今の自分に太刀打ちできる経験ではない。
才能の話ではない。
それ単品では、シュメルもアイサも同等だ。
だが、その上で。
重ねてきたモノも、年数も違う今。
年上であるはずのアイサ・クローズ。
彼女は、自分の劣等を理解させられた。
「なのに、普通に戦えている。これはおかしい。なにか変だ。そうは思っていたんだ」
その時になって、彼女は再び理解する。
シュメル・ハートと戦い。
彼の身体能力が自分以下だと理解した。
才能だって同列なものだと把握した。
純粋な近接戦闘においてこちらが勝ると考えた。
その上で、大前提としていた直感が否定されていたため、彼女は首を傾げる思いだった。
その違和感が。
疑念が、嫌な感じが。
――今、解消される。
「最初から本気ではなかった、か」
シュメル・ハートは顔に汚れを塗る。
アイサの目には、それが何かの『合図』に見えた。
あるいは、切り替えのスイッチだろうか?
彼の表情から――感情が落ちる。
この極限状態において、脱力に両手が揺れる。
構えが変わったというより、構えが、壊れた。
両頬に塗りたくったのは、三本線の汚れの痕。
獣の髭のようにも見えるその汚れ。
見方を変えれば、それは狩人特有の刺青のよう。
その目から、光は失せた。
見開かれていた瞼が落ちる。
細められた目の奥に煌めくは――純然たる殺意のみ。
その姿に。
その殺意に、背筋が震えた。
それは恐怖によるものでもあり。
同時に、未知への武者震いでもあった。
「……っ、は! それが、本来の姿か!」
戦士のソレとはかけ離れている。
どう見ても貴族が見せていい姿ではない。
だから隠したのか。
だから手加減していたのか。
そう理解すると同時に、彼女は叫ぶ。
「これより先は、命の取り合いといこうか! 戦士ではなく一人の人間として! 恥も外聞もない泥試合を所望する!! 逃げてくれるなよシュメル・ハート!!」
あえて観客席に聞こえるように、叫び通して。
アイサは満足気な笑みを浮かべた。
さぁ、これで『言い訳』は済んだ。
これ以上は、小手先の技はいらない。
剣を構える。
先程とまでは、異なる覚悟で。
身体能力も戦闘技術も。
自分よりまだ劣る少年へ。
たった一つ、『経験』だけが勝てない相手へ。
その経験とやらは、いかほどだと。
時代の麒麟児は、全霊で挑む。
「さぁ、『1』を賭けて、殺し合いだ!」
「――火の一【狼骨】」
みしりと、嫌な音が聞こえた。
音が聞こえた先は、彼の両腕。
制服の隙間から見えた彼の腕は、形を大きく歪めていた。原型こそ残しているものの――それは人の腕ではなく、まるで狼の腕のように見えた。
獣のような凶悪さと。
鎧のような頑丈さ。
それらを持ち合わせた異形へと、腕を作り替える。
それは魔力による身体強化では、ない。
純粋な筋力操作による技術の極点。
隻眼のオルドが作り出した、殴り合いの前の作法。
神を素手で殴り殺すための、最低限の筋肉武装。
――当然、人が触れれば挽肉まっしぐらだ。
「うむ! 触れれば死ぬな!」
それを理解した上で、アイサは迎え撃つ。
シュメルが始動する。
一切の予備動作なく、初手から最高速へ。
瞬くような接近に、彼女は当然のように反応する。
「ハァッ!!」
タイミングは外さない。
間合いなんて見誤るものか。
アイサは『神剣』を眼前のシュメルへと振り下ろす。
――だが。
「煙の二【大過亡く】」
全霊で振り下ろした剣。
万象を切り裂く大英雄が神剣は。
ぬるり、と。
無骨な腕で、受け止められる。
……それはありえない感覚だった。
受け止められたはずなのに。
受け止められたのを見ているはずなのに。
受け止められた、と。
その感覚だけが、どこかに消えて。
彼の残り『1』ポイントは、全く変動を見せていない。
「し、衝撃全てを受け流した……ッ!?」
ありえない。
が、現実がそうと告げている。
本気の一振。
神剣の一撃。
それを完全にノーダメージまで威力を殺す。
馬鹿げてる。
意味不明な技術の塊。
それを目の当たりにするアイサを、技が襲う。
「火の四【霜月】」
直感が叫ぶ。
回避しろ、と。
咄嗟に神剣を手放し、全力回避。
と同時に、先程までアイサのいた場所を掌底が撃ち抜く。
「みぞおち、か! それは痛いな!」
その狙いを見抜き、アイサは苦笑い。
みぞおち。
人体の急所のひとつ。
強く打てば呼吸が止まり、人体は動きを止める。
……凶悪な技だ。
一撃でも受けてしまえば、次の致命傷を躱せない。
というより、あの『腕』での攻撃だ。
次の一撃など許されない。
みぞおちどころか、胴体すら貫通して一撃だ。
だが、喰らわなければどうということもない。
