053『VS剣閣③』
「【自己設定】、それがあなたの魔法ですね?」
ステージに立ち。
トモリという上級生に向かい。
試合開始の合図とともに。
開口一番で、僕は彼女の魔法の正体を看破した。
「なっ!? な、なんで……っ」
彼女の反応を見て、自信は確信へと強まった。
「最初は視力の強化……魔眼の能力だと考えました。そして本来の魔法は隠している。そういうパターンが一番やりづらいし、一番嫌ですから」
最初に考えたのは、最悪の可能性。
それをやられたら一番嫌だなという可能性を見通して。
その可能性を否定できる材料を模索した。
「でもそうじゃない。あなたはリオの魔法を見ていないし、そもそも見えてない」
動体視力の強化程度では、リオの『不可視』は見破れない。
それに、そもそも彼女の反応からしてリオの攻撃を理解もできてない。
何より、戦闘中に目が攻撃を追えていない。
ならば、と選択肢は狭まった。
魔眼ではない。
認識から反応、対処まで含めて彼女の魔法なのだ。
「あなたの魔法は自分の意志とは別で動いている。俗にいうアクティブスキルってやつじゃなく、パッシブスキル。常時発動型の魔法だ。……そんなものはごく少数に限られている」
そういう条件下で。
躱すのでもなく、防ぐのでもなく、斬り捨てる。
そういう行動を本人の意思を無視して体に強いる魔法。
一種の呪いのようなその魔法を絞った先に、一つだけ該当する魔法があった。
「魔法名【自己設定】。あらかじめ設定した行動を肉体に強要する魔法」
珍しい魔法だ、否定はしない。
そこら辺の魔法辞典を軽く漁った程度じゃ知れもしない。
だが、記録に残らないほどじゃない。
軽く漁っても出てこないのなら、深く、重く、じっくりと調べればいい話。
こちとら痛い目なんて遭い飽きてるんでね。
知らない魔法なんざないって程度には、重く調べ尽くしてるさ。
一歩、木剣を手に歩き出す。
トモリは警戒したように刀を握るが、その構えは素人同然だ。
「おそらく、設定したのは『間合いの内側に入った【脅威】を切り捨てること』。目に見える、見えないは度外視して、絶対的な防御のみを設定した。ですがそれは、『相手を間合いに入れれば攻撃も可能』ということ」
「そ、そこまで見透かされて……!? って、それ承知でこっち向かってきてるんですか!?」
警戒する彼女を前に。
僕は何のためらいもなく前進し――間合いへ入る。
瞬間、白銀が煌めいた。
素人同然の構えから放たれる、首刈る一閃。
最短距離を、肉体強度を無視して突っ切るような殺意の塊。
ただ切り捨てる。
その一念にのみ全神経を注いだ魔法の極点。
それを、僕の目はしかと捉えていた。
「疾いが、軽い」
ぴたりと。
トモリが放った全霊の攻撃を、指でつまんで止めた。
「ばっ……!?」
唖然とするトモリの、頭上から一閃。
脳天へと木剣を振り下ろす。
轟音と衝撃とともに、彼女の頭蓋が大地へと突き刺さる。
悲鳴もない。
反応も対応も許さない。
彼女の武器は、僕がこの手で止めている。
そういう状況下での設定を、彼女は何も考えていなかった。
「敗因は僕に近接戦闘を挑んだこと。……勝ち目なんてあるわけないでしょう」
そういう意味では、リオにも勝ち目はあったんだけどな。
彼の『透明な盾』だけは、僕にも砕けない。
なら、距離を詰めて盾で受ければ、もう一方の『矛』で攻撃できた。
……とまぁ、結果論だが、そういう勝ち方もあったわけで。
リオでも工夫次第で打ち破れる程度の『紙装甲』なんざ、僕の前には無防備も同然だ。
