052『VS剣閣②』
「ト、トモガラちゃんが、負けちゃった……?」
剣閣側の控室に、野太い声が響いた。
肩を落としてステージから戻ってくるトモガラ。
彼を見て、ルシアーナは心の底から驚いていた。
剣閣結成より、既に二年。
当時の上級生すら手玉に取り、いまだかつて被弾ゼロ。完勝ばかりで栄光の道を歩んでいた同級生、それがルシアーナにとってのトモガラである。
ルシアーナの『特殊な癖』もあり、トモガラとは互いに親しい仲ではなかったが……それでも衝撃は衝撃。人格、人柄はともかく実力だけは信頼していた相手が、負けたのだ。
唖然となるのも当然である……はず、なのだが。
「ふむ! 相手の方が上手だったな! 情報量が少なかったというのも痛い!」
「それに相性が最悪でしたね! 魔法使いとして勝てる人なんていないでしょう、彼! ぶっちゃけ殿下とルーシィ以外じゃ歯ぁ立ちませんよ! 当然私も負ける気満々です!」
「胸張って言えるこっちゃないでしょ、それ……」
対するは、特に動揺もしていない元気な声二つ。
アイサ殿下と、もう一人のチームメイトだ。
ルシアーナはその二人を見て、深いため息を漏らした。
そんなところに、トモガラがちょうど戻ってくる。
「あ、トモガラちゃん」
「落ち込む必要はないぞ! 相手が悪かった!」
「そうですよ! 私もすぐに後を追いますのでご心配なく!!」
「…………」
三人の様子を見渡して、トモガラは頭を下げた。
そして落ち込んだ様子で近くの椅子に座り込み、うつむいてしまう。
「……落ち込んでいるな。凄い負のオーラを感じるぞ」
「負けた経験なかったですもんねぇ……。そんなに気にすることないのに」
「アンタが気にしなさすぎなのよそれは。ったく、負け犬根性染みつかせちゃって……」
「はい! 私はただの負け犬なので!」
そう、剣閣イチのネガティブ少女は公言する。
銀色の髪に褐色の肌。
人とは思えぬほどに長く伸びた耳。
美しい容姿は――俗に呼ばれる『ダークエルフ』のソレだ。
そんな優れた容姿を持ちながら、少女はどこまでも後ろ向きだった。
「ってことで、次は私が行ってきますね! シュメル君だとか妹殿下とか……彼より強いって聞きますし、そんな化け物にあたる前に、完膚なきまでに負けてきますよ!!」
「……ったく、この子は」
元気いっぱい、負ける気まんまん。
そんな様子で、チームメイトが登壇する。
その背中を見送って、アイサ殿下は静かに息を吐いた。
少しだけ、視線を移動させる。
その先には、今先ほどトモガラを圧倒したリオの姿がある。
才能はない。だが、潜在能力は果てしない。
そういった矛盾に出会ったのは初めてだし、驚きもある。
彼はきっと、近い将来に自分を超えていくのだろう。
そんな確信もあるけれど、同時にもう一つの確信もあった。
「悪いがリオ君。君では勝てないよ。相性最悪ってやつだ」
☆☆☆
『続きまして、剣閣より現れたのは、トモリ選手!!』
『自称「剣閣の中では私が最弱」とのトモリ選手ですが……相手はトモガラ選手を下した虎の子! 果たしてどのような戦いになるのでしょうか!?』
「うっす! トモガラ君よりずっと弱いので、手加減してくださいね!」
ステージ上でリオの前に立ち、堂々とトモリは弱音を吐いた。
あまりにも元気な弱音だった。
対するリオは眉をしかめつつ、それでも気を緩めることはしない。
(三年生、トモリか。剣閣のなかでもダントツで情報量の少なかった相手だな。魔法もよくわかっていない上に……引き分けでの決着が異様に多い)
ダークエルフというだけでも珍しい中。
彼女は魔法を公言せず、しかも試合にも滅多に出ない。
加えて彼女の勝率は高くはなく……どころか、勝った試合など片手の指で数えられる程度。
それ以外はすべてが『時間切れ』による引き分け。
敗北および被弾は過去一度もない。
なんともちぐはぐな、意味の分からない対戦相手。
……というのが、リオの感想だ。
「十分間だったか。それまでに勝敗が決しない場合、その時点でポイントが高い者が勝者となり、ポイントが同じ場合は『引き分け』となる」
「よくご存じで! 引き分けなんて盛り下がる決着滅多にないんで、あってないようなルールなんですよねぇ、時間制限による引き分け、って!」