「『火』とやらは物理的な技、『煙』とやらは、少々トリッキーな技の種別と見た!」
距離を取り、時空を割る。
その中よりもう一振の剣を呼び出す。
先程とは違うもの。
今度は、夜空のように黒い剣だ。
これが何かを、彼女は知らない。
知らないがまま、思うがままに振るうだけ。
――ただ、振るうことができるかどうかは別の話だ。
「火の三【遠雷】」
虚空を打つ、拳。
間合いの外側での行動に、アイサは困惑。
――直後、聴覚が風切り音を捉えた。
「な……っ!?」
直感に従い、何も無いはずの空間を避ける。
傍から見れば、意味の分からない行動でも。
間一髪。
彼女の髪が、まるで弾丸にでも撃ち抜かれたように激しく揺れる。その光景が物語る。
「遠距離攻撃……! そんなのもできるのか!?」
拳で空を打ち。
その衝撃を飛ばす。
言語化すればありえないことを、やってのけている。
「つくづく常識外れ! だが!」
遠雷と同時に、シュメルは再び距離を詰めていた。
その姿を見逃すアイサではない。
シュメルの拳が始動する。
その動作を確認してから、アイサも動いた。
「――ッ」
攻撃の完全受け流し。
大過亡く、とやら。
ソレがある以上、攻撃は通らない。
どう足掻いても勝ち目は無い。
――と、考えるのはあまりにもったいない。
思考停止はつまらない。
困ったのなら、考えて、考えて。
可能性でも、行き当たりばったりでも。
弱点かもしれない、って当たりをつけて突き進め。
そっちの方が、彼女は面白いと感じてしまう。
(先程は完全に流された! だが!)
――攻撃する瞬間なら流せない、とかはどうだ?
その可能性にかけて、彼女は動く。
狙いは、シュメルが攻撃するタイミング。
その瞬間を狙っての――相打ち狙い。
結論からいえば、その狙いは正しかった。
シュメルの技は、まだ発展途上。
彼は攻撃中に受けた衝撃までは、受け流せない。
故に、アイサの考えも行動も、最適に近しい。
ただそれでも、届かないものは届かない。
「煙の奥――【煙る鏡】」
シュメルの拳が迫る。
それに合わせた、アイサの剣撃。
間合いは外さず。
タイミングも完璧。
何ひとつとして文句の言えないカウンターを前に。
ふっ、と。
その拳が。
シュメルの姿が。
剣撃を前に、煙に消える。
「は!?」
それは堂々とした敵前逃走。
正確にいえば――相手への誤認識強要だ。
アイサの読んだ通りの、トリッキーな『煙』の技。
その最奥に眠る『奥義』とされた、嫌がらせ。
されど戦闘中にされてはたまったものではない。
俗に呼ばれる、フェイント、とやらの極地。
アイサの剣が、空を切る。
その間合いの、拳ひとつ外側で。
彼はまんまとタイミングをずらして拳を構える。
その姿に、アイサは思わず頬を引き攣らせる。
「……なにを、されたのかも分からないが、これだけは言えるぞ、弟くんよ」
――拳が、振り抜かれる。
対処する術など、最初から与えられていなかった。
回避も防御も間に合わない。
全霊の一振を振り抜いた、その瞬間を狙い撃ち。
回避不能な一撃必殺。
それは堂々とアイサ・クローズの腹を直撃。
衝撃と共に、勢いよく吹き飛んでいく彼女を前に。
ふと、シュメルの瞳に光が戻る。
「……君、ちょっと強すぎだよ」
最後に、そんな言葉が聞こえた気がした。
――堂々、決着!
以上、第二章【その芽は未だ青くとも】でした。
次回より、第三章、開幕となります!
ということで、ちょっとだけ次章予告です。
☆☆☆
学び舎での「ぬるま湯」はどうだった?
思うがままに楽しめたかい?
それとも……やっぱり退屈だったかな?
魔女は遠方より問いかける。
疑問は届かず、想いは通じず。
ただ、願いだけが彼へと届く。
「もう少し、刺激は欲しいところだよね」
彼女は、かつての『仕掛け』へ目を向ける。
あっさりと負けてくれたわけだけど。
英雄殺し。
忘却の獣。
「キミ、そんなんで終わるヤツじゃないでしょ」
終えたはずの悪者退治。
過ぎたはずの英雄譚、その一幕より。
獣は牙を研ぎ、牢獄より空を見る。
第三章【鋭き牙を隠し持つ】
「私は殺されるからね」
「アトラス殺し」
「全ての要は……あの女ですか!」
「ふへ?」
「なーに迷ってんのさぁ。殺せばいいじゃないの」
「クラッシュベルの末裔か」
「えっほ、えっほ、伝えなきゃ」
「シュメル・ハートが死にかけだって、伝えなきゃ」
「さぁ、夢が冷める時間だよ」
次回――新章、堂々開幕。
こっから先は、退屈なんてさせないよ。
「そうか。その赤髪、魔王の因子と言うわけだ」
「君、名前は――ルナ、といったかな?」
☆☆☆
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