『け、けけけ、決着! な、なんと瞬殺です!?』
『勝者、シュメル・ハート選手です!!!』
司会二人の声、歓声を聞き流して相手控室へと視線を向ける。
音魔法のトモガラ。
自己設定のトモリ。
二人は沈めた、あとは二人。
どちらが先に出てきたところで――後には回さないさ。
ここで負けて殿下に回すだなんて、そんな格好つかない真似はできない。
思う存分、クラリス殿下のまで恰好つかせてもらいます。
「……で、次の相手は――」
「クソガキが。なめた真似してくれんじゃないのよ」
巨大な筋肉の塊が、控室から現れる。
改造に改造を重ねた制服に、奇想天外な縦ロール。
情報量の塊、この学園最大の矛盾児。
ルシアーナが、控室から現れた。
『つ、続いては彼? いや彼女の? 登場だぁぁぁ!』
『戦績は良いとは言えませんが、圧倒的な【男性殺し】性能! 魔法がわかっていたとしても対応不能な暴力の塊! ルシアーナ選手の登場です!!』
男性殺し。
たった今呼ばれたその名の通り、彼はさほど戦績がいいとは言えないが……それでも男性だけは、どんな相手が来たところで必ず勝利を収めてきた。
それがどんなに格上であろうと、たとえ魔法を極めた学園の教師であろうと。
相手は男性である。
ただその一点を理由に、彼は勝ち続けてきた。
……それこそがルシアーナが持つ『魔法』の真髄でもある。
相対し、彼を見上げる。
僕の体格をもってして『見上げる』ほどなのだ。
どれだけ恵まれた肉体を持っているかは語るまでもなく。
極めつけに凶悪なのが、彼の持つ魔法。
その名も――【特攻魔法】
生涯に一度だけ、対象を選択し。
その相手に対してのみ無敵になる。
効果は生涯継続。
選択のやり直しは不可。
あまりにも使いづらく、相手を選ぶ魔法。
だが、そういったデメリットを帳消しにして有り余る『反則』さ。
特に、対戦相手が『特攻対象』であるならば。
彼の肉体は、人知を超越した高みへと進化する。
「感謝なさい。今に限って――私がアンタの絶望よ」
ルシアーナ。
生涯に一度だけと知った上で、彼が定めた対象は――【男性】そのもの。
無性、女性には何の効果も発揮しないという縛りの上で。
男性相手にのみ、特攻魔法は牙をむく。
そして、僕、シュメル・ハートは彼の特攻魔法の攻撃対象。
「……無敵、か」
「そ。あんたからの攻撃は通じない。対して、私からの攻撃は全部が一撃必殺。つまり、どうあがいたってアンタの負けよ。今だけ私は、アンタの上位互換なんだから」
一切の攻撃が通じず。
向こうからの攻撃は、すべてが一撃必殺。
――僕の、上位互換。
彼の言葉を反芻していると……ふと、ルシアーナの嫌な顔が目に入る。
「……きっしょ。なんで笑ってんのよアンタ」
気づけば僕は、笑っていた。
僕より強い相手。
どうあがいたって勝てない相手。
そういう化け物と戦うのは――久方ぶりだ。
銀竜やオルド以来だろうか?
そう考えると、胸が高鳴ってくるよ。
「いや、貴方の言うその絶望……塗りつぶし甲斐がありそうですね」
圧倒的な格上。
絶望的な実力差。
恥ずかしい限りだが――この状況下に血沸き胸躍っている。
僕はこういう戦いを、待っていた。
『それではッ、お互い準備よろしいでしょうか!』
『第四試合――試合開始、ですッ!!』
試合開始の合図が響く。
それと同時に、僕が動くより、さらに早く。
男性特攻。
ルシアーナの拳が、眼前まで迫っていた。
「――煩ぇ。男なんてな、押しなべて気持ち悪いのよ」
☆☆☆
ルシアーナ。
彼は男性として、女性の衣に身を包む。