だが、そんなトモリこそが、その『あってないようなルール』を扱う唯一の生徒だ。
リオは腕の魔導器へと視線を落とす。
こちらのポイントは、残り『3』ポイント。
相手が『5』ポイントである以上、十分後には負けるのはリオの方。
ならば、確実に『3』ポイント以上は削る必要がある。
(……というか、『5』ポイントすべて削る。『奴』ならそうするだろう)
後方にいる好敵手を意識しながら、リオは目を閉じ、深呼吸する。
『それでは、両者準備はよろしいでしょうか!』
目を開く。
その先で、トモリは腰に差した『刀』へと手を伸ばした。
「――削りきる。貴様の引き分け伝説も今日で終わりだ」
「引き分け伝説……! 微妙に締まらない感じが実に私っぽいですね!」
緊張感のかけらもない会話を最後に。
第二試合の幕が、切って落とされる。
『それでは、試合開始ッ!!』
先手は、リオだ。
第一試合で痛いほど学んだ。
『相手は格上、情けは不要』と。
最初から全力で――散弾と斬撃の同時攻撃。
防御は一切捨てての、開幕一発目から『最大出力』だ。
数十発の弾幕に。
岩すら両断する斬撃。
いずれも不可視。加えて豪速。
よほどの『怪物』でもなければ対処不能。
まずもって、自身を『最弱』などと揶揄するエルフには対応できない。
――そう、普通ならば考えるだろう。
「うひぃー!? ちょ、明日絶対筋肉痛ですよこれぇ!!」
妙に締まらない悲鳴と同時に。
リオの放った最大火力。
それらすべてが、次の瞬間には消滅していた。
「な……ッ!?」
「だ、だから手加減してって言ったじゃないですか! 私弱いんですから! そんなに攻撃されたら、明日の私が苦しみますよ! 筋肉痛、わかりますよねぇ!?」
シュメルをしてすべては対応できなかった弾幕も。
死期察知がなければ回避も難しかった斬撃も。
自称最弱のトモリのもとまで、一撃として届くことはない。
彼女の手に握られた、一刀。
……リオの目には見えなかった。
だが、一瞬、その刀がぶれて。
気づいたときには、攻撃全てが消滅していた。
――おそらく、すべて切り捨てられた。
そう考えるほかない、異常事態だ。
「ど、どういう……いや、あの男以上の反応速度などあるはずが……」
「も、もしかしてシュメル君とかと比べてます? い、いや、やめてくださいよ! あんな化け物と比べられる身にもなってみてください! 私、見ての通り弱者ですよ!?」
「ぐぬ……っ」
その『弱者』に最大火力を一蹴されたリオは呻く。
だが、その頭は冷静にトモリを観察していた。
……ない。
トモリには、かつてシュメルと対したときに感じた『鬼気』はない。
相対していて、絶望するような力の差は感じない。
殺されるような熱はない。
この少女は、戦士として彼の隣に立つほどではない。
だが、それでも防いだ。
自分の最大火力が通じなかった。
それはなぜ?
「……そういう、魔法というわけか」
「ッ足り前ですよ……!?」
トモリの返答より早く、攻撃を仕掛ける。
今度は二枚の『壁』を使って、両際から押しつぶす。
――が、ある程度まで近づいた瞬間、気づく間もなく消し飛ばされる。
残ったのは、刀を振りぬいた姿勢のトモリ。
その姿を、神の目は観察する。
(……刀はブラフ、ということはない。魔力が外に出た形跡はない。確実に、この女は刀で魔法を切り払っている。……となれば、この女の魔法は自身の肉体に影響を及ぼすものだ)
身体強化……と呼ぶにはあまりに早すぎる。
まるで結果だけが先にあり、それをなぞっているだけのような。
そんな、えも言えぬ違和感を神の目は読み取っていた。
だが、リオにはそれを言語化するだけの知識が足りない。
努力を始めたばかりの彼は、シュメルのような博学の士には程遠い。
おそらくシュメルならば読み解けたはずの未知を、リオは見通せない。
――ありていに言えば、勉強不足だった。
「くそ……私も魔法辞典でも読み込んでおくべきだったか」
「ドマイナーな魔法ですよ! まず調べても出てこないんじゃないかなぁ!」
後悔を走らせる間も、リオは絶え間なく攻撃を仕掛ける。
トモリからの反撃は一切ない。
ただ、すべての弾丸、斬撃、壁を一刀で消し飛ばす。
その動きに一切の無駄はない。
ただ一定の距離に迫ったものを。
自動で消し飛ばすシステムのように。