言葉も女性らしいものを選び、髪型もそれに倣う。
肉体を除き自身の全てを女性として扱う彼は――大の男性嫌いであった。
断じて彼は、男が好きなわけではない。
心が女性だというわけでもない。
女性として男性を『異性』として好くわけでもない。
ただ、「男なんざ糞くらえ」と。
加えて「男として生きるなんて死んだ方がマシ」と。
嫌悪から女性の装いを模倣するだけ。
「男は嫌い。だって醜いから」
彼の持論である。
だって男は汗臭い。
それに泥臭い。
加えて子供っぽい。
何より華がない。
「それに対して、女はいいわよねぇ。美しいもの」
当然、彼が差すのは内面ではない。
あくまでも、外面。
男性も女性も、内面が醜いのは同じこと。
だから、見た目、ぱっと見。外から見た感想として。
「男と違って、彼女たちには華がある」
ルシアーナは断言していた。
女は美しい。
喋りさえしなければ華がある。
人間、男も女も『中』が醜いことはあれど。
外見一つとってみれば、男よりかはずっとましだ。
――当然、これらは彼の過ぎた持論。
この結論が正しいだなんて誰も言わない。
むしろ、大多数が『差別』だと彼を責めるだろう。
だが、世論を彼は知っている。
知った上で、正々堂々と【女尊男卑】を掲げるのだ。
そして、それこそが彼なりの『性癖』である以上。
生涯に一度の『魔法』の対象選定の際、悩むことはなかった。
☆☆☆
「罵意男劣等モード!!」
ルシアーナの全身より、紫色のオーラが上がる。
それこそが、特攻魔法が発動した際の特有の発光。
ちなみに、バイオレットモードとやらは関係がない。
彼がただ言っているだけの妄言である。
「……ッ」
眼球数センチのところまで迫っていた拳を、首を振って回避する。
耳元を拳とは思えぬ轟音が過ぎる中、それでも僕に驚きはない。
そういう魔法だと知っているし。
あいにくと、格上相手は戦い慣れてる。
こういうもんだ。
「避けんじゃネェわよ、クソガキが!」
「避けなきゃ負けでしょ、『自称』無敵なんですから」
僕の煽りを受け、無言のまま放たれた殺意マシマシの拳。
不意打ちではない。今度は反応できる。
交差するように放ったクロスカウンター、拳一閃。
それは確かに、ルシアーナの顔面を捉えた。
――だが。
「そんなもん効きゃしねぇわよォ!」
拳へと返ってきたのは、強烈な衝撃。
カウンターを決めたはずなのに、こちらにもダメージが入ってくる。
僕の腕時計の数字が『5』から『4』に減少する。
距離を取り、殴りつけた方の拳を開閉した。
「あら、手首でも痛めちゃったかしら? 女の子より軟弱だったらいよいよ価値ないわよ? 男」
ルシアーナの魔導器を確認する。
そちらの数字も、一つ減って『4』だ。
今の一撃、完全に決まったクロスカウンター。
常人なら首の骨くらい折れているんだが……アレで最小ダメージか。
……なるほど、無敵っていうのも誇張表現ではなさそうだ。
「…………」
「あら、だんまり? ショック受けちゃったのね、可哀そうに……ッ!」
ルシアーナは、再び僕へと急接近する。
その際、何か煽ってきていたが……あんまり聞いていなかったので無視でいいだろう。
戦闘中の会話だ、思考を割くほど重要ではない。
大切なのは、無敵の彼をどう倒すのか。
……まぁ、勝ち筋自体はあるのだが、その勝ち筋は『技』ありきでのもの。
本当に少しだけ基礎を使うだけではあるのだが……とはいえ、学生相手に技術を使うのは可哀そうだろ。そう、理性が勝ち筋を塞いでいる。
同時に、手首に返った衝撃を受け。
格上ならば、使うべきか?