ただ黙々と、防御に徹する。
「く……ッ!」
攻撃が通らない。
絶望的に、火力が足りない。
ならば手数は……と、二つの散弾を浴びせてみる。
だが、リオの工夫など知ったことかと攻撃が消し飛ばされる。
トモリは疲労困憊といった様子で、肩を揺らして息を吐く。
だが、そんな様子とは裏腹に防御が緩む気配もなく――。
「ならば――ッ!」
弾丸、斬撃、壁、そして盾。
今までの四種類のほかに――新しく手にした武器。
【糸】
斬撃と同等の強度と鋭さを誇る、変幻自在の凶器。
それらを自身でも理解不能なほどに複雑に絡め、対処不可能なほどの密度で、ぶつける。
これならば――と。
一縷の希望を乗せた、リオの攻撃。
それも、届きはしなかった。
「なんですかこの攻撃! ぜんっぜん見えないんですけどぉ!?」
見えてもいない。
感じることもできてない。
なのにトモリはすべてを防御する。
そういう魔法だから、という理由で。
意味も解らず、分からせず。
攻撃することはなく、ただすべてを防ぎ、時間いっぱいをしのぎ切る。
「……くそ」
わずか十分。
そのタイムリミットは、すぐにやってきた。
『し、試合終了――ッ! タイムアップです!!』
新たな弾丸を生み出し。
新たな斬撃を浴びせかけ。
――と同時に、リオは現実を突き付けられた。
自分の魔導器には、『3』という数字。
対してトモリには、一撃として入れられていない。
確認する必要もなく、彼女は『5』ポイントを保持している。
『なんと! 時間切れによる決着だ――ッ!』
『時間が味方したのは、なんと剣閣のトモリ選手っ!』
敗北のアナウンスを、リオは茫然と聞いていた。
体力だって残ってる。
魔力なんて減ってもいない。
まだ戦える。まだ攻撃できる。
だけど、手札は一つも残っていない。
考えうる限り、持ちうるすべての手札を使った。
それでも、一撃として彼女には届かなかった。
神の目を持ちつつも、ついぞ魔法の解明にまでは至らず。
――否、解明できるだけの知識すらないのだから、至るはずもなく。
ただ、文字通りに万策尽きた末の敗北。
目の前が暗くなるような感覚をこらえ、対戦相手を見る。
「うひぃ!? か、勝っちゃった!? ってことは、次は――っ」
喜びもせず、ただ恐ろし気な表情で対戦相手はリオの後方を見ていた。
その姿に、リオは砕けるほど強く歯を食いしばる。
トモリは息を荒げて、傍目に見ても疲れ果てている。
このまま戦えば、自分が勝つ。
絶対に勝てる、負けるはずがない。
自信がある。絶対に勝てる確信がある。
自分は負けてなんかいない。
子供みたいな負けん気が、心の中で暴れ狂う。
だけど、それと同時に。
リオが思い出していたのは、入学試験での出来事だった。
「……あの男だって、あのまま戦っていれば勝っていた」
忘れるはずもない、一度目の敗北。
負けたはずなのに、勝利を預けられた。
あの屈辱を――あのまま戦っていれば負けていた恐怖を思い出す。
そして、二度目の敗北を直視する。
成長を実感した矢先の、完敗だった。
悔しい、という言葉では生温いほど、熱が腹の底をかき乱す。
一度目の敗北と状況は似ていても。
立場が違う、相手が違う。
だけど、あの男だって潔くあきらめたルール上での敗北を。
みっともなく認めないのは……ちょっとだけ恥ずかしいと思った。
「……覚えておけよ、次は、勝つ」
「……えっ? なんか言いました?」
自分のことなど眼中にもない。
そんな様子のトモリに背を向け、敗者は歩き出す。
そして間もなく、一人の少年とすれ違った。
超えたい相手。
勝たねばならない相手。
だけど、今の自分では勝てない相手。
彼はいったいどうやって、トモリの防御を打ち砕くのか。
そう考えたけれど、すぐにやめた。
考えるまでもない。
この男が、負けるはずもないのだから。
「お疲れ様でした。あと三人は、僕にお任せを」
シュメル・ハートは、気負わない。
当たり前のように、いつも通りの余裕をぶら下げ、彼は勝つのだろう。
そういうところが、リオはとっても気に食わない。
次回――シュメル、登壇。
三人抜きか。
少し疲れそうだが……まぁ、何とかなるだろ。
そう浮かべた余裕は、決して慢心ではない。
まだ、彼の『余裕』を崩せる相手がいないだけだ。