そう、心の底で本能が囁き始めた。
「おらぁ!!」
思考を切り裂くように、ルシアーナからの連打が襲い来る。
一撃一撃が、残り4ポイントを消し飛ばすような超火力。
それが秒間、数十発。
序列戦でなければ死期察知が反応するようなレベルだ。
一歩間違えれば即敗北だが、一歩間違えなければ当たることもない。
限界まで目を見開く。
脳を動かし、耳で嗅ぎ、鼻で聞く。
純粋な威力、速度だけなら自分を上回る暴力の嵐を。
よく視て、読んで、回避に移る。
『おおっとぉ!? シュメル選手に……攻撃が当たらない!?』
『は、恥ずかしながら攻撃すら目で追えないのですが……どうやって躱しているんでしょうか!』
遠くからざわめきが聞こえる。
ルシアーナが大きく目を見開く。
だけど、そんなに驚くことでもないだろう。
僕よりは早い。
だけど、銀竜よりはずっと遅い。
なら十分、対応可能の範囲内だ。
拳を握る。
今度はカウンターは狙わない。
勢いがつくと、こっちにダメージが入るからね。
だから、こちらへの反動は最低限に。
連打の合間。
ほんの一瞬。
彼の動きが止まった刹那を、狙い撃ち。
「べふっ!?」
再び、顔面へと拳が突き刺さる。
今度は反動によるダメージもない。
同時に相手へと与えられるダメージも減少したが――この場は序列戦だ。
威力が弱かろうが、高かろうが。
一発は、一発だ。
「ぐ……っ!?」
向こうにダメージはないだろう。
だが、魔導器の数字は『4』から『3』に。
無敵状態で削られるポイントにルシアーナが狼狽する。
――その瞬間を、さらに狙い撃つ。
「強すぎず弱すぎず。力加減が大事みたいだな」
「こッ、この糞ガキャあああああ!!!」
そよ風のような攻撃に、ルシアーナは激昂する。
だが、そんな怒りを横目に彼のポイントは『3』から『2』へ。
その変動を確認して、内心頷く。
あと、二発。
それで終わる。
僕が考えていた勝ち筋とは離れているが、勝利は勝利。
最初の勝ち筋にこだわる必要はない。
より確実な方で、安全に勝ち切るべきだ。
予定からは外れようと、相手は格上、油断は許されない。
そう考えて、すぐに。
「……これが、格上か?」
考えないようにしていた疑問が、ぽつりと浮かんだ。
浮かんでしまった。言葉にしてしまった。
自覚してしまったのなら……もう、元のモチベーションには戻せない。
しおしおしおっ、と。
心の中で咲いていた花が、枯れていく。
膨れ上がっていたやる気が、穴の開いた風船のようにしぼんでいく。
……こんなもんかよ
言葉には出していなかった、確かな本音。
性能面で格上なのは間違いない。
僕より力強く。
僕より早く。
僕よりタフで。
なのに、こいつは僕より弱い。
なぜか?
答えは簡単、技術がないから。
尋常ならざる身体能力。
凶悪な性能。
そこには経験も、積み重ねてきた努力も、果ての技術もなく。
僕の目には、慣れない武器を振り回しているだけの子供が映るばかり。
期待していたほどの戦いは、ここにはなかった。
ありていに言って、僕は非常に『がっかり』している。
それを、見て見ぬふりをしていただけだ。
「……そうだよな。学生相手に、高望みをしすぎたな」
彼の『無敵』とやらは、ここが限界。
性能面は確かに強化されている。
だが、経験が補えないのであれば――これ以上の戦いに意味はない。
「あァ!? てめぇ何言って――」
怒り、猛り、闇雲に突っ込んできたルシアーナ。
本試合、彼の最後の言葉がそれだった。
僕めがけて放たれた拳。
その勢いを殺すのではなく、活かし、相手を殺す。
オルドが考案した技術の中で、名すら与えらないただの体術。
基礎の基礎、ただの投げ技。
前世風に言い表すならば――『柔術』ってところだろうか。
一切の無駄なく。
一切の力なく。
相手の力をそのまま利用しぶん投げて。
脳天から地面へと叩き落す。
大地が揺れるような、衝撃一つ。
手を払って立ち上がる。
僕の眼前には、肩から上がステージに突き刺さっているルシアーナの姿がある。
その体には力は入っておらず。
腕時計のポイントは、『0』を指していた。
「『地面』そのものは無生物。無敵判定はありませんでしたね」
そういって息を吐くと同時に。
今日一番の歓声が、ステージへと降り注いだ。
魔法は万能ではない。
間違っても全能ではない。
相性による戦いやすさは多々あれど。
この実力差において、下剋上など万に一つもあり得ない。
「序列戦で助かりました。生身だと、うっかり殺してましたから」
次回【剣の帝王】
時代の麒麟児。
霜の再来以前の神童。
彼が選べたもう一つの未来。
彼と肩を並べる、最高峰の才能。
そして、愛が過ぎたるお姉ちゃん。
満を持して、ついに登壇。